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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

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夢の中の悲劇のヒロイン~ミーミル~

リアクション



9ページめ


 ついに雪がちらつき始めました。
 足元からは霜が降り、軒先にはつららが下がり、銀色の道を人々は毛皮をまとって行き交います。
 王女の像からは輝きが殆ど失われ、雪が積もらずとも、銀と灰色の世界に溶け込んでゆくように見えました。
 けれど雪を払い落としてくれる人が居ます。払い落とせば、様々な色に飾られているのが分かります。
 ツバメは暖かなコタツやたき火で休むことができました。
 だんだんと、掃除をしたりする人が増えてきました。王女の像を心配する人がでてきました。
 その光景はやがて、ドキュメンタリー映画として街中に流れることになったのです。
 そして像は街の観光名所になったのでした。



 像に、一人の旅人がやって来た。フードを深く被り、マントの前を合わせながら足早に歩いてきた彼は、ミーミルの目の前で立ち止まると涙を流した。
 懐から布を取り出すと、汚れを優しく拭い始める。
「あなたが幾らそんな事をしても、誰が宝石を与えたかなど、それが血肉である事など気にしません」
 フードに隠れて見えないが、旅人の正体は安芸宮 和輝(あきみや・かずき)だ。
「故にあなたがしたかった事は何一つ成し遂げられないのです。ですから、今すぐ……元の姿に戻って自分の声で、姿で訴えてください。あなたが消えてしまったら……今迄の事は無かった事になってしまうのです。分かってください」
 ミーミルにこの声は届いているのだろうか。掃除をし終えた和輝は指を組んで祈りを捧げる。今までミーミルと皆が築いてきたものがこんなことで壊れてしまうなどとは思いたくない。
 彼の隣に少年が立つ。こちらは街の住人に扮装した浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)だ。儚げな容姿に似合わない厳しい目つきでミーミルを見据えていた。これはいつものことだが。
「ミーミル様、金品だけ与えて助けた気になっているようですが、それは傲慢というものです。後は知らないなどと、それは突き飛ばしただけなんですよ。とはいえミーミル様には全ての人を支えるなんて物理的に不可能です」
 彼は可能な限りゆっくりと話しかける。
「だから、自分一人で行わず周りの人を頼ってみて下さい。ミーミル様に助けられる人が私達に助けられないはずが無いでしょう?」
 説得できなくても、登場人物になって話し続ければ、きっとその分エンディングが伸びるはずだ。
「一人より大勢、どちらが強いか明白でしょう? だから皆で助け合えば不可能なんて無いんですよっ」

 夕刻。その部屋はカーテンが締め切られ、暗闇に包まれていた。
 たった一つの入り口付近からの光源により、部屋の再奥の白壁が、円形に切り出されている。
 その白い円の中に、ミーミルと像付近の様子が浮かび上がっている。
「王女は、貧しい人たちの姿を黙って見ていることができなかったのです……」
 プロジェクターを操作しながら、情感たっぷりなナレーションをしているのはチャイナドレス姿のペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)
「そして金箔を貰った人たちもお礼をするようになったのです」
 画面中央に、ぼろぼろの服を着たピンクのポニーテールの女性──に見えるが実は男だ──が浮かび上がる。ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)、職を失った貧乏人の設定で物語に入り込んだイルミンスールの生徒だ。
 彼の目の前にツバメが金箔を持ってくると、ケイラはツバメに花を一輪渡した。声は聞こえてこないが、口の形でありがとうと言っているのが分かる。画面はツバメを追い、ミーミルの元に戻ってきた。ツバメが花を他の花と一緒に供える。
 ミーミルの元にはケイラと同じように貧乏人になりきった、こちらは黒髪をポニーテールにしたイルミンスール生セルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)がいる。祈り終えると感謝のフルートを奏で始める。人々がその音色に耳を傾けて、集まってくる。
 その中にはまだ小さな女の子が混じっていて、やはりミーミルにお礼を言っているようだった。どことなくその姿はセルシアにも、白雪姫にも似ていた。セルシアのパートナーのマリア・ハッツフェルト(まりあ・はっつふぇると)だ。
 マリアは、アインや和輝と一緒にミーミルの掃除の輪に加わり、花をドレスに飾り付けていく。笑顔は周囲に広がって、見ているだけでも和やかな空気が流れているのが分かった。
 そこから数メートルだけ距離を置いて、一人の絵描きが座っている。彼女はマフラーでツバメの巣を脇に作り、彼女の食べた残りのパンくずが、ツバメのご飯になっている。絵描き役は秋月 葵(あきづき・あおい)
 目の前に置いたカンバスには、ミーミルとツバメ、集った人々が描かれている。そんな白いカンバスの白い風景の中に、黒い奇妙な形の影があった。
 映像がその被写体本体をクローズアップする。
 ……それは、身長二メートルに届こうかというスキンヘッドで半裸な旅芸人ルイ・フリード(るい・ふりーど)だった。奇妙な形に見えたのは、彼は黒色の隆々の筋肉を見せつけるように片手倒立をしていたからだった。画面からは分からないが、セルシアのフルートの音色に合わせて、ポージングを決めてにかっと笑う。
「見てください、このワタシの筋肉☆イリュージョンを!」
 声が聞こえないのは幸いだった。その行為だけで立派に観客を驚かせたからだ。
「──彼はおひねりをツバメに渡しています。このおひねりで済むのなら金箔を剥がさなくても良いのではと、彼は献身的な行為を続けているのです」
 ナレーションが、部屋のどよめきを遮るように流れた。
 ルイは演技を終えると、次に彼は氷術で氷柱を出し、素手で削っていく。今度は一人さっ○ろ雪祭りである。
 一通り映像が終わると、観客席に座っていた中年の男が一人、ペルティータに近寄る。
「この映像の間にわしの店の名前を入れて欲しいのだが……」
「ええ、ええ、これからは宣伝の時代ですよ♪ 福祉に力を入れているところをアピールすればお店のイメージアップ、売上もうなぎ上りです!」
 ペルティータは手もみでもしそうな勢いで契約書を差し出した。我も我もと続く商人にほくほく顔だ。

「スポンサーが見付かったんだぜ。おまけにこのドキュメンタリー映画が完成すれば、沢山の人がミーミルを見てくれるんだ」
 七尾 蒼也(ななお・そうや)はペルティータからの報告を持って、ミーミルの元を訪れた。
「俺たちにだってできることは沢山あるんだぜ? こうやって映画を作ったり、医者にかかる金がなければヒールで治療したりな。一時の施しはすぐになくなり、贅沢に慣れれば貧しさに絶望することになる。援助するなら、自分で稼ぐ力をつけさせることだ」
 彼は金持ちを説得して労働者に投資させたり、貧しい家庭に家畜の飼い方を教えたりしようとしていた。もっとも、そこまでは中々手は回らなかったが……。
 周囲を見回せば、氷の彫像が王女と一緒に観光名所になっていて、ミーミルの周囲は住人たちでにぎやかになっていた。たまに見上げられるだけではなく、お供え物もされるようになってきている。
 そこで、柱には縄ばしごがくくりつけられ、住人がミーミルにお礼を言ったりお花を飾ったりできるようになっていた。
 縄ばしごを作り、ミーミルの足を抱くように寄り添っているのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 金箔を勝手に取っていったり、ましてや最期の一枚を剥がされたり──ミーミルに不埒なことをしたり! されないよう目を光らせていた。いや、目を光らせるどころではない。ミーミルを助けたい一心で、その気持ちを心の中で絶叫しているせいか、気迫がオーラになって立ち上っているようにも見える。
 彼女はミーミルを“汚す”者……特に男が手出しでもしようものなら、腹にコークスクリュー、顎にアッパーを打ち込んで空のカタナにぶっ飛ばすつもりでいる。実際のところ、この夢に入った面々に限れば、男よりも女の方が危険ではあったのだが。