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第十章 ゴーストの解放

 室長が倒された直後、彩蓮はブラックコートと光学迷彩で隠密行動を行っていた。隣には、透明なデュランダルみ一緒だ。
ゴーストの保管場所が近いのだろう、通路を歩くにしたがって、壁や天井、床にまで、頑丈な金属パイプやその中を通る物質の計測装置が増えてきていた。
「もうそろそろ近いのではないでしょうか……おっと……」
 目の前に白衣の人物――おそらくは研究専門のテロリストだろう――を見つけ、チャンスとばかりに近寄っていく。
 気配なく距離を詰め、大鎌の先端を喉に突きつける。
「ひぃっ!」
「ちょっと聞きたいことがあるのですけれど……、ゴーストさんはどこにいるのでしょうか?」
 あくまでも笑顔で、彩蓮は問うた。
 顔だけは、笑顔だった。
 目は、女性のそれではない。まるで、そう――宗教画に出てくる悪魔を彷彿とさせるほどに、残酷だった。
「こ、殺さないでぇ!」
「どうしましょう。私、あなたがたのように、死者を冒涜するゴミって、胃の中の物を戻したくなるほど大嫌いなんです」
 ふふっとわざとらしく笑う。
「さて、さっきの質問の答えを聞きましょうか?」
「こ、このまま奥にいったところにある……」
 恐怖に耐えられなかった研究者が、震えながら答えた。
「どうもありがとうございます――ていっ!」
 そのまま手刀を後頭部に叩き込んで気絶させると、彩蓮は再び歩き出した。


 奥へと進み、部屋へと入る彩蓮。
 まるで酸素カプセルに似たその中に入っていたのは、ゴースト。
 数も一つ二つではない。何十ものカプセルが、部屋中に整然と敷き詰められていた。
「……許せんな」
 ぼそりと呟いたデュランダルの体が小刻みにカチャカチャ震える。死者を冒涜していることへの、怒り。それは死者である彼自身が感じていたのだ。
「ええ。全く。場所を知らせに戻りましょう」
 特に危ないものやテロリストはいない。それだけを確認すると、二人は戻っていった。


 情報をもらったメンバーは、彩蓮たちについていった。
 ゴーストたちを見た彼らは、即刻解放へと専念する。ボタンなどは多かったが、そこまで複雑ではなかった。モニターのヘルプ画面を見て、北都、昶、クロスが素早く解放していく。
 プシュー、と開いたカプセルから、ゴーストたちが現れた。
 全てのカプセルが開いた頃を狙って、洋が演説を始めた。
「いいか! 今、この瞬間にもテロリストが悪意を持って行動している! 我々はこれから残敵掃討に移るが、君たちにも支援のための志願者を募る。仲間と共に戦う勇気あるものを求む!」
「このような暴挙を許すならば次もこのようなことが行われるでしょう。完膚なきまでに撃破殲滅し、野望を打ち砕くのです」
「お願いします。我々に協力していただけませんか?」
 みととクロスが畳み掛ける。
「どうする?」「マジかよ……」といったざわめきが続くこと数分後、四割強のゴーストが協力することになった。


「情報が欲しいんです。ジオブレイクドリルの」
「まかせろ! ここはこうして……パスワードは……」
 ゴーストの指示どおり、コンソールを叩く北都。
 すると、現れたのは監視カメラの映像だった。中には、ジオブレイクドリルを壊して談笑している真人たちの姿があった。
「よかった。特にピンチではないようだぁ……」
 ジオブレイクドリルの情報を手に入れて、危機を救おうとも考えていたが、どうやら心配はいらないらしい。
「あいつらの役に立てなくて、残念だぜ……」
 昶がシュンとする。
「何言ってるんだい。無事だってことがわかっただけでも発見だよ。ジオブレイクドリルは人間でも壊せる、それが証明されたんだから」
 北都は笑顔を浮かべた。


「テロリストの侵入路を見つけてぶっ壊したんだって? やるじゃんか! さすが僕のヨメ!」
「いや、ついていったらそうなってたというか……偶然の成り行きというか……」
 再会した陽に、テディは賞賛の声を送る。
「でも陽は逃げなかった。怖いと思いながらも逃げずに探索を続けて、内部構造とか調べてくれた。おかげで、帰りは迷わずに済むはず。素晴らしい活躍だよ!」
「う、うん……ありがと」
 いつもはこちらが困惑する発言ばかりが多いパートナー。
 しかし、今回はとても嬉しい言葉だった。


「「私たちの歌を聴けーーーーーっ!」」
 春美とヴァーナーは、室長たちと戦った部屋で、ゴースト送別ライブをやることになっていた。
 たまたま一緒にいた二人を、
「銀河の妖精と超時空シンデレラだっ!」
 と一人のゴーストがツッこんだことが発端だった。すぐにでも成仏したいゴーストたちを、二人に送って欲しいとのことだった。
 とはいえ偶然髪の色が一緒だっただけである。断っても良かったのだが、二人はやることにした。
「生き残りたい! 生き残りたい! まだ生きていたくなる〜」
 歌声が響く。
「ゴーストさんにその歌詞はどうなんでしょう……」
 ライブを見ていたクロスが苦笑いを浮かべる。
 だが、悪くない――
 不意に、『グスト・ソレントの檻』で出会ったゴースト、フリアのことを思い出し、心地よい切なさを覚えた。
「フリアさんたち、元気にしてますかねぇ……」
 右には、日本酒を片手に泣きじゃくる永太。自分の心が読まれたかと思い、一瞬びっくりするクロスだった。
「うう〜、えうう……。コットちゃん……。あたし、やったよ」
 左には、泣きながら歌にあわせてはしゃぐという器用なことをやっている波音たちがいた。
 歌が進むにつれて、ゴーストの数も減っていく。満足していったゴーストから、消えているらしい。
「そ、それじゃさいごのきょくです。きぼうのうた」
 今までの曲とは味わいが少し違った、スローテンポながらも穏やかで優しさのある歌が紡がれる。

 ――さあ、みんなで奏でよう。夢色に染まった未来を。

 喜び、笑い、楽しみ――

 ――明るい色で染めていこう

 歌が終わるころには、観客のいない無人のステージと化していた。
 ヴァーナーと春美。二人は抱き合って涙を零した。