校長室
ニルヴァーナの夏休み
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創世祭のために特別に設置された巨大プールの周囲には、屋台やら出店やらを自由に出して良いスペースが確保されていた。 前日の準備段階から多くの契約者たちが顔を見せていたが、祭りの当日である今日は自由に歩くのが厄介なほどに客が、人が集まり賑わっていた。 契約者たちが出す屋台は基本的には連なり並んでいて、神崎 荒神(かんざき・こうじん)の『まったりのんびりまいぺーす』という名の店もその並びの中にある。 「はいよ。カレーが三つに焼きそばとラーメンだ……って、一度には運べないよな」 言いながら気付いて訂正した。幾らトレイが空でも、これだけの量の料理を一度に運べるはずはない。それでもジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)はトレイを軽く振りながら、 「大丈夫よ、マーク(マーク・モルガン(まーく・もるがん))にも運ばせるから」 「そう? じゃ、冷めない内に頼むよ」 「もちろん」 荒神の店は、いわゆる「海の家」だ、それゆえに料理のバリエーションも量も多い、それに嬉しいことに客も多い。それなのに料理を作るのは荒神とパートナーの蒼魔 綾(そうま・あや)の二人だけ。どうしたって手が足りない。これほど繁盛するとは思っていなかったとはいえ、ジェニファとマークが手伝ってくれている事は実に正直に本音で助かっている。ちなみに、ジェニファが麗人風の男装をしているのは……彼女の趣味だ。 「あぁ、そう言えば、」 配膳に向かおうとした足を止めてジェニファが訊いた。「このカレー、ずいぶん客の反応が良いんだけど、彼女、インド人か何か?」 「んな訳あるか。ただのカレー中毒者だよ」 店で出しているカレーは全て綾が作っている。味は抜群のようだが材料や行程などは荒神も知らない。「グロい食材は使っていない」と言ってはいたし、評判になっているなら万々歳だ。 「彼女、強化人間なんでしょう? カレー職人の遺伝子でも混ざってるんじゃない?」 「そんな事ができるなら、もっと他の遺伝子を混ぜて欲しかったね。っと、ちょっと失礼」 急に荒神が険しい顔で調理場を睨んだ。カウンター越しにチャラそうな二人組が綾に声をかけている。 「わたくしが行きます」 「いいや俺が行く。それ、冷めちまうぜ」 「あぁ、そうね、忘れてた」 綾は配膳、荒神は虫退治。それぞれクルリと背を向けて歩み始めた。 人が集まるという事は、それだけ個性が会するという事だ。人が集まれば集まるほど、変わった奴も増える。そうら、すぐ隣の出店にも。 「あれ? ここ、ハンバーガー屋さんじゃないの?」 カウンターに着くなりシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)がそう言った。彼女も首を傾げていたが、それ以上に首を傾げたいのは店主の曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)だろう。 「ハンバーガー? 何のことだぃ?」 彼が出しているのは「お好み焼き屋」だ。決してチキン屋などではない。 「お好み焼き♪ わぁ♪ 美味しそう♪」 シャノンがルンルンに目を輝かせる。今日は全てのジャンクフードを食べ尽くす、と意気込んで屋台を回っているが、お好み焼きは初めてだ。しかも聞けば「関西風」だという。シャノンは関西風も大好きだ。 「かわいいちっちゃなお好み焼き、いかがですかー?」 鉄板越しにマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が宣伝をしてきた。「猫着ぐるみ」な彼女は、きちんと三角巾と割烹着を着ていた。 「クッキーみたいに型抜きをする「お好み焼き」なんです。いかがですか?」 「食べる食べるー♪ あっ、これならグレゴ(グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー))も食べられるんじゃない?」 「ん……いや…………結構だ。シャノンの分だけでいい」 「またそんな事言って。人生の殆どを損するよ、もったいないよ?」 大半がジャンクフードに占められる人生が幸せかはさておき。シャノンは幸せそうに「プチお好み焼き(関西風)」を口に運んだ。 「あ、それよりも、さっきの。どうしてうちが「ハンバーガー屋」だと思ったんだぃ?」瑠樹の問いた。 シャノンは口をモゴモゴさせながら「だって、表に居たから。ピエロ」 「ピエロ?」 瑠樹が店先に出て行くと……そこには確かに! あの! 顔は白塗り赤鼻赤髪アフロのマスコットピエロに瓜二つな「ピエロ」が立っていた! ……というかカクカク動いていた。 「おや、もう見つかってしまったか?」 怪しげなピエロに瑠樹が問いている。遠目に見ていたルーク・ナイトメア(るーく・ないとめあ)はその様を見ても目は笑っていた。 ピエロになりきっているのはパートナーのリリ・マクレラン(りり・まくれらん)、ピエロの格好をしているのは自分をより一層に滑稽に見せるためだ。女優を目指す彼女の今日の習練は衆人環視の中でパントマイムを披露する事のようだ。 電池が切れたように突然動きを止めたり、その逆に急に動き出したり。そうした動きもパントマイムの一部だが、その度に通行人たちは一様に驚き、跳ね上がった。 リリのパントマイムはもちろん面白いが、それらの様もまた、実に愉快で面白かった。 「さぁ、どうするのかな?」 ピエロが職質を受けている。プロ意識からか、リリもまた話さないものだから余計に話が進まないようで。どうするのかと眺めていると――― 「逃げた?!!」 わざと膝を高く上げる滑稽さを演出しながらピエロは突然に駆け出した。その方が面白いと判断したのだろう、実際に通行人からも笑い声が起きていた。そしてその様にいち早く喰いついたのが柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)だった。 「逃げた! ピエロが逃げたよ! 脱走ピエロだ!!」 カメラを向けながらにピエロを追う。店主舐めの画は収めた、次は驚く通行人バックの逃げる後ろ姿が欲しいところだ。 「待てぇ!」 「いや、ちょっと……お前が待てぃ!」 すぐ後方でパートナーの柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が叫んだ。貴瀬の撮った写真を買いたいという客に、データの譲渡を行っている最中だった。まぁ、アドレスは聞けたから、後は送信するだけ、この場でなくても問題はないのだが――― 「すまない! データは必ず送るから」 客に謝罪を入れて、貴瀬を追いかける。 「待て! 貴瀬!!」 人混みの中を逃げるピエロ、カメラを構えてそれを追うカメラマン、そしてそれを追う荷物持ち。これもこれで面白い画になっていることだろう。 「ほわぁ……屋台がいっぱいだぁ……!」 立ち並ぶ店々を見上げてハルミア・グラフトン(はるみあ・ぐらふとん)が言った。首が痛くなるだろうに、グイと顎が上がっている。 「……おいしそうなの、いっぱいあるのですねー」 クレープ屋の前で立ち止まったハルミアは、薄く丸く生地が伸ばされてゆく様を「じーっ」と見つめた。 「どんなに強く見つめても、お金を払わなければ手に入りませんよ」 パートナーのアルファ・アンヴィル(あるふぁ・あんう゛ぃる)が水を差す。 「わ、分かってますよっ! そんなことくらい……もちろん知っているのです」 アルファのメイドとして来ているはずに、クレープを見つめるハルミアはレストランのディスプレイに張り付く子供のようだった。 「買ってもいいですよ。どれにしますか?」 「えっ、好きなだけ買っていいのでございますかっ!」 「そこまで言ってません。ここでは一つです」 「わーい。えーと、えーと、どれにしようかなー」 ちゃんと伝わっただろうか、ハルミアは既にクレープ選びに夢中になっている。 「何かオススメはありますか?」 アルファはクレープを焼いているソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に訊いたのだが――― 「オススメは「龍雷ワッペン」でござる!」 同じ並び、カウンターのこちら側、完全にただの客である甲 賀四郎(かぶと・かしろう)にオススメされてしまった。それもクレープと全く関係ない「龍雷連隊」のグッズの売り込みだった。 「他にもあるでござるよ、蚩尤(羌 蚩尤(きょう・しゆう))!」 ババッと蚩尤が両掌を広げる。「腕章」「Tシャツ」「岩造フィギュア」などなど諸々が顔を見せた。 「いかがでござるか」 「いえ、欲しいのはクレープです」 ハルミアがバッサリと断った。二人はシュンとしてしまったが、その見事な断り様に雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が声を上げて笑った。 「良いね、嬢ちゃん、気に入ったぜ!」 ソアの店『しろくまクレープ屋さん』のマスコットでもあるベアは、無駄にキメ顔で寄ってきた。 「よぉし、嬢ちゃんには特別にアイス三割増にしてやるぜ。いいだろ、ご主人(ソア)?」 「もう言ってしまったのですから、そうしますよ」 手際よく包み紙を巻いて整えれば完成。ソアは客にクレープを手渡してからハルミアに向いた。 「お待たせしました。アイス三割増でしたら、イチゴやブドウのアイスを使ったものが良いですかね? もちろん定番のババナチョコクリームやプリンを使ったクレープもありますよ」 「んー、んー、えーと、えーと」 「一つだけですよ」 「むー! アルファのイジワルっ!」 プリプリしたが、メニューボードに目を向けるとすぐに笑顔に戻った。別にイジワルで言ったわけではない、もちろんケチな訳でもない。 他にも屋台はたくさんあるのだ、そしてほぼおそらくその全てにハルミアは喰いつく事だろう。 まだまだ祭りを楽しむために。ここは少しばかり我慢をしてもらおう。