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リアクション
chapter.10 7日目(3)・放逐
飛空艇から飛空艇へと飛び移りながら、セイニィは次々と空賊たちを沈めている。手傷こそ負うことはないものの、その動きはどこか本来の精彩を欠いているようにも思えた。とは言えそこは十二星華。有象無象の空賊に遅れをとるようなセイニィではなかった。
「うじゃうじゃとよくもまあ、こんなに集まったものね!」
片っ端から近くを飛ぶ飛空艇を落としていくセイニィの前に、ヨサークが立ちはだかる。
「よおクソ金髪。あの谷以来だな」
「……あんたまで来たの。まあ、誰が来ようと一緒だけど!」
セイニィの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヨサークはその鉈でセイニィを払おうとする。が、彼女にただの攻撃は当たらないことは、既に何人もの生徒で実証されていた。お返しとばかりにその爪先をヨサークに向けるセイニィ。が、それを彼の護衛をしていた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)とロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が際どいタイミングで防ぐ。
「……へえ、とことんやる気なのね」
あくまで強気な姿勢のセイニィだが、自身を襲う違和感に薄々感づいてもいた。それは、こんなあっさりと防がれるような光条兵器だったか、という懸念。
「ヨサークさん、何かを言われるのは覚悟の上です。それでも私は、あなたを守りに来ました! もし無事に守りきることが出来たら……その時は、教えてほしいことがあります」
優希が、ディフェンスシフトを発動させながらヨサークに言う。彼女が知りたかったこと。それは、女性嫌いのヨサークがなぜあの芸者とだけ話せているのかという、他の生徒の何人かも抱いていた疑問だった。しかし自身も女性である以上、簡単には教えてもらえないはず。ならば、ヨサークの役に立つことを示せれば。優希は、そう考え今この場に立っていた。
「ヨサークさんに傷は負わせられないのです」
盾をかざしたロザリンドが、毅然とした態度で優希の隣に並び彼を守る。彼女は、自分の目的を成すためにヨサークが必要と判断し、今回護衛を買って出たのだった。
ロザリンドは、ある女性にとても入れ込んでいた。そしてそのある女性は、以前ヨサークに暴言を浴びせられたことがあるのを、ロザリンドは間近で見ていた。その時は思いつかなかったが、今彼女は、壮大なるプランを思いつくに至っていた。
ヨサークさんがあの方をいじめているところを私が庇えば、きっととても感謝されるはずです。ご褒美だってもらえるはずです。そう、それはこんなご褒美やあんなご褒美まで……。
つい過激な想像を巡らせてしまったロザリンドは意識を戦場に戻し、ヨサークにはっきりと告げた。
「ほら、男でしたら手早く、さっさと終わらせてください」
ザクロとの関係を聞き出したい。ヨサークをだしに良い思いをしたい。動機は違えど、優希とロザリンドの目指すところは同じだった。
彼を、守りきろう。
優希とロザリンドは互いの守備範囲を確認し、セイニィからの攻撃をギリギリのところで防いでいた。そこに、団員のラルクも駆けつける。
「頭領には指一本触れさせないぜ!」
ドラゴンアーツとヒロイックアサルトを併用させ、ラルクはその手に光条兵器を携えていた。
「唸れ、光条!!」
ナックル型の光条兵器でセイニィを吹き飛ばそうとするラルク。攻撃が当たることはなかったが、ダイナミックな迫力で繰り出されたそれは、セイニィとヨサークの距離を開けさせるには充分な役目を果たした。
「おめえら……よし、このまま耕すぞ!」
ヨサークによって気合いを入れられた生徒たちは、そのまま攻勢へと転換した。次第に攻撃よりも回避の数が増えるセイニィに、突然のアクシデントが発生した。飛空艇間を飛び移っていたセイニィは、ヨサークたちの攻撃をかわすために飛び移った船の甲板で、その足を不意に滑らせてしまった。それは、先ほど自身が倒した空賊たちが流した血の吹き溜まりだった。
「っ……!?」
バランスを崩し、思わず腕をつく。その時、びしゃりと彼女の光条兵器に血の池が跳ねた。そこに、ヨサークが突撃してくる。彼は意識して狙ったわけではなかったが、結果的に彼女が持つグレートキャッツの弱点を思わぬ形で突くことになった。ヨサークが鉈の横腹でえぐるように薙いだその一撃は、見事にセイニィの脇腹を捉えた。
「あう……っ!」
ぐらりと足元の力が抜けていき、セイニィは甲板から落下していった。
◇
「おい、又吉。今のちゃんと撮ったか?」
国頭 武尊(くにがみ・たける)は、パートナーの猫井 又吉(ねこい・またきち)の方を見て言った。
「あ、ああ撮ってる、撮ってるよバッチリ」
どこかぎこちなくそう答える又吉。彼らは、より団員の数を増やそうとヨサークのPR映像を作成しようとしていたのだ。そうして宣伝した結果多くの入団希望者が集まれば、その功績が認められ晴れて自分も団員になれるだろうと武尊は考えていた。どうやら彼はその気合いが逆効果になり、入団を希望していたものの未だ団員になれずにいるようだった。今回こそはと考えた結果が、このヨサーク空賊団PR作戦である。
しかし、彼の誤算はもう既に起きていた。
「そんなもんつくったって売れねーよ」
小声で囁く又吉。そう、武尊の誤算は、又吉の謀反である。どうせ映像を集めて商材つくるんだったら、可愛い女をたくさん映した方が金になる。つまり、又吉と武尊には若干認識のズレが生じていたのである。もっとも、一般的に考えれば又吉の方が正論である可能性が高いのだが。
又吉は先ほどから光学迷彩を使用して戦場を駆け回り、この場にいる女性を片っ端から装備した銃型HCで撮影していた。動画が撮れないのが難点ではあるが、そのあたりは静止画を後で編集してスライドショーか何かにすれば良いだけの話である。この又吉に撮影係を任せたのが、武尊最大の失敗だろう。
「又吉、良い絵撮れたか?」
「ああ、文句なしに良い絵だぜ」
又吉は、撮影した無防備な姿の女性たちを眺めつつ、しまりのない顔をしていた。もちろんこれがバレた場合、盗撮として立派な犯罪扱いを受ける。しかし又吉はそんな先のことなど気にしていなかった。今ここに楽園がある。彼はそれで充分なのだ。そして、又吉のHCは新たなターゲットを既に捉えていた。
「おっ……可愛いねーちゃんじゃねえか」
そこには、上質なメイド服を着た神代 明日香(かみしろ・あすか)がいた。こんな戦場のど真ん中になぜメイドが、と不思議に思う者もいるかもしれない。しかし彼女には、戦場の兵士全員をあっと言わせることも場合によっては可能な、驚くべきスキルを持っていたのだ。
ヨサークとセイニィが戦っている間も、一部では空賊同士の小競り合いが起きていた。元々気性の荒い者が多い空賊が集まり、しかも女王器という宝が目の前にあるのだ。当然といえば当然の成り行きである。そんな戦場を見渡すと、明日香はすう、と息を吸い、集中力を高める。そのただならぬ様子に、近くにいた何人かの空賊は「なんだ?」と興味を惹かれた。そして、ある程度の視線を集めたところで彼女はその技を発動させた。
「……メイドインヘブン!」
途端、辺りに癒しのオーラが溢れ出す。それは森の香りにも似たような、湖の香りにも似たような、この世のあらゆるマイナスイオンを集めたと錯覚してしまうような癒しの波形である。もっとも、この波形に同調を示さなければ、癒しの効果は得られないのだが。言うまでもなく同調具合は、メイドへの執着心がバロメーターである。そして残念なことに、この場にメイド好きはさほどいなかった。故に、明日香のメイドインヘブンはあえなく不発に終わったのである。又吉も別に、メイドだから反応したのではなく、可愛い女の子がいたからそれに反応したに過ぎない。
「対象範囲に難アリ……ですね」
その様子を明日香のパートナー、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)はせっせと記録していた。
真面目に戦っている者からすれば、武尊らや明日香らは遊んでるように見えたのだろう。すっかりボルテージの上がりきった空賊の一部が、彼らに迫ってきた。ノルニルが真っ先にその気配を殺気看破で察する。
「皆さん、ここも危なくなりますよ」
禁忌の書を手にファイアーストームを放つノルニルに続くように、明日香は巨獣の大腿骨を持って振り回していた。
「おいおい、これは運命ってやつじゃないのか?」
偶然同じ武器を持っていた武尊は、明日香に近付くと彼女と同じ巨獣の大腿骨を持って、ぶんぶんと振り回し始めた。
「なんだよ、武尊もやっぱり女の方が良いんじゃねーか」
相変わらずHCを構えたまま、又吉はそんな武尊を軽く冷やかしていた。ちなみにこの数分後、武尊は調子に乗って明日香に近付きすぎ、その頭部に大腿骨の直撃を食らうという失態をかますことになる。当然その時の映像は、又吉のHCに記録されていた。
◇
外の喧騒が激しくなる中、ヨサークの船内ではラッキー・スター(らっきー・すたー)が不穏な動きを見せていた。
「ユーフォリアも良いけど、やっぱ船だよね!」
出発時に手伝いのため乗り込んだ生徒たちに紛れ、ラッキーは機を伺っていた。船の主が出払い、横取り出来るチャンスを。
「今ならヨサークもいないし、絶好のチャンスだぜっ」
教導団の生徒にあるまじき窃盗行為だが、彼は教導団の制服を脱ぎ、コートを羽織ってフードを被ることで教導団生と分からないように軽く変装をしていた。たしかに教導団生とは分からないが、この場所とタイミングでその格好はなかなかに警戒を招きかねない姿だった。
「それにしても、ハレルヤ何やってるんだろう、遅いなあ」
携帯を開き、独り言を漏らすラッキー。と、そこに後ろから声がかかった。
「用があるなら、おまえから来ればいいじゃないか。どうせ同じ船に乗っているんだから」
それはラッキーのパートナー、ハレルヤ・ドヴェルグ(はれるや・どう゛ぇるぐ)だった。
「まあまあ、細かいことは良いじゃないか。会えて嬉しいよ。早速だけど、この船をもらいたいんだよね。協力してくれるだろ?」
「断る。おまえはまったく、どれだけ厄介ごとに首を突っ込めば気が済むんだ」
「ま、もう突っ込んじゃってるから。それに、僕に何かあったら、君も困るんじゃないのかい?」
「……ふん」
パートナー契約の義務を餌に、ラッキーはハレルヤを言いくるめた。ハレルヤはごと、と自身のバズーカ型光条兵器をラッキーの前に置くと、「協力はこれだけだ。後は知らん」と言い残し彼の前から去っていった。ラッキーはそれを手に取り、うきうきと計画の実行に移ろうとする。
「これこれ、これが必要だったんだよねえ。派手に一発お見舞いするにはさ」
物騒な武器を手に船内を進むラッキーだったが、彼の計画を阻む者が、船内に残っていた。それは、彼にとって予想外の出来事だった。ラッキーの目の前には、船の番として残った団員ナガンズの4人、新しく団員となった体格の良いアルゴ、そしてひたすら厨房にこもって料理をつくっていたカガチも包丁を手に現れた。
「な……え……?」
クレイジーなピエロ4人組と、見るからに乱暴そうなで良いガタイした男と、包丁を持ってじりじりと迫ってくる男に突然囲まれたのだ。彼が戸惑い、冷や汗を流すのも無理はない。
「さっきの話聞いたぜェ。この船は頭領の船なんだ、好き勝手やられちゃ困るぜ」
「俺は戦闘以外からっきしだからな。ここで活躍出来ねえと入団した意味がねえ」
「フリーダム万歳だ」
ひとりちょっと言ってることがおかしいが、逆にそれが怖かった。
「ヨ、ヨサークは空賊だろ? 空賊から物奪ったって別に良いじゃん! くっそー、またいつかこの船の前に現れるからな!」
捨てゼリフを残し、ラッキーはバズーカを持ったまま一目散に船を降りていった。
「さァて、そろそろ外も良い感じになってきてる頃かァ?」
船に訪れた危機を脱したナガンは様子を見るため船外へ赴き、アルゴとカガチもそれに続いた。
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