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リアクション
第3章 夜が訪れて
夜。
「乾杯!」
「かんぱーい」
「乾杯〜!」
大きなテーブルに、肉や野菜を並べて打ち上げパーティを始めたのは、若葉分校や百合園関係者中心のカップル達だ。
「みんなお疲れ様ー」
と言いながら、桐生 円(きりゅう・まどか)は乾杯を済ませるとすぐに高い肉を狙う。
彼女達は仕込みや、川の家のお手伝いをしたり、日々の仕事を終えてから訪れていた。
「さて次は」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がジョッキをどんとテーブルに置く。
喉が渇いていたので、乾杯後一気に一杯目を飲んでしまった。
「円さん、こちらのカクテルもらってもいいですか?」
「どうぞー。先輩から沢山預かってきちゃって」
先輩達からビールにワイン、カクテルと、沢山の酒を預かり、自分自身も差入れに日本酒を持ってきたけれど、円は未成年なので酒は飲めない。
「ロザリン、いれたげるよー」
グラスに氷を入れて、缶のカシスオレンジを注ぐ。
「ありがとうございます、円さん」
入れてもらったカクテルを、ぐびぐび飲んでロザリンドは頷く。
「結構飲みやすいですねー」
ロザリンドはグラス用意すると、カクテルや日本酒を注いでいき。
「優子さんも鈴子さんもこれ飲みやすいですよー。亜璃珠さんはこちらをー」
神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)にカクテルを、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)にはなみなみと注いだ日本酒を押しつけるように渡した。
「さあ皆さーんお肉も野菜も野菜も野菜も一杯ありますよー」
ロザリンドが焼けた肉や野菜を大皿に乗せていく。
「私、からは……これ。焼いて、食べる……」
円の恋人のパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)は、焼きおにぎり用のおにぎりを取り出した。
「おっ、それいただこうかな。アレナも食うか?」
大谷地 康之(おおやち・やすゆき)がアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)に尋ねる。
「はい……っ」
浴衣甚平を纏ったアレナの顔はほんのり赤い。
「私はこれを持ってきました〜」
アレナは、川の家から持ってきたフルーツケーキを皆に配る。ラムレーズンたっぷりのケーキだ。
「あれ? アレナ酒飲んでるのか? 顔赤いの、フルーツケーキのせいってわけじゃないよな」
康之はノンアルコールにしたが、どうやらアレナはアルコールを飲んでいるようだ。
「これは、レモンジュースです」
にこにこ笑っているが、なんだかいつもと少し違う。
優子とアレナは日中も色々誘われ、アルコールを多少なり飲んでいたのだ。
「私は永遠の14歳だけどお酒飲めるんですーわーい!」
そんなことを言いながら、リナリエッタもカクテルを受け取って、美味しそうに飲んでいる。
「ふふ、14歳はないでしょう」
その隣で鈴子が可笑しそうに微笑みながら、串焼きを自分とリナリエッタの皿に乗せていく。
「あ、いいですよ! お洋服汚れるといけないんで、自分の分も鈴子さんの分も私がとりますー」
リナリエッタはすぐに、トングを手に取って自分と鈴子の皿に肉や魚介類、野菜を乗せていく。
「大丈夫ですよ。普段着ですし……ですが、この食材、贅沢ですわね」
日本産の霜降りカルビや、大海老、殻つき帆立を見て、ため息を漏らす。
「メンバーがメンバーだもの、ただのバーベキューじゃないわ」
亜璃珠が、霜降り肉に手を伸ばしながら言う。
そう、高級食材祭りなのだ。
「優子さんが獲った魚も美味しそうね。脂が乗って……」
「キミの脂肪にするために、用意したんじゃないんだけど?」
「……分かってます食べ過ぎません、どうせ食うなら女の子のほうがいいわよ」
そう言ったかと思うと、亜璃珠は優子が着ている甚平の襟首をつかみ、彼女のうなじに歯を立て――。
「バカッ! 何する気だっ」
酒を吹き出しそうになりながら、優子が亜璃珠の額を押して離す。
「甘噛みしようとしただけよ。幻夜も欲しい?」
ふふっと、亜璃珠が微笑むと、優子はちょっと赤くなって「人前でそーゆーのは止めろ」と、小声で言った。
「そう。それなら帰ってからじっくり楽しみましょう」
亜璃珠の言葉に優子が何か言うより早く。
「そのマグロもらったわ! 日本酒瓶ごと頂戴!」
亜璃珠は大きな声をあげて、手を伸ばして料理や酒をとり、優子の発言を阻んだ。
「それにしても。パッフェルと円は見たままとして」
亜璃珠が言うと、皆の視線が円とパッフェルに向けられる。
2人はとても仲良さそうに、バーベキューを楽しんでいる。
「リンは静香さんとどこまでできてるの?」
皆の視線の先が、ロザリンドと桜井 静香(さくらい・しずか)に変わった。
「曲がりなりにも男と女なのに……」
「で、できてるって……。焼肉なら沢山できてるよ。はい、ロザリンドさん」
静香はごまかすように、焼肉をロザリンドの皿に入れてあげる。
「鈴子さんもあまりほっとかれない人だと思うけど、縁談とか」
続いて、皆の視線は鈴子へと移る。
「そうですね……。でもライナがもう少し大きくなるか、ミルミがもう少し大人になるまでは」
「そうそう。鈴子さんはそう簡単にお嫁に行かせませ……いけないの」
「なかなか、優子以上の男性もいませんし」
くすっと鈴子が優子に微笑みかけると、リナリエッタはくいっと鈴子を引っ張りつつ亜璃珠と優子に尋ねる。
「お2人はどんなご関係? 仲良さそうですけれど〜」
「できてるんですか、できてないんですか。どこまでですかー」
仕返しとばかりに、ロザリンドも聞いてくる。
「私らはまあ……まだ微妙な関係で遊んでたいんだもんね?」
余裕の表情で亜璃珠は優子に微笑みかける。
「あそ……。うーん……まあ、そういうことにしておく」
優子は苦笑しつつ、亜璃珠の空いたグラスに酒を注いだ。
「なんだかいいなぁそういう話……俺にもそういう幸せを共有できる子、できるかな?」
ぽつりと、康之が呟いた。
「さて、円ちゃん」
焼けた肉を自分達の方へと引き寄せて、リナリエッタがにやりんと微笑む。
「大人になるにはBBQでピーマン一気食いが必要なのよー。ほらーたべなさーい!」
そして焼けたピーパンをさささっと、円の皿の上に乗せていく。
「そ、そんなことしたら、大人になる前に死んじゃう……っ」
円はピーマンを返そうとするが。
「肉も食べていいんですよ。はい肉、そして野菜。肉、ピーマン、ピーマン、ピーマン」
ロザリンドも円の皿に容赦なくピーマンの串を乗せる。
「亜璃珠さんもどんどんどうぞー」
亜璃珠には、野菜、野菜、蒟蒻、野菜、野菜の串を乗せていき、最後に何もついてない串を乗せる。
「心で見ればお肉いっぱいー。自分の贅肉思い浮かべればお腹いっぱいー」
「リン……。あ り が と う。野菜も有機野菜だし、美味しいですわ」
酒をあおりながら、タレを付けて、亜璃珠は戴くことにする。
「でもこれは、円に」
ただ、ピーマンだけは円の皿に移す。
「みんな、やめてよぉ! 執拗にピーマン食べさせようとするのやめてよぉ!」
「一気、一気、一気〜」
リナリエッタは手拍子。
「さあさあさあさあ。まだまだ沢山ありますよ」
リンは野菜と肉ちょこっととピーマンを更に円の皿へと入れる。
「皆、飲みすぎだよぉ。ぼ、ぼくがしっかりしなきゃいけないのか!」
そう思う円だが、ロザリンドはトングを離さず、円の皿にはピーマンばかり乗せられ続ける。
「皆、ひどいよぉ。パ、パッフェル! 助けてよ!」
隣に座っているパッフェルをゆさゆさゆする円。
「パッフェルは飲んでないよね!? えっ、えっ!」
しかしパッフェルの前には、空のグラスやら、空の缶やら、空の瓶が大量に。
「円も、飲む……?」
平然とした表情でとくとく酒を注いでいく。
「ぼ、ボクはまだお酒は飲めないよ?」
「そう……。ピーマン、美味しそう」
ピーマンの串焼きをつまみに、注いだ酒をもくもくとパッフェルは飲む。
「ど、どんだけ飲んでるのパッフェル……!」
随分と飲んでいるようだが、特にパッフェルに変化はなかった。
「アレンさんは沢山食べて沢山飲んで、沢山出せば一緒に出ますよー」
とか名前を間違え、完全なる善意なのかどうなのか分からないことを言いながら、ロザリンドはアレナには、肉も野菜も乗せて、リキュールやらワインボトルやら渡していく。
「ふふふ、ロザリンドさん、いつもありがとうございます」
「沢山出してくださいねー」
「はい」
アレナは勧められるがまま、食べたり飲んだりする。
「はい、静香さんもあーん」
「え? うん」
ロザリンドが静香の口に高級肉を運ぶ。
素面だった静香はちょっと驚いた顔ながらも、口を開いて肉を入れてもらった。
「美味しいね」
「もっと、どうぞ」
静香とロザリンドが微笑み合う。
「……ところれ、さくらいこうちょお」
アレナが赤い顔を、静香に向けてきた。
「ん?」
「前から思っていたんれすけれど」
純粋な目でアレナは静香に問いかける。
「こうちょおはどうして、宦官にならないんれすか? なれば百合園の皆を守れるようになるんれすよね? 生徒に守ってもらうこうちょおってちょぉっと違うと思うんれすよー。コンロラクラーれ、お酒も飲める年らのに、白百合団のころも達に守って貰うんれすか〜」
酔ったアレナの直接的な言葉に、静香は飲み込みに失敗し咳き込む。
「アレナさん……出してはならない話題を、出してしまいましたね」
ロザリンドが目を光らせてアレナを見る。沢山飲んだら、沢山出ただけなのに本音が。
「げほっ、あ、いや……。うん。ごめんね。ごめんなさい。アレナさんにはいつかちゃんと謝らないとって思ってたんだ。
僕を助ける為に、アレナさんやロザリンドさん、亜璃珠さん達が深く傷ついたこと、あったよね。その時に君が抱いた感情も、なんとなくだけど……わかっているよ。ごめんなさい」
静香がぼーっとした表情のアレナに頭を下げた途端。
「ごめんなさい、アレナ……っ」
突然、亜璃珠がぽたっと涙をこぼした。
「ごめんなさい、優子さん……」
しくしくしくしく。日本酒を手に亜璃珠は泣き始めた。
「あの時も、その時も、この時も、私がもっとしっかりしていれば……うう、ごめんなさい」
謝りながら泣いている亜璃珠に。
「ありすさん……っ」
アレナがぎゅっと抱き着いた。
「ありすさん〜……ゆーこさんよりも、柔らかくて気持ちがいいれすぅ〜」
「アレナぁ……ごめんねぇ」
なんだかよく分からないが、2人は強く抱き合っている。
「アレナ、ちょっと飲みすぎじゃないか? 水飲んで、少し休んだ方が……」
心配して康之が水を手に、アレナに触れた。
「やすゆきさん……」
亜璃珠の豊満な胸から赤い顔を上げたアレナは、康之にふわっと笑みを見せて手を伸ば……。
「こら、男性はダメだぞ」
優子がアレナを強引に引っ張る。
「ゆーこ、さん……っ」
アレナは幸せそうに優子の腕に抱き着いた。
「ふふ、れはここでリナ様のスペシャル素材の投入!」
赤い顔のリナリエッタは、クーラーボックスを持ち上げた。
「生きのいいタコさんいっぱい!」
生きたままのタコが、テーブルの上や下に落とされる。
「あ、あれ」
そのうちの1匹がリナリエッタの服の中にころんと落ちた。
「いやーん! 触手が変な所にい!!」
「リナさん……ふふ、仕方ありませんね」
突如鈴子がリナリエッタを押さえると、リナリエッタの服に手を伸ばし、引っ張って破こうとした。
「す、鈴子さーん。なにをー。いたあーい」
「大人しくしていなさい、すぐすみますから」
鈴子の目は座っていて、黒いオーラを纏い黒い笑みを浮かべつつ、リナリエッタの服の中に手を入れる。
「あ、あ、鈴子さん、そんな、強引に、やめてー!」
「あらあら、タコの吸盤がくっついて離れませんわね。リナリエッタさんのお肌が気に入ったようですよ」
「そんなこと言ってないで、離してぇ。ひぃんー」
リナリエッタが悲鳴を上げる。
「皆、酔いすぎだよぉ! 飲むより食べようよ、タコは生きたままじゃ食べられないよー。料理をしなきゃ、料理を!」
そう言う円も、アレナが持ってきたお菓子を食べてから、少し頭がくらくらしていた。
「ううう、ピーマン、ピーマンの山が越えられない……」
目の前のピーマンの山が高すぎて(高く見えすぎて)、円の手は食材に届かない。
「あー、リナさんとタコさんが遊んでますねー。ここにもタコさんが」
テーブルの上のタコを突如ロザリンドが掴みあげる。
「私もタコさんちゅー、ちゅー、ちゅー」
そしてキスをしまくる。
「静香さんもタコさんちゅー」
タコを静香の口に押し付ける。
「わっ。ろ、ロザリンドさん〜。飲みすぎ。というか、ロザリンドさん酒癖悪い?」
「タコさんと遊ぶでちゅー」
ロザリンドは静香からタコを奪って、タコにキスをしたつもり、だった。
だけれど、彼女の唇が触れたのは、タコではなく静香の頬、だった。
「……!!」
「ふふ……タコさんには沢山で、僕には一回?」
静香がそんな風に尋ねると、ロザリンドはタコのように赤くなった。
「アーレーナー!」
突然、空から大きな声が降ってきた。
一同が顔を上げると。
空に垂れ幕が広がっていた。
『アレナ誕生日おめでとう!』
と、書かれた垂れ幕を、空から――打上げ華美で飛び、広げているのは康之だった。
「やすゆきさん、いつの間に……」
驚いていたアレナの顔が、徐々に微笑に変わっていく。
「――よっと」
十数秒後に、翼の靴を履いた康之は、アレナのすぐ側に降りてきた。
「アレナ、遅れちまったけど誕生日おめでとう!」
そして、アレナに誕生日プレゼントのオルゴールを差し出す。
「やすゆき、さん……っ、ありがとうございます」
「こらこら」
受け取るなり、康之にがばっと抱き着いたアレナを、すぐに優子が剥がした。
「は、ははは……っ。それにしても、凄い事になってるな……」
全く酒を飲んでいない康之は、百合園のお嬢様達の酔っぱらった姿に、笑みを漏らす。
亜璃珠はまだ泣いていて優子に頭を撫でられており。
ロザリンドは静香に心配されつつ、赤い顔でピーマンや野菜をしきりに円の皿にいれており、戻そうとする円と攻防を繰り広げていた。
パッフェルはひたすらもくもくもぐもぐとピーマンと酒を自分の口に運んでいる。
リナリエッタの服は何故か少し裂けていて、側で鈴子が黒い笑みを浮かべながらワインを飲んでいる。
「そ、そろそろ酒は止めて、花火見ようぜ!」
康之がそう言った途端。
パン、パパン、パン――。
大きな光の花が、空に咲いた。
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