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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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3ページめ


 王女の体の宝石はなくなってしまいましたが、その代わりに毎日住人がきれいに掃除をし、花を供えています。
 そのおかげでしょうか、王女の像の周りには、沢山のツバメが集まってきました。
 渡り鳥のツバメには凍えそうな寒い冬ですが、巣箱やコタツで暖を取ることができました。
 冬に飛ぶツバメだけでなく、コタツやたき火にあたる姿を見たある教授が、長い長い投書を新聞にあてて書きました。
 一時期それは町の人の噂になりましたが、難しい言葉ばかりだったので、誰も理解できませんでした。

 その日の夜、王女は再びツバメにお願いをしました。
 まだ不幸な人々が見えていたからです。
 ツバメは王女の願いを聞き届け、金箔を届けに行きました。
 金箔を届けられた劇作家は、ツバメにお礼にお花を上げました。
 画家は、手紙によって像が金箔をくれたことを知りました。



「ツバメさん、ずっと向こうの屋根裏部屋に、若者の姿が見えます。暖炉には火が長いこと絶え、空腹に気を失いそうになりながら、それでも机に向かってペンを握っているのです。その手は寒さで震えて、何も書くことができないようです。もう宝石はないけれど、私の体から金箔をはがして、持って行ってあげてください」
 青いツバメとなった幻時 想(げんじ・そう)は、ミーミルのその申し出に首を横に振る。
「王女様、僕は何度か女の子を好きになったことがあります。心配したり、プレゼントをしてみたりしたんですよ。その子のためになると思って。ですがそれは錯覚に過ぎません。逆に重荷や不幸の引き金になってしまうこともあるのです」
 かつてと最近の失恋を思い出して、想の胸がちくりと痛む。
「それに僕はプレゼントのこともですが、幸福の王女が不幸せになる原因がその黄金の外見だとしたら、……放っておけません。僕と似ているような気がするんです」
「私には、暖かな寝床とパンが必要に思えるんです」
「僕には何が一番良いのか、まだ分かりませんが……この夢の世界から現実へ戻りましょう」
 どりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)も想に同意して、必死に羽ばたきながら頭上で円を描く。
「そうだよ、ダメだよっミーミルちゃん! 他の知らない人のために自分を犠牲にするなんてやめてっ! ミーミルちゃんだって、ミーミルちゃんを助けてくれた人がミーミルちゃんを助けるために不幸になったら嫌でしょう? お願いだから気づいてっ目を覚ましてっ」
 必死なのは、どりーむにとってミーミルは片想いの相手でもあったからだ。……とはいっても、彼女には恋人もいたし、あちこち気になる女の子だらけなのだったが。
 目を覚ましてとは二重の意味がある。夢から、そして彼女の自己犠牲的な考えから。
「私はただの像ですよ。眠ることはありません。……そこのツバメさん、どうかお願いします」
 話しかけられた愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は、想とどりーむに遠慮がちに頷いた。
「そうだね、できることがあるのに貧乏だからできなくなってるのは可哀想だね」
「では私はあちらの公園に座っている画家さんに届けてきます」
 ミサに続いてソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が申し出る。
「お願いしますね、ツバメさん」

 ミサはまっすぐに屋根裏部屋に飛んでいき、紙の散乱している机でうつらうつらしている劇作家の前に降り立った。くちばしでつんつんと鼻先をつつくと、彼は目を覚ます。
「なんだこのツバメは……き、金箔!?」
 ミサはわざと鼻先に金箔を落とすと、夢中になって手を伸ばす彼の肩に止まった。
 早速劇作家はばたばたと宝石商の元に駆け込んでお金を手に入れると、薪と食べ物を買いあさった。
 暖炉には久しぶりに火が燃え、ランプには明かりが点る。暖かい部屋でパンとシチューをむさぼり、一息ついた後、彼はようやくミサがまだ肩に止まって、頬を突っついているのに気がついた。
「キミには何かお礼をしなきゃいけないな」
 ミサは頭を上下に振って同意を示した。劇作家は部屋を見回したが、当然のように何もあげられるようなものはない。
 ミサは窓から見えるミーミルの像と劇作家の間を行ったり来たりして、ミーミルが金箔をくれたんだとアピールする。
「お金にお金でお礼っていうのもなぁ」 
 彼はしばらくの間困っていたが、唯一の装飾品といって良い、机の上のタンブラーに刺した、枯れたスミレの束を差し出した。そのスミレはそれなりにきれいに枯れていたので、ドライフラワーと言い張れば装飾品になりそうだったからだ。ミサはそれをくわえてミーミルの元に帰っていった。
 
 ソアは、公園に飛び立っていた。
 公園には画家がいる。枯れた木々の下、カンバスに囲まれ、寒さで意識が朦朧としている。彼はぼろぼろの帽子とすり切れたコート、太いだけでちっとも暖かくないマフラーに穴の空いた靴という出で立ちだ。
 ソアは金箔をイーゼルにかけられた描きかけの──ほとんど真っ白な──カンバスの中央に貼り付けると、筆をくわえて、空いている場所にメッセージを書き付ける。

 「幸福な王女よりの贈り物です。代わりに、どうか彼女を守って下さい」

 (これでミーミルのことを好きになってくれるといいな……)
 聖少女の素敵なお姉さんとしては、勿論、ミーミルから金箔を剥がしたくはない。でも、貧しい人を助けなければハッピーエンドにはならないだろう。だからせめて助けた人たちがミーミルを好きになってくれる、助けてくれるようなエンディングを迎えたかった。
 ソアはこれからも金箔を届ける度に、メッセージカードを置いてくるつもりだ。
 ミサとソアがミーミルの元に戻ってくると、ソアのパートナー『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が、柱の下で小石を蹴っていた。
「どうしたんですか、ソラ?」
「皮肉で愉快な物語に、ちょっと嫌気が差しただけよ」
 羽を振って体を温めるツバメのソアに、ソラは顔をしかめた。彼女──女の子に見えるので便宜的にそう呼ぶが──は魔道書だから、同じ書物として何か感じるところがあるのだろうとソアは思った。
 ソラは、大切な妹のために考えを巡らせ心を痛めているソアが面白くない。正確にはミーミルがだ。物語の王子は、他人のことを考えて自分を愛してくれたツバメに、目をくりぬかせ皮膚を剥がさせ、挙げ句死なせた。王子は勿論のこと、ツバメがソラにかぶって見える。
 ソアが戻る前に、彼女はミーミルに聞いてみていた。
「ねえ、幸せな王女様。あなたは、自分のどこが幸せなのか気付いてる?」
「私が幸せと呼ばれたのは、生前王宮にいたからです。今だってこんなに金箔に覆われているんですよ」
 それは違う、とソラは思う。ミーミルは、自分が愛されていることに気付いていない。
「ソラ姉様、難しい顔は止めて、一緒にコタツに入りましょう〜……ふあぁ」
 ソラが青く長い髪をなびかせて振り向くと、どことなく似た容姿の、こちらは緑の髪の少女が持参したコタツに入り、組んだ両腕に顎を乗せてぬくぬくしていた。
「何してるの? ミーミルを守るって言ってなかった?」
「お話が進むと、きっとツバメは寒くて動けなくなります。だからツバメさんがあったかくなるようにコタツを用意するっていうのは、守るってことですよね」
 こちらは『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)。魔道書だから直接血縁関係はないが、ソラを原本として編集されたので、姉様と呼んでいる。もっとも、ソラに比べて保存状態が良くなかったせいか、彼女より儚げな印象があった。もしかしたらシドとかレミとかいう兄弟もいるかもしれない。
 ソラのパートナー緋桜 ケイ(ひおう・けい)──こちらはミーミルの“お兄さん”である──は、一緒にコタツに入って、そんなのんびりしたミファの頭を撫でた。
「『幸福な王子』に必要なのは、ツバメを死なせないことと、心ない人々から像を守ることだもんな」
 ケイはさっきまで、寝る前に抱きしめて持ち込んだ魔法の箒で、飛び回り、ツバメを保護していた。
 冷えた体をコタツで暖めながら、ミーミルを見上げる。
 ミーミルの自分を犠牲にしてでも誰かを守りたい、という気持ちはケイにもよく分かる。だが、契約者は簡単にそんなことをしてはいけない。常に大事なパートナーの命を背負っているのだ。それを抜きにしてでも、校長やアーデルハイト、それにみんな彼女を心配している。
「俺たちは物語に出てくるような“魔法使い”になれるかな……」