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襲われた町

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襲われた町

リアクション

 遠くから迫る雪崩れのように、羽音の轟きが膨れ始めていた。
 大通りの奥にゴゥっと溢れた白い靄(もや)に見えるものは、無数の白いモンスター。
 それら昆虫のような形を持ったモンスターの大群が、羽を広げ、タルヴァの街を白く染め上げながら、佐野 亮司(さの・りょうじ)たちの方へと迫っていた。
 商品仕入れで町を訪れていた亮司は、住民の避難誘導にあたっていた。
「――ッ」
 判断が必要だった。
 迫るシュタルの大群に足を竦め、周囲でうろたえている住民たちの数、満足な武器も戦える者の数も無い状況を頭に巡らせ、一度奥歯を強く噛み擦って、決める。
「綾乃――」
「は、はい!」
 転んで怪我をした子供を抱き上げた向山 綾乃(むこうやま・あやの)から、亮司は子供をひったくって小脇に抱えた。
「どっかしら建物の中に潜るぞ」
「賛成だ。逃げ切れるとは思えない」
 共に避難誘導を行っていた瓜生 コウ(うりゅう・こう)が妊婦の女性に肩を貸しながらうなづき、
「おそらく要請が出され、救助隊が来てくれるはずだ。それを待つ」
「えと……でも、どこで?」
 老人を背負っているリナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)が首を傾げる。
 と、リナスの後方で、店の扉が乱暴に開いた。
 振り向けば、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が、古ぼけた塗料屋から飛び出して来ていた。
 塗料の缶らしきものを抱えた九弓は、己に視線を集めていた面々を、ぱちくりと見回してから軽く顎を揺らして見せた。
「立て篭もるんでしょ? 向こうに良いとこがあるって」
 視線を滑らせながら言った九弓の背中のフードからマネット・エェル( ・ )九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)がちょこりと顔を出し、九鳥が路地の方へと小さな手を伸ばす。
「学校があるわ。強度も、この辺りなら一番マシなはずよ」
 止め処なく膨れいく無数の羽音の塊が、一ブロック先まで迫っていた。



■第一章 タルヴァ


「……こっちも駄目か」
 建物と建物の間の狭い隙間から通りを覗き込み、高村 朗(たかむら・あきら)は苦く小さく呟いた。
 ぎゅう、と朗の服裾を握る感触。
 そちらの方を見下ろす。努めて、柔らかい笑みを浮かべながら。
 朗は、逃げ遅れた幼い兄弟と共に、モンスターの蔓延しつつある町からの脱出を図っていた。
「大丈夫! 心配するな、俺が絶対に守るって!」
 わしゃわしゃと子供たちの頭を手で掻き混ぜながら言ってやる。
 わずかに笑みを見せた子供たちの様子に、目を細め――と、路地の向こうの方に、どこかへ向かって駆けて行く住民たちの姿。
 彼らが向かっていった先を探して風景を見渡せば、学校らしき建物があるのが見えた。
「――ひとまず、それしかない、か」


 ■


 学校に佐野 亮司(さの・りょうじ)らが駆け込んだ時には、既に数人の住民が避難していた。
 聞けば、昔から災害時の避難所としても利用されていたらしい。
 建物は古めかしい造詣だったが、石造りで確かに頑強そうではあった。
「怖いのはどこからか侵入されるケースだな……」
 冷たい壁を軽く撫で、瓜生 コウ(うりゅう・こう)はそこに居る住民たちの方へと振り返った。
「この中に詳しいのが居るなら教えてくれ。他にも、侵入されそうな場所はバリケードで固めておこう」
「っしょ……こんなもんかな?」
 リナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)が教室から運んできた机やら椅子やらをロープで括り付けた塊を玄関扉に押し付ける。
「小さいのに……力持ちなんですね」
 怪我をした男性の治療を行っていた向山 綾乃(むこうやま・あやの)が、感嘆交じりに零して。
「ん?」
 リナスが、少し驚いた様子の綾乃と男性の方を見やって小首を傾げた。
 一方で。
「どこに行くんだ?」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)が、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )を呼び止めていた。
 九弓が振り返る。
「屋上よ」
「外はモンスターだらけだぜ?」
「『シュタル』ですわ」
 九弓の肩にちょこんっと立ったマネット・エェル( ・ )が言う。
「シュタル?」
「あのモンスターの事らしいわ。昨日、ヨマってジプシーの人に聞いてた伝承に出て来たのと似てるって」
 九弓が肩のマネットを一瞥しながら言って、
「とにかく、ここにあたしたちが居るってサインを出しておかなきゃ。ここだって、いつまで持つか判らないし」
 塗料の缶を軽く持ち上げて見せる。
 二人の会話を端聞きしていたコウが、つかつかと歩み寄ってきて、
「外にこの場所を報せなければいけないとはオレも考えていた――」
 亮司の方を見やる。
「あんた、さっき、仕入れのためにこの町に来たって言ってたよな?」
「あ? ああ、まあ」
「何か持ってないか?」
「何か?」
「ここにオレたちが立て篭もってるって報せることが出来る何かだよ」
 つい、とコウの顔が亮司に寄る。
 そして、九弓の頭の上に腰掛けた九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が続ける。
「狼煙を上げられる物があれば一番いいわ。あとは花火とか……」
「狼煙、か……」
 亮司は頭を掻きながら、しばらく目元に皺を寄せ考えていたが、ふと、
「ああ」
 手を打って、ころころとした小さな玉を幾つか取り出した。
「これは?」
「煙玉だ。色の出るヤツ。ジプシーの連中が芸で使ったりするそうだ、かなり大きく広がる――色合いが面白いんで試しに買ってたんだが」
「使わせてもらっても?」
「そりゃまあ――」
 と、玄関扉が外から強く叩かれる。
『開けてください!』
 外から聞こえた声にリナスと綾乃が扉の前のバリケードを押し退ける。
 バンッと勢い良く開かれた扉から転がるように中に入ってきたのは高村 朗(たかむら・あきら)で、彼の腕の中には二人の子供が強く抱かれていた。
「――モンスターがッ!」
 朗の声を合図にしたかのように、ヴィンンッッと羽音。
 一体のシュタルが扉を抜けて屋内に入り込もうとしてくる。
 が――そいつは、リナスに椅子を叩きつけられ、椅子が派手に砕ける音と共に外へと弾き出されて行った。
 すぐに綾乃が扉を閉めて、亮司と九弓が扉を押さえている間に再度バリケードを置き直す。
「……ありがとう、本当、助かりました」
 朗は立ち上がり、腕に抱いていた子供たちを離して、ほぅと息をついた。


 ゲー・オルコット(げー・おるこっと)のパートナーであるドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)は、階段に座って、それぞれ動き回る人たちや怯えて肩を寄せ合う住民たちを、ぼんやりと見下ろしていた。
 と、後ろに立った人の気配に振り返る。
 リナスがこちらを見下ろしてきていた。
「君と一緒に居た人、さっきから見かけないけど……」
 ドロシーは据わった目を面白くもなさそうに転がして、リナスから視線を外し、
「『ちょっと行って来る』って」
「え……もしかして、町の外へ助けを呼びに?」
「さあ? でも、たぶん、それは違うと思いますけど」
 小さな声でぽそっと零す。
 先ほど、この場所を出て行く時のゲーの様子を思い出す。
 彼は何故だか楽しそうだった。


 ■


 カチ、リ、と鍵が開く。
「……上出来」
 満足そうに呟いたゲー・オルコット(げー・おるこっと)は鍵穴から針金を引き抜き、扉を開いた。素早く中へ侵入し、そして、扉を閉める。
 町に溢れた羽音を締め出した静かな店内は、分厚いカーテンで閉めきられており薄暗かった。
「服飾店……ってとこか」
 カーテンの隙間から漏れた薄明かりが、綺麗に並べられた民族的なドレスや宝飾品をぼんやりと照らし出している。
 それらは無視して、カーテンの隙間から外を伺う。
 シュタルたちの動向を確認したら、カウンターの裏、店の奥の方へと入り込んで、通り抜けられないかを調べに行く。
 とにかく、状況を理解するために町の中で起きていることを知る必要があった。
 そして、そこから現状を打破する何かを見つけなければいけない――
 という目的が一応あるものの……正直なところ、ゲーは己のスキルをフル活用できるこの事態を楽しんでいた。
 気兼ねなく様々な鍵を開けたりする機会など滅多に無い。
 と、
「――?」
 売り場の方で扉が開く気配。
 反射的に物陰に身を隠して、息を潜める。


「やっぱり、開いてるわ……まあ、非常事態だし、鍵の掛け忘れくらいしちゃうわよね――って、ちょっ」
 店内を見回そうとしたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、後ろに居た荒巻 さけ(あらまき・さけ)にぐぐぐいっと店の中へと押し込められた。
「ちょっとぉ、何ぃ?」
「《虫》が居ましたの!」
 荒巻が目の端に涙をちびらせながら後ろ手に扉を閉める。
 と、一拍置いて大きな羽音が幾つか扉の外を行き過ぎていく。
「ふぅん?」
 ぜぇはぁと息を切らしている荒巻を一瞥してから、ヴェルチェは店の奥の方へと向かった。
 カウンターや棚を漁る。
 見つかったのは、大きな鋏や小さなナイフが数本ずつ。
 手の中で確かめるようにクルリと回してから、それらを布で包み、丈夫そうな紐で縛って懐に仕舞った。
 ふと、売り場の方に視線を向ければ、荒巻が飾られているドレスを物色していた。
 荒巻とはモンスターのはびこる町で先ほど一緒になったばかりだが……彼女は、ジプシーなどが着る服や宝飾に興味があってこの町に来た、と言っていた。
「盗るの?」
「え――ち、違いますわ! ちょっと拝借するだけですの」
「さっき、『お金が無くて見るだけだった』って言ってたから、てっきり」
「確かにお金がなくて切ない思いはしてますけど――じゃなくて。今は、少しでも目立つ衣装の方がいいんですの」
「……?」
「囮、ですの。わたくしたちの他にも町に取り残された人が居る筈ですわ――助けなくちゃ」
「ふぅん? ま、頑張ってちょーだい」
 ヴェルチェはひょいっとカウンターを超えて、ドレスを抱える荒巻の肩をぽんっと打った。
 そして、扉の方へと向かう。
「どうするんですの?」
 後ろから聞こえた荒巻の声に顔だけ振り返る。
「このどさくさに紛れて色々かっぱらい捲るのもアリかもしれないけど……それよりも――あのモンスターの甲殻、高く売れると思わない?」
 にまぁ、と笑ってしまう。
「へ?」
「それじゃ、また会えたら会いましょ」
 言い残して、ヴェルチェは嬉々としながらモンスターの蔓延る外へと飛び出した。

「……色んなヤツが居るもんだな」
 ゲーはこっそりと口の中で呟いて、着替え始めた荒巻から視線を外した。
 とにかく、ここに留まっていても仕方ない。
 気配を潜めたまま裏口の扉へと近寄り、耳を当て、外の様子を伺う。
 そして、扉を静かに開いた。