空京

リアクション

探索と遭遇



　「次から次へと、パラミタも大変ですねぇ」
　辺りがこうも薄暗くては西条　霧神（さいじょう・きりがみ）の銀色の瞳はより美しく、また妖しい輝きは一層に映えているように見えた。
　神殿群の東側を行く一行、その先頭部にて霧神は『光術』で通路の先を照らしながらに歩みを進めていた。
「なんだ？　まるで他人事だな」
　霧神の半歩先を歩く鬼院　尋人（きいん・ひろと）が言った。『殺気看破』で警戒態勢を取る彼の目は霧神以上に強く鋭い。
「吸血鬼も魔族だろ？　これまでのどの冒険よりも思うところがあるんじゃないのか？」
「さぁ、どうでしょう。魔族とは言っても、ここナラカで生まれ育った訳ではないですからね。特別どうこう、というのはありませんね」
「ふぅん。そういうもんか」
「そうですよ。そういうもんです」
　ニルヴァーナ大陸の危機を救っても未だパラミタ大陸の危機は去らず。それに加えて今まさに二つの大きな勢力が世界の運命に干渉しようとしているという。
　そしてそれらに対抗するのに必要な力……いや希望の欠片がこの神殿に眠っているのだとか……。
「まぁ、気乗りしなくても「最初の女王器」だけは何としてでも見つけないとな」
「おや？　人聞きが悪いですね、気乗りしないとは言ってませんよ？」
「そうなのか？　オレにはそう見えるが」
「えぇ。退屈しているだけです」
「大差ないだろ、それ」
　神殿の東側から内部に侵入してしばらくと経つが、未だ殺気やら外敵の気配やらは感じられない。おかげで玖純　飛都（くすみ・ひさと）らの作業は非常に捗っていた。
「見ろ」
　飛都の差した指の先の壁面を、矢代　月視（やしろ・つくみ）が膝を折って覗き込んだ。
「これは……大陸でしょうか？」
「浮遊大陸のようだが……パラミタともニルヴァーナとも違う」
「このナラカ世界に存在する……いえ、あるいは、かつて存在していた大陸の壁画……」
「あり得ない話ではないだろうな。パラミタ大陸以外の浮遊大陸ニルヴァーナが実在したことを考えれば、他にも大陸が存在しても不思議ではないし――この数万年の間、現在判明している歴史に少しも現れていないことを鑑みれば、既に滅んでいる可能性も高い」
　なんにせよ情報が足りない。「女王器」の探索もほどほどに２人は神殿そのものの調査に本腰を入れていた。

「あーもうっ！！」
　探索中は大声禁止。通常ならば暗黙の了解といった所だろうが、そんな事はお構いなしに風森　望（かぜもり・のぞみ）が叫んだ。
「埃っぽい！！」
「未開の神殿ですもの。当たり前ですわ」パートナーのノート・シュヴェルトライテ（のーと・しゅう゛るとらいて）が溜息混じりに言った。それでも望は止まらない。
「このような埃臭くて！　陰気な場所に！　あの美少女が眠り姫っ！！」
「……いえ、眠っているとは誰も言ってませんわ」
　今回の探索の目的は女王器を発見すること、それから貫頭衣を着た少女の幻を発見し助け出すことにある。
「愛くるしく！　健気で！　可憐な！　お持ち帰りしたい！　はかなげな！　薄幸そうな！　愛くるしいー！！」
「の、望……？」
「あのような美少女を放っておける訳がありません！　イルミンスールに連れ帰って、モフモフ……もとい保護して、お風呂でスリスリ……ではなく埃を洗い流してあげなくては！！」
「下心満載なのが気になりますが、現状、少女を助け出すのが最優先ですわね。自称「古代の超兵器」なようですし」
　煩悩にまみれた瞳を大きく見開いて望は神殿内に少女の幻を追い求める。「戦闘はお嬢様にお任せします！」なんて既に丸投げしていたようだが―――
「やはり……そう簡単にはいかないようですね」
　どうやら本格的にノートの出番がやってきたようだ。
　進行方向、通路の先に、数体のゴーレムと夢魔の姿が見てとれた。

「い、『いしのきょへー』と『ごーすとうるふ』ですー！！」
「そういう言い方すると、ちょっと怖く感じるねぇ」
　逆効果だよ、なんてマティエ・エニュール（まてぃえ・えにゅーる）をなだめながらに曖浜　瑠樹（あいはま・りゅうき）は部下たちの前に立った。
「総員戦闘準備。準備出来次第……というかまぁまずは様子見かなぁ、襲いかかってきたらそりゃあ身を守らなきゃだけど……つーか侵入者はオレたちの方だからねぇ、立場的には彼らの方が優位というか正当というか―――」
「りゅーき！　りゅーきっ！　きてるよー！！」
「見えてるよ」
　ゴーレムも夢魔の群れも敵だったわけだ。
「よし。総員、かかれっ！！」
　２０名の部下たちが一斉に飛び出した。瑠樹も群れの中に飛び込んでゆく。
　『歴戦の武術』の体捌きを駆使して立ち回ると、飛びついてきた夢魔の一体に拳を振るった。
「おぉ……当たった」
　マティエが称したように夢魔の外見は大型の狼、それでいてその体は煙で構成させているかのように見えたため、もしかしたらと思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「先手必勝」
　瑞江　響（みずえ・ひびき）は『疾風迅雷』で自らの素早さを上昇させてから群れの中へと飛び込んでいった。
「ふっ！！」
　突撃してくる夢魔の動きはあくまで直線。襲い来る牙を避けると同時に『栄光の刀』で一閃、狼の鼻先を斬り裂いた。その感触は通常の狼を斬るのと何ら変わりない。
「なるほど。悪くない」
　刀の力もあるのだろうか、十分に戦える。一体ずつ狙っていけば確実に仕留められるだろう。
「そういう事だからよ、」
　壮麗な顔つきのままにアイザック・スコット（あいざっく・すこっと）は『ブリザード』を唱えた。
「響の邪魔は、すんじゃねぇよ」
　吹きすさぶ氷の嵐が響の背後に迫るゴーレムの両足をガッチガチに凍り固めた。
「アイザック！」
「こっちは任せろ。お前は狼狩りに専念しな」
　多人数を相手取るのは響の方が慣れている、ならば響が夢魔との戦いに集中できるようにするのが自分の役目だ。
「っう訳で、お前等はここまでだ」
　両足が凍りついて動けないでいるゴーレムに『ファイアストーム』をお見舞いした。
「そうして突っ立ったまま惚けてな」
　初めは数体だったはずの悟ゴーレムが、気付けば１０体を越える数にまで増えていて、
「……仕方がない」
　黒崎　天音（くろさき・あまね）は『龍覇剣イラプション』を地面に突き立てると、複数のゴーレムの足下から炎の柱を噴き上がらせた。
　炎柱に飲まれた石の巨兵は呻声をあげて膝を折ってゆく。
「炎は通じるか」
「天音よ、」
「分かってるって」
　顔だけを向けてブルーズ・アッシュワース（ぶるーず・あっしゅわーす）が言ったが、彼はそれを遮るように言葉を続けた。
「必要な時に必要なだけ、だろう？」
「あぁそうだ、無駄に派手にやって敵を呼び込んでも仕方がないからな」
　それはルドルフ校長（ルドルフ・メンデルスゾーン（るどるふ・めんでるすぞーん））との事前の打ち合わせでも合意したこと。こと戦闘が起こったときにはこちらの被害を最小限に抑える為にも規模が大きくならない内に迅速に事態の収拾に務めること。そのはずだったのだが―――
「しかし既にこうも敵の数が膨れてしまっては……致し方ないか」
「だろう？　だから、」
　天音は再びに『龍覇剣イラプション』を構えて、そして、
「一気に行くよ」
「あぁ、援護しよう」
　１本当たりの威力は弱くなるが、足止めの役割は十分に果たすだろう。
　八龍の力を宿す大剣を再びに地面に突き立てた。今度は５本もの炎柱が地面から一気に噴き出して、ゴーレムの巨体を飲み込んだ。