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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●『色欲』の塔

 《色欲の塔》にあって、そのガーディアンは女王のごとく橘 恭司(たちばな・きょうじ)たちを迎えた。
 肌は黒みのある藍色であり、豊かな胸の上にまで流れる長髪は、美しい銀細工のような色合い。ガーディアンは、一見すれば単なる妖艶な女性のように見えた。
 だが、その両手に握られる二振りの剣は、彼女が敵意を持ってこちらに対峙していることを物語る。
 唇をなめるその仕草が、不気味な印象を与えてきた。
「いくぞ、正悟、ナイン……子龍」
「ああ……ッ! エミリア、援護を頼むぞ!」
「わ、分かったわ!」
 恭司とそのサポートに向かう趙雲 子竜(ちょううん・しりゅう)を筆頭に、ガーディアンへと攻撃を仕掛ける契約者たち。
 正面から正攻法による剣戟を与えるのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だ。そして、そのサポートにエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が回る。
 正悟がその手に握るのは、改良されたウルクの剣《アプソリュート・アキシオン》と通常の《ウルクの剣》。二つの剣を用いた二刀流の剣線が、ガーディアンを正面から襲う。
 《アプソリュート・アキシオン》――その柄は銃のグリップ部分と構造が同じである。ただし、放つのは弾丸ではない。引き金を引くことによって、刀身に振動を与え、斬撃とともに衝撃を加えることができるのだ。
 ガーディアンと正悟の剣がぶつかり合うが、彼はためらうことなく引き金を引く。
 が――
「甘いわね、坊や」
「チッ……」
 ガーディアンはその瞬間を狙ってすぐに剣を引っ込めると、すかさず動きを止めることなく、V字の線を描いて正悟の喉を貫こうとした。
 しかし。
 その刀身をはじいたのは、ナイン・ルーラー(ないん・るーらー)の《アーミーショットガン》の弾である。間一髪、正悟は敵の詰め寄った攻撃から逃れることが出来た。ただし――ショットガンの弾は散弾。すなわち……彼の身体もいくつか血が流れていたが。
「馬鹿野郎っ! オレまで巻き添え食らうじゃないかっ! いや、ていうか食らったよ!?」
「傭兵ならそれぐらいの怪我は日常茶飯事だよ〜。…………だから我慢して」
「ムチャクチャ言うなよっ!?」
 とはいうものの、ナインの射撃の腕前はたいしたものだった。
 ギリギリのラインで撃ち込んでいるため、正悟にとっては相当危険だが、一度たりとて外すことがない。傭兵を自ら名乗るだけあって、その実力に間違いはなさそうだった。
 ただ、むろん――彼一人の力というわけではないが。
(やっちゃえ、やっちゃえですぅ。あ、そこ、13度右で)
「了解」
 のんびりとした口調ではあるが、正確に射撃角度を指摘するのは、ナインに纏われる魔鎧のラスト・ミリオン(らすと・みりおん)だ。彼女の指示があればこそ、ナインはその射撃能力をさらに精密にすることが出来る。
「傭兵『トリニティ』の名前、覚えといてね」
 ナインはそう名乗って、さらにガーディアンに一発、撃ち込んだ。
 と、その頃には。
 ナインと正悟に気を取られていたガーディアンの背後へと、恭司が回り込んでいた。迷うことなくすかさず――横薙ぎに剣を振るってその首を取ろうとする。
 だが。
「なっ……!?」
「おや、なかなか頭の切れる青年だな」
 恭司の目は驚愕に見開かれた。
 自分の剣が受け止められている。それも、ガーディアンが背後を振り向いて、ではない。
 そこにあったのは、全く別の顔だった。ガーディアンは、後頭部にもう一人の顔――肌と髪以外であれば、どこかのモデルかと見紛うような、美形の男の顔を持っていたのだ。
 そして、当然のように背中にも腕を持っている。
 恭司の剣は、男の腕が握る、ガーディアンのもう一つの剣に受け止められていたのだった。
「……単なる魔族ではないと思っていたが、まさかこんなことになってるとはな」
「傭兵のなかにだって、こんな人はいないよ?」
「傭兵じゃなくたっていないさ」
 ナインの軽口に、恭司はクスッと苦笑をこぼした。
 もちろん、単なる強がりと言えばそれまでである。あまりの人間離れした構造を見て、冷や汗を隠そうとしているだけに過ぎなかった。
「さて、せっかくオレを見つけてくれたのだ。自己紹介といこう」
「そうね」
「「改めまして諸君。私(オレ)たちが《色欲の塔》のガーディアンだ(よ)。以後、よろしく」」
 美男美女の顔を持つガーディアンは、二つの声を重ねて言って、恭しく頭をさげた。
 それは彼らの余裕がそうさせた演出であったが、あながちその演出の効果も間違っていないのだから癪に障った。
 奴らは強い。一人につき2本。合計4本の腕が、それぞれに剣を握っており、高度な剣術の腕前を持っている。しかも、背後に隙は無いときた。
「恭司……敵は強いですよ」
「ああ、分かってる」
 つぶやきつつも、恭司は子龍とともに敵へ挑み続けた。
 だが――戦いが長引くほどに、彼はなにか奇妙な感覚と頭痛を覚えていく。
 塔の中に入ってからというもののずっと感じていた、頭の中がぐうるぐると回る感覚が、徐々に脳内に広がっているようだった。
(クソッ……いったい何だってんだ?)
 恭司は片手で頭を押さえてそう考えるが、頭痛のせいで、余計に答えは見つけられそうになかった。だが、一つだけ気づくことは、この不思議な感覚に侵されているのは自分だけではないということである。
 横にいる子龍も、必死になってガーディアンに剣を振る正悟も、自分と同じように足下がおぼつかなくなっていた。
 色香が頭の中を支配していく。
 男は女を。女は男を。
 ガーディアンの裏表に浮かぶ表情に愛おしさと欲望を覚え、このままこの場所で精根尽き果ててもかまわないという色欲に駆られる。
 それが――この塔の魔力とは気づかずに。
 正悟たちは両手をだらりと下げ、とろんとした瞳で、ガーディアンへと徐々に近づいていった。
「フフフッ……それでいいのだ。オレたちの虜になれば、それだけでお前たちは幸せになれる」
「その通りよ。かわいい坊や……」
 二人の声に促されて、足が勝手に動いてしまう。
 心と身体は別物で、正悟は激しく自分を叱咤した。
 と――そのとき。
「なんだっ!?」
 空中を駆って飛び込んできたのは、一機の小型飛空挺だった。
 それに乗っているのは、天 黒龍(てぃえん・へいろん)である。彼の操る飛空挺は、超高速スピードでガーディアンの上空までたどりついた。
「さあ、食らうがいい。私からの手土産だ」
 そして、飛空挺の上からばらまかれる《毒虫の群れ》。
「ひいいいぃぃ、虫、虫いやああぁぁ!」
「バッ……暴れるなっ!」
 なんともセコい攻撃ではあったが、ガーディアンの女性部は身もだえてパニックになっていた。男性部がなんとかそれを抑えようと必死に声をかけるが、効果はない。
 そして。
 その隙に、正悟たちはなんとか自分の意識を取り戻すことが出来ていた。
「すまない、葛葉……助かった」
「…………」
 恭司の言葉に、うなずきだけで返答する紫煙 葛葉(しえん・くずは)
 意識を取り戻せたのは、葛葉が部屋中に広げた魔法――《イナンナの加護》による力だった。塔のなかに充満していた色欲の魔力から、仲間を保護してくれているのだ。
(小型飛空挺の準備があったため遅れたが……間に合ってよかったな)
 葛葉は心の中で安堵の息をつく。
「私たちをなめるなよ。……さて、正悟…………目立つのはお前たちの仕事だ。あとは任せよう」
 飛空挺の上の黒龍は、そう言ってすぐに前線を離脱した。
 《毒虫の群れ》で足止めにはなったが、そう長くは続くまい。そうなっては、飛空挺だけで立ち回るのはこの狭い部屋の中では難しいと判断したのだった。
 と、黒龍の言葉を受けた正悟はしかし――自分が情けなかった。
(あれだけ大口を叩いておきながら結果はこれか。結局……俺は誰一人守れてないんじゃないか……!)
 自責。そして後悔。
 それらの念が渦を巻き、自分の中で己を責め立てる。それが、つらく、息苦しく……正悟は唇をかみしめた。
 だが、それでも。あきらめるわけにはいかないのだ。挫折するわけには、いかないのだ。
「……まだ、伝えるべきものはたくさんあるはずだ」
「そうよ、正悟」
 と――剣を支えにして立ち上がった正悟の腕を、エミリアが優しく取った。
「あなたには、まだやり残したことがたくさんあるわ。だから、あきらめないで」
「……ああっ」
 ぐっと、足に力がこもり、彼は一人で立ち上がることが出来た。
「……悪い、エミリア。俺は……」
「エンヘドゥさんを……助けるんでしょ?」
「…………」
 そう。そのために、ここまで来た。
 どれだけ自分を責めても、どれだけ自分を情けなく思っても――その意思だけは、変わらない。
「ああ……ッ!」
 正悟は、エミリアたちとともに、再びガーディアンへと戦いを挑んだ。
 ――守るべき剣で。


 そして。
 黒龍と葛葉も加わり、もはや敵の色欲の魔力も効果を成さなくなったあと、時間はかかったものの、ガーディアンを倒すことには成功した。
 最後の最後まで美しい顔を崩さない敵だったが、それは彼女と彼自身の意思ではなく、バルバトスのまがい物のようにしか見えなかった。
 まあ、それは……ともかく。
「壺は……確か、開けちゃダメなんだよな?」
「罠がかかってるからね。アムドゥスキアスにでも頼まない限りは、方法はないと思うわ」
 正悟が聞くと、エミリアが答える。
「HCに入ってきた情報によると、エンヘドゥの最後の欠片はバルバトスが持っているらしい。アムドゥスキアスも、きっとそちらに向かうことだろうな」
「……なら、いずれにしてもバルバトスのもとに向かわないといけないか」
 黒龍の伝えた情報を聞いて、恭司が指針を決める。
 彼は子龍と視線を交わし、武器を構えた。長年の勘でもあるが、どうせ塔の外では魔族が待ち構えているはず。それらを蹴散らしながら、進むしかあるまい。
 苦労をはき出す息を一つ。
「……よし、行くか」
 《色欲の塔》の壺を持って、彼らはバルバトスの元に向かった。