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第二章 百年草前線停滞中


 皆が目指す場所、ガンダーラ……ではないが、心の平穏や癒しを求める旅人にとっては、ここもある意味そうなのかもしれない。
 ツァンダの街近くの山の中腹に、その場所はあった。
 春が近い、少しひらけた谷間の草原は一面に緑が広がり、色とりどりの花が太陽を一杯に受けて咲き誇っている。
 その中でも、群生として固まって、極稀に白い花を咲かせているのが百年草である。
 朝早くに出発したせいか、幸運にも熊達に教われなかった、ソルジャーの佐々良 縁(ささら・よすが)、ビーストマスターで英霊の孫 陽(そん・よう)、獣人でローグの蚕養 縹(こがい・はなだ)等の写生ツアーの生徒達が百年草の群生の前に腰を下ろし、写生をしていた。
 黙々と筆と墨で百年草を描いていく縹の後ろから絵覗き込む緑と陽。
 ほとんど完成間近の縹の絵。
「うわっ、上手い!伯楽先生、はなちゃん無茶苦茶上手いよ」
「ええ、大したものです。しかし、縹? 鼻水が垂れかかってますよ?」
「おっと、いけねぇ! ずずず……」
 陽が新品のマスクを取り出し、縹に勧める。
 それをやんわりと手で断る縹。
「はなちゃんは花粉症なのに、マスクつけないんだねぇ」
 縁を振り返り、笑う縹。
「あねさん、わっちは これでも絵師のはしくれよぉ。鼻が出て仕方ねぇがどうもマスクってのが性にあわねぇからしてはいかねぇよ? 一度筆使い始めたらはなったれも気にならねぇぐらい集中して描かなくちゃなんねぇ」
「はなちゃんは凄いね、私なんて毎年出てる花粉症が余計ひどくなってるけどねぇ……うう痒い痒い」
 目をこする縁。
「しかし、百年に一度しか咲かない花というのは趣きがあって良いですね」
 陽が、目を細めて百年草を眺める。
「私も図鑑でしか見たことなかったよ。多分、だからこれだけみんなやって来るんじゃない?」
 縁が眺めると、百年草の群生の花畑には色々な生徒達が訪れているのが見える。

 フェルブレイドのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、ウィザードの魔女クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)、ウィザードの吸血鬼メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)、セイバーの剣の花嫁エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)らと、真剣な眼差しで百年草を観察していた。
 他にも花の採取に来た生徒達はいるが、透明なゴーグル、マスク、長袖にゴム手袋で完全武装した彼らの本気度というか違和感は、遠目でも分かるほどの異彩を放っていた。
 エースは真剣な表情で百年草を触りながら、
「百年に一度花が咲いて枯れてしまう……。それで花言葉が「永遠の愛」だというのが不思議だぜ。同じような生態の竹の花は凶事(稀に吉事)の前兆といわれて、特に花の後いっせいに枯れる事から凶事の前兆と言われる事が多いのにだ……。じゃあ、同じように百年に一度しか花が咲かないと言う事は、主に種以外で株が増えるのか? いや、球根でも同じ茎を百年持続させる栄養を蓄積するのは大変だしエネルギー効率を考えるとやっぱり根っこか? だが、百年もの間、茎が経ち続けるという事は、普通、茎は木質化するはずなのに、柔らかいし……」
 百年草を前にブツブツと呟くエースを、草原に裸足のまま腰を下ろしたクマラが呆れた顔で見ている。園芸に対するエースの情熱(パドス)を止める術は、無いのだ。
 四つん這いのまま、百年草を探していたゴーグルとマスクを装備したローグの毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が、エースに気がつかず、お尻から後退してくる。
――ドンッ
「あ、ごめんなさい!」
 エース、毒島を振り返り、
「いや、こちらこそ」
「あなたも百年草の研究を?」
「どちらかといえば、園芸だ」
「へぇ。でも採り過ぎたら絶滅しちゃうわよ? 気をつけてねー」
 エース、去ろうとする毒島の手の百年草を見て、驚きの顔をする。
「何で!? 根っこからちゃんと抜いてやらなかったらかわいそうだろう!?」
「へ!? ああ、これはどうせ遠心分離器にかけるから」
「もったいない!」
「うーん、でもね治療薬とか成分分析してどんな薬が作れるとか研究しないと、医学は発達しないのだよ」
 毒島と口論するエースを見たクマラ、
「エース……女の子に贈る花はなるべく自分の手で育てたモノを、というその熱意は買うけどさぁ……。この花が今度咲く頃には、エースこの世に居ないヨ? それとも吸血鬼になっちゃえば寿命とか問題ないワケ?」
 吸血鬼という言葉に、百年草を動画やデジカメで撮影していたメシエが振り返る。
「確かに。やっている事は遺跡調査と変わらないね……」
「いや、そうじゃなくてさ……」
 クマラの言葉を遮り、穏やかな顔でメシエが頷く。
「わかっています。この少量の花粉で花粉症に大きく影響する原因ですね。私は、他の植物との相乗効果とかそういう所からだと考えています」
「……みんな、マニアだよね」
 クマラが、土壌まで徹底的に採取するメシエをボーッと見つめる。
 クマラを見て、苦笑する側のエオリア。
「しかし、何で僕達ってこの大学研究室調査系な行動ばかりなんですかね」
「絶対エースのせいだもん! ホラ、向こうの方が面白そうなのにー!」