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リアクション
SCENE・6 再び屋敷にて
屋敷にも夜が訪れていたが、静寂が包むどころか騒ぎは大きくなっていた。強行手段で屋敷へ押し入ったクロセルたちは、傭兵達を分散・撹乱するためにバラバラになる。
「あれほど持ち場を離れるなと厳命したはずだ! 直ちに全員持ち場に戻れ!」
イリーナは険しい顔で無線に向かって怒鳴っている。イリーナの恐れていた通り、寄せ集めのガラの悪い傭兵たちはクロセルたちの挑発にたやすく乗り、持ち場を離れてしまっていた。
「動くな! 動けば撃つぞ!」
二階の廊下を逃げていたバロウズとアルフレッドは、前方を銃を構えた傭兵に阻まれる。アルフレッドはバロウズを銃口から守るように立ち尽くす。
傭兵は銃を構えたままゆっくり近づき……
「クロセルキィーック!」
ドカッ!
盛大な音とともに二階の窓の傍にあった木から、クロセルは勢い良く傭兵に飛び蹴りをした。
「ぐけ!」
クロセルの蹴りは傭兵の横顔にめりこみ、傭兵は二階の柵を飛び越えて一階に落ちた。アルフレッドが二階の柵から見下ろすと、傭兵は完全に白眼をむいているが、ヒクヒク動いているので生きていることは分かる。
「はーはっはっはっ! 見たか! 悪の軍団よ! これぞ正義のフライングキック!」
クロセルはマント(制服)を翻し、胸を反らして高笑いをする。頭の上ではクロセルと全く同じ格好で高笑いをするマナの姿がある。
ふとアルフレッドはバロウズが妙に静かなのに気づく。いつもなら「俺様の見せ場を取ったな!」と怒り出しそうなものだが……。「バロウズ? 大丈夫ですか?」
バロウズはアルフレッドの声にも反応せず、眼を輝かせてクロセルを見ている。そして、すぐにアルフレッドの服の裾を掴んで騒ぎだす。
「俺様もアレやりたい! やるぞ!」
そう言うと、クロセルがいた窓の傍の木に飛び移ろうとする。アルフレッドは慌ててバロウズの腰を掴み上げ、窓から引き離す。
「ダメですよ! 子供が真似したら危ない……ですよね? クロセルさん」
アルフレッドは左手で暴れるバロウズを抱えながら、右手に持ったホーリーメイスをクロセルに向ける。口元は笑っているが、目は少しも笑っていない。
クロセルはアルフレッドの殺気に後ずさりながら、ビシッと人差し指を一本立て言った。
「良い子の皆! 危ないからオニーサンの真似は絶対にしちゃダメですよっ!」
バンッ!
傭兵の一人が部屋のドアを蹴破ると、そこにはオリヴィアが立っていた。
「おい! 女! 両手を上げてそこに座れ!」」
傭兵は部屋にいたオリヴィアに銃口を向け、ベッド脇にある椅子に座るように命令する。しかし、オリヴィアは微笑みを浮かべたまま首を傾げて言う。
「この椅子よりもベッドに寝た方が安心じゃない?」
「な、何を言って……」
傭兵は激しく動揺する。
「あらぁ? わからないかしら? 椅子よりベッドのほうが好きでしょ?」
傭兵の顔は赤くなり口元が緩んだとき、
「イタダキマァス」
ドアの影に潜んでいた桐生は、傭兵の背に負ぶさりながら剥き出しの首に歯を喰い込ませた。
オリヴィアはクスクス笑いながら、その様子を見ている。
「可愛い円の『吸精幻夜』はどのくらい効くのかしらぁ。楽しみねぇ」
「ここはどこらへんなのかなぁ?」
リイヌはブツブツ呟きながら、とりあえず屋敷内を疾走していた。近くの部屋のドアを開けたりもするが、入って隠れたり調べたりもせずに開けたまま通り過ぎてしまう。追いかけていた傭兵たちは、ドアが開いているのを見て、リイヌが隠れていると勘違いして部屋の捜索を始めてしまうため、今まで無事に逃げられていた。
「一階だってことぐらいはわかるんだけどぁ」
リイヌはまた適当に部屋をあける。すると、そこにはセイバーの小鳥遊美羽(たかなし・みわ)とソルジャーのロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)がいた。二人は騒ぎに便乗して屋敷に忍び込み、議長が黒だという証拠を探していた。
美羽たちは傭兵に見つかったのかと構えたが、すぐに美羽はリイヌが仲間だとすぐにわかり警戒を解く。美羽は嬉しそうにリイヌに手を振る。
「ちょうど良かった! 私たち地下室を探しているんだけど、一緒に……って、何で逃げちゃうのっ?」
リイヌは美羽の呼びかけが聞こえないのか、一目散に逃げて行った。
美羽は茫然と立ち尽くすが、ロブは何事もなかったように壁などに切れ目がないか、黙々と探っている。
「な、何で逃げちゃったの? 私、嫌われたっ?」
ロブは美羽と美羽の足元に転がっているモノを交互に見る。
「その足元に転がっているのを見て、関わり合いになりたくなかったのだろう。俺だって、人手が必要な状況でなければご免だ」
美羽は自分のスラリと伸びた足を見る。侵入するときでも黒い布は被ったが、ミニスカートを愛用している。
「……私の脚線美が眩し過ぎたから?」
ロブは一瞬動きを止め、まじまじと美羽の顔を見て、深い深いため息を吐いた。
「はぁ……手がかりはなさそうだな。本当に家宅侵入、傷害事件として捕まる前に脱出するとしよう」
「ちょ、ちょっと! ここまで来て諦める気っ?」
美羽は出て行こうとするロブの腕を掴むが、ロブは地面に転がったモノを美羽に突き出す。
「冷静に状況を判断しろ。この状況で捕まれば確実に犯罪者だ。たとえ俺が手を下したわけでもなくても、美羽と一緒にいたという事実で共犯になれるだろう。この証拠兼証人でな」」
ロブが美羽に突き出したのは、気絶した傭兵だった。
美羽は侵入した際に、ロブが止めるのも聞かずに腰に鍵を下げていた傭兵を気絶させ、鍵を奪った。しかし、この傭兵が腰に下げていた鍵は、傭兵や使用人が出入りする裏口の鍵だった。すでに屋敷に侵入した美羽たちには不必要な鍵である。
美羽は少し怯んだが、すぐに澄ました顔で言った。
「ロブ、誰にだって過ちはあるんだよ」
「……俺は帰る」
「ああ! 本気で行かないで〜! 最後に一か所だけ! 一か所だけ確認したいの!」
ロブは少し考え答える。
「わかった。一か所だけだ。そこを捜索し終わったら帰るぞ」
リイヌが走り続けていると、いつの間にか大広間に来ていた。
「すごいなぁ〜」
ここでパーティーもできるようになっていて、細長いテーブルが二列置いてある。上座の壁には大きな全身鏡が貼られていた。
「リュース! いい加減にしなさい!」
ちょうどグロリアがリュースから、パンの入ったバスケットを取り上げていたところだった。
リュースの手には美味しそうな丸いパンが握られている。
「あのぉ〜逃げなくて大丈夫?」
「やあ。逃げ続けているとお腹が空きますよね。半分どうぞ」
のんびりしているリイヌでも不安になり声を掛けると、リュースは笑顔で自分の持っているパンを半分にちぎり、リイヌにくれる。「……ありがとう」
リイヌは思わず受け取ったパンを齧ると、グロリアはこめかみに指を当て、眉間に皺を寄せていた。
バタンッ!
ふいに入口の大扉が勢い良く開き、桐生とオリヴィアが入ってくる。
「私達の仲間かしら?」
グロリアはそう呟きながら、警戒を解かずに剣を構える。オリヴィアはリイヌたちに明るくのんびりした声で言う。
「はろはろー。ちょっと実験に付き合って頂けないかしらぁ?」
「実験? 食べてからではダメですか?」
リュースの質問にオリヴィアは首を横に振る。
「ごめんなさいねぇ。今すぐに試したいのぉ。ねぇ、円?」
「はい。マスター」
桐生の後ろからゆっくり傭兵がやってくる。傭兵の目を虚ろで、魂が抜かれたのようである。足取りもフラフラしていて覚束ない。 傭兵が桐生の横で立ち止まると、桐生はまっすぐリュースを指差し言う。
「アイツを倒せ」
傭兵は頷いたと思ったら、意外な早さでリュースに迫ってくる。
「わぁ!」
リュースは咄嗟にバーストダッシュを使い、素早く横に飛んだ。傭兵はそのまま頭から壁の鏡にぶつかり、
ぐぁん!
奇妙な音共にズルズルと崩れるように倒れる。
桐生はしばらく傭兵を見詰めたあと、オリヴィアに泣きつく。
「マスター! ボクの人形が壊れちゃった!」
「あらあら、泣かないの。可愛いお顔が台無しよぉ。また新しいお人形を探しましょうねぇ」
オリヴィアは茫然と見ているリュースたちに、何事もなかったように笑顔で手を振る。
「あでぅー。またお会いしましょうねぇ」
オリヴィアたちはさっさと出て行く。
リイヌは首を傾げて、グロリアに訊く。
「何か……鏡の音が奇妙じゃなかった?」
グロリアも鏡を見て頷く。
「そうね……もっと鈍い音が出はずだけど……変ね」
「だから、この鏡がおかしいよ! だって、食事をするところにこんな大きな鏡があるのって不自然だよ!」
美羽はロブにそう言いながら、部屋に入ってくる。鏡の前に立つと、リイヌ達の見ている前で、鏡と壁の隙間に両側からナイフを刺し込む。
メキメキメキ……バンッ!
嫌な音を立てて鏡が外される。
「あ……」
美羽は思わず口に手を当てて、小さく声を上げた。
鏡の剥がされた後には、壁ではなく人間が一人だけ立てる空洞があった。そして、そこには一人の青年が立っていた。胸に貫かれた蛇の刻印が刻まれた剣を抱き込んだまま、青い虚ろな瞳の青年。
バタンッ!
リイヌたちはギクッと身を震わせ振り返る。
「しつこいなっ!」
勢い良く扉を開け、バロウズ・アルフレッド・クロセル・マナが駆け込んでくる。
「待ちやがれ!」
後から傭兵達が追いかけている。
そして、全員がすぐに正面の壁に立つ冷たくなった青い瞳の青年に気づき、その名を口にした。
『ネルソン』
ピー! ピー!
イリーナの無線機が鳴る。イリーナはすぐに取りじっと耳を傾けていたが、
「……了解した」
短く答え、無線を切った。
「どうしたっ? 侵入者を捕らえたのか?」
シャックマンが椅子から身を乗り出して聞いてくる。
「はい。捕えました」
イリーナは固い声でそう言うと、銃口をシャックマンに向けた。
「なっ、何をするっ?」
「シャックマン、お前をネルソン殺害容疑で逮捕する。真実は審議の場で聞こう。とりあえず、大広間までご同行願おう」
屋敷の人間が大広間に集まっているとき、一階の開いた窓から緋桜ケイと悠久ノカナタが入ってくる。ケイは何もないように見える前に声を掛ける。
「上手くいったな。ソア」
「はい」
何もない場所から返事が上がり、ソア・ウェンボリスと雪国ベアの姿が浮かび上がる。二人は『光学迷彩』を使って侵入し、ケイたちを手引きしていた。
「ご主人、何だか知らねえが、傭兵も議長もみんな大広間に集まっているようだぜ」
ソアは心配そうに頷く。
「……どうしたんでしょう? クロセルさんたちも大広間に集まっているようですし」
ケイも気になるように大広間のある方向を見るが、すぐに気を取り直す。
「今は地下室へ行くのを優先しようぜ」
「……そうですね。せっかくのチャンスですし、傭兵さんたちが戻ってくる前に地下室へ行きましょう」
ソアも頷くが、地下室への鍵を見つけていなかった。
「まっ、悩んだって仕方ないぜ! とりあえず議長の部屋から探そうぜ」
「あ、待って下さい。ベア」
ベアは階段に向かって歩き出したが、すぐに立ち止まる。階段の上に狭間癒月とアラミル・ゲーテ・フラッグが立っていた。
「てめえは……あの時の! 今度、ご主人に変なチョッカイを掛けたら、その鼻を潰してやると言ったはずだぜ!」」
ベアは癒月を睨みつけ、ソアはベアの巨体の後ろに隠れる。だが、癒月はベアには眼をくれずに言う。
「可愛いお嬢さん、またお会いしましたね。地下水路以来ですね」
癒月は笑顔で古い青銅色の鍵を見せる。
「地下室の鍵はこの通りあります。地下室へ行くのなら、ご同行しましょう」
カナタはケイの服の裾を引っ張り、耳元で訊く。
「あの者、誰だ? 地下水路での仲間か?」
癒月と会った記憶のないケイは首をひねる。
「さあ……」
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