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リアクション
chapter.4 3日目・三味線の鳴る蜜楽酒家で
ヨサーク空賊団の解散から3日が過ぎた。それはロスヴァイセ家襲撃の話題が上り始めた頃からも同じくらいの日数が経っていることを意味しており、酒場の空賊たちは徐々にその意気と参加人数を増やしていた。そんな刺々しさのある酒場でも、男たちの求める音色がある。
べん、べん、と三味線が心地良く耳に響く。芸者のザクロが奏でている音だった。ある空賊は指笛を鳴らし、またある空賊はうっとりした目でそれを見つめている。一曲演奏が終わると、わっと歓声や拍手が起こる。小さなステージを降り、席へと戻ったザクロに日本酒を持って同席したのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。
「良いパフォーマンスだったぜ。普通ならステージを降りた演者には花束でも贈るんだろうが、あんたにはこっちの方がお礼になるよな?」
どん、とテーブルに日本酒を置く壮太。ザクロは「分かってるねえ」とグラスを出した。すると、壮太に続くようにザクロへお酒を注ごうと何人かの客が押し寄せてきた。ザクロは彼らの相手を軽く済ませてから、壮太の日本酒に口を付けた。その様子を見ていた壮太が、会話を切り出す。
「昨日もちらっと様子を見たけどよ、あんたも毎日大変だよな。酔っ払い相手に。芸達者でしかもこんなに良い女だったら、言っちゃあ悪いがこんなへんぴなとこよりもっと腕を活かせる場所があったんじゃねえのか? まあ余計なお節介かもしれねえけどよ」
「ふふ、買い被りだよそれは。あたしは三味線弾くくらいしか能がないからねえ。ま、良い女ってのは当てはめとこうかね」
「芸者にとっちゃ、良い女ってだけで充分優秀だろ。ここで芸者してんのは、マダムに引き抜かれたとかか?」
本来であれば、もっと踏み込んだ質問をぶつけたい。しかし壮太は、素性を探ろうとしていると警戒されるのを恐れ、自然な範囲の会話で留めた。積み重ねることで、少しでも彼女の気が緩むことに期待したのだ。
「引き抜きなんて大層なもんじゃないさ。ただ2〜3年前ここに流れ着いたあたしを拾ってもらって、それ以降ここで旦那方の相手をしてお小遣いを貰ってるってだけさね」
そんな壮太の心理を知ってか知らずか、ザクロは平然と身の上話を話す。もっと踏み入っておいでよ。それは、ザクロがそう誘っているようにすら思える程だった。対話になれているザクロ相手に会話の主導権を握るのが困難と判断した壮太は、その話題をそれ以上掘り下げるのを止めた。とそこに、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)とヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が話に入ってきた。ふたりはこの数日、ザクロという人物を知るため酒場で常連客に彼女のことを聞き、3日目にして満を持して本人と接触することにしたようだった。
「ふうん、そういう経緯で働いてたのね。てことは、住み込みってこと?」
ヴェルチェが、壮太の意図に反しザクロの身辺を探りに出た。ザクロは別段隠す様子もなく、自身の生活の一部を話す。
「ここのお店は、4階建てだけど3階までしか通れないようになってるだろ? 上が従業員用の居住スペースになっていて、あたしもそこにお世話になってるのさ。まあ、毎日ってわけじゃないけどねえ」
「うふふ、そんなに色々教えてくれると、もっと色々聞きたくなっちゃう」
ヴェルチェはさらに質問を続けようと身を乗り出した。まずい。瞬間そう思った壮太は、咄嗟に話題を変えた。
「そういや、ヨサークんとこの空賊団が解散して、団員募ってるんだってな。やっぱそういうご時世なのかもしんねえな」
が、これは話題の選択ミスだった。同席していたヴェルチェと遙遠が、それをザクロと絡めてしまったのだ。
「ああそれ、あたしも気になってた話題なのよねっ。噂だと女嫌いを覆したせいで団員が離れたって聞いたけど……その覆したのって、ザクロちゃんなんでしょ? まさかそれって、狙ってやった……なんてことだったりして?」
「遙遠も、気になりますね。はたから見ると、ヨサークさんをそそのかしているのではないかと見られてもおかしくないですよ」
さすがにここまで聞いては口をつぐまれる、と思った壮太は二本目の酒瓶をテーブルにわざと大きな音を立てて置いた。
「酒の場で不躾なこと言うんじゃねえよ。不味くなんだろうが。遙遠、おまえまで何変なこと言ってんだよ」
どうやら既に顔見知りのようだった壮太と遙遠だが、ザクロへのアプローチの方法は互いに違っているようだった。それを証明するかのごとく、遙遠はザクロ、そして壮太に笑って告げる。
「ああ、勘違いしないで下さいね。別に疑ったりしているわけではないんです。ただ、ザクロさんからどことなく面白そうな匂いがしているので、何か協力出来ることがあれば協力したいなあ、って思っただけなんです」
「ふふ、そんなことを言うあんたの方が、あたしなんかよりよっぽど面白いよ」
遙遠の言葉に笑って返すザクロ。遙遠はそれを聞いて、なお食い下がる。
「協力というかは、駒として使って貰えないかという、お願いですね。どうでしょうか? なんなら犬にだってなりますよ」
遙遠はある種の決め打ちにかかっていた。それは、ザクロがヨサークを使って何かをしでかそうとしているのではという考え。彼は、ザクロからきな臭さを感じていた。もちろんその本心をあからさまな形で表面に出すことはしなかったが。しかし、そんな遙遠の考えを一笑に付すようにザクロは微笑んだ。
「駒も何も、あたしは別にしてもらいたいことなんてないからねえ。ま、強いて言うならお酒の一杯でも奢っとくれ。それで充分だよ」
そうそう、とザクロはヴェルチェの方を向いて思い出したように質問に答えた。
「さっき何か聞いてたね。ヨサークの旦那のとこが解散した話だったっけねえ。確かに最近あの旦那と話す機会は多かったけど、まさかそれでここまでのことになるなんて、あたしも驚いてるよ。なんだか旦那に悪いことしちまった気がするねえ」
「あの女嫌いのヨサークちゃんと話す機会が多いなんて……そんなに仲が良いの? そもそも、ザクロちゃんは男? 女?」
「ふふふ、そっちの子といい、面白いこと言う子たちだね。性別はご覧の通りさ。あの旦那とも仲が良いっていうよりは、たまたま最近話す機会が多かったってだけさ。ほら、他の空賊の旦那たちはピリついちまってるのが多いだろ?」
一通り答え終えた辺りで、またザクロの元へと客人が訪れる。壮太や遙遠、ヴェルチェはここで会話の中断を余儀なくされた。
「何かあったら、いつでも遙遠を使ってくださいね」
「また演奏を聞かせてくれよな」
去り際に遙遠と壮太が言い残したセリフに、ザクロは小さく手を振って返事とした。ふたりの言葉の後、ヴェルチェが最後にひとつ尋ねた。
「ねえ、あたしも芸者になれるかな? なーんか、面白そうかなって思ったからやってみたくなっちゃった」
「そうだねえ、まずは三味線の弾き方でも勉強しといでよ。それからかね」
そう言って、ザクロは注がれたお酒を飲みながら3人を見送った。
◇
酒場へと足を踏み入れたヨサークは、ザクロがいる1階を通り過ぎ、2階へと上った。抜けた団員を探しに来たのか、あるいは新たな団員を見つけに来たのか、それともその両方か。ヨサークはとりあえず、と酒を注文する。そのテーブルに、椎名 真(しいな・まこと)とパートナーの原田 左之助(はらだ・さのすけ)がやって来る。
「ここ……いいかな?」
ヨサークの許可を得、同じテーブルに腰掛けるふたり。真には前回、魂の片割れとも言えるほど大切な存在から預かった言葉を雲の谷でヨサークに伝えた経験がある。それを経て、また片割れから話を聞いて、ヨサークという人物に深い興味を抱いていた。そしてそれは、彼と同じく昔組織をまとめ上げる立場にいたらしい左之助もまた同様の思いだった。
「もしかしたら今それどころじゃないかもしれないけど、俺たちはヨサークさんのこと、もうちょっと知ってみたくなったんだ。だから、ヨサークさんが良ければ、一時的に執事として仕えさせてくれないかな」
「執事? どうせなら団員になっちまえば良いんじゃねえのか?」
「団員……は、ちょっと素直にうんとは言えないんだ、ごめんね。でも、執事として精一杯仕えたいっていう気持ちは嘘じゃないよ。その人を知るには、その人に仕えよ。言葉よりも早く分かる……っていうのが祖父の口癖だったからね」
「よく分かんねえが……手伝いに来たっつうんなら歓迎だ。特に今は人手が足りねえからな」
ぽりぽりと後ろ頭を掻く真に、ヨサークは運ばれてきた酒を飲みながらそう返した。
「そういや、噂で聞いたが、隊がバラけちまったんだって?」
ヨサークの言葉を聞いた左之助が、気になっていたことを尋ねた。
「俺も前に、新撰組ってえとこで隊長をやってたから分かるけどよ、隊をまとめるってのは大変だよな。飲みてぇ気分の時だってあるわな。話に聞いた通り、己の理をちゃんと持ってそうだし……酒、付き合うぜ?」
そう言うと左之助もヨサークと同じ酒を注文し、真にサシで飲めたいと申し出た。真はそれを聞きすっと立ち上がると短く返事をし、付かず離れずの距離で邪魔が入らぬよう警備員のように佇んだ。
ふたりになったヨサークと左之助は、静かに言葉と酒を交わしだす。
「頭ってのは、責任が付きまとうから大変だよな」
「責任な……俺はいつも自由にやってきたつもりだったけどよ、それにだって責任は付いてくるしな」
ふたりは、組織をまとめる者としての難しさを切々と語っていた。
「なあ、隊に亀裂が生じる時ってのを知ってるか?」
いくらか話し込んだ後、左之助がヨサークに問い掛けた。
「それってぇのは3つあってな……ひとつは頭自身の問題、ひとつは隊員それぞれの問題、ひとつは第三者の問題だ。自身なら見直しゃいいし、それぞれならそこまでの縁だったってことだ。面倒なのは、最後の場合だな」
当人同士に欠落がなくても、思わぬねじれが生まれることがある。左之助はそんなことを言わんとしたのかもしれない。
「俺はまだ深く知らねぇからあんまり突っ込んだことは言えねぇが、どこに問題があるのか、話したら分かることだってあるかもしれねぇぜ?」
左之助はガタッ、と椅子から立ち上がると、真を呼び戻す。会話の節々を耳に入れていた真も、左之助に同調するようにヨサークに進言する。
「新しく団員を探すのも良いけど、前に団員だった人たちを戻すことも必要なんじゃないかな」
「……」
グラスを持ったまま、黙り込むヨサーク。そんな彼を、少し離れたところから島村 幸(しまむら・さち)が見ていた。幸はその様子を確認すると、この数日で探し当てた彼の元団員がいるところへと向かった。
「ヨサークのやつ、わんわん泣きながら船員を集めてましたよ」
幸にそう話しかけられたのは、ヨサークのテーブルとは離れたところに座っていた元団員のネギーだった。
「え……あの人が、泣く……?」
思わず聞き返したネギーに、幸はさらに続ける。
「さすが女に腑抜けた野郎は、プライドも何もないみたいですね。所詮、空を耕すことなんて出来ないしなびた大根野郎だったんでしょうね」
普段から決して温和な言葉の選び方をする方ではなかったが、こと今回に限ってはいつもよりも辛らつな言い回しをしていた。もちろんそれには理由がある。どうせ互いに意地を張り合っているだけだろうとあたりをつけた幸は、不器用な彼らには説得よりも煽る方が効果的と読んだのだ。これまでにヨサークの怒りを買ってきた幸にとってそれは、適任とも言える役割だったのかもしれない。そこへ、さらに団員を煽るべく蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)が現れ、ネギーを焚きつける。彼女もまた、数日前から聞き込みを行いネギーのことを突き止めていたのだった。
「あんたが慕ってたのって、女嫌いで狭量なヨサークなの? それとももしかしてあっち関係の人なの? 違うでしょ!? うんまあ、仮に違ってなかったとしても、あんたの愛ってそんなことで終わるようなもんだったの? ってことよ!」
「あんなやつは、黙って土だけ耕していれば良かったんですよ」
「あんたが付いていくって決めたのは、どんなヨサークよ? ほら、言ってみなさいよ」
幸と路々奈に代わる代わる煽られネギーはしばらく頭を抱えていたが、やがて勢い良く立ち上がり、ふたりに向けて目くじらを立てた。
「確かに僕は抜けたよ! けど、そこまで言うことはないじゃないか! そこまで僕はおかしらのことを憎んでないぞ!」
それを聞いた幸と路々奈は、にっこりと笑う。そんな一同の様子を遠くから発見した真は、幸の性格をある程度把握しているからか、次に幸がしそうなことが読めていた。
「島村さんならきっと、次に『だそうですが? ヨサークさん』っていう風なことを言い出すはずだ! なら今このタイミングであちらに誘導しないとっ……!」
真は慌ててヨサークが座っていた椅子を見る。しかしなんとそこにヨサークの姿はなかった。まさかのトイレタイムである。
「まずい……! もう少しタイミングを計るよう言ってこないと……!」
真は全速力で幸の元へ駆けた。それを見逃さなかったのは、幸のパートナーのメタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)だった。ブラックコートで気配を消し潜んでいたメタモーフィックは、幸の計画の妨げになる者を排除せんとスタンバっていたのだ。メタモーフィックは近付いてくる真を見るや否や、電力をその体に蓄え始めた。真が不運だったのは、幸と真は顔見知りだが、メタモーフィックと真に面識がなかったということである。
「今出たら話ややこしくなるの! にぃちゃ、出ちゃダメー!」
メタモーフィックが制止の言葉と同時に、真に抱きつく。
「うっ、うわあああああっ!!」
最大出力で雷術をその身に食らった真は、全身を襲う痺れに抵抗する術もなくただひたすらその雷を浴びていた。
「一緒に……こわれよう?」
壊れてるのはそんなセリフを笑顔で言うお前だろと言いたいが、床に倒れた真は真で何かをやりきったみたいな表情をしているのでおあいこといったところだろう。結局ネギーの熱い言葉はヨサークの耳には入らず、幸と路々奈は怒らせ損となったのだった。
◇
トイレに行っている間にそんなことがあったなどとは露知らず、ヨサークは酒場の1階へと下りていた。そんな彼を階上から見下ろしていたのは、風森 望(かぜもり・のぞみ)だった。望は抜けていった元団員たちを説得する生徒たちを、ここで何人か見てきた。現時点でまだ彼の元へ戻った団員はいないようだが、このままではまずい、と望は思う。
「せっかくこの一連の流れが功を奏したとしても、女子学生が船に関わっていたりしたらまた元の木阿弥になりかねませんね。ここはひとつ、お嬢様に体を張って頂きましょうか……」
「わたくしをお呼びになりまして?」
ザッ、と。なぜかちょっとかっこよく後ろからパートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が現れる。
「お嬢様、頼みごとがございます」
もう慣れたもので、そのあたりは完全にスルーして望が本題に移る。
「望がわたくしに頼みごとをっ……!? あ、主らしく華麗に、優雅に叶えて差し上げますわっ! で、何をご希望ですの?」
「これを、ヨサーク様のところへ行って読んでほしいのです」
言って、一枚のカンペを渡す望。ノートはやや拍子抜けした感じで、「そ、それだけですの?」と物足りなさそうだ。しかしそこはせっかく受けた依頼。ここが主としての器の見せどころだと思ったノートは、さっとカンペに目を通す。じっくり読んではいなかったが、パッと見であまり良いことが書いてないであろうことは分かった。
「これは……まさかとは思いますけれど、またキャプテンに喧嘩を売るつもりではないんですの? そういえばさっき、体を張るとか言っていたような……」
「いいえお嬢様、断じてそのようなことはございません」
「でも、これって」
「断じてそのようなことはございません」
有無を言わさぬ望の迫力に押され、内容もきちんと把握しないままノートは依頼を受けることとなってしまった。ちなみに望が渡したカンペには、次のようなことが書かれていた。
『女性嫌いなあなたが、女性問題で窮地に陥るとはちゃんちゃら可笑しいですわね。それとも、女性嫌いはポーズだけのムッツリ助平でしたのかしら? まぁ、どちらにしてもこの体たらくでは、またすぐに同じようなことが起こりそうですけどね!』
どうやら望はヨサーク、そして団員たちの前でこれをノートに言わせることにより、怒らせて彼の女性嫌いが健在であることを示そうとしているらしい。これで準備は整い、後は元団員たちが彼のところへ戻るのを待つのみ……のはずだったが、望にとって大きな誤算がここで起きた。それは、ノートが望の意図を全く理解していなかったことである。
「分かりましたわ。では、行ってきますわっ!」
「えっ」
たたた、と階段を下りていくノート。望が引き止めるより先に彼女は、ヨサークのところへ走って行ってしまった。
「それを読むのは、団員が戻ってからでないと意味がないのですが……行ってしまった以上、仕方ありませんね」
ノートは基本的に頭が弱い。そしてどちらかといえば猪突猛進タイプである。言わずもがなではあるが、彼女の中でその組み合わせは相性が悪かった。
「キャプテン!」
そうしてヨサークの前にバン、と現れたノートは、ごそごそとカンペを取り出し、その文を読み上げ始めた。
「女性嫌いなあなたが、女性問題で……読めませんわっ。飛ばして読みますわ。ええと、ちゃんちゃら……これも読めませんわっ!」
ここで、もうひとつの誤算が生じた。繰り返すが、ノートの頭は基本的に弱いのだ。望が読める字を、彼女も読めるとは限らないのである。
「ええと、女性嫌いはポーズだけのムッツリ……ムッツリ……ムッツリ……」
最悪なつまづき方をしたせいで、完全に悪口を連呼しているノート。しまいに彼女は読めない字の多さにイライラし、あろうことかヨサークに向かってカンペを投げつけた。
「読めない字ばっかりですわっ! もうそのままこれを読んでほしいですわねっ!」
顔面にばしん、とカンペをぶつけられたヨサークは、我慢の限界を超えノートを怒鳴りつけた。
「おめえ、人をこけにすんのも大概にしろこらあ! 前歯から一本一本耕してくぞ、あぁ!?」
「は……歯は大事ですわっ!」
そう言いながら逃げ回るノートを、なぜか楽しそうにして望は2階から見ていた。
夕方になり、ヨサークは再び酒場を出て船の前に来ていた。
ラルクや大和は既に船の中で、船内の構造を勉強しつつ空に飛ぶ時を待っている。そこに、彼らと同じように団員である生徒が駆けつけた。男装して入団し、バレないまま団員を通し続けているカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)とパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)だ。これまでずっと、農民スタイルと座敷わらしスタイルを貫いてきた彼女たちだったが、今回は軽くイメチェンをしたようだ。頭にヨサークのようなバンダナを巻き、シャツに半ズボンという船乗り少年スタイルである。これは少年か少女かかなりのボーダーラインだ。一方のジュレールも、テーマを座敷わらしから忍者へと変更。ブラックコートを羽織り、サングラスを装着していた。一体どこが忍者スタイルなのかはよく分からない。強いて言えば、手に持った忍刀がかろうじて忍者成分を含んでいるかな、という程度である。
「この前よりは幾分マシになったが……この格好もどうかと思うな。我は仮装大会に出ているわけではないぞ」
忍者とは何か、を議論したくなるようなその格好に、ジュレールは不満を爆発させていた。
「ま、まあまあジュレ、これもヨサーク空賊団のためだよっ! ほら、船も見えてきたから走ろっ!」
カレンに促され、納得いかない様子ながらもジュレはカレンに付いて行く。そしてふたりは、ヨサークの前へと姿を見せた。
「団長! ボクたちも空賊団のピンチって聞いて、居ても立ってもいられなくなって駆けつけたよ!」
「……あ? おめえみてえなヤツいたか? そもそも女じゃねえのか、おめえ」
ヨサークがこう思うのも当然、彼は農民スタイルのカレンしか見たことがなかったのだ。ジュレールの方はサングラスとコートでどうにかごまかしが効きそうだったが、ただのマニッシュスタイルであるカレンはヨサークから不審な目で見られた。
「ほら、ボクだよ! こないだ農民の格好してたけど、今回は動きやすい格好してきたんだ!」
「あぁ、あの農民と座敷わらしのふたりか……大分女っぽさが増えてる気がするが、まあそんなことも言ってらんねえ」
空賊団の存亡がかかっていたことが幸いし、ふたりはギリギリだったが団員として認知されたようだった。それに安心したカレンは、どうしても確かめたかったことを彼に尋ねた。
「団長は、襲撃の時にロスヴァイセ家に行くんだよね?」
「ああ、そのためにもっと団員を増やさなきゃいけねえ」
「……他の空賊たちが襲撃してる時、団長はどういう行動を取るの?」
カレンが確かめたかったこと。それは、ユーフォリアへの興味をなくしたヨサークが、襲撃現場に立ち会ってどんな立場で動くのかということだった。ヨサークは、じっと見つめるカレンにきっぱりと言ってのける。
「そんなもん決まってる。いつまでもユーフォリアなんかにこだわってるヤツらを一喝すんだ。そうやってそこで一気にリーダーシップを見せりゃあ、ぐっと権力者に近付くだろ」
「そっか、ヨサーク空賊団の存在をみんなに見せつけてやるんだね!」
カレンは、ヨサークが襲撃に加わるのではないことを本人から聞き安堵した。女性嫌いが変わったのかどうかは分からないけれど、野望を持ったヨサークはそのままだった。そのことが、カレンの顔に笑みをもたらした。
「今までもだけど、これからも一団員として、団長のことを信じてるよ!」
そのままカレンは、軽快なステップで船へと乗り込んだ。
新生ヨサーク空賊団、現在5人。
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