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リアクション
東カナン勢は劣勢に立たされていた。
徐々にではあるが、確実に、疲労が彼らをむしばみ、思考を麻痺させてゆく。
メイシュロット城の守備魔族兵はバルバトス軍の精鋭で構成されていた。1人ひとりがコントラクターである彼らとほぼ同等に渡り合う能力の持ち主。これまで戦ってきた魔族兵たちとは完全に一線を画する。
一撃必殺で極力体力を温存し、魔法はランクを落とした技で消耗を避けるよう努めていた彼らだったが、思うように事は運ばなかった。
打ち合う剣げきは増え、疲労からくる目測の誤りや読み間違いで空振りや敵の回避が目立つようになった。上空の魔族兵に対し、地上からの魔法はほぼ無力化された。自翼を用いる彼らが相手では、よほど隙をつく攻撃でない限りどうしても速度的にかなわない。
通常ならば、撤退を余儀なくされていただろう。だがこれは退くことのできない戦い、負けるわけにはいかない戦いだった。
彼らは互いを鼓舞し、奮闘した。
傷つき、血を流しても、目前の敵を倒すまでは決してその場を離れようとはしなかった。
もはや気力のみが彼らを支配し、ほぼ反射的に技を繰り出しているにすぎない、そんな状態になりながらも、彼らはだれ1人として認めなかった。「敗北」の二文字を受け入れることを。
「あっ!」
上空、一瞬の隙をつかれ、魔族兵と斬り結んでいたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の手からレーザーナギナタがからめ取られた。しびれた腕を引き、どうにか次の一手をかわす。
「……まだまだぁーっ!」
拾いに行く暇はない。ヴァルキリーの脚刀を用いて対抗しようとした彼女の前、剣を振り上げた魔族兵の姿が、突然横合いからの炎雷に飲まれた。墜落していく魔族兵から炎雷が来た方へと視線を流したセルファの目に飛び込んできたのは、闇空に映える美しい純白のドレス――
「みんな、お待たせっ!!」
ピースサインを突き出して軽快に言い放つ。それは、ウェディングドレスかと疑うようなドレスに身を包んだライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)だった。
「えっ?」
声に誘われるように見上げるルカルカ・ルー(るかるか・るー)。直後、走り込んだ何者かが彼女の死角をつこうとした魔族兵を殴りとばす。
「よ。疲れてるからって腑抜けた攻撃してるんじゃないぜ?」
「タレちゃん!」
親友朝霧 垂(あさぎり・しづり)の姿を目にして、パッとルカルカの表情が輝いた。
「もう! 遅いじゃない!」
泣き笑いながら言うルカルカに、垂の気取った笑みが薄れ、消えていく。
そっと頭を肩に引き寄せた。
「ごめん」
「真打ちは遅れて登場だもーんっ」
真上についたライゼが能天気に笑う。
「こら、生意気なことを言うんじゃない。破片で気絶して、真っ先に流れていったくせに」
軽いものだからどんどん流されていって、おかげでどれだけ捜すのに手間取ったことか。
「ぶーぶー。不可抗力ぶーぶー」
「とにかく。みんな、遅くなってすまなかった。休んでくれ。その間、ここは俺たちが引き受ける」
垂が親指で後方を指す。そこでは、はやくも鋼鉄の獅子部隊が戦場の確保に乗り出していた。
軍人らしい無駄のない足運びで、彼らはあらかじめ定めてあったフォーメーションにつく。
「いいか? 空を飛べば死ぬ、この一語をやつらの脳裏に刻みこんでやれ! 敵兵は一兵たりと決して逃がすな!
鋼鉄の獅子隊、構え!」
「はっ!!」
「撃て!」
鋼鉄の獅子部隊隊長レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の指示に従って、上空の魔族兵に向け、一斉攻撃が始まった。
それぞれの持つ銃器が火を吹く中、特にすさまじい働きをしたのは月島 悠(つきしま・ゆう)の機関銃、そしてパートナー麻上 翼(まがみ・つばさ)のガトリング砲だった。その無数の凶悪な牙はわずか数秒で魔族兵たちの肉体を切り刻み、物言わぬ死体へと変えていく。
圧倒的火力による弾幕が張られた。宙空に天と地を分かつかのような灰色の雲が立ち込める。その雲の内部で動く影を標的と定め、さらには垂の乱撃真空波が撃ち込まれた。
さながら雷雲のごとき様相を呈してきた空に、弾幕を越えることを断念し、下降に切り替える魔族兵が現れ始める。
「ユキ!」
そうと気づいた悠が機関銃から頭を起こした。隣で同じく弾幕を張っていた夜守 ユキ(やかみ ゆき)を呼ぶ。
「分かった」
短く、必要最小限の言葉でユキは応じた。
2人は同じ空、同じ敵を見ている。であるならば、同じ軍人として、彼女が何を言わんとしているかは察するにあまる。ユキは弾幕を張ることを中断し、シャープシューターを発動させた。うす闇の空を飛ぶ魔族兵を標的と定め、次々と射ていく。
急所を撃ち抜くには絶対的に光源不足だった。自在に空を舞う者の急所を闇の中で捉えるのは、シャープシューターだけでは難しい。だからユキは、落とすことを主目的とした。二度と飛び立とうという気を起こさせなければいいのだ。
ふと、悠を挟んで反対側にいる翼と目が合った。
「どうした?」
「んー? そういやベリアルの姿見かけないなぁと思ってサ」
「……ああ」
その名前に、知らぬうち、ユキの眉が寄る。ベリアル・アンノウン(べりある・あんのうん)――ユキのパートナーの悪魔だ。よく分からない理由でユキをからかっては、とまどわせる。
「なんだかんだいったって、あいつユキの近くにいるだろ? たしかここに着いたときも、後ろにいたと思ったんだけどー」
ユキの後ろに視線をずらして、最後にベリアルの姿を見た場所をもう一度見た。確かにほんの少し前まで、ユキから少し離れた後ろで腕組みをしてうす笑いを浮かべていたのだが……やっぱりいない。
翼の視線を追い、そちらをチラと見て、ユキは素っ気なく肩をすくめた。
「さあ。あいつは気まぐれだからな」
おそらく自分には分からない理由で、その辺りをぶらついているんだろう。考えるだけ無駄だ。そう結論し、魔族兵を撃ち落とすことに戻る。(事実、この後ユキはいつの間にか戻ってきていたベリアルを問いただしたのだが「斥候として戦場把握に行っていただけさ」のひと言でごまかされてしまった)
「うーん。ま、いっか。そのうち戻ってくるよね。それこそユキがピンチにでもなったときにはさっ」
にま、と笑って翼は意味ありげにユキを見た。ユキは射撃に集中しているフリで無視を決め込んでいて、何の反応も示さない。
反応したのは悠の方だった。
「いいから集中しろ、翼。照準が甘くなっているぞ」
「はーい」
悠の叱責を受けて、翼も弾幕を張ることに集中する。
そんな彼らの背後が、突然明るい光熱を発した。ばさっと鳥がはばたく音がして、フェニックスとサンダーバードが宙空に姿を現す。
「フェニックスちゃん、サンダーバードちゃん……頑張ってください〜」
えい、とばかりに冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)の手が振り切られる。火の粉と火花を散らし、先を争うように2羽の召喚獣は飛び立った。
天空を舞う炎と雷。サンダーバードの体当たりを受けた魔族兵がきりもみ状態で落ちていく。
「翼を……狙うのですぅ」
日奈々は盲目の少女だ。両目は伏せられ、手には白い杖が握られている。今の彼女が外界を知るすべは、手で触れること、耳で聞くこと、そして超感覚とディテクトエビルのみ。であるにもかかわらず、まるで目が見えているかのように都度都度で的確な命令を与え、2羽を見事に操っていた。
主たる日奈々の命令に従い、フェニックスは魔族兵の背後に回り、翼を燃やていく。
到底逃れることなど不可能であるかに思われた攻撃だった。
銃弾・砲弾の雨が横殴りに降るなか無数の真空波が空を切って飛び、変則的な動きで迫る炎と雷の獣。はたしてこれらをくぐり抜けるにはどれほどの運を必要とするのか――しかしその運を掴みとった驚異の魔族兵は、少なからぬ数で存在した。
弾幕を突っ切り、火線の届かない上空へ退避しようとする魔族兵。それを見て、レオンハルトはワイバーンに飛び乗った。
「逃がさん」
下からの攻撃を気にして上空には注意を払っていなかった魔族兵が、頭上に彼の姿を見てぎょっとなる。
「われら鋼鉄の獅子が牙をむくとき、逃れることは不可能と知れ」
宣告とともにワイバーンの背を蹴る。すれ違いざま、魔族兵の背中に疾風突きが炸裂した。
墜落してゆく魔族兵を横目に、一回転して再びワイバーンの背中に着地する。レオンハルトのほおを、投擲された槍の穂先がかすめていった。
見れば、周囲を囲むように4人の魔族兵が槍をかまえて立っている。
「……ふん。たかだか4人でこの俺を倒せると思ったか」
永久氷柱の大剣無常大鬼を手に、再び跳躍しようとしたときだった。
ティファレト、ネツァク、ゲブラー、イエソド……世界樹セフィロトの枝より生まれ、その力を内包した矢が次々と打ち込まれる。貫かれた魔族兵たちは苦鳴の声をあげ、身をよじりつつ落下していった。
「ここは僕に任せてよ、隊長!」
蒼弓ヴェイパートレイルを手にふんぞり返ったライゼは、その場違いなほどきらびやかな衣装とあいまって、ほほ笑ましいぐらいかわいらしい。
もちろんライゼはかわいいだけの少女ではない。優秀な魔法の使い手。その腕前も知っているが、しかしいくらなんでも彼女だけで上空の敵を相手どるのは無理だ。そう言い、諭そうとしたレオンハルトの視界に、上昇するヴォルケーノに搭乗した朝野 未沙(あさの・みさ)とアルジャンヌ・クリスタリア(あるじゃんぬ・くりすたりあ)の姿が入った。
ウィンクし、人差し指と親指で丸を作ってみせる彼女に、ふっと口元をゆるませる。
「そうか。なら、俺は地上に専念させてもらおう」
ワイバーンを下に向けるレオンハルト。
ライゼは振り返り、レオンハルトの信頼が自分だけに向けられたものではないのを見て、口先をとがらせた。
「ちぇっ」
「生意気言わないの。敵の数は多いんだから。足元すくわれちゃうわよ」
「そうそう。どんな敵であろうとなめてかからない、全力でぶっつぶす。それが戦場の鉄則ってもんだろ」
アルジャンヌがカラカラと笑う。
「いいけど……邪魔しないでよね。巻き込まれても知らないよ」
まだ少しむくれた声で、ぷいとそっぽを向く。ライゼの視界に、弾幕を抜けて現れようとしている2つの影が入ったのはそのとき。
すぐさま蒼弓ヴェイパートレイルをかまえた。
「さあ、ここから上には行かせないんだからね!」
「意外と、あいつだけでも大丈夫そうだな」
確実に相手の急所を矢で貫くライゼの攻撃を見て、アルジャンヌはセフィロトボウのかまえを解く。
未沙はさらに上空をあおいだ。
「じゃあ私たちはあちらを相手にしましょ」
こちらへ集結しようとしている魔族兵を雲間に見て、ヴォルケーノを駆る。
「操縦をお願い」
「うわっと」
突然立ち上がった未沙の代わりにハンドルをとるアルジャンヌ。未沙はヴォルケーノの周囲を取り巻いた魔族兵が槍をかまえるより早く、タービュランスを発動させた。
不規則に吹きつけた暴風に巻き込まれた魔族兵は互いにぶつかり合って自滅していく。
「ああ。んじゃ、俺も」
荒れた乱気流の風にアルジャンヌが氷術で作った氷のつぶてをまぎれ込ませた。ただのつぶてではない、やじりの形をした、氷の刃だ。それが旋風に翻弄される魔族兵を切り刻む。そして風から逃がれ、距離をとろうとする魔族兵にはヴォルケーノのミサイルで攻撃した。
「制空権は俺らが確保した。もうここはおまえたちのものじゃない!」