葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

リアクション


chapter.3 カシウナ襲撃1日目(3)・Round and Round 


 時計塔広場周辺。
 クイーンヴァンガードは変わらず劣勢に立たされていた。圧倒的物量を前にして、最早彼らの出来ることは迎激戦ではなく住人を含めた撤退戦であった。
 そんな戦地の中に、場違いとも思える和服の女性が姿を現す。それは言うまでもなく、十二星華のザクロである。ザクロはざっと周辺の様子を見回した後、ヨサークの姿を見つけ歩み寄ろうとした。が、その足はひとりの生徒によって止められた。
「よぉ」
 ヨサークへの進路を塞ぐようにザクロの前に立ったのは、アルゴ・ランペイジ(あるご・らんぺいじ)だった。和服姿のアルゴにザクロは「おや」と小さく声を漏らした。
「素敵な格好だねえ」
「こいつはある女の影響でな。おっと、そんな話はどうでもいいんだが、なあ、この男のこと知らねぇか?」
 アルゴは先日ヨサークにしたのと同様に、ザクロにも一枚の写真を見せた。鬼面の男が写った写真である。ザクロはそれを見ると、「知らないねえ」とだけ短く返した。
「そうか、知らねぇか。まぁいい。ところでよぉ。今アンタ、どこに行こうとしてたんだ?」
「どこに、って……ヨサークの旦那のとこさね」
 アルゴは、ザクロがそう答えるのを分かっていたかのように次の質問へと移った。
「随分ヨサークに肩入れしてるみてぇじゃねぇか。他のヤツらが話してんのを小耳に挟んだんだが、女王器だっけ? そいつを十二指腸だか十二星華だか知らねぇが、そいつらに渡したくないからってヨサークに味方してるようだがよぉ……なんで、フリューネじゃなかった?」
 アルゴは、最初からザクロに疑ってかかっていた。彼はザクロの話を聞いた時から、既に胡散臭さを感じていたのだ。そしてそう感じたならば、すぐににおいの元を確かめたがる直情的なところが彼にはあった。
「フリューネに肩入れねえ。考えたこともなかったよ」
「アウトローの肩持つより、民衆から支持の厚い英雄に肩入れした方がよほど女王器だって守りやすいと俺は思うが?」
 アルゴの言葉に、ザクロは薄く笑って答える。
「野心……だろうねえ。実際、あれだけ強い野望を秘めてるからこそこうして多くの空賊が集まってくれたんだと思うよ、あたしは」
「ヨサークの方がでかいことを成し遂げられそうだから、ってことか。けどよぉ、そういうのは、前にでかいことを成し遂げたヤツを間近で見た経験があるからこそ言えることなんじゃねぇのか? 少なくとも、酒場で飲んだくれてる空賊とべらべら喋ってるだけのヤツが言える言葉じゃねぇはずだ」
 アルゴは一通り自分の考えを話すと、いぶかしむようにその言葉を告げた。
「……アンタ、一体何者だ?」
「ふふ、あんたも知っての通り、空賊の旦那衆と話すしか能がない、役立たずの十二星華さ」
 ザクロはそう答えつつ扇を取り出し、口元で扇ごうとゆっくり腕を上げた。その時アルゴの後ろからザクロに声がかかる。
「しかし、空賊と話しているだけでは、ユーフォリアと女王器を結びつけることは出来ないでしょう? なぜならそのふたつが繋がっているという話は、ロスヴァイセ家の口頭伝承だけのはずですから」
 声の主、御凪 真人(みなぎ・まこと)がアルゴの位置を追い越してザクロの前に立つ。
「おや、坊やは何度か酒場で会ってる……」
 ザクロとの顔合わせはこれが数度目の真人。だが、その表情は今までのどの接触時よりも険しさが感じられた。
「いや……とりあえずこの場合はおめでとうございます、とでも言うべきですかね。女王器を自らのところに持ってこれて」
「おやおや、おかしなこと言う坊やだねえ。アレを今持ってるのは、あたしじゃなくヨサークの旦那だよ」
「……持ち主というより、こちらの陣営にあること自体がザクロさんの思惑にも思えますが。その女王器とユーフォリアの関係性はどこから?」
「ふふ、考えるのが得意な坊やならもう当たりはついているんじゃないのかい? あたしが十二星華である以上、あたしの情報源は蜜楽酒家以外にもあるってことさ」
 それ以上の答えはザクロの口から出なかった。が、真人はザクロが口にしたある単語に反応を示す。
 十二星華。蜜楽酒家。彼はザクロに対するある疑問点を解決する糸口を、そこに見出した。
 彼女、ザクロが操作したのは、情報ではなく意識では? 十二星華の中には、他人を洗脳出来る者もいると聞く。ならば、ザクロとて例外ではないはず。彼女が蜜楽酒家を根城にしていた目的はふたつあったのではないか。ひとつは強い空賊を探すこと。そしてもうひとつが、酒場で酔った者に暗示のようなものをかけること。とすれば、この現状に対する辻褄は合う。
「十二星華は、それぞれ何かしらの能力を持っているようですね」
 真人が話の切り口を変える。
「もし仮に……ザクロさん、あなたが他人の意識を洗脳出来る能力を持っていたとしたら……これはやはり、ザクロさんが仕組んだことではないですか?」
 そして真人は、より一層鋭い目つきでザクロに告げる。
「自分の技術や能力で目的を達成すること……それ自体は否定しません。が、理屈ではそうでも感情ではそうはいきません。それは、ヨサークを含めた空賊たちの信念や誇りを踏みにじる行為に思えるからです。それに俺も、他人に踊らされるのは嫌いなんです。なので残念ながらザクロさん、俺はあなたの敵になると思います」
 その言葉を真人のパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は驚いた様子で少し後ろに立ち聞いていた。普段ならば戦地の真っ只中で堂々と敵対宣言をするような真人ではないからだ。
「ふふ、どうやら坊やは少し考えが先走っちまってるようだねえ。言っとくけどあたしに洗脳なんて便利な力はないよ。さっきも言った通り、あたしはただの役立たずな十二星華なのさ」
 扇を扇ぎながらザクロがそう言った直後、真人とセルファに何人かの空賊が寄って来る。
「おい、さっきから聞いてりゃガキがザクロ姐さんを悪く言いやがって」
「俺たち空賊の話を聞いてくれる優しくて綺麗な姐さんの悪口は許さねえ」
「ザクロ姐さんに敵対宣言したってことは、俺らの敵だな?」
 あっという間にふたりを取り囲むと、空賊たちは敵意と武器をふたりに向ける。じりじりと距離を詰めようと空賊たちが近寄ろうとした次の瞬間、真人が声を発した。
「セルファ!」
 同時に、真人がファイアストームを唱える。彼が発生させた火柱は、ふたりを中心としてごうごうと勢い良く燃え盛った。そしてセルファはこれを予期していたかのようにファイアプロテクトを使い、炎への抵抗力を高める。
「さすがです、セルファ」
「……まったく、急にスキル使うハメになる私のことも考えてよね」
 火に対する抗体を得たふたりはそのままバーストダッシュで火柱から抜け出すと、その場から消え去った。
「でも確かに、真人の言うことも分かるかな。誰かに踊らされるなんてまっぴらだものね。自分の意思でなら喜んで踊るけど」
 セルファが去り際に真人へと呟いた言葉は、勢いのある炎の音に消され空賊やザクロたちに届くことはなかった。
 制圧開始から2時間40分経過。現在時刻、21時40分。



 広場で急に起こった火柱を、何事かとヨサークは目を向けていた。
 空はすっかり暗くなっていたが、この広場は外灯のお陰でそれなりに周囲を目視することは可能だった。
「なんだあ? どっかの空賊が派手にやってんのかあ?」
 が、さすがに何が起こったかまでは把握しきれなかったようで、ヨサークは少し先で燃えている炎をただ眺めていたのだった。そんな彼の元に近付いてくる小型飛空艇が2機。外灯を避けるように闇に紛れつつ、飛空艇は進む。
「なんでオレの乗る飛空艇は、揃いも揃って野郎が運転してんだよ……!」
「……嫌なら降りてもいいぜ、俺が頼みごと聞いたのは、幼馴染みの玲奈なんだし」
 2機のうち1機、葉月 ショウ(はづき・しょう)の運転する飛空艇にふたり乗りしているジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)はつい口から出た愚痴をショウに咎められていた。
「ありがとね! ショウがこの街来ててほんと助かったよ!」
「玲奈さんたちから連絡があった時は、びっくりしました」
 もう1機に乗っていたジャックの契約者、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)がショウの言葉に答える。その玲奈の言葉に反応したのは、運転手でありショウのパートナーである葉月 アクア(はづき・あくあ)だ。一体なぜこの4人が、このような編成で空を飛びヨサークのところに向かっているのか。
 それは、1時間ほど前のことであった。消火をほとんど終えたロスヴァイセ邸で、焦げ臭いにおいをまとわせた玲奈はジャックの頬を数回叩いて目を覚まさせた。そう、このふたりは空賊たちのロスヴァイセ邸襲撃時、そのどさくさに紛れて女王器を手に入れようとしていたところを護衛中の生徒に迎撃され、飛空艇ごとロスヴァイセ邸に墜落していたのだった。
「う……」
「あ、やっと起きたね」
「何か、ハリウッド映画のワンシーンのような出来事が起こってたような……」
「今そんなのどうでもいいから、それより私たちの飛空艇燃えちゃったよ。どうしよう?」
 ちなみに、燃やしたのは自分たちである。特に護衛についた生徒が燃やしたわけではない。ジャックは玲奈の言葉を聞きつつ、同時に周囲にも意識を向けていた。
「……ロスヴァイセ邸だけじゃなく、街自体を襲おうとしてるんじゃないか、まさかこれ。あのヨサークがそんなことするなんて……オレを助けてくれたヨサークはもういないみたいだな」
「ねえ、聞いてる? 飛空艇燃えちゃってるんだけど……」
「ん? そんなの、誰か呼んで乗せてもらえばいいんじゃないか?」
「誰かって……あ、そういえばショウがこの街来るかもみたいなこと言ってた気がする! ちょっと連絡してみるね!」
 その結果、運良くショウをつかまえることに成功した玲奈たちはショウを呼び寄せ、ショウとアクアの飛空艇に乗せてもらうことになったのだった。
「……にしても、玲奈はなんで女王器を手に入れようとしてるんだ? まぁ俺は元々女王器に興味あったから丁度よかったけどさ」
「ヨサークが変わっちゃった原因かも、って思ったからかな。ヨサークからアレを奪えば、元のヨサークに戻るかもしれないと思って」
 ショウに連絡を取った時、玲奈は「女王器を手に入れたいから」と言っていた。それはロスヴァイセ邸襲撃時から変わっていない目的だったが、あの時とは動機が違っていた。前は、ヨサークへの恩返しのため。けれど今は、ヨサークの目を覚まさせるため。玲奈は、固い決意を秘めた瞳で広場へと目を向けた。
「……そっか。俺はその人のことよく知らないけど、そうなるといいな。さて、もうすぐ到着だぜ! 女王器を手に入れるぞ!」
 ショウ、そしてアクアは警戒を強めながら、広場にいるヨサークの元へと飛空艇を近づけ始めた。ヨサークも同時に、自分のところに向かってくる飛空艇の存在に気付く。最初に視線が合ったのは、ジャックだった。否、ジャックは、意図的にヨサークに目線を送っていた。
「ヨサーク……今のあんたは力と欲に溺れた、ただの賊だ。オレを助けてくれたヨサークじゃない。だが、今目を覚まさせてやるぜ! うおおっ!」
 ジャックは勢い良く叫ぶと、突如飛空艇を飛び降りた。そしてスピードをつけたままヨサーク目がけ落下したかと思うと次の瞬間、重力の力を加えた拳でヨサークへと殴りかかった。
「うおっ!?」
 慌てて避けるヨサークだったが、ずざっ、と着地したジャックは続けざまにパンチを繰り出した。
「お、おめえなんだいきなり……! ここはジムじゃねえぞこらあ!」
「黙れッ、ヨサークが目を覚ますまでッ、オレはッ、殴るのをやめないッ!」
 時には手で塞ぎ、時には身をよじってかわすヨサーク。その様子を見ていた周りの空賊のうち数人がヨサークの元へ駆け寄ろうとするが、それを防いだのは飛空艇に乗った玲奈だった。
「邪魔はさせないよ!」
 雷光の鬼気をまといながら放たれた玲奈の遠当てが、空賊を感電させる。その閃光に一瞬目を奪われたヨサークの頬を、ジャックの拳が捉えた。
「つっ……!」
「まだだ、こんなもんじゃないぞヨサーク!」
 さらに追い打ちをかけるべく、拳を繰り出すジャック。一応彼の目的はヨサークの目を覚まさせることだが、その真偽もいよいよ怪しくなってきた。自ら「拳を使わず中身で語る」と称しているのが完全に詐欺である。
「おめえ……いい加減にしろよこらあ!」
 最初は手を出さなかったヨサークも、さすがに防衛のため反撃に出た。既に何発もの攻撃を放ち疲弊気味だったジャックにそれをかわす術はなく、ヨサークの蹴りを食らったジャックはそのままノックダウンとなった。
「ジャック!」
 高度を下げた飛空艇からぴょんと飛び降りた玲奈が、慌ててジャックのところへ向かう。これ以上ラウンドを続けることは不可能と判断した玲奈は、辺りをきょろきょろと見回す。すると運良く、どこかの空賊が乗っていたであろう、放置小型飛空艇が見つかった。玲奈はジャックをずるずると引き摺りながらそれに乗せ、慌しくその場を去っていった。
「……女王器をくれって言いにいこうとしたけど、どう見てもそういう雰囲気じゃないよな、これ」
「うん、タイミングが悪い気がする……」
 その様子を空中で見ていたショウとアクアは、今行っても女王器の入手は困難と判断し一時撤退することにした。彼らの判断は正解と言えるだろう。なぜなら、この後ヨサークの元には、さらなる訪問者が現れるからだ。

 真人のファイアストームや玲奈の遠当てで騒々しさを増した広場。
 その喧騒に紛れ、神代 明日香(かみしろ・あすか)はヨサークへと近付く。辺りがざわついていたせいでヨサークの近くに空賊が少なくなっていたことが幸いしたのか、明日香は無事ヨサークのすぐ近くまで接近出来ていた。そばではパートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が、ディテクトエビルを発動させながらヨサーク、そして少し離れたところにいるザクロを観察するように交互に見ていた。
「明日香さん、本当にやるのですね?」
 不安げに確認するノルニルに、明日香はこくりと頷く。彼女がヨサークのそばへ行く理由。それは、ヨサークに違和感を嗅ぎ取ったからだった。明日香は直接会話をしたことこそないものの、これまで何度となくヨサーク空賊団と行動を共にしてきた。つまり、何度もヨサークを見てきた人物ということだ。そんな彼女は、今のヨサークを見て思う。ここまで悪いことをする人ではなかったはず、と。もしかしたら正気ではないのかもしれない、と。そこまで思い至ると明日香は、次に思う。
 叩いたら直るかな、と。調子の悪い電化製品だって、大体そうやって直るし、と。
「ヨサークさん」
 そんな考えの下、明日香はヨサークに話しかけた。まずは本当に正気を失っているか、確かめなければならないからである。
「あ、なんだおめえ? 見たことある顔な気すんな……まあどっちでもいい、メスガキはどっか行け」
「……ヨサークさん、こんなことをするなんて、どうかしちゃったのですかぁ〜?」
「あぁ? うっせえぞこら! 馬鹿みてえにでっけえリボンつけやがって! 自動ドアとかに挟まって痛がってろ!」
「……」
 ヨサークが変わってしまったかどうか、明日香には分からない。いつものヨサークといえばそういう気もするし、街を襲っている以上やはりどこかおかしい気もする。ただ、ひとつはっきりしたことがある。
 なんかちょっとイラっとした、ということである。
「斜め45度で叩けば直りますかね〜」
 明日香はぼそっとそう呟くと、ゆっくりと光条兵器を取り出した。高々と掲げたそれは闇夜でもはっきりと光り、急に眼前へと飛び込んできた光に目が慣れるまで、ヨサークに幾ばくかの隙が生じる。
「うおっ……」
 不便な視界の中、ヨサークはどうにか身を守ろうと防御の姿勢を取る……がしかし、そこに明日香が「その身を蝕む妄執」で幻覚を見せた。
「うおっ!? うっ、うおおあっ!?」
 顔から血の気が引き、一気に慌てだすヨサーク。それもそのはず、今彼の目には、迎撃の態勢と取ろうと胸元まで上げた腕が切り落とされている光景が映っていたのだ。光と幻により、明日香は容易に自身の射程距離まで侵入を成功させる。ヨサークの間近まで来た明日香は、スカートからスリッパを取り出した。なぜスカートの中にそれが入っていたかは分からない。メイドとしてのスキルか、あるいは本能か。ともかく明日香はスリッパを構え、ぴょんと飛んだ。
 スパン、と小気味良い音が響く。明日香は、本当に斜め45度でヨサークの頭をど突いていた。
「いってえっ……なんだぁ!?」
 同時に幻覚が解け、ヨサークは頭を抑えつつ目の前の光景を確認する。するとそこには、二発目をお見舞いしようとスリッパを振りかぶっている明日香がいた。
「あ? おい……おめえっ……」
 慌てて回避するヨサーク。と、そこに先ほどヨサークの濡れた服を手に船へ戻り、着替えを持ってきた真と左之助がやってきた。
「待たせてごめんね、ヨサークさん……ええっ!?」
 真が驚くのも無理はない。自分の主が、なぜかスリッパを装備したメイドと戦っているのだ。
「と、とにかく止めに入らなきゃ……っ!」
 ヨサークと明日香の間に割って入ろうとする真だったが、それをノルニルは見逃さなかった。
「あの方たちは……増援ですね?」
 ヨサークを助けようとしているその姿勢が、彼女には空賊か団員として映ったのだろう。結果、そのどちらでもなくただ一時的な執事でしかないはずの真は、彼女の魔法の標的となってしまった。ノルニルがファイアストームを唱えると、真は持ってきたヨサークの替えの服ごと炎に包まれた。
「うっ、うわあああっ!! あ、熱いっ……!!」
「あれ……やり過ぎてしまいました?」
 これには相方の明日香も、若干引き気味だった。彼女は出来るなら女王器の強奪もしようと思っていたが、騒ぎを聞きつけてきた空賊たちが集まってきたことで断念せざるを得なくなった。包囲される前に、明日香とノルニルはそそくさとその場を後にした。完全なやり逃げである。
「はあ……はあ……ご、ごめんねヨサークさん、服が焦げちゃった……もう1回、新しい服を取ってくるね」
 どうにか火を始末した真は、肩で息をしながらヨサークに告げると、再び船へとダッシュで向かったのだった。

 明日香らや真らがいなくなると、集まってきた空賊たちも散らばり始め、ヨサークの周りにはまたスペースが出来るようになっていた。そのタイミングを待っていたのは、隠れ身とブラックコートで気配を殺して忍んでいた仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)だ。伐折羅は気付かれぬようヨサークの背後にじりじりと進むと、ふっと言葉を吐いた。
「ヨサーク殿」
「っ!?」
 突然背後から声がかかり、驚き振り向くヨサーク。その顔を見ると同時に、伐折羅は拳をぎゅっと握っていた。
「すまぬ!」
 ドス、と鈍い音がヨサークの腹から響いた。
「うお……っ!」
 不意の一撃を食らったヨサークは、顔をしかめ腹を手で押さえた。
「な……何すんだおめえ……」
「これ以上、か弱き民に対して乱暴を働くなど、拙者には我慢出来ぬ! 武力をもって民の生活を理不尽に奪い去る……お主が今やっていることは、お主が嫌う権力者の行動そのものでござる!」
 周りも気にせず、伐折羅が大きな声で興奮気味にヨサークへと言葉をぶつける。武士道を重んじる彼にとって、今ここで起こっている侵略は見過ごせない事態である。しかしそれ以上に、今のヨサークを見過ごすことは彼には出来なかった。ヨサークは姿勢を元に戻し、一旦距離を取る。すると、伐折羅の契約者である前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)がヨサークの横からぬっと現れた。否、彼もまた伐折羅のようにブラックコートで気配を消し、ふたりの様子をずっとそばで見ていたのだ。
「うおっ……次から次に現れやがって……!」
 今度は風次郎と距離を置くヨサーク。彼が斜め後ろにステップを踏んだことで、丁度3人を線で結ぶと三角形が出来るような配置となった。ふたりを睨みつけるヨサークに、風次郎が告げる。
「伐折羅はああ言ってはいるが、俺はあんたにやめろとは言わない。この空賊団はヨサーク、あんたのものだしな。だが伐折羅の言う通り、あんたがやってることはこの街の住人から見れば傍若無人な侵略行為でしかないのも確かだ。当然、住人からは恨みを買うことになるだろう。あんたは、そんな買い物をするためにこの力を手にしたのか? ヨサーク……本当にこれでいいのか?」
「……他人の恨みだの、他人から見たらどうだのは関係ねえ。俺だ。俺の力を証明すんだ」
 ヨサークの言葉を聞き、伐折羅は我慢の限界を迎えたのか血相を変えて彼に詰め寄り、胸倉を掴んで叫んだ。
「お主の野望……いや、お主の夢はこんなちんけなものではなかったはずでござる! 目を覚ませっ! ヨサーク殿ぉぉっ!!」
 再び殴りかかろうとする伐折羅の拳をかわすと、ヨサークは逆に伐折羅を突き飛ばそうとする。が、それを先読みしていたかのように風次郎は雅刀の切っ先をヨサークに向けた。至近距離で向かい合うヨサークと伐折羅。そしてヨサークの斜め後ろで彼に剣先を向けている風次郎。ヨサークはその先端からすっと逃れようと位置取りを変えようとするが、伐折羅の拳がそれを逃すまいとヨサークを襲う。
 その光景を目にしたのは、三度着替えを持ってきた真と左之助だった。
「さっきはごめんねヨサークさん、大急ぎで……ええっ!?」
 真が驚くのも無理はない。自分の主が、なぜか今度は忍者のようなドラゴニュートと戦っているのだ。
「なあ……さっきもヨサーク殴られてなかったか?」
「ヨサークさん、やっぱり話に聞いてたのと違うよ……! とりあえず止めなきゃ!」
 その後、一通り暴れた伐折羅は風次郎と共に街の救護に向かい、ヨサークは真の持ってきた服にようやく着替えることが出来たのだった。なお真は例によって、巻き添えを食ってアザだらけになっていた。
 制圧開始から4時間10分経過。現在時刻、23時10分。