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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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chapter.8 カシウナ襲撃2日目(5)・直前の危機、直後の暗躍 


 旧市街地区。
 あらかた制圧を終えた中、ヨサークは各空賊からの報告をまとめにかかっていた。彼に残っている作業は、この報告会と最終見回りくらいであった。多少の邪魔は入ったものの、結果として成功を収めつつあるヨサーク。移動を続けそばへとやってきたザクロも、そんな彼に拍手を送っていた。しかし、往々にして事件というものは、このような閉幕間際に起こるものである。
 ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)は単身、隠れ身でその姿を気取られないようにしつつヨサークの懐に潜りこもうとしていた。
「この様子じゃ、次も、その次も色んな街が襲われそうね。そんな物騒なのは嫌いよ。ま、好きな人なんてそういないでしょうけど」
 トミーガンを手に、ドルチェはひたすらヨサークを目指す。現在彼は西端の港、そこのふ頭そばにある木箱のひとつに腰掛けている。その周りを十数人の空賊が囲み、隣にはザクロがいるという配置だ。
「ヨサークを狙うにはちょっと難易度が高いかな……でも、こういうのは元を断たなきゃって言うしね!」
 ドルチェは特別ヨサークに恨みを持っていたわけではない。彼女は一人旅の途中、何かきな臭い匂いを嗅ぎ取ってここカシウナに降り立っていた。そこでヨサーク空賊団の侵略を目にした彼女は、この空賊団を瓦解させようと頭のヨサークを狙うことにしたのである。ドルチェは静かに、だが確実にヨサークへと近付いていた。その距離、目算で約80メートル。
「……もう少し接近しなきゃダメね」
 70、60と徐々にその間隔を狭めていくドルチェ。そして50メートルを切った時、彼女は木箱の陰から銃口を晒し、ヨサークへと向けた。
「この騒動の元凶を消す! 確実に当てるにはやっぱりこうでしょ!」
 銃口が幾度となく小刻みに震え、そこから放たれた弾がヨサークを中心とした周囲に向け散らばった。ターゲット以外が周りにいようが、ドルチェにとっては関係のないことであった。そのまま銃を乱射し続けようとした彼女だったが、その手がピタリと止まる。
「あれ……?」
 肝心のヨサークに、弾が届いていない。それは、団員のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がヨサークを守るため、襲い来る弾を全て等活地獄での遠当てで防いでいたからだった。
「頭領を狙いに来るヤツが出てくると思ったぜ! 頭領に迫る危険は、全部俺が守らせてもらう!」
 ラルクは、ロスヴァイセ邸襲撃時も彼を護衛していた。もちろん、ヨサークが今していることが全て正しいとは彼も思っていない。それでも彼は、ヨサークを守ることを選んだ。それは、不透明な未来へと繋いだ願い。本当は、頭領にはこの空域をまとめてもらいたい。一緒に馬鹿なことをして笑った頭領に戻ってきてほしい。けれど自分の言葉だけでそれは叶わないことを、ラルクは知っていた。だからこそ彼は、守らなければと思ったのだ。誰かがヨサークの目を覚ましてくれるその瞬間まで、愚直に続けようとしたのだ。
「邪魔されると、手段とか気にしてられなくなっちゃう」
 ドルチェは広範囲に撃っていた弾のエリアを狭め、より多くの弾をヨサークに向けて発射した。
「へ、上等じゃねえか! 片っ端から叩き落としてやるぜ!」
 ラルクの遠当てが、怒涛の勢いで弾幕を相殺していく。しばらくの間続いた銃撃戦は、ドルチェの銃から聞こえたカチ、という音で止まった。
「あ、あれ……」
 弾切れを迎えたドルチェは、慌てて周りを見る。ヨサークの近くにいた空賊たちが、ぞろぞろと接近してくるのが見えた。退散を余儀なくされたドルチェは、銃を投げ捨てるようにその場から逃走した。

 その様子を反対側の物陰から見ていたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だった。
「ベアトリーチェ、今がチャンスだね!」
 美羽が今にも飛び出しそうな様子でベアトリーチェに話しかける。程よく空賊がバラけており、ラルクに護衛されているヨサークはザクロとやや距離を置いている。
「確かに……やるとしたら、今しかないかもしれませんね」
 ごくり、と息を呑んでベアトリーチェは頷く。彼女たちの視線は、ただ一点。ザクロに注がれていた。否、正確にはザクロが扇を持っているその右手である。
「よしっ、私の名推理が当たってたことを証明して、みんなに『おおー』って言わせてみせるよ!」
 美羽がターゲットをそこに定めていたのには、理由があった。そしてその理由に至るまでに、いくつかの推論も。
 彼女はヨサークと空賊たちが、不自然な行動に出ているという違和感をまず覚えた。女王器やユーフォリアに固執していたところから始まり、ロスヴァイセ邸の襲撃や今回のカシウナ侵略に至るまで、どこか筋が通っていないように思われた。加えて、女性嫌いのヨサークがザクロと普通に話しているのも異常である。しかしこれだけではその元凶はつかめない。ザクロとそれが結びつかない。そこで、ザクロが十二星華だったという事実が美羽の推論を後押しした。美羽はこれまで関わってきた十二星華を思い出すように、彼女らの武器である星剣のことを口にし出した。
「星槍コーラルリーフには回復、星鎌ディッグルビーには洗脳。星杖シナモンスティックには封印で、星銃パワーランチャーには水晶化……そして星双剣グレートキャッツには反応速度強化」
 つまり、各星剣には何かしらの特殊能力が付与されているのだろうと彼女は読んだのだ。そう思った美羽は、ザクロの扇にもしかしたら洗脳能力が付加されている可能性があると当たりをつけた。つまり、ザクロの手にダメージを加えて扇を使えなくすれば洗脳が解けるのではないかということだ。
 それらの推論が彼女に、ヨサークたちを正気に戻せるかもしれないから、という理由を与えた。クイーンヴァンガートしてこれ以上侵略行為を重ねさせたくないが故の行動である。
「で、では作戦通り、私からですねっ」
 ベアトリーチェが、強化型光条兵器のブライトスタッフを取り出す。
「さぁっ、ここで派手に目立っちゃうよ!」
 同時に、美羽が物陰から躍り出る。突然の襲撃者に、大慌てで構える空賊たち。そこに、美羽の後ろから瞼を刺すような強烈な光が襲い来る。その閃光は美羽たちに目を向けた空賊たち全ての視界を数秒奪い、足をよろけさせた。
「今です、美羽さん!」
 ベアトリーチェが杖をしまうのと入れ替わりに、今度は美羽が強化型の光条兵器、ブライトマシンガンを構えた。
「いっけええっ!!」
 白い光をまとったいくつもの塊が、目にも止まらぬ速さで周囲の空賊ごとザクロを襲う。次の瞬間、光が爆ぜて空賊たちは瞬く間に地に伏した。
「やった、かな?」
 が、肝心のザクロは以前そこに立ち、扇をゆっくりと扇いでいた。
「あ、あれ……?」
 代わりに倒れていたのは、先ほどザクロを追いかけてきたミネルバだった。どうやら戦闘の匂いを嗅ぎつけてきた彼女は、誘われるままザクロの前へと飛び出し、その光弾を浴びたようだ。おそらく彼女本来の目的は契約者である円たちの護衛のはずだが、円やオリヴィアが楽しそうに話していたのを見ていたミネルバは、ザクロも護衛対象として捉えたらしかった。
「ひかりが、ばん、ってとんで、たのしー……」
 どこか満足そうに、ミネルバはバタと倒れた。
「えーい、こうなったらもう一発、ううん、もう十発くらい……!」
 次弾を発射しようと美羽が構えた時、駆け足でそこに瀬島 壮太(せじま・そうた)が割り込んできた。
「おっと、これ以上ザクロ姉さんに危害は加えさせねえぜ。女同士の戦いだと思って様子を見てたが、姉さんが傷つくとこは見たくねえからな」
 その数秒が結果的に、美羽にとって致命的なロスとなった。ザクロは壮太の後ろに隠れ、新手の空賊が続々と集ってくる。
「み、美羽さん、もうこれ以上は……」
「うー、くやしーっ……!」
 いくつも推理を積み重ね、行動を起こしたまでは良かったがそれはザクロを護衛する者たちによって阻まれてしまった。ふたりは空賊たちに捕まらないうちに、急ぎ走り去っていった。
 それを見て、壮太がザクロに話しかける。
「危なかったな、姉さん」
「あんたのお陰で助かったよ、かっこいい坊やはやることもかっこいいんだね」
「ありがとよ。だけどよ、ここにいるとまた今みたいな目に遭うかもしれねえ。どっか、安全なとこにいた方がいいんじゃねえか?」
 壮太はザクロに魅力を感じて護衛を名乗ったのも事実であったが、別な理由も存在した。それは、場所を移動させることでヨサークと一時的にでも離れさせるためだった。ヨサークの異常も、そうすれば治るのではないかと読んだのである。が、壮太の提案にザクロは難色を示した。
「気遣ってくれるのは嬉しいんだけどねえ、あたしは一段落するまでヨサークの旦那と一緒にいることにするよ」
「と言っても、もうやることはそんなに残っていないんじゃないか?」
 潔く諦めようとした壮太の後ろから、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が近付いてきた。
「ヨサーク、カシウナはほぼ制圧したんだろう。なら、大空賊団の初物収穫を祝って宴会でも催したらどうだ?」
 呼雪は、現状をあらかた把握しているのかヨサークにそう進言した。そして、ヨサークにそれを拒む理由はなかった。
「お、おめえも分かってんじゃねえか。俺もこれが終わったら蜜楽酒家でパーっとやろうと思ってたんだ」
「なら決まりだな。俺たちは先に戻って祝宴の準備でもしていよう」
「なんだ、随分気が利くじゃねえか」
「そこで、だ」
 すっかり気を良くしたヨサークから、呼雪はザクロへと視線を移した。
「彼女にも、宴の準備を手伝ってほしい。だから、俺たちと一緒に帰ってはくれないか?」
「手伝いたいのは山々だけど、でもねえ……」
 それでも渋るザクロを見て、呼雪はその耳元に顔を近づけると、小さな声で囁いた。
「……それとも、最後まで見届けなければ自信がないのか? あんたが煽った火は、そう簡単に消えやしないだろう」
「ふふ、色っぽい坊やにこんな近くで話しかけられちゃ、クラクラしちまうね。分かったよ、あたしも手伝わせてもらおうかね」
 すっ、とザクロが着物の裾を直しながらその場を離れていく。彼女を送るため、小型飛空艇を置いてある場所まで先を歩いていた壮太が呼雪に近付き、ひそひそ声で話す。
「ありがとよ、オレひとりじゃ連れ出せなかったぜ」
 ふたりは友人同士だったが、事前に互いの行動を知っていたわけではない。たまたま目的が一致したのだろう。呼雪は微かに顔をほころばせて言葉を返した。
「礼はまだ早いかもな。きっと、大変なのはこれからだ」
 どこまでザクロの真意に触れることが出来るか。ふたりは蜜楽酒家でザクロにどうアプローチするか、今から思考を働かせるのだった。
「ヌウ、何してる」
と、呼雪がパートナーのヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)に声をかける。ヌウは東の方を向いたまま、ぼうっとしていた。
「……だんちょを、頼む」
「ん? 何か言ったか?」
 呼雪の問いかけに、ヌウは首を横に振って答える。獣人のヌウは、感覚器官のどこかでその方角にあったものを察知していたのかもしれない。もちろん通常そのような鋭敏さは、どの獣人でも携えてはいないはずである。ヌウが東を向いていたのは、なんとなく、その方向から淋しそうな気配が匂った気がしたからといったところだろうか。ヌウの呟いた言葉は、カシウナを、ヨサークのところを離れる自分から、誰かへと宛てた伝言だった。それはもしかしたら、ヌウより先にこの街からいなくなった元団員かもしれない。しかしヌウは、それすら知らない。
 制圧開始から23時間00分経過。現在時刻、18時00分。



「あのクソメスの姿がなかった? クソ金髪の姿も? ちゃんと探したのかおめえら?」
 空賊たちからの報告を受けたヨサークが、眉をひそめて口にした。しかし空賊たちからは、見つからなかった、の声しか返ってこない。
「……つうことは、うまいこと逃げたか。ちっ、まあいい。報告の続きだ!」
 ぞろぞろとヨサークの周りに並び始める空賊たち。そんな中、血まみれのスピネッロと横綱のモンドがヨサークの言葉を受けてぼそぼそと話していた。
「確かにあいつらの姿は見つからなかった。けど、逃げたって言ってもどこにだ? フリューネの屋敷はこの街だろ?」
「蜜楽酒家も、この空賊団の配下が何人もいるから不可能でごわすな。ということは……この近くの街?」
「いや、それもねぇ。この規模なんだ、制圧に数日もかからねぇことは向こうも承知だろうよ。そして普通に考えれば次に襲うのはこの近くの街からだ。次の標的になるかもしれない場所に逃げるか?」
「む……かと言って手傷を負った空賊狩りが一緒なら、一晩やそこらでそう遠くには……」
 モンドと話していたスピネッロが、その時ふとヨサークのある言葉を思い出した。
「そういや、この空峡で数ヶ月前発見されたばかりの島に行った時の話をヨサークがしてたのを、聞いたことがあったな……確か名前は、戦艦島……」
「ほぼ手付かず、人目につきづらい島でごわすか……身を隠すにはぴったりでごわすな」
「へへ、行ってみる価値はあるかもな」
「ヨサーク空賊団の、ヨサークと一緒にいるザクロ姐さんのためにもなりそうでごわすしな」
 少し照れた様子でそう言うモンドを、スピネッロはからかいつつ小突いた。
「なんだ、お前も姐さんが好きなのか? まあ美人だからなぁ。へっへっ、1回抱いてみてぇもんだぜ」
 そんな会話を、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は陰に隠れ拾い集めていた。ブラックコートで気配を絶ちつつ、超感覚で研ぎ澄まされた聴覚は容易にふたりの会話をリュースの耳から脳へと伝えたのだった。
「これで終わりではないだろうと警戒はしていましたが……なるほど、追撃に向かおうというわけですね」
 リュースはちら、と隣を見る。そこには、先ほどの会話をせっせと紙に書き起こしていたパートナーの龍 大地(りゅう・だいち)がいた。
「大地、外見特徴も書いておいてくださいね」
「ああ、任せとけリュー兄! 記憶よりも記録、ってな!」
 やや少年のような幼さを感じさせる言葉遣いとは裏腹に、大地は丁寧に、綺麗な字で次々とスピネッロとモンドの特徴を書き記していく。
「鼻の下に、ちょっとだけヒゲあり……っと」
「どこか神経質そうな目つきをしていますね。着ているスーツも、いかにもシワひとつついてなさそうです」
「もうひとりは……すごい格好だな、リュー兄」
「あれは、日本の国技、相撲を取る時にする格好ですね」
 ぼそぼそと言葉を交わしつつ、ある程度の情報を集めたリュースと大地は、一旦その場を離れもうひとりのパートナー、シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)が身を潜めている廃屋へと戻った。
「今戻りましたよ、シーナ……シーナ? 一体何を……?」
 シーなの姿を見るなり驚きの表情を浮かべるリュース。それもそのはず、彼女はどういうわけか、光術で手の中に小さな光を生むと、それを両手でこね形作ろうとしていたのだ。もちろん光を意図する形に手で変形は出来ない。
「あっ、リュース兄様。光術でシャボン玉をつくろうとしていたら、上手にいかなくて……」
 どうやら彼女の算段では、光術でシャボン玉をつくりその中に使い魔を仕込むことによって、誰にも見つからぬよう情報収集の補佐をするつもりらしかった。
「……もう一通り情報は集めたので、大丈夫ですよシーナ。気持ちだけ受け取っておきます」
 時々素で天然な素振りを見せてしまうシーナに苦笑しつつ、リュースは手に入れた情報を報告するため、電話を取り出した。
 そんなリュースよりももっと直接的な形で情報を集めていたのは、七枷 陣(ななかせ・じん)とパートナーのジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)である。
「あれ……真くんからメールきてる。ま、後で返せばええか」
 急を要する内容ではないと判断した陣はパタンと携帯を閉じ、ジュディと共に近くにいた空賊たちに大胆にも話しかけた。
「よう、もうそろそろこの街も制圧完了ってとこか。ここ制圧したら、次どうするかとか決めてるんか?」
「ん? なんだお前、どっかの空賊のヤツだったか?」
 当然、疑惑の視線を向けられる陣。それをとっさに緩和させたのは、ジュディだった。
「ふふふ、何、我らはおぬしたち空賊のファンみたいなものじゃよ。つい興味を惹かれて色々聞いてみたくなったのじゃ。それに、タダで教えてもらおうとは思っておらぬよ」
 ジュディはそう言うと、どこからかお酒とグラスを取り出す。
「一杯やりながら、話を聞かせてもらえると嬉しいのぉ。まあ、我のようなちんちくりんが注いでも微妙じゃろうが」
 とくとく、とお酒を注ぎながら自分を嘲るようにそう言ったジュディに、空賊は悪い気がしなかったのか、そのままグラスに満たされていく液体を眺めつつ言葉を返した。
「ま、ザクロの姐さんにゃ及ばないけどたまにはこんなちっちゃい子にお酌されんのも悪くねえかもな」
 陣とジュディにとって幸運だったのは、たまたま話しかけた空賊が警戒心の弱めな空賊であったこと、それと先ほどモンドと話していたスピネッロ配下の空賊であったことだった。空賊は注がれたお酒をぐい、と飲んでから陣たちに話しだした。
「俺らはこの空賊団の中でも、スピネッロさんって人の下についてるんだけどよ、どうやらスピネッロさん、この後ヨサークさんの指示とは関係なく、独断でモンドって空賊とフリューネたちを追撃しに戦艦島に行くらしいぜ」
「戦艦島に……?」
 聞き覚えのある名前。それは、陣もかつて依頼で行った島だった。
「……で、どれくらいの数ぶっこむんよ?」
「そうだな、俺は下っ端だからよく分かんねえけど、50は超すんじゃないか?」
「そうか……そんだけの数がいりゃあ、流石にあの女もおしまいだろうな。頑張れよ、空の未来はアンタらにかかってるかも知れんね」
 もちろんそれは、本心からの言葉ではない。陣は、言いたい言葉、起こしたい行動の全てを抑えこみ、笑ってそれだけを告げた。そして少しした後空賊たちと別れると、リュース同様携帯を取り出し情報の共有を図りだした。

 報告を終え、見回りをしている相撲取りの格好をしたひとりの空賊に、威勢のいい声がかかった。
「おい、そこのカカシ! モンドの野郎、金髪メスを耕す準備はもう出来てんだろうな?」
 その口調は、紛れもなくヨサークのものである。当然、声の方を振り向いた彼の目にもヨサークが映っている。
「えっ、あ、はい、スピネッロさんたちと協力をすることも決まったみたいで……数日後には向かうって言ってたような」
「よし、じゃあ詳しい話を聞くから、モンドの野郎を呼んで来い!」
 しかし、今彼が話している相手はヨサークではなかった。それは、「その身を蝕む妄執」でヨサークの幻覚を見せている島村 幸(しまむら・さち)だった。幸はリュースや陣から連絡を受け、情報の確認とより詳しい情報収集のため自ら空賊に接しに来たのである。
「下っ端とかいう言い訳は通じねえぞ! このヨサーク様の言うことが最優先なんだからな!」
 本物そっくりの芝居を演じ、幸は追撃を予定している空賊の姿をその目で見ようとしていた。
「い、いやその、今どこにいるかそもそも……」
 が、どうやら彼はあまりに立場が低く、モンドの現在地を把握していないようだった。止むを得ず探し歩くこととなった彼の後を、幸がヨサークに成りすましてついていく。無論、この光景を他の者が見れば空賊と生徒が歩いているだけにしか見えない。が、既に数人の生徒が捕虜となっている今、その光景に違和感はあまりなかった。
 そして、やがて彼はモンドの元へと辿り着く。
「いましたよ……あれ?」
 振り返る彼の前から、幸の姿は消えていた。現時点での対面を避けるため、直前で隠れ身とブラックコートを用い物陰へと移動していたのである。そこから携帯を使いモンドの画像を手に入れた幸は、再び同じグループのメンバーを集め今後の対策を練り始めるのだった。
「この空賊団は壊してみせますよ……ヨサーク、今ならまだ戻れるんです」
 そう呟いた幸の表情は、真剣そのものだった。

 幸たちが情報を掻き集めている中、彼女らとは別行動で情報を集めている生徒もいた。それも、セイニィのために、である。
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はこの数日、ひたすらヨサークを離れたところから観察し、彼を含めた彼の空賊団について調べまわっていた。
「今まではまだ、楽しそうな雰囲気も残ってたからヨサーク側についてたけど……もうヨサークたちがこんなことになった以上、こっちに味方する気はさらさらないぜ。こんなとことっとと離れて、島に向かうぜ」
 ミューレリアは家屋と家屋の間を走り抜けつつ、これまで自分でまとめたメモを読み返す。
「ヨサーク空賊団の戦力は今のとこ大体300くらい、ヨサークはまだカシウナにいる、制圧はほぼ済んでしまった……っと。このくらい分かれば充分だぜ!」
 ザクロのことも気がかりではあったが、途中でどこかに姿を消してしまったため彼女に関してはあまり情報を得られなかった。
「と、そうそう、ひとつ忘れてたぜ」
 ミューレリアは足にブレーキをかけると、少しだけ後戻りをする。そしてふらふらと歩いていた空賊を見つけると、情報撹乱でさりげなく噂を空賊の耳へと入れた。
「ヨサークはザクロに惚れ込んでいるようだ。そのせいで、自分でも気がつかないうちにこっそり操られているらしい」
 後はこの空賊がうまく噂を広めてくれれば、内部から空賊団が崩れるかも。そんな目論見をしつつ、ミューレリアは結果を確かめることもせずカシウナから消え去った。なお運の悪いことに、ミューレリアが噂を流したこの空賊は歯の痛みでそれどころではなく、彼女の企ては未遂のまま終わることとなるのだった。



 うっすらと暗さを増し始めたカシウナの街。
 捕虜となったリネンやヘイリー、ケイ、カナタ、サレン、ロザリンド、そしてヴァンガード勢の処遇を聞かれたヨサークは、興味なさげに「縄かなんかで動けねえようにして、後は放っておけ」とだけ言葉を返した。なおこの時自身の飛空艇に優子も捕らえていたことを、彼はすっかり記憶から落としていた。そうした捕虜への対処も含めた報告会を終え、見回りも済んだヨサークは空賊たちを港に集めると、大声を出して腕を上げた。
「おめえら、カシウナは制圧完了だ!」
 陰で情報収集が行われていたことも、スピネッロとモンドが追撃計画を立てていることもヨサークは知らない。が、今の彼はひとつの街を制圧したという達成感と自身の力が証明されたこと、そしてこの後蜜楽酒家で催される祝宴のことで頭がいっぱいで、裏で起こっていることまで探る余裕は持っていなかった。
 襲撃を開始した時のような、地鳴りを彷彿とさせる空賊たちの雄たけびを受けてヨサークはその顔を綻ばせた。
「よし、これから密楽酒家に戻って初制圧記念の宴にすんぞ!」
 もう一度、空気が大きく揺れた。
 制圧開始から24時間00分経過。現在時刻、19時00分。カシウナ制圧完了。