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リアクション
6/浜辺に栄光を掴む者
「えっ?」
最初は、聴き間違いかなにかかと思った。
というか、そりゃあやるからには勝つつもりではいたけれど──まさか自分たちがほんとうに優勝、してしまうなんて。
きょろきょろと、周囲を見回す。
聴き間違いじゃあ……ない、よね?
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、突然の事態にひたすら、困惑していた。そしてそれは、彼女のパートナーたちも然り。同様に、等しく戸惑いを見せている。高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)、舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)。ともに今日一日、キッチンを切り盛りした三人、揃って。
目の前の、レポーターたちが。正子が差し出した花束に、困惑している。
ほんとうに? あたしたちが?
「だからー、そう言ってるじゃないですか」
されるがまま、しっかりと花束を受け取らされる。
「あ……」
そうされて、ようやく実感が湧いてくる。そっか。一番に──なれたんだ。
「──やったあ!」
ワンテンポ以上明らかに遅いことは重々承知の上で、実感と同時三人、抱き合っていた。
勝った、というよりも、自分たちの作ったカレーが広く、多くの人に認められ親しまれたというその結果が、嬉しかった。
「びっくりしました。まさかまさか」
「ほんとだねぇ。いやー」
水穂が、舞衣奈が口々に、照れながら言葉を吐きだす。
「それでは、校長。いやさ実行委員長。彼女たちの勝因はどこにあったと思われますか?」
「うむ」
そんな彼女たちのつくったカレーは、あわせて三種類。それぞれに味わいの違う、三つのカレー。
「ひとつには、きちんとした土台の上にできた味付け。どれも及第点以上の味を安定して作れている。……ただこれは、ある程度以上の上位陣には共通している点だがな」
「なるほど」
「第二には、つくった三種類のカレーすべてが、ターゲットとなる層を明確に、きれいに分けることができていた点だ」
ネージュのシーフードカレーは、本格派かつ、海と言うシチュエーションを大事にしたい、そんな層に対し強く。
一方、水穂のキーマカレーは優しい味わいで、辛いものが苦手な層や子どもたちにも十二分な訴求力を持っていた。そして、舞衣奈──彼女の辛口ビーフカレーはスパイシーな夏らしさを求める客たちの心を掴んでいった。
「それぞれがうまく明確な棲み分けをしていった結果、無駄なく幅広い人々の支持を受け目を引きつけていった、というところであろうな。その部分で、彼女たちのカレーは複数種類のカレーを用意したキッチンたちの中でも群を抜いていたと言える」
特にこういった、数を競う競技においてはな。それゆえの、この得票といったところか。
キーマカレーを食しつつ、正子は彼女たちの料理をそのように評した。
「なるほど。それではネージュさん、喜びの声をひと言、おねがいします!」
「……やりました! まだまだあるんでじゃんじゃん食べに来てください!」
そしてその場をディミーアに任せ、エクスとともに彼女は静かに離れていく。まだ、やることがある。
「はい、それでは続いて実行委員長特別賞の発表に向かいたいとおもいまーす」
セラフの向けたレンズにエクスがアピールをし、正子のあとに続く。
向かう先は、そう。ただ、一か所。
*
「ちぇー、ざんねーん。せっかくこんなにおいしいのに、数の勝負だとなあ」
モニターで、大会の結果発表を見つめながら翠がそう言って、口を尖らせた。
「仕方ないだろう、そういうルールなんだから」
まだまだカレーを貪っている綾耶の隣で、彼女のボヤキを聞いた某が諌めるように言う。
「そりゃ、そうだけどさ」
「大丈夫よ、もとからそういう勝負をしようとは思ってはいなかったから」
さゆみが、水のおかわりを綾耶と彩夜に注いでやりながら苦笑する。とはいっても、まったく悔しくないというわけでもないだろうに。
「残念でしたね。でも、すごくおいしかったですよ」
「ありがとう」
加夜の言葉に、会釈とともに謝意を示して。
「ほんとうに。こんなに喜んでもらえるとは思ってもみなかったから」
「ええ、ほんとですわ」
アデリーヌと、笑いあう。
──と。
「失礼。邪魔をするぞ」
「あら」
「蒼ちゃん」
夕陽の中を、『蒼の月』がこちらに向かいやってきていた。
「主催者自ら? 食べに来たの?」
「まあ、そんなところだ。大事な場面に居合わせないというのも主催として色々、まずかろうしな」
「?」
あ、カノンちゃん。口にカレー、ついてます。
加夜に促され、彼女のほうを向いて、汚れた口周りを拭いてもらうカノン。ありがとう。いえいえ、どういたしまして。
「『蒼の月』さんも、こちらにどうぞ」
「ん、いや。用が済んでから、だな。ゆっくりとカレーを堪能するのは」
……用? でも今、カレーを食べに来たって。ベアトリーチェが、怪訝な顔をする。
「結果的にはそうなる、ということさ」
そしてその瞬間、ふっと彼女の姿が黒く染まる。
背後から伸びた、長く大きな影に上から色を塗り潰されて。
「あれ。校長?」
美羽がスプーンを咥えたまま、呟いた。
カメラとレポーターとを引き連れた正子が──そこに、いた。
*
「綾原さゆみ。アデリーヌ・シャントルイユ。おめでとう」
「……はい?」
いきなり、何を言うかと思った。
おめでとうって、何が?
「おぬしたちがつくったデザートのごときカレー、まさしく見事。わしも内心、感服した」
「はあ」
「よってここに、実行委員長特別賞を進呈したいと思う」
「ああ、どうも──……って、え!?」
特別賞って、誰が!? 自分たちが、と理解した瞬間、頭がパニックになるふたり。
「え、でも。だって、あまり数も出ませんでしたし……」
「数ではない。純粋にわしが食べてみての、味と独創性。それを独断と偏見で選んだだけのこと」
結果、おぬしたちがふさわしいと思った。そういうことだ。
つかつかとテーブルに歩み寄り、正子は一同の視線が集中する中、皿をのカレーを見下ろす。
「失礼。ひと口、いただいても?」
「ええ、どうぞ」
加夜やベアトリーチェたちのほうが、当人のふたりよりも呑み込みは早かったかもしれない。笑顔で応え、美羽が新しいスプーンをすっと差し出す。
「こんなカレーははじめてだよ」
甘みに満ちた味を噛みしめて、ただひと言「素晴らしい」と正子は呟くように続けた。
「委員長の裁量では、そういうことでな。もらってやってもらえるか」
「『蒼の月』さん」
ニカッと笑って、『蒼の月』が水着の胸を張る。
さゆみとアデリーヌは、自身らのつくったカレーを楽しんでくれていた面々の顔を交互に見返していく
。
その全員の表情は、皆同じことを言っていた──……ただ、「おめでとう」と。代表するように、翠がふたりへと力強く頷いた。
彼女たちの様子に、ふたりは悟る。自分たちのカレーが、認められたこと。エクスから差し出された花束を、ふたり一緒に受け取る。
「わー、ここかあ。甘いカレー、食べたいんだけどまだ、あるかな?」
そしてタイミングを待っていたように、あちらから、こちらから集まってくる人々。
ミルディアが──寄り添いあった荒神と綾が。悠が、春日が。剛太郎たち一行が。
そりゃあ特別賞をもらったカレーだ。作っていた側も、食べていた側もその存在を知れば皆、気になってやってくるのも無理はない。
「さあ、皆に振る舞ってやってくれ。……手伝える者は手伝ってやってな!」
両手を広げた『蒼の月』の鶴の一声。頷いて、彩夜が加夜とともに立ち上がる。こっちにももっとおかわりねー。美羽が手を振る。
さあ、行くがよい。正子に両肩を抱かれ言われたさゆみとアデリーヌは、顔を輝かせて。
キッチンへ、手を繋ぎ走り出した。
悠長に構えている暇はない。客は、次から次にやってくる。
カレーがなくなるまで、ずっと。これからが、忙しくなるのだ。
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