校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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深空 壮太が結とあっていたのと同じ頃。 「ほうら、あ〜ん」 橘 柚子(たちばな・ゆず)が笑顔で、竹串に刺した水羊羹を差し出す。 「ア〜ん」 ダークヴァルキリーが、体中にあちこちある口をみんな開ける。 柚子は少し考えてから、小さすぎず大きすぎない口を選んで羊羹を入れた。小さい口や構造が分からない口に入れて、ノドに詰まらせたら大変だ、という配慮である。 「深空ちゃんは甘いお菓子が好きどすなぁ。次はどれにしはります?」 木花 開耶(このはな・さくや)が目を細めながら、手作りの和菓子が詰まった菓子折りを彼女に見せる。見た目にも華やかで、季節にあった涼しげな菓子が並んでいた。 「うーーーン、こレガいイ!」 触手の一本が、綺麗な菓子のひとつを指す。 「ふふっ、さあ、どうぞ」 「和菓子の次には、ドーナツもありますからね」 東間 リリエ(あずま・りりえ)がミスドのドーナツの箱を掲げて、微笑みかける。この前、ドーナツをもっと召還してほしいとねだられたので、おみやげに持ってきたのだ。 するとリリエの前の口が、ぱかりと開く。リリエはそっと口をのぞきこむ。 「他の口と別々に食べて、まざちゃったりしません?」 「ヘイき。ドーなつ早く早ク」 リリエがドーナツをその口に食べさせる。和菓子とドーナツの同時食いだ。 「おイヒい〜」 ダークヴァルキリーは上機嫌だ。 「まだまだドーナツ、いっぱいありますからね」 実はリリエはジークリンデから頼まれて、彼女が作ったドーナツをミスドのドーナツに混ぜてある。 見ている限り、ダークヴァルキリーは気づいた様子もなく、同じように喜んで、もぎゅもぎゅと食べている。 (うーん、すごい光景だ) ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)は注意深く、周囲を見まわす。 ダークヴァルキリーが旧王都を気にしていたと聞いて、もしやアトラスの傷跡付近にいるのではと、その周辺を探す事を提案したのはジェラルドである。 彼の予想はぴったりで、火山上空を飛ぶ奇怪な姿を割合とすぐに見つける事ができた。ダークヴァルキリーも彼らの顔を覚えていて、「深空ちゃん」という呼びかけに気づくと、自分から舞い降りてきたのだ。 リリエも開耶も、この図体の大きな妹に目を細めている。 ジェラルドは自分だけはと、周囲に気をくばり、雰囲気を壊さない程度に警戒する。 この近辺でも教導団の部隊が動いていた、という地元民の噂も聞いている。 尾根の向こうから何か巨大な物が飛んできて、ジェラルドは一瞬身構える。しかし。 「なんだ、エンプティか」 すると柚子がふと上空を指して言う。 「ほら、深空ちゃん、またお友達が来てくれはりましたよ」 エンプティの上には、結ではなく早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が乗っていた。 「ぐー」 「ありがとう、エンプティちゃん。皆さん、深空ちゃん、お久しぶりね」 「わァイ、オ弁当♪」 あゆみが持ってきた弁当に、ダークヴァルキリーが喜ぶ。 エンプティは彼女を送ると、結のもとへと戻っていった。 今度は和菓子とドーナツと弁当の同時食いになった。 「優しいお姉さんたちに可愛がってもらっていたのね」 あゆみの言葉に、ダークヴァルキリーは急にふくれて、触手で溶岩をベシベシと叩いた。 「姉さンハ優シクないモん! 開耶タちガ本トノ姉サンダったらイイのニ」 あゆみは首をかしげて尋ねる。 「深空ちゃんはお姉さんの事、嫌いなの?」 「ウん!」 即答だ。 「あなたにとって、ジークリンデちゃんはどんなお姉さんだったのかしら?」 「うソつキ!」 「どんなウソだったんですか?」 リリエが聞く。先ほど彼女に、すまなそうに、また少し寂しそうにドーナツを託したジークリンデからは、嘘つきという印象は受けなかった。 「クレるっテ約束しタノニうそついタ! 頭ノきらキラ、くれナカッた!」 「髪飾りかティアラかしら? 冠、帽子もあるわね」 あゆみは頭につけて輝きそうなものを考える。 「深空ちゃんはそのキラキラが欲しかったんどすか? 代わりのキラキラ、私たちで作らはりましょうか?」 柚子が穏やかに聞いた。ダークヴァルキリーは考えこんだ。 「深空ちゃん?」 柚子は彼女の手、は高い場所にあるので、触手をそっと握り、その顔をのぞきこんだ。 ダークヴァルキリーはうつむき、ぽつりと答える。 「姉サン、ウそつイタ……。ミんな、姉さんノミかた……」 今にも泣き出しそうな声だ。あゆみは彼女にそっと近づいた。 「大丈夫よ、深空ちゃん。 これから沢山お友達を作って、一緒に楽しく過ごしたりして素敵な思い出を作りましょう。 そうして生まれた気持ちは、きっと深空ちゃんの宝物になるわ。 誰も奪う事なんて出来ない、深空ちゃんだけのものよ」 そう言って、あゆみはダークヴァルキリーをぎゅっと抱き締める……が、相手の方が大きすぎて、抱きついているようにしか見えない。 遠くで響いた音に、ジェラルドとダークヴァルキリーが反応する。 「今の……銃声だよね。教導団が近くまで来てるのかも」 飛び立とうとするダークヴァルキリーに、リリエが飛びつく。 「い、行っちゃダメです」 「敵意敵意敵意……闇ガ広ガル……」 ぶつぶつ呟く彼女をリリエは、抱きとめる。 「行ったらダメです。だって私はダークヴァルキリーさんと深空ちゃんが好きですから。だから死んだら嫌なんです」 ダークヴァルキリーの触手と手が、リリエの髪をなでる。 「マタ遊ぼウ……」 そう言って微笑んだダークヴァルキリーの姿が消え、離れた空中にテレポートした。そのまま彼女は奇怪な声をあげながら、飛び去ってしまう。 あゆみはひどい胸騒ぎを感じて、急いでパートナーのメメント モリー(めめんと・もりー)に電話する。 しかし結と一緒にいるはずのモリーは電話に出ず、呼び出し音だけが無情に響き続けた。