校長室
建国の絆 最終回
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ジャタの森 シャンバラと隣国カナンとの堺にある、ジャタの森―― その木々の間を、一体の騎狼が駆け抜けていた。 その背に乗っているのは、白砂 司(しらすな・つかさ)とサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)である。 彼らは騎狼を駆り、ジャタの森に住まうジャタ族の村々を周り、ザンスカールへの避難勧告を行っていた。ジャタ族と一言で言っても、それはこの森に住む様々な部族の総称であり、この森の全ての者に情報を伝達しようとするのは、なかなか容易なことではなかった。 深い森をくぐり抜けていく騎狼の上で、司の着ているイルミンスールの制服がなびく。 「村だ」 司がつぶやいた言葉の通り、急に木々が開けて、騎狼は村の中央へと駆け出た。突然現れた彼らの姿に驚いた村の獣人たちが、明らかな警戒を示しながらこちらを見やってくる。 「俺はイルミンスールの生徒だ。今、この森に居続けるのは危険だということを告げに来た」 言いながら、司は騎狼の上から周囲を見渡し、族長らしき人物を見つけた。騎狼から飛び降り、彼の元へと向かう。後ろにサクラコが続いた気配。 族長――長い白髭を蓄えた大男が、司を見据え、 「危険だと?」 「ああ」 司はうなずいて、今このシャンバラに起きていることを、族長や村人たちへと伝えた。 「――ザンスカールならば皆の命を守ることが出来る。急ぎ、全員でザンスカールへ向かってくれ」 司の言葉に、族長は、村の皆の方へと視線を巡らせ、首を振った。 「駄目だ。ここには昔から守って来た様々な物がある。それらには教えがあり、祖先の魂がある。それらを捨て、ましてや村を捨てるなど出来るはずがない。わしらは最後まで、戦い、ここを守る」 「確かに、物は大事です」 サクラコが族長をまっすぐに見上げながら近づいて行く。 「村も……大切ですよね」 彼女は村の人々を見回し、続けた。 「でも、私は、貴方達が一番大事なんです。一番、大切なんです」 そして、サクラコの目がぐぅっと族長を見つめる。 村の人々が避難を始めたのを確認し、二人は再び騎狼で森の中を抜けていた。 「なんていうか、意外でした。いつも合理的な司くんが、こんなことに付き合ってくれるなんて」 「全てが理屈で選択できるわけじゃない」 騎狼の行く方向へと目を細めたまま、司が続ける。 「どうせお前がうるさいだろうと思っただけだ」 聞いて、サクラコは、へへっと笑った。 「やっぱり私の見込んだ弟分。いざってときは私にも優しい」 「……それより。本当に最後までこの森で避難勧告を行い続けるつもりか?」 「――ええ」 「こんな歴史の端で闇龍に食われておしまいとか……物語としてはアリなのか、サクラコ?」 「物語としてはダメでしょうね。でも――」 サクラコは司の後ろで騎狼に揺られながら、故郷の森へと視線を向け、言った。 「これでダメでも、悔いはあんまりないんですよね」 ◇ 狭山 珠樹(さやま・たまき)と新田 実(にった・みのる)もまた、ジャタの森からイルミンスールへの避難勧告を行っていた。 まず、珠樹はジャタの森の地祇であるじゃたに呼びかけ、彼女に避難指示を出してもらうように頼んだ。じゃたの返事は―― 「オマエ、いい奴だな、じゃた」 だった。その表情に変化が無いために大変分かりにくいが快諾であった。 そして、そのじゃたが更に、彼女を崇めるオマタゲ・ソルデスを族長とした部族の協力を頼んだ。とある事件で部族全員がドMなロリコンと化していた彼らの返事は―― 「サー! イエッじゃた様!」 であり、その表情に浮かぶ恍惚とツヤに負けぬ、激しいほどの快諾であった。 ジャタの森を良く知る彼女と彼らのおかげもあり、ジャタの森に住む者たちや、この森に逃げ込んで来た者たちへの避難誘導は、とりあえず順調に進められていた。 「珠樹、こっちじゃた」 じゃたに連れられて行った先には、腹に大きな怪我を追った獣人が大木に寄りかかっていた。 「――っ」 珠樹はすぐに彼の元へと駆け寄った。彼の周りには、モンスターと交戦したと思われる跡があり、彼が守り切ったらしい獣人の少年と少女が居た。 珠樹の手が触れ、怪我を負っている獣人が呻き声を上げる。生きている。珠樹はホッと小さく安堵してから、じゃたの方へと振り返った。 「ここは我に任せて下さい――じゃたちゃんは、この子たちを早く安全なところへ。お願いします」 「分かったじゃた」 じゃたが少年少女を連れて、来た道を戻って行く。珠樹はすぐにヒールで獣人の怪我を治しにかかっていた。 「……危険だ」 なんとか傷がふさがった獣人が掠れた声で言う。 「オレ、モンスターを追っ払った、だけ……ヤツら、きっと、また来る」 「大丈夫、ですわ」 珠樹は彼に肩を貸して立ち上がり、 「なんとかなりますから」 「危険だ。おまえ、行け。オレ、もういい」 「諦めないで下さい! 大丈夫。君も我も、そして、皆も、きっとなんとかなりますから! 希望だけは、絶対に捨てないで」 と。 木々の間から重たげなリーゼント頭が覗き、 「まったく、タマはおせっかいだなぁ」 現れた実が少し呆れたような調子で言ってから、にっと笑った。 「でもまぁ、そこがいいところか。ミーも手伝うぜ!」 「ありがとうざいます、みのるん――あ、でも、イルミンスールへの誘導の方は……?」 珠樹は、獣人を支える手伝いについてくれた実の方へと首を傾げた。彼は空飛ぶの箒で避難民を誘導する役目を持っていたはずだった。 「それが……間違って他所からジャタの森へ避難してきた一団があったんだ」 「え?」 「スフィアに守られてるのはイルミンスールの方だって教えたら、そっちに向かうっていうから、ここの避難民たちも一緒に。腕の立ちそうなのが何人も居たから、ミーが誘導するより安全だったかもしれないぜ」 言葉の最後を冗談めかして実が片目をつむってみせる。 「そうですか。そういうことでしたら、安心ですわ」 珠樹が得心してうなずくのに合わせるように、少し離れた場所で木々が強くざわめいた。一瞬、緊張が走る。それから、三人そろって、小さく息をついた。 獣人が大きな頭をうなだれる。 「やはり、危険。オレ、置いてけ」 「弱気になるなよ!」 実が、獣人のお尻をぱんっと叩き、 「生き残れるって信じた奴だけが生き残れるんだ! ミーもタマもそう信じてる! 頑張れ!」 「頑張りましょう!」 実と珠樹は彼を励ますように笑顔を重ねた。 そうして、二人は必死に獣人を支えながら、森の外を目指して行った。