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リアクション
●2:船の偽装と情報収集
タシガン空峡、ツァンダ側の飛行船発着場では、今日も無数の飛行船が積荷を降ろし、新たな積荷を抱えて飛び立っていった。
そこでは2隻の飛行船、1隻は小型飛空艇を持たない生徒たちが乗り込むために環菜がチャーターした船、もう1隻は彼らとは別行動を取る集団の乗り込む船が、発着の準備を行っていた。
「……これで十分でしょう。皆さん、ご協力ありがとうございます」
仕事を終え、菅野 葉月(すがの・はづき)が協力者――チャーターした船に乗り込み、シュヴァルツ団のアジトを目指す者たち――に礼を述べる。彼らは、葉月の提案した『船を商人のものに偽装し、囮になってシュヴァルツ団をおびき寄せる』案を実行に移すべく、今まで作業を続けていたのだ。偽装を施された船は、近くからよく見ればバレてしまう可能性はあるが、遠目から見る分には十分、商人が使用している船になっていた。
「葉月〜!」
そこに、パートナーであるミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が駆けてくる。
「校長に頼んで、噂、流してきたよ! 『蒼空学園校長が発注した高額な品物を運搬する』、でいいんだよね?」
ミーナの問いに、葉月が頷いて答える。ただ商船に偽装しただけでは、相手がどこにいるか分からない以上、伝わらない可能性がある。そこで、あえて高額な品物を運搬するという噂を流し、注目を浴びることでシュヴァルツ団も目を留めるだろうという魂胆であった。
「あとね、ちょっと気になる噂を聞いたよ! 生徒の何人かが、単独でシュヴァルツ団のアジトを探しに飛んでったって! ここで休憩してた乗務員さんが見たんだって!」
「何という……そんなことをして、もし見つかりでもしたらシズルさんの二の舞ではないですか」
相手の情報がほとんど掴めていない現状で、敵地を少数で行動することは自殺行為に等しい。もしかすれば第二、第三の人質が生まれてしまう可能性だってある。
「葉月、どうするの?」
「……僕たちではどうすることもできません。彼らの無事を祈るしかありません」
既に検討の末、彼らの船は発着場を出航した後、早すぎず遅すぎずの速度で『蜜楽酒家』に休憩を装って立ち寄るプランを練り、それも情報として流してある。シュヴァルツ団に自らを捕捉してもらい、襲撃をかけてきたところで返り討ちにする作戦が、航路を変えては成立しなくなってしまう。
「事態が悪化しないといいのですが……」
呟いて葉月は、ミーナと共に船へと乗り込んでいった。
「ここで得られた情報は、さっきメールで送った通りだよ! 確認のためにもう一度整理して言うね!」
もう1隻の船の中で、久世 沙幸(くぜ・さゆき)と藍玉 美海(あいだま・みうみ)がここで集めた情報を、志を同じくする者たちに伝えていた。
「最近空賊被害の多発している場所? そんなのこのタシガン空峡で、被害のないところなんてないですよ。ああ、蜜楽酒家、でしたか? その周囲でだけは襲われたという話を聞きませんね」
「私があまり見ない中型の飛行船、ですか。最近は妙に新型の飛行船が増えましたね。私のところでも取り扱う積荷の量が増えましたし、ここを行き交う積荷の量が増大の一途を辿っているからなのでしょうか」
「えっ、フリューネ、ですか? ええ、私も知っていますよ。何でも空賊を片端から狩ってくれるそうですね。私の船が襲われた時にも現れてくれるでしょうか」
「……沙幸さん、わたくしたち、有用な情報は得られなかったようですわ」
「うっ……そ、そんなことないよ!? 私たちと別行動をする予定の船が、商船に偽装して蜜楽酒家に向かうとか、生徒の何人かが個別にシュヴァルツ団のアジトを探しに行ったとか、聞いてきたんだよ?」
沙幸の取り繕うような言い回しに含まれていた情報の方が、まだ役に立つようであった。……といっても結局のところは、先に出航した商船に偽装した船の後を追うことにしたのであるが。
●3:独断専行の結果
情報収集の時に話に上がった、シュヴァルツ団のアジトを見つけ出すため、ツァンダの発着場を飛び出した少数の生徒たち。
普通に考えれば、この広大なタシガン空峡で一つの団のアジトを見つけ出すのは困難なことであり、もし見つけたとしてもシズルのように空賊団に捕らえられて人質その2、になるのが関の山であるはずだった。
しかし、冒険者としての過去の経験と、事前にヴィンターリオに流された情報により、事態は別の方向へと進んでいった。
(この辺りで見つかってくれるといいのですが……)
飛空艇を駆りながら、影野 陽太(かげの・ようた)が周囲に視線を巡らせ、アジトに繋がる手掛かりがないか探していた。
彼は発着場を飛び立つ直前に学園で、
・シュヴァルツ団がこれまで出没した地点
・最近の義賊フリューネの行動範囲から外れた場所
・加能シズルの足取りとして確認が取れている、もしくは推測できる経路
これらの条件を満たし、なおかつ中型飛空挺が隠せそうなポイントを候補地に挙げていた。その情報を同じ蒼空学園の冒険者に送信し、自らは先行してアジトの捜査に当たっていた。連絡を受けた仲間が自分を追ってくる可能性、もし万が一シュヴァルツ団に捕らえられた時の可能性を考慮しての判断である。
(……あれは?)
陽太が視界の端に動きを捉え、そちらに全身を振り向ける。遠方、視界の真ん中に、雲海を掻き分けて1隻の飛行船が姿を現すのが映った。
(あんなところから船が……まさか!?)
飛空艇を停止させ、銃型端末を開いてこれまで自分が辿ってきた航跡と、候補地とを照らし合わせる。船が出現したポイントは、事前に挙げた候補地の一つであった。
(……船を追うのは無謀ですね。だったら……)
陽太が端末を操作して、仲間に情報を送信する。
タシガン空峡には、所々に浮遊する大地――それらの名称は各個によって異なるが、ここでは『浮遊岩』と呼ぶ――が存在する。それらがどのような原理で浮遊しているのかは謎であるが、空賊はそれらを時には休息の地として、あるいは根城として利用していた。
雲海に紛れるその浮遊岩も、一つの空賊団のアジトとして利用されているようであった。
「ここがシュヴァルツ団のアジトであればいいのだが……」
岩の端に飛空艇を泊め、近くに見える複数の建物を見つめて、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が呟く。彼の他には陽太と、篠北 礼香(しのきた・れいか)と氷翠 狭霧(ひすい・さぎり)、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の姿があった。彼らは個別に情報収集に当たっていたところを、陽太の連絡を受けた、もしくは二次的に情報を知り得て足を向けた者たちであった。
「殺気の類は感じられないな」
佑也が神経を集中させ、前方の建物群を見据えて呟く。
「俺が行こう。異常がなければ知らせる」
その言葉を受けて涼が自らの姿を極力隠しながら、建物に接近していく。ややあって陽太の携帯が、涼からの着信を知らせる。
「気付かないところに見張りがいるかもしれませんから、気をつけなくてはいけませんね」
「礼香様の御身は、私がお守りいたします」
陽太を連絡役に残し、影のように付き従う狭霧を背に礼香、佑也が足を踏み出す。ほどなく涼と合流した一行は、建物群の中でも中心に位置する建物へと用心深く近付き、中の様子を伺う。
「……人の気配はないようだぜ」
「よし、行くぞ」
涼が扉を開け、佑也と狭霧が武器を手に中へ飛び込み、礼香が彼らを援護出来る位置に銃を携えて位置取る。
「礼香様、ここはもぬけの殻のようです」
狭霧の言葉に頷いて、銃を降ろした礼香、そして涼も室内に足を踏み入れる。中は今しがたまで人の姿があったかのような様相で、机には古いタイプの端末がいくつか備えられていた。
「……どうやら当たりのようですね」
礼香が試しに電源を入れてみると、特に弾かれることもなく起動し、モニターに『シュヴァルツ団』と刻まれた紋章が浮かび上がった。多少のセキュリティがかかっていれば彼らには見ることが出来なかったであろうことを思えば、そこまで頭が回らなかったヴィンターリオ――まさか、直接忍び込まれることまでは想定していなかっただろう――に今この時だけは感謝の思いであった。
「なに……高価な積荷を満載した商船が、蜜楽酒家を経由してツァンダからタシガンへ航行予定……付近にフリューネ及び有力な空賊団の気配なし……なるほど、シュヴァルツ団はこの情報を元に船を発着させたんだな」
端末を操作してメールソフトを起動させた佑也が、開かれたメールを読み上げて納得したように頷く。
「ですが、そうだとすれば、ここにシズルはいないのではありませんか?」
「その可能性が高いな。……ともかく、今の情報は仲間に伝えよう。俺たちはここの調査を続行する」
「いっそここを爆破して差し上げればよろしいのでは?」
微笑を浮かべて呟く礼香に、涼が頷きつつ答える。
「そうだな、準備はしておいた方がいいだろう。状況次第で爆破するか決める」
幸い、爆破に利用出来そうな材料は、探索の結果倉庫に大量に用意されていた。一行は陽太に情報の伝達を頼み、アジトの爆破準備に取り掛かったのであった。
彼らの行動の結果により、シュヴァルツ団が蜜楽酒家に向かっていること、シズルもそこに捕らえられているという情報が冒険者達に伝わることとなる。
話の舞台は、空賊たちの楽園『蜜楽酒家』に移ることになる――。
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