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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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【十二の星の華】双拳の誓い(第3回/全6回) 争奪

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    ★    ★    ★
 
「さあ、いらはいいらはい! 銘菓『女王像の右手』あるよー。早いもん勝ちだ!」
 グリーンのプロレスマスクを被った弁天屋 菊(べんてんや・きく)、が声をはりあげた。
「へー、本物ですかね。本物だったら凄いですね」
 その声に、菅野 葉月(すがの・はづき)が興味をそそられて立ち止まった。掘り出し物があるかとやってきた闇市だったが、本物の掘り出し物に出会ったのかもしれない。
「もちろん、本物の指輪の入ったあたりがあるじゃん。とてもお買い得だぜ」
 弁天屋菊が、サラシできりりと巻いた胸を張る。あたりつきという意味のない特典をつけるのが、カリン党メンバーらしい微妙さである。他のカリン党のメンバーが本物の女王像の右手を見つけるために、邪魔者を偽物で混乱させようというのだが、どう見ても数分程度の時間をつぶさせるのが精一杯だと思えるのだが。
「ここですか。買いますわー!」(V)
 売り声を聞いて、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が怒濤のごとく走ってきた。女王像の欠片は、そのほとんどはティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が持っているはずであった。それが流出しているとあれば、ティセラ・リーブラに協力している冬山小夜子としては見過ごせない事態である。当然、他の者を排除してでも手に入れなければならなかった。
「ちょっと、何を割り込んで……」
 せっかく菅野葉月が買おうとしていた物を邪魔をするなんてと、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は冬山小夜子に文句を言おうとした。
「どいて」
「きゃっ」
 なりふり構わない冬山小夜子に、ミーナ・コーミアは弾き飛ばされてしまった。
「いったーい。何をす……ナイス、ありがとー」
 怒りながらよろけたミーナ・コーミアであったが、倒れる前に菅野葉月がだきとめてくれた。これは、彼女にとっては最高に嬉しい誤算だ。
「きゃー、怖いー。怖いからむこうに行きましょー」
 菅野葉月にしっかりとだきついたまま、ミーナ・コーミアがその場から離れていった。
「女王像はどうするんです」
「どうせ偽物だもん」
 どのみち最初から女王像よりも菅野葉月とのデートの方を重要視していたミーナ・コーミアは、あっさりと言い放った。だいいち、売っている人物が怪しすぎる。あれでもし本物だったとしたら、嫌でもクイーン・ヴァンガードの耳に入って遠からず回収されるだろう。
「これのどこが女王像なんですのー!」
 案の定、冬山小夜子の叫び声が聞こえてきた。
「ああん、なんだい。うちの銘菓『女王像の右手』に難癖つけるつもりかい。あまり騒ぐとただじゃおかないよ」
 弁天屋菊が、冬山小夜子を睨みつけて凄んだ。
「難癖も何も、これはお菓子じゃありませんか!」
 冬山小夜子が叫んだ。
「お菓子であるとな!」
 その言葉に、弁天屋菊のむかいで店を開いていたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の所の看板娘であるマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)がゴクリと唾を飲み込んだ。
「お金を返してくださいな」
「やだ」
 弁天屋菊が即答した。
「いいのかな、ここでぐずぐずしてて。本物が売れちまうかもしれねえよ」
「ううっ」
 そうあおられて、冬山小夜子は引き下がるしかなかった。マフラーを巻いて隠していた口元でもごもごと文句を言いつつも、買ったお菓子の右手をひっつかんで弁天屋菊の店を離れた。
「買い取りますのだ」
「きゃっ」
 振り返ったとたん眼前に現れたマナ・ウィンスレットに、思わず冬山小夜子は後退った。
「なんでしょうか」
「あれ、あれ」
 訊ねる冬山小夜子に、マナ・ウィンスレットが指さした。みれば、ニコニコと笑うクロセル・ラインツァートが、「壊れた女王像の破片、買い取りマス」という看板をかかえて左右に振っている。「廉価買い取り、高価売り尽くし」という看板は、さりげなく身体の後ろに隠す周到さだ。
「しかたないですわね。このまま怪しいお菓子を持っていてもしょうがないですし。あちらも女王像の右手を売っているようですし」
「売って売って。買って買って」
 冬山小夜子とクロセル・ラインツァートの間をパタパタと往復しながら、マナ・ウィンスレットが二人に懇願した。
「結局、一目で偽物と分かる物しか売っていませんのね」
 安くお菓子を買い叩かれながらも、いちおうクロセル・ラインツァートの売っている女王像の右手をチェックしてから冬山小夜子は言った。さすがにこちらは食べ物ではなくてちゃんとした石のようであるが、事前に調べたデータと照らし合わせても明らかに贋作と分かる物ばかりである。
「今のところはそのようですね。でも、こうしていれば、いつか本物を売りに来るかもしれないですよ」
「そのときは、ぜひ私にだけ連絡をくださいませ」
「もちろんですとも」
 冬山小夜子の言葉に、クロセル・ラインツァートは安請け合いをした。こういうときは、仮面で顔の表情が分かりにくいのは助かる。
「早く切ってほしいのだぁ♪」
「はいはい。ちょっと待ってくださいね」
 マナ・ウィンスレットに急かされて、シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)が右手の形をしたパイケーキをさくさくと切り分けていた。形だけ見ると、あまり気持ちのいいものではないが、幸いにも弁天屋菊の造型が適当なため、切ってしまえば見てくれはただのパイケーキであった。
「いただくのだぁ」
 待ってましたとばかりにマナ・ウィンスレットがぱくつく。
「よくそんな物を食べられますねえ」
 ただでさえ甘い物は苦手な上に、闇市で売られている怪しい食べ物である。クロセル・ラインツァートは、不安そうに言った。
「クロセル殿も食べますか?」
 自分では口をつけずに、シャーミアン・ロウがクロセル・ラインツァートに訊ねた。即座に、クロセル・ラインツァートが首が千切れるほど左右に振って拒絶した。
 
    ★    ★    ★
 
「なんですカー。この甘ったるい臭いは。なんだか、嫌な記憶が呼び覚まされマース」
 どこからか漂ってきたパイの香りに、アーサー・レイス(あーさー・れいす)は思いっきり顔を顰めた。以前食べてしまったシロップ漬けのドーナッツの殺人的な甘さの記憶が嫌でも呼び覚まされる。
「ここは、激辛カレーで、悪の記憶を打ち消すしかありまセーン。石油肉に妖精の粉を一つかみ、そして蜂の毒針で肉をさらに柔らかく……キメラの翼から染み出した成分が食べたあなたの心を天高く舞いあげるのデース」
 寸胴鍋に入っているまさに闇カレーと呼べる物をぐらぐらと煮込みながら、アーサー・レイスは気炎をあげた。
「ちょっと、アーサー、何よこのへんな臭い。客寄せにならないじゃない」
 大胆に開いたチャイナドレスのスリットから、下に着込んだスクール水着をちらちらと見せながら、客寄せをしていた日堂 真宵(にちどう・まよい)が、あまりの刺激的な香りに、アーサー・レイスの所へ怒鳴り込んできた。
「このぐらいの方が、衆目を集めマース」
 それはそうであるが、違った意味で衆目を集めたのでは商売にはならない。
「まあまあ、これを横においておけばいいだろう」
 アーサー・レイスの隣の長テーブルに着いてコミックを読んでいた土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、タンス脱臭剤のような容器に入った薬をチョンと寸胴の横においた。
「何、それ?」
「ポリマーから開発した脱臭剤だ。おいておくだけでズゴゴゴゴゴゴ……という書き文字ともに臭気を吸い取ってくれる」
 自信満々で、土方歳三が言った。
「いや、そんな文字浮かびあがらないから」
 思わず、日堂真宵は突っ込んだ。とはいえ、本当に脱臭剤が効いたのか、あるいは単に拡散しただけなのか、やや臭気は落ち着いたようである。
「お客さんでーす」
 最後尾というプラカードを持ったシスター姿のベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が、一組のカップルを連れてきた。別に彼女はコスプレをしているわけではないのだが、チャイナスクール水着姿の日堂真宵と一緒にいては、どう見てもコスプレをしているようにしか見えない。
「こちらです」
 なるべくカレーに近づかないようにびくびくしながら、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントはお客を案内した。魔道書としては、カレーの香りの本になったら、いっそ燃やしてもらった方がましらしい。
「ここでいいのですか」
 最後尾も何も、行列すらできていない日堂真宵の店にやってきた菅野葉月は、弁天屋菊の所で買ったパイの入った箱をさし出して訊ねた。結局、一度並んだ以上は買えと追いかけてきた弁天屋菊に脅かされて、無理矢理買わされてしまったのだ。クロセル・ラインツァートの店はバタバタしていたし弁天屋菊の目もあったので、同様に女王像の欠片買い取りますという宣伝をしていた日堂真宵の店にやってきたのである。
「こ、これは……お菓子じゃない」
 菅野葉月からパイを受け取った日堂真宵が呻いた。当然である。
「オー、見つけました、諸悪の根源デース。そんなもの、こうしてやりマース」
 日堂真宵が買い取りできないと言うよりも早く、アーサー・レイスがドボトボとカレーをパイの上にかけた。
「ああ、なんということを。もう食べられないよね。買い取ってよ!」
 ラッキーとばかりに、ミーナ・コーミアが日堂真宵に詰め寄る。
「ええと……アーサー……」
 よけいなことをするなと、日堂真宵がアーサー・レイスを睨みつけた。
「心配ありまセーン。こんな悪魔の食べ物はゴミ箱行きデース。替わりに、我が輩のカレーをサービスしマース」
 そう言うと、アーサー・レイスは、闇カレーライスを菅野葉月にさし出した。
 一口だけでも食べないと放してくれそうもないので、しかたなく菅野葉月が一匙だけ口をつける。
「うおぉぉぉぉ、な、何を入れましたぁぁぁ」
「きゃあ、葉月、死んじゃ嫌なんだもん!!」
 突然苦しみだす菅野葉月に、ミーナ・コーミアが悲鳴をあげた。
「大丈夫だ。予想の範囲内だから安心しろ。こういうときこそ、石田散薬の出番だ」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントに、『ゴゴゴゴゴゴゴコ……』と書いた看板を背後で掲げさせながら、土方歳三が菅野葉月たちに近づいてきた。
「さあ、この万能薬を……」
「ちょっと待ったあ!!」
 土方歳三が薬をさし出すところに、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が凄い勢いで飛び込んできた。
「そんな得体のしれない薬、毒薬に決まっておる。解カレー薬なら、薬学のライセンスを持っている我の薬を使うのだよ」
 土方歳三をおしのけて、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が言った。日堂真宵たちのおむかいで薬屋を開いていたので、土方歳三に対してはライバル心むきだしである。
「とにかくお薬くださいなんだもん!」
「はい、どうぞ」
 悲痛なミーナ・コーミアの叫びに、毒島大佐がすかさず錠剤とコップの水をさし出した。
 苦労しながら、菅野葉月が薬を飲み込む。その様子を、毒島大佐はずっとハンディビデオで撮影していた。
「あのー、何してるの?」
「ああ、気にしないで。臨床試験の記録とっているだけ……」
「つまりここで人体実験をしていると……」
 ミーナ・コーミアは、容赦なくトミーガンを毒島大佐に突きつけて言った。
「あは、あはははは……」
 図星なので、笑って誤魔化すことしかできない毒島大佐だった。
「だから、おとなしく俺の薬を先に飲んでいればよかったのだ」
 言うなり、土方歳三が石田散薬を菅野葉月の口に突っ込んで水を飲ませた。
「うわわわわわわ……」
 菅野葉月が、意味不明の声を発する。
「混ぜるな危険……」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、ぼそりとつぶやいた。
「嫌ー!! 葉月、死なないでー!!」