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リアクション
「なるほど、そういうことでしたか。つまり、ルヴィさんの死を知らせたくない故に、鍋として加工して成仏させてしまおうと……」
説明を受けたクロセルは、改めて考える仕種をしてから村長に言った。
「個人的には、事実は事実として、死の概念をシッカリ教えるべきと思います。もし騙し続けて、今後ウソがバレた時の方が取り返しがつきません。ファーシーさんがどのように生きるかは、彼女が決めるべきです」
放送に応じて、村長宅の前には大勢の人が集まっていた。ソルダの呼びかけに応じた生徒達以外に、村人もいる。村人達は、中央で皆の視線を受けている村長を心配そうに見守っていた。
「ファーシーには夢を見たまま鍋になってもらいたかったんじゃ。他意はない。鍋として、人々の役に立てれば本望じゃろう」
「誰かの役に立ちたいなら別に鍋じゃなくてもいいと思うな。誰かの役に立ちたいなら私は人の姿をオススメするけどね。人の姿ならその手で鍋を使う事も、その腕で畑を耕す事も、その足で手紙を届ける事だって出来るさ。……だけど、どの姿を選ぶにしてもそれはファーシーが決める事だ。何になれ、どうであれ、それは他人が口出しする事じゃない、と私は思う。だからあえて言えることがあるなら……『全部を知ってからにしろ』かな」
終夏は村長を見つめる。
「何も知らなければ楽しいし幸せだ。寂しいかもしれないけど悲しくもないし辛くもない。けどね、何も知らないければ何も選べないんだよ」
「自分の足で歩いたり、外を見ることも無いまま壊れた方が幸せなんて身勝手にも程があります。……勿論、死の意味を知らせる事も身勝手ではありますが」
彼女とエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の言葉に、村長は渋面になる。続いて生徒達の中から、アレクス・イクス(あれくす・いくす)が出てきた。キャタピラで前に進むと、プレゼントボックスの中から白い身体をちょこんと出して村長を見上げる。アレクスは、巨大機晶姫の一件で知り合ったファーシーのことを気にしていた。
「ボクは子守と留守番の為に生まれた機晶姫にゃう。だから、子供はいつか青年になって、大人になって、年をとって死んでしまうのを、知っているにゃう。でも、この間の事件から、それが『悲しい』事なんだって判ったにゃう。機晶姫も泣いたりできるなんて、知らなかったにゃう」
「むう……」
「ファーシーちゃんも、大事な人が『死んだ』って判ったら悲しいだろうけど、命は続いていくにゃうよ。知らぬが仏とも言うけれど、知らないままで――銅版を返すって言う目的が絶対に達せられないのだと判らないのも、可哀想にゃう。知れば悲しむ事も有るだろうけれど、ボクは力になってあげたいにゃう」
「……おまえ達は、皆、同じようなことを言うんじゃな。全てを知った上で選択をさせろと。それがあやつの権利だと。だが、自分が置かれた環境の全てを知っている奴が、この世の中にどれだけいるというんじゃ。誰もがどこかで、支えたい誰かに対して情報の取捨選択をしている。支えられている誰かに、取捨選択をされている。気付いていないだけでな。わしは、それと同じことをしただけじゃよ」
村長は少しだけ肩を落とした。エメが言う。
「あなたは……もしかしたらラス君も、ファーシーさんに伝えたかったのではありませんか? 心配してくれる人たちがいる。支えてくれる誰かが沢山いる。決して一人ではない、ということを。それは自分もそう思います」
「あの男が何を考えているかは知らん。あるいは、そうなのかもしれん。だが言ったじゃろう? わしには他意は無いと。そして、後悔もない。自由であれば良いというものではないのだ」
「ボクは自由を愛する。ファーシーにも自由と体が必要だ」
そう言って、エル・ウィンド(える・うぃんど)が村長の前まで歩み寄る。眩い金の衣装に、村長は一瞬驚いた。
「願いや人格は過去によって作られる。ルヴィに会いたい、銅板を返したいというファーシーの願いも過去の思い出によって作られているものだ。でも、死んだ人間が生き返ることはないように今の願いは叶うことはないのだろう。魔女や吸血鬼、地祇は不老不死だと言われているが、星や宇宙にすら寿命があるのだから不老不死は本当の意味では存在しないだろう。結局のところ形あるものはいつか死ぬ運命にあるのだ。ならばせめて生きている間は自分に選択肢が欲しい。生きているのなら美味しいものを腹いっぱい食べたいし、恋だってしたいし、馬鹿騒ぎだってしたい」
真面目な表情をしていたが、名は体を表すというように、彼には束縛を感じさせない風のような雰囲気があった。
「とにかく楽しく生きていこうってのがボクの信念だな。その為にはやはりファーシーにも自由を……体を与えるべきだろう。
体さえあればどこかに自分の意思で向かうことが出来る。
風を感じることが出来る。
何かをすることが出来る。
決して楽しいことばかりではないし、必ずしもファーシーにとって幸せであるとは限らない。だけど、そこには可能性がある」
「…………」
村長はそれを、目を閉じて聞いていた。頑なであった彼の中の何かが変わっていっている。そう思ったエメは、1つの提案をした。
「拾ったものは村の物らしいので、買取ります。儲けになれば、村長も文句はないでしょう?」
「なんじゃと?」
「そうだな、銅板が大事な資源なら、俺が金で買うんなら文句は無いだろ?」
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が同意する。そして、ぐるりと生徒達を見回した。
「どいつもこいつも泣きそうな顔しやがって……一番、涙を流さなきゃいけねぇ奴を忘れてんじゃねぇか?」
村長に向き直る。
「手入れが面倒な銅鍋として売るより、俺がよっぽど高値で買ってやるさ。999999999Gでも出せるから、好きなだけ持っていきな」
その発言に生徒達が一気に湧いた。もうこれは、明らかに環菜に請求する気だ。環菜なら村が未来永劫生活していくだけの金でも払うことができるし、ファーシーの為なら惜しみはしないだろう。彼等の説得によって迷いを見せる村長が、それに応じないわけもないと思った。
「おいおい、何か勝手に盛り上がってるようだけど、金払って手に入れたら、所有権は俺にあるんだぜ。悪いが俺はあんたらの望み通り、ファーシーを助けるつもりなんてさらさらねぇ。俺の部屋にでも飾ってみようかな? なんてな」
いやそれなら所有権は環菜のものだろう。
「あんたらは口々に『助けたい』だの『この方が幸せだ』とか言うけどさ、そりゃあんたら側の理屈。そんなものは時と場合でどうとでも変わる。ファーシーの気持ちじゃねぇさ。で、村長、ファーシーはどこに隠してんだ?」
「いや、あやつはもう……」
口ごもる村長。その時、村内放送を聞いたラス達が走ってきた。彼の手には銅板がある。
「ファーシー!」
彼女の無事を喜ぶ生徒達。その中のシルヴェスターを見て、ファーシーは不思議そうに言った。
「あれ、シルヴェスター、なんでこんな所にいるの?」
「おのれは……」
シルヴェスターの頬が引きつる。その様子を見て、村長は安堵の気持ちを隠せなかった。それがファーシーの身を案じてのものからきたことに気付きたくなかった村長は、再び背筋を伸ばしてラスに銅板を要求する。
「ご苦労じゃったな。それはまだわしのものじゃ。返せ」
「じいさん……まだ、ファーシーを鍋にするつもりなのか?」
躊躇するラスに、村長は豪快に笑う。こやつも説得されたのか、と、何だか意地を張っていた自分が馬鹿に思えた。
「大枚はたいて買ってくれると言うからの。売ることにした。所有者のわしから渡すのが筋というものじゃろう」
「売る……?」
集まってきた生徒達を見る。結果的に鍋化を防げるのならそれも良いだろう。そう思ってラスは銅板を渡した。村長は、銅板を持っていくらせしめようかと考え始める。それを見て、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)はラスに近付いた。
「あの時、ファーシーさんを壊す他に何か方法があったんじゃないかと、後悔が残ります。それでも、ファーシーさんの心は残ったんだよね。店長さんが語りかけていた通りに、ファーシーさん自身が精一杯頑張った結果なのかな」
「……ああ……まあ、そうかもな」
「ファーシーさんはルヴィさんや仲間の皆がいないと知って、絶望するかもしれない。そんな時に、プレナ達がお友達として支えてあげたい。生きてさえいれば、あの時諦めないでよかったって思える日が必ず来るはずだから」
「あのな、俺は……」
鍋化は止めたけれど死を教えるつもりは毛頭ない――そう言おうとしたが、プレナが言葉を継ぐ方が早かった。
「売ってしまってもいいけど、それじゃあ環菜さんのものになってしまいます。建前上でもなんでも。やっぱり、ファーシーさんには自由でいてほしいな。実はこっそりと、機晶技術でファーシーさんの偽物を用意してたんです。すり替えるのを手伝ってもらえますか?」
「……俺に何をやれって?」
「僕が村長さんの所に行って、気付かれないようにファーシーさんに作戦を話します。その後、僕が不慮の事故を装ってファーシーさんを物陰に飛ばします。あの辺です」
確かに、肩に乗れるほどの大きさのソーニョ・ゾニャンド(そーにょ・ぞにゃんど)ならそれも可能かもしれない。
「プレナが偽物を村長さんに渡しますから、売り買いが終わるまで隠しておいてください。それで、無事に終わってからプレナが預かります。ラスさんが持っていたら同じ事の繰り返しになってしまうかもしれないし。村長さんは正式に偽物を売ったことになりますけど、ばらしても、収入に変わりがないのならきっと納得しますよ」
「僕も、壊すコトでしか解決出来なかったあの結末、納得いきません……。でも、だったら他にどんな手があるの? と問われたら何も言えないのも事実です。僕達の無力さが悔しい。だから今は、手を尽くしたいんです」
プレナとソーニョの真摯な視線を受け、ラスは溜め息をついた。
「……失敗した時は知らねーからな」
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