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【4周年SP】初夏の川原パーティ

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【4周年SP】初夏の川原パーティ

リアクション

 巨大イカの足に絡め取られ、宙に持ち上げられていた熾月 瑛菜(しづき・えいな)は最初のほうこそ大声で悪態をついていたが、いつの間にかその手には鞭が握られていた。
「巨大化したおかげで食いっぱぐれがなさそうじゃん! 多少、大味でも目をつぶってあげるよ!」
 そう言って、鞭で鋭くイカの足を叩くと、体を締め付ける力がわずかに緩んだ。
 その少し緩んだ隙間に無理矢理もう片方の手を差し込み、腰のポーチからしびれ粉をつめた小瓶を引っ張り出す。
 そして、眼下のアテナ・リネア(あてな・りねあ)を呼んだ。
「アテナ、包丁!」
「オッケー!」
 アテナが刺身包丁を振って応えたのを確認すると、瑛菜は小瓶のコルク栓を噛んで抜き取り、中身を巨大イカにぶちまけた。
 アテナの刺身包丁を警戒し、振り上げた大きな足がビクッと震える。
「瑛菜おねーちゃんを離せー!」
 瑛菜を捕まえている足を切り離そうとアテナが飛び掛かった時、偶然にも巨大サバが目の前に跳ねた。
 アテナの刺身包丁は、巨大サバを真っ二つにした。
「邪魔しないでよっ」
 アテナは頬をふくらませる。
 助けられなかった瑛菜を悔しそうに見上げたアテナは、その向こうに小さく光るものを見た。
 やがてそれが人影だと気づいた時には、その人物の名を呼んでいた。
「エリー!」
 アリスういんぐを広げたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、獲物を狙うハヤブサのように急降下してくる。
 瑛菜を捕らえた巨大イカの太い足とすれ違いざま、鋭い漆黒の爪アリスくろうが一閃、その足を綺麗に切断した。
 そして宙に投げ出された瑛菜のもとへふわりとUターンし、自分より大きな彼女を軽々とキャッチ。
 エリシュカの細い腕には、怪力の籠手が装備されていた。
「うゅ……えーな、けがはない、なの?」
「び、びっくりした〜!」
 エリシュカは気遣ったが、瑛菜からは上空から来る彼女が見えていなかったため、突然の出来事に心臓がドキドキしていた。
「はわ……ごめんね?」
「あっ、ううん大丈夫! ありがとね。でも、この体勢はちょっと恥ずかしいなぁ……」
 瑛菜はエリシュカにお姫様抱っこされて、ゆるゆると飛んでいた。
 向かう先は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が待つ機晶複合艇【Sailfish】だ。
 Sailfishの甲板に降りたエリシュカが瑛菜を下ろすと、ローザマリアが軽く肩をすくめて申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
 それに対し瑛菜はさっぱりとした笑顔で答える。
「ううん、助けてもらったし。エリーのそれ、凄い切れ味いいね」
 それ、とアリスくろうを示す瑛菜。
 それから、きょろきょろとアテナを探した。
「アテナならここよ」
「おねーちゃん、無事でよかった〜。ローザおねーちゃんに拾ってもらったんだよ」
 ローザマリアの後ろから駆け出てきたアテナが、ぽふっと瑛菜に抱き着いた。
 瑛菜が微笑んでアテナの頭を撫でた時には、アテナの目はエリシュカに向いていた。
 そして、サッと瑛菜から離れて嬉しそうにエリシュカに飛びつく。
「エリー、ありがとう!」
「はわ……アテナもえーなも、ぶじでよかった、なの」
「うんっ。今日はいっぱい遊ぼうね!」
「うゅ、ビーチボール、もってきた、よ。それと、楽器」
「楽器?」
「アテナに、おみやげ、なの」
「何だろう、見てみたいな〜」
「岸についたら、いっしょにえんそう、なの」
「うん、楽しみ!」
 Sailfishはサルヴィン川を上流へ向かう。
 やがてゆっくりと岸へ寄り、ローザマリア達は川原へ下りた。
 陽光に水面がキラキラと反射する様は、初夏の暑さと川辺の涼しさの対比を演出している。
「種もみ学院の研修旅行の時、バリまでは行かなかったでしょ。その分、今日はここで泳ぎましょ」
「いいね! やることいっぱいあるね。ビーチバレーに合奏に……一日じゃ足りないかも」
「その時は、また次にとっておくのもいいんじゃない?」
「そうだね。『また今度』ってちょっとワクワクするね。次に会った時はあれしようこれしようって、考えるだけて楽しくなってくるよ」
 ローザマリアと瑛菜はおしゃべりしながら川に足をひたす。
 ひんやりした水温に、全身がすうっとさわやかになっていく。
 エリシュカとアテナを見ると、水しぶきをあげながらビーチボールを弾きあっていた。
 アリス二人に負けてられない、とローザマリアと瑛菜もわざとしぶきをあげて混ざっていった。
 やがて川遊びにほどよく疲れた頃、四人はSailfishに戻って甲板でのんびりしていた。
 ローザマリアと瑛菜はデッキチェアでくつろぎ、口当たりの良いドリンクで喉を潤す。
 その傍で、エリシュカとアテナはロニアット・アエックとラナートを弾いていた。
 やさしいテンポのメロディに、身も心もリラックスしていく。
「ここは、キマクからも離れていて自然も豊かね」
 まるで旋律に乗るように言うローザマリア。
 瑛菜は向けた視線で肯定を示す。
「思ったんだけど、ここに軽音部の部室を作ってみるというのはどうかしら?」
「ここに?」
「ええ。広いし涼しいし。建材のトタンなら準備できるわ」
「ここに部室かぁ……合宿できるかな? 部室の周りでキャンプするの。みんなで歌って演奏した後は、キャンプファイヤーだね」
 楽しそうに言う瑛菜に、ローザマリアも微笑む。
「うん、いいねそれ。建材はあたしらも用意するよ」
 新たな計画に、とぢらからともなく手にしていた缶ジュースを合わせた。

○     ○     ○


 正月にキスをした。
 それにより、それまでの気まずさは脱した。まだ多少のしこりはあったとしても。
(そう思ってるのは、あたしだけじゃないよね……?)
 川原のひんやりと気持ちの良い風を受けながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は思った。
 ちらりと、隣のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を覗う。
 しかし、彼女の涼しげな目元からは何を考えているのか読み取れない。
「どうしたの?」
 じっと見つめすぎてしまったのか、視線に気づいたセレアナがやわらかに微笑んで振り向いた。
 セレンフィリティは、見ていたことに気づかれたことが恥ずかしくなり、慌てて笑顔を作った。
「ううん、何でもないの。ねえ、もう少し川上のほうに行こう。巨大魚との戦いもいいけど、今日は……ね?」
「ええ、いいわよ」
 戦闘は教導団の任務で毎日のようにこなしているから、こういう日くらいはふつうの女の子に戻って遊びたいというセレンフィリティの思いを、セレアナは正確にくみ取った。
 二人は並んでゆっくりと川上を目指す。
 美人二人が歩いて行く後ろ姿を、何人もが見惚れていたことを彼女達は知らない。
 そして、いざ気に入った場所に着いてみたが、セレアナはどうしたらいいのかわからなかった。
(雑誌とかで川原の遊びの風景を見たことはあるけど、私があんなふうにはしゃぐの……?)
 想像できないわ、と首を振るセレアナ。
 と、いきなり横のほうから水をかけられる。
「隙あり〜!」
 膝あたりまで川に浸かったセレンフィリティが、悪戯が成功した子供のように笑っていた。
「ちょっとセレン……!」
「あはっ。ほら、どんどん行くわよー!」
「ま、待って! ……もう、待ちなさいって言ってるでしょ!」
 バシャバシャと水をかけてくるセレンフィリティに、とうとうセレアナは制止を諦めて反撃に出ることにした。
「仕返しよ!」
 ざばぁっ、とひときわ大きく水しぶきをたてるセレアナ。
 セレンフィリティはそれだけで全身水浸しになった。
 おまけに少し水を飲んでしまう。
「けほっ。もう、容赦ないなぁ」
 と言いつつも、笑っているセレンフィリティ。
 しかし、同じくらい水をかぶっているセレアナを改めて見て、ドキッとしてしまった。
 濡れそぼったTシャツは均整のとれた体のラインにぴったり張り付き、その下の黒のハイレグビキニを透かしている。
「……セレアナ、そのかっこう」
「ええ、セレンのおかげですっかり濡れてしまったわね。どうしてくれるの?」
 恋人の艶っぽい姿にドギマギするセレンフィリティに対し、セレアナはとても落ち着いている。
 セレアナは綺麗な微笑みを浮かべると、ゆっくりとセレンフィリティの目の前まで寄ってきた。
 そして、目線より少し上にあるセレンフィリティの目を見つめ、肩に腕を回すと……。
 ザパッとその頭を水に沈めた。
「──ぷはっ。ちょっと、いきなり何すんのよっ」
「ふふっ、水もしたたるイイ女よ、セレン」
「したたるって言うか、沈めたでしょ!」
「気のせいよ」
「そんなわけあるかー!」
 バシャーン、とセレンフィリティは盛大に水しぶきをあげたが、二人の距離が近かったため同じくらい水をかぶるはめになった。
 ぽたぽたと髪からしずくをこぼし、しばし見つめ合った二人は、ふと同時に吹き出した。
「こんなふうに遊ぶの、久しぶりよね」
「今日はセレンと遊ぶことだけを考えるわ」
「あたしも」
 セレンフィリティとセレアナは、くすくす笑い合いながら川遊びを楽しんだのだった。

○     ○     ○


 川原を歩くどこか夢見がちな足取りに合わせて、白みがかった淡い金色の髪がふわりふわりと揺れる。
 艶やかな長い髪は赤い大きなリボンでポニーテイルに結われていた。
「佐保先輩、ミーナの水着を褒めてくれるかなぁ」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の頭に浮かぶのは、憧れの真田 佐保(さなだ・さほ)
 何やら幸せな想像をして盛り上がっているミーナの後ろを、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)立木 胡桃(たつき・くるみ)がくすくす笑いながらついていっていた。
「みーな、たのしそうですぅ」
「きゅうん(でもちょっと、足元が危ういですよ)」
 ふさふさのリスの尻尾を揺らす胡桃。
 その頃ミーナの夢は、ある山場を迎えていた。
(先輩、ここは足場が悪いですからミーナに掴まってくださ……)
「──きゃあ!」
 夢では足を滑らせるのは佐保だったが、現実にはミーナのほうだった。
 とっさに支えようとしたフランカと胡桃より早く、ミーナを抱きとめに入る一陣の風。
 ミーナは、やさしい春の風に包まれたような感じがした。
 思わず閉じていた目を開くと、心配そうな佐保の顔があった。
「さ、佐保先輩……!」
「ここは足場が悪い。気をつけねば危ないでござるよ」
 そのセリフは、まさにミーナが佐保に言いたかったものだった。
 すっかり立場が逆転してしまったミーナは、ふと今の二人の体勢に気づいてあたふたし始める。
 ミーナは佐保の膝にちょこんと乗っていた。
「あぅ。あの先輩、お顔が近い……いえあの、助けてくださりありがとうございます……。ところでその」
「そなた、大丈夫か? 足でもくじいたか?」
 ただでさえ近くにある佐保の顔が、ミーナの足に触れようと体をさらにくっつけて手を伸ばしたため、ミーナは一気に頬が熱くなるのを感じた。
「あのっ、どこも何ともないです。先輩のおかげです。……それであの、お顔が、近いですよぉ」
 言われて初めて気づいたように、佐保の目が軽く見開かれる。
 そして、パッと体を離した。
「す、すまぬ。大丈夫ならそれで良いでござる」
 ミーナにつられたのか、佐保の頬も若干朱に染まってるようだ。
 佐保は少し視線を彷徨わせると、ミーナを支えながらゆっくり立ち上がった。
「歩けるなら行こう。この先においしいものを売ってるところがあった。それとも、川で水浴びをするでござるか?」
「せっかく水着を着てますから、川に行きましょう」
 この時、ミーナは初めて落ち着いて佐保を見た。
 佐保の雰囲気に似合った青い水着姿で、胸元はフリルやリボンでかわいらしく飾られている。
 おそろいにしたつもりはないが、偶然にもミーナと色違いのように似たデザインだった。
 佐保もそれに気づき、おや、と眉をあげた。
「何だか、おそろいみたいで照れますね」
 佐保ははにかんだような笑みを浮かべる。
「先輩、ミーナのお胸、去年よりちょっと大きくなったのですよ」
「そうなのか?」
 佐保の視線がミーナの胸元に注がれる。
 二人は胸が小さいことを気にしていた。そのため、水着はそのあたりをごまかすようにフリルやリボンで飾っているのだ。
 あまりにじっと見つめられ、恥ずかしくなったミーナはわずかに身じろぎした。
 実は、佐保にはミーナの胸が大きくなったのかどうかわからなかった。
 だが、わざわざそれを口にはしない。
「拙者も諦めてはならんでござるな」
 そう言って微笑んだ。
 二人はどちらからともなく手を繋ぎ、川へ向かう。
 つま先からそっと流れにつけると、ひんやりと気持ちの良い冷たさを感じた。
「先輩、向こう岸まで泳ぎましょう!」
「競争か? 受けて立つぞ」
 言うなり、佐保はザブザブと進んでいく。
「あっ、先に行くなんてずるいです! ──ひゃうっ」
 慌てて追いかけたミーナは川底の石に足を滑らせる。
 流されそうになったところを、佐保の手が捕まえた。
「今日のそなたは危なっかしいでござるな。拙者から離れるな」
 苦笑しつつも、佐保の目はやさしい。
 二人は手を離さないまま、川泳ぎを楽しんだ。

 その様子を、フランカと胡桃がじりじりしながら眺めていた。
「きゅー……きゅい。ん(何かじれったいです)」
「……くるみおねえちゃん、フランカたちも、およぐですぅ!」
 もっと情熱的になってもいいのにと思っていた胡桃に対し、フランカは楽しげなミーナ達と同じように遊びたくなったのだった。
 胡桃の手を引き、川に入っていく。
 深いところには行かないように、というミーナの言いつけはちゃんと守った。
 キラキラ光る水にフランカの心も弾む。
 それは、胡桃に向けて水しぶきをあげるという形で表された。
「それそれ♪ つめたくてきもちいいですぅ〜!」
「きゅいきゅい♪」
 胡桃ははしゃぐフランカがうっかり深いほうに向かわないよう気をつけながら、大きな尻尾でしぶきを防ぎ、あるいはパシャンと川面に打って水滴を跳ね上げた。