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リアクション
●5:騎乗の白き乙女
冒険者たちが人質救出作戦に奔走する中、シズルが事件に巻き込まれる発端となった人物、フリューネ・ロスヴァイセを訪ねる者があった。
「まさか、私のしてきたことがそんな結果を生んでいたなんてね……」
訪問者、琳 鳳明(りん・ほうめい)を居室に通したフリューネは、巷の少女たちが自らに憧れと羨望の眼差しを向けていること、空賊を華やかなものと勘違いしてしまっている事実に、凛々しい表情をしかめる。
「あの、フリューネさんは悪くないよ! フリューネさんのしてきたことは立派なことだよ! 今回のことは、抑えが効かなくなっちゃったっていうか、誰の責任でもないんだと思う。……でも、この空賊への間違った憧れを正せるのは一人しかいないと思う」
言葉を言い終えた鳳明を、しばらく俯いていたフリューネが顔を上げ、真っ直ぐな瞳で捉える。
「そこまで言われちゃうと、ね。……私は私のしてきたことには誇りを持っている。だからこそ、今回のことは私がキッチリ示しをつけなくちゃいけない。空賊は、憧れだけでなるものじゃない、自らの命を賭けるものよ」
そう告げて、フリューネが立ち上がる。彼女は行くつもりだ、そう判断した鳳明が銃型の端末を開き、レン・オズワルドから送られてきたシュヴァルツ団の現在位置をフリューネに知らせる。
「便利なものが出来てきたわね。蜜楽酒家にもそれと似たようなのがあったわ、これも時代の流れなのかしら?」
蜜楽酒家にあるものと鳳明が持つものとでは性能に雲泥の差があるが、機会に詳しくなければどちらも同じに見えるものである。ともかく、準備を整えたフリューネは厩舎に向かい、愛馬エネフを繋いでいた鎖を外す。
「行くわよ、エネフ」
フリューネが呼びかければ、エネフは一声鳴いてその羽根を大きく羽ばたかせる。エネフの背に跨り、愛用のハルバードを携えるその姿は、まさにロスヴァイセ――騎乗の白き乙女――の名に相応しい。
大空へと身を乗り出したフリューネは、進路を蜜楽酒家へ取る。敵の現在位置は知らされているとはいえ、今更蜜楽酒家を経由しないのは感じが悪いとフリューネ自身は思っていた。
「おや、真打ちの登場かい。一匹狼の義賊も、お仲間さんの危機には黙っていられなかったってところかねえ」
「マダム、そんなつもりじゃないわ。空賊は自分の命の責任は自分で持つものよ。今回は私の誇りに則って動いただけ」
フリューネの言葉に呆れるように呟いて、マダム・バタフライが先程まで起こっていたことをフリューネに話す。シュヴァルツ団の船が足早にこの地を離れ、それを追って3隻の飛行船が出ていったこと、シュヴァルツ団の船に学生が何人か乗り込んで行ったことを聞いたフリューネは、頭を抱えて溜息をつく。
「まったく……どうしてこう私に関わる人たちは、命知らずなのかしら」
「あの子たちも命張ってんだよ。その意味ではあの子たちも立派な空賊だね」
威勢よく笑うマダムに、もう一度呆れつつも今度は笑顔を見せて、フリューネは蜜楽酒家を後にする。
役者が揃った今、舞台は大空へと映っていく――。
●6:つむじ風の中の嵐
「お前たち、見張りを怠るんじゃねぇぞ。校長サマがけしかけた船が追ってきてるはずだ」
ヴィルベルヴィント号の船内、一段高いところに座ったヴィンターリオが、団員に注意を促す。
「お頭、後方に3隻の船を発見しやした! 1隻は商船のようっす」
モニターを覗き込んでいた団員が、船を追ってくる複数の船影を確認する。哨戒のための機器を用意していることは賞賛に値するが、偽装を見破れない辺りは、性能は目視と大差ないようである。
「フン、この船の速度は、そこいらの船には出せねえ。このまま雲海に隠れちまえば、撒くのは容易だ。アジトに戻っちまえば、後は女を売り飛ばすだけよ。……校長サマ、残念だったな」
ヴィンターリオの表情に、歪んだ笑顔が浮かぶ。
(潜入はできましたが、この船、大分速度を上げていますね。これは急がないといけないような気がしてきました)
通路に躍り出た風森 巽(かぜもり・たつみ)が、ヒーローマスクの中の表情を険しくして、赤いマフラーをなびかせ船内の捜索を開始する。人質を見つけると同時に機関室を発見して壊すかしなければ、人質の安全は保証されない。船に潜入した者たちだけでは、人数の差で不利が生じる。かといって先に船を止めるような真似をしては、追い詰められたヴィンターリオが何をしでかすか分からない。
(一緒に潜入した仲間を信じて、行くしかありませんね……)
顔を見た限りでは頼れる仲間だ、そう思い至った巽の感覚が、前方に人の気配を捉える。
(ここは隠れてやり過ごしましょう)
近くにあった扉から中へ潜り込んだ巽、そこはどうやら食糧室であるようだった。そして巽の感覚が再び、人の気配を複数捉える。
(まさか、ここにも空賊が!?)
警戒する巽の耳に、何やら会話が飛び込んでくる。
「あむあむ……うん、美味しいわね。缶詰ったってなかなか美味しいものが揃ってるのよね。味が濃いのが困りどころだけど」
「語らなくていいから!! 月実、ここに乗り込んだ理由、覚えてる!?」
「あー、うん、覚えてるわよ。フリューネって人に憧れて空賊になって捕まった子を助けるんでしょ? ……で、フリューネって誰だっけ?」
「忘れるなあぁぁぁ!!」
ぶん、と鈍いような軽快なような音が炸裂する。ちなみに今のは、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)がうさぎのぬいぐるみで一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)をぶん殴った音である。
「危ないわねリズ、缶切りならあるわよ」
呟く月実は、リズリットが振り下ろしたうさぎのぬいぐるみを、缶詰で受け止めていた。耳の刃がフタを切り飛ばし、中のパンが飛び出す。それを月実は器用に口で銜え、咀嚼していく。
「……うん、これもいけるわね。今はパンの缶詰もあるし、ご飯だって保存できるし。ホンっと、缶詰って万能ね」
「だから、語らなくていいから!! 感心しなくていいから!! ねえ、仕事しようよ!?」
「あら、仕事ならしてるわよ。缶詰を食べることで、敵の兵糧を削ぐ。食べ物がなければ人間は動けないのよ」
「一見それっぽいようなこと言って、結局缶詰食べたいだけじゃない!!」
リズリットの言葉を完全に無視して、月実が次の缶詰に手を伸ばす。ラベルには『トドカレー』と書かれていた。
「カレーの缶詰も侮れないのよね、後で食べてみようっと。……あれ、そういえば何をしに来たんだっけ」
「……ああもう、いいや。諦めたよ……こうなったらあたしも食べるよ、缶詰。この缶詰マイスターめっ……!」
全てを悟り切ったような表情を浮かべて、リズリットが『アザラシカレー』と書かれた缶詰を取り出し、うさぎのぬいぐるみでフタを切り飛ばす。
(…………敵ではないようですね)
何かを諦めたような表情をマスクの中に隠して、巽が再び通路へ躍り出る。中から聞こえてきた悲鳴は、聞こえないフリをした。
(……むむ、感じるでござる! 今回のお宝はこっちでござる!)
別の場所では、同じく船に潜入した椿 薫(つばき・かおる)が、囚われのお姫様……もとい女子生徒を救い出す……なんてことはなく、『のぞく』ただそれだけを目的として、船内の捜索に当たっていた。傍から見れば不純な、しかし彼、いや、『のぞき部』部員にとっては何よりも優先されるべき目的に従って行動する薫は、見張りの空賊を一人、二人とやり過ごし、直感で探り当てた部屋の前へと辿り着く。そこは飛行船の最下層に当たる部分で、脱出のためには一旦甲板に出るか、さもなくば船底を突き破るかしかない位置であり、人質を放り込んでおくには最適の位置であった。
(この、のぞくまでの過程がたまらんでござるなあ)
扉に張り付き、お宝をのぞこうとした薫の耳に、複数の人の足音が近づいてくるのが聞き取れた。
(なんと! 人がせっかくのぞこうとした瞬間を邪魔するとは!)
そのあまりの無礼さに一撃見舞いたくなるものの、思い直して薫は隣の部屋に身を潜める。
「ここに、シズルが捕らえられているのか」
「うん、そうだよ。この目で確認したから、間違いない」
男の声と女っぽい声が聞こえ、ややあって扉がこじ開けられるような音が響く。
(むむむ……音だけではもどかしいでござる。ここにのぞき穴でもあればのぞくことが出来るのでござるが……)
薄暗い部屋の壁を探っていた薫は、運良く隣の部屋をのぞくことが出来そうな穴を見つける。隣の部屋で灯りを使ったのか、光が漏れ出ていたため見つけることが出来た。
(どれどれ……)
心の高鳴りを覚えながら、薫が隣の部屋をのぞき見る。果たしてそこには、両手両足を縛られた姿のシズルを介抱するリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)とレン・オズワルドの姿があった。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「え、ええ……あなたたち、私を助けに?」
「そういうことになるね。さ、ここから脱出するよ」
シズルを拘束していた縄を解き、外へ連れ出そうとしたリアトリスを、レンが制する。
「待つんだ。今ここで外に飛び出しては、人数と地の利で劣る俺たちに勝機は限りなく薄い」
じゃあどうするの、と尋ねるような表情を浮かべるリアトリスに、レンが銃型端末を操作する。しばらく沈黙が流れた直後、船を揺るがす振動が突如発生する。
「な、何!?」
「心配しなくていい。共に潜入した仲間に連絡をした。おそらく今の振動は、機関部を破壊したものだな」
「ドリル! マキシマムドライブ!
ツァンダー轟雷ドリルスピン!」
巽の手にした、先端部分が螺旋状の溝が入った円錐形をしたドリルに電撃がまとわれ、振るった一撃は扉を破壊するだけでは飽き足らず機関部に据えられていた動力炉までをも破壊する。もちろん室内でそんなことをすれば、生じた衝撃に巻き込まれて致命傷を負うのが普通なのだが、そこは『仮面ツァンダーソークー1』、かすり傷一つ負うことなく、意識だけを飛ばして自らの責務を果たしていた。
「ええっ!? そんなことしたら、この船沈んじゃうんじゃないの!?」
「大丈夫だ、機関部を破壊しても、推進が止まるだけで浮いてはいられる。……これで、他の船も追いつけるだろう」
「お、お頭!! 何者かに機動部を破壊されました!!」
「何だと!? おい、どういうことだ!?」
衝撃に揺れる室内で、ヴィンターリオが団員に現状の報告を促す。機関部に備え付けられていたレコーダーが最後に捉えたのは、ドリルの勢い良く回転する駆動音だった。
「どうしてドリルなんて使ったんだ!? 壊す方法なら他にいくらだってあるだろ!? アレか、ヘタにロマンでも求めてやがるのか?」
「お頭、落ち着いてくだせぇ、ツッコむところはそこじゃないっす」
団員に宥められ、ヴィンターリオが冷静を取り戻す。金色の髪を撫で、椅子に座り直したヴィンターリオが、改めて現状の報告を促す。
「船は推力の75%を失い、現在微速前進といった状態っす。このままではいずれ、後続の船に追いつかれるっすね」
「ちっ、やるしかねぇか。……出れるヤツは迎え撃て! 船に一人も入れるんじゃねぇ!」
ヴィンターリオの命令を受けて、団員が慌ただしく駆け飛んでいく。深く溜息をついたヴィンターリオが、部屋に同席させた七瀬 歩と桐生 円に振り向く。
「どうすんだ!? この状況でもまだ、誰も死んでほしくない、って言い張るのか!?」
「……あたしだけで、全部を守れるわけじゃない……でも、シズルさんとヴィンターリオさん、お二人は必ず守りたいです」
歩の視線とヴィンターリオの視線がぶつかり合う、その直後。
「パーレイ!
愛しき背徳者ヴィンターリオ、君と交渉がしたい」
部屋にいた者たちの視線を目の当たりにして、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)がなお落ち着き払った態度でヴィンターリオに歩み寄る。
(……ああ、面倒な人が来てしまったねえ)
シャノンの背後、彼に付き従い、彼を守るように立ちはだかるマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)の姿を認めて、円はやれやれと溜息をつくのであった――。
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