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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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chapter.9 祝宴 


 制圧完了から日がかわり、大空賊団結成から3日目の夕方。
 既に空賊たちは、準備の整った酒場で酒を飲み始めていた。ヨサーク大空賊団が蜜楽酒家を貸しきっているかのような盛り上がりで、あちこちのテーブルから酒を注文する声と騒ぎ立てる声が聞こえてくる。
 羽入 勇(はにゅう・いさみ)は、テーブルをあちこち移動してそんな空賊たちから話を聞き回っていた。
「ザクロさんって綺麗だよね、やっぱりファンとかも多いのかな?」
 取材と称し彼女が知りたがったのは、ザクロの本質。乙女座の十二星華として何をしようとしているのか。怪しさを拭えずにいた勇は、持ち前の行動力を存分に活かして聞き込みを行っていた。本人へと直接インタビューをしなかったのは、はぐらかされる可能性が高いと踏んだためである。
「姐さんはこの酒場じゃ、いや、この世界で一番のべっぴんさんよ。あんたもそう思うだろ?」
「ザクロ姐さんに惚れこんでる空賊は、ここにゃごまんといるだろうな」
 何人かに質問を投げかけた勇だったが、返ってくる答えはみな一様にザクロへの称賛であった。
「んー、もっと客観的に見れてる人がいればいいんだけど……」
 そこで、勇は酒場の主人、マダム・バタフライに目をつけた。
「ねえねえ、ザクロさんって、すっごく空賊の人たちと仲がいいみたいだね?」
「ああ、お陰でお店が賑わって、こっちとしては助かってるけど、申し訳ない感じもするね。ボーナスなんか出せやしないからね。あはは」
 空賊よりは幾分マシな気もしたが、やはり本質は見えてこない。が、逆にその不透明さが、勇にあることを気付かせた。
「みんな、ザクロさんのことが大好きって言ってる……ヨサークさんの空賊団なのに?」
 勇は、手帳に走らせていたペンを思わず止めていた。

 空賊に絡む者もいれば、ここにいない者にコンタクトを取ろうとする者もいる。シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、パートナーである小さな機晶姫、霧雪 六花(きりゆき・りっか)を上着のポケットに入れたまま電話をかけていた。
「……もしもし?」
 その相手は、なんとあのセイニィであった。
「少し聞きたいことがありまして、思わず電話をかけてしまいました」
 シャーロットは、十二星華のティセラについてある推理を働かせていた。自分が思い至ったその推理を検証するため、同じ十二星華であり、ティセラと仲が良いと思われるセイニィに話を聞くことにしたのである。彼女がこれまでの冒険の中で考え出したひとつの予想。それは、もしかしたらティセラは洗脳されているのではないかというものだった。何人かの生徒が、ヨサークに対して似たようなことを思ったように。
 他の十二星華が洗脳されていたという事実。5000年前と現在の、女王に対するティセラの心情の変化。加えて、もしかしたらティセラは5000年前、女王と同じくらい慕われていて、時期女王と目されていたのではないかという想像も含めて彼女はそう推理を働かせていた。そして今それを確かめようとしているところである。
「あたしそんなに暇じゃないんだから、さっさとしてよね」
 電話口で相変わらず尖った口調をするセイニィ。
「あ……すいません。では早速ですが……5000年前、君から見てティセラと女王はどんな様子でした?」
「5000年前のふたりの様子? 仲良さそうに……ていうより、女王にべったりだったって感じだったけど? そんなムカつく気持ちにさせるようなこと聞かないでよね」
 それを聞いたシャーロットは、いよいよ自分の考えをセイニィに告げた。
「そうですよね、すいません。実は今、ティセラが洗脳されている可能性について調べているんですけれど……」
「洗脳? ティセラが……? そんな、でも……」
 そのまま、電話の向こうでセイニィは黙り込んでしまった。
「どうしたの、シャーロット?」
 会話が途切れたことで、六花はぴょんとポケットからシャーロットの肩に飛び移り、彼女の方をじっと見た。その六花の近くに、ぽんと手が置かれた。それは、もうひとりのパートナー、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)の手だった。
「なあシャーロット、俺にもセイニィと話させてくれよ。独り占めはなしだぜ」
「あ……」
 半ば強引に電話を自分のものにすると、呂布は携帯を耳に当てた。
「……ん?」
 が、そこから音声は聞こえてこない。単純な機械音が一定間隔で流れているだけである。
「電話、切れてるぞ」
「……これは、直接会いに行くしかないようですね」
 呂布から携帯を受け取ったシャーロットは、意を決したようにふたりに告げた。



 一方、酒場の1階では空賊たちに混ざって、壮太がザクロに酒を勧めていた。
「それにしても、綺麗な扇だよなあ、それ。よかったらちょっと見せてくんねえか」
「ふふ、勝手に持ち出さないでおくれよ」
 目を細め、艶気を感じさせる表情でざくろが壮太に扇を見せる。
「へえ、やっぱ綺麗だな……っと、やべっ!」
 扇を間近で見ようとした壮太は、その拍子にテーブルの上に置いてあった酒瓶を倒してしまった。勢い良くこぼれた液体が、ザクロの扇にかかる。が、これはアクシデントを装った壮太の策であった。セイニィの光条兵器同様、ザクロの扇も水に弱いのではないか、だとしたらどういう反応をするのかを確かめようとしていたのだ。が、壮太が予想していたような慌てぶりは、ザクロから感じられなかった。
「まったくもう、気をつけとくれよ? 紙の扇だったら、おじゃんになってるとこだったじゃないか」
「あ、ああ、すまねえ……」
 一切の変化が感じられないザクロを見て、壮太はやや拍子抜けしたと同時に、言い知れぬ不安のようなものも感じていた。
 もしも。ザクロが自分たちの敵だった場合。弱点の見当たらない光条兵器を相手に戦うことになるのではないか。
 襲い来る不安を振り払おうとする壮太をよそに、ザクロは扇をタオルで拭きながらゆっくりと席を立った。
 そんなザクロたちの様子を、酒場の2階からヨサークはぼうっと見ていた。
「……ヨサークさん、ザクロさんのことを見ているのですか?」
 彼の前に現れ、椅子に座った彼を見下ろすように佇んでいたのは六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)だった。
「あぁ? うっせえな、何見てようが俺の勝手だろうが」
「そうですね……でも、勝手な約束事だとしても、私は聞きたいんです」
「あ?」
 優希が持ち出したのは、ロスヴァイセ邸襲撃時、セイニィとヨサークが戦っている時に彼を守ったことについてだった。
「あの時私は言いました……無事守れたら、なぜザクロさんとは普通に話すのか教えてください、って」
「……」
「ヨサークさん、一体どうして、ザクロさんへの接し方が他とは違うんですか?」
 優希は、ヨサークの本心を聞きたかった。そして出来ることなら、前のようなヨサークに戻ってほしかった。しかしそんな彼女の思いは、ヨサークに届かない。
「うっせえぞこら! 何べんも同じこと聞いてきやがって! 鬱陶しいっつうんだよ!」
 急な怒鳴り声に、思わず肩をびくっと震わせる優希。が、彼女は苛立ちを見せるヨサークから裏の意味を取ろうとしていた。
 ――その苛立ちは、ヨサークさん自身がどうして彼女の言う事を聞いているのか、分かっていないからでは?
 震えを抑え、もう一度その心の所在を探そうとする優希だったが、噂をすれば何とやら。話に上がっていたザクロが、2階へ上がりヨサークのいるテーブルに足を運んだことで会話はシャットアウトされた。

 ザクロがヨサークのテーブルに向かっている頃、同じようにヨサークの元へと向かう影がふたつ。風森 望(かぜもり・のぞみ)とパートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。
「数日前、他の皆様方が元団員の方の説得に向かった際に出てきた『モヤモヤした気持ちが膨らんだ』という話……気になりますね」
 歩を進めながら、望が自分の考えをぽつりと漏らす。
「もしも負の感情を煽ったり、増大させるような能力を十二星華であるザクロが持っているのであれば……その結果が、今回の騒動なのかもしれませんね」
 それはあくまで推論の域を出ない、取り留めのない考えのひとつ。だが、仮に空賊たちが持つユーフォリアへの執着心、フリューネへの敵意。そして元船員のヨサークへの嫉妬やヨサークの野望。それらの感情を増幅していたとするならば、この現実と辻褄は合う。
「……でも望? それではキャプテンの女性嫌いの気持ちも増えて、ザクロ本人も寄せつけなくなるのではなくて?」
 普段あまり物事を深く考えないノート。彼女はその性質のせいで度々望にからかわれていたが、今回はその実直な思考が吉と出た。ノートの言葉を聞いた望がぴた、と足を止める。
「望?」
「お嬢様、お手柄です」
 望の頭にあった、穴の開いた推察。ノートの発言は、その穴を埋めた。
「たとえば、負の感情を増大させるのではなく、相手への感情を薄めたり強めたりする事が出来るなら……!」
 それなら、ザクロへの嫌悪感を薄めることで矛盾は消える。無論それすらもひとつの予測に過ぎないが、望は霞がかった頭が晴れたような、ルービックキューブの図面がぴたりと揃ったような感覚を覚えていた。そしてふたりは、その推測を携えて、ヨサークのテーブルへとやって来た。そこには、好都合とばかりにザクロの姿もある。望はいつもと同じ調子で、ヨサークに喧嘩を売り始めた。
「驚きましたよ、ヨサーク様。権力を握って、あれだけ毛嫌いしていた権力者と同じ道を辿るとは」
「……あぁ? なんだおめえは突然。それにそっちのガキ、おめえちょっと前も俺を馬鹿にしたヤツじゃねえか」
 ぎくり、とノートは思わず目を泳がせる。隣の望は、そんなことなどお構いなしに言葉を続けた。
「それは、馬鹿にされるような振る舞いをしているからでしょう? 私も悪口のひとつかふたつ差し上げようと思っていましたけれど、今のあなたにはその価値すらありませんね」
 既にそれ自体が悪口と化しているのが望の狙い通りなのかは本人しか分からない。もし狙ったものだとしたら、その目的は挑発、そしてザクロが扇を使うかの確認だろう。望はちらりとザクロの手に視線を送る。その手に収められた扇は閉じられたまま、動かす様子を見せない。
「好き勝手ほざきやがって……せっかくの酒がまずくなんだろうが!」
 苛立ったヨサークはガタンと席を立ち、足音を立てながら上の階へと飲み場所を変えた。
「ふふ……辛口なお嬢ちゃんだね」
 望は、ザクロの言葉にも応じず考えを巡らせる。ザクロは、扇を使わなかった。さっきの推察が当たっているとすれば、使う必要がなかったから閉じていただけ? それとも、ザクロが同席していたということは、既に使った後?
 全てが憶測である以上、それはいくら考えても結論に至ることはなかった。答えが出ないままその場を後にしたふたりと入れ替わるようにザクロのテーブルに腰をかけたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)とパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)であった。天音の手には、どこかから調達してきたと思われる三味線が握られていた。
「三味線を教えてもらいたいのだけれど……良いかな?」
 口元を揺るませたザクロが隣にあった椅子を引く。それを返事と受け取った彼は、会釈をして腰掛けた。
「坊やの歳で三味線を持ってるなんて、珍しいねえ」
「実家の倉にあったんだ。少々古びてはいるけれど、そこそこの品みたいだったからここまで持ってくるのに思わず慎重になってしまったよ」
 冗談めいた口調の天音に、ブルーズが「そういうことか」と小さく声を出した。
「どこから持ち出してきたのかと思えば……それはいいとして、弾けるのか?」
「基礎は勉強してきたよ。けれどせっかくプロがいるのなら、教わりたいと思ってね」
 それはおそらく、口実のひとつであった。ザクロとより深く話をし、ザクロをより深く知るための。
「三味線を習いたいってのは、もっと珍しいかもねえ」
 ザクロは満更でもなさそうに三味線を取り出すと、すっと天神の部分を目線の高さに持ってきた。
「あたしの教えられることなんてたかが知れてるけど、坊やがそれで満足するならちょっとだけ弾いてみようかねえ」
 撥皮に撥を当て、ザクロがそのしなやかな指を糸に沿わせた。
「まずは姿勢だね。あたしみたいに天神を目線の高さに持ってきて、上から見た時糸が一本に見えるように構えてごらん」
「こう……かな?」
「それと、撥は3本の指を使ってしっかり固定させることだね」
それから、撥の当て方や糸の押さえ方を教わった天音は、実際に音を鳴らしてみた。べん、べんと空白をつくりながら糸が鳴る。
「なるほど……少し分かってきたよ」
 次第にきろきろと音が重なっていき、それを奏でる天音の指は棹を右へ左へと滑らかに動いていた。
「……ところで、それだけの腕があるならここに来る前はどこか有名な稽古場にでも?」
「そんなちゃんとしたとこにはいってないよ。機械だらけの施設にいたりはしたけどねえ」
「施設……?」
「あら、手が止まってるよ。せっかく上手に弾けるようになってきたのに」
 合間合間に話を掘り下げようとする天音だが、深入りをしようとするとザクロの言葉がそれを遮断した。止むを得ず天音は、一気に核心に迫ろうと質問をぶつけた。
「どうも人の望みや欲に火をつけたがっているようだけど……それには、何か目的があるのかな?」
べん、と音が外れる。意識はしていないつもりだったが、天音の指先は微かに小刻みな振動を糸に伝えてしまったらしい。
「ふふ、何を見てそう思ったのかねえ。そもそも誰だって望みや欲くらいあるだろう? ましてやこの酒場にいるような旦那衆は、人一倍それが強い。それが燃えてるように見えただけじゃないのかい? 目的なんて仰々しいもんはないよ。強いていうなら、変わらないでいることかね」
「それは……」
話を続けようとする天音の言葉は、ザクロの鳴らす三味線の音に掻き消された。
「ほら、また手がお留守だよ」
 天音もまた、望たち同様にザクロについて予想を立てていた。ザクロは何かしらの能力を持っている。噂を流すことで空賊たちの感情を掘り起こすのが第一段階。三味線で望みや欲を引き出し催眠状態にするのが第二段階。そして、扇でそれを煽り火をつけるのが第三段階。そう考えた天音だったが、今三味線を最も近くで聞いている自分にも、近くのブルーズにも異変は感じられない。ならば、彼女の能力とは。
 天音は、絡まる思考を払うように撥を持った手を動かし続けた。隣ではザクロが、天音に合わせるようにからからと糸を震わせていた。



 彼らのいる酒場2階。
 カシウナで話しかけるタイミングを失ってしまったさけは、ヨサークの後を追うように飛空艇でこの酒場に戻っていた。目の前には、パートナーの信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)がいる。襲撃直後、さけに電話をかけたのもこの葛の葉である。何も知らぬまま飛び出していったさけに、ザクロが十二星華だということを伝えるためであった。
「あれからまた色々話聞いてみたんどすけど、どうもヨサーク空賊団はんは、前から意味もなく侵略するような人たちではなかったみたいどすえ?」
「ということはやはりヨサークさんは……」
 さけの言葉に、葛の葉がこくりと頷く。
「こうも変わってしまはるんは、すこしおかしい言うか……ヨサークはんは、何かに心が奪われてしまってはるのかもしれまへんなあ」
 弱い立場である農民を守るという意思があったのに、それとは正反対の行動を取っているヨサーク。もしそれが、自分の意思ではないとしたら。ザクロのせいとまでは断定出来なくても、何かしらの介入があるのだとしたら。
「あら、さけ……あそこ」
 床に目を落としていたさけの顔を、葛の葉の言葉が上げる。彼女が手で示した先には、3階へと上がっていくヨサークの姿があった。小さく見えるその横顔を見たさけの足は、自然に彼を追いかけていた。もう何も伝えないまま目の前から消えるのは嫌。それはまるで、彼女の足音がそう主張しているようにすら思えた。