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リアクション
【9・交差点】
空京ビル群のひとつから、心を落ち着かせる柔らかなメロディが響いていた。
それは屋上でナナリー・プレアデス(ななりー・ぷれあです)が奏でるフルートの音だった。
音色はとても上品で、ナナリーもそれに応じて上品なメイド服を着ている。なぜメイド服かという点は瑣末な問題に過ぎない。
傍にパートナーのヴィオレット・プリマ・プレイアデス(う゛ぃおれっと・ぷりまぷれいあです)も控え、それに聞きいっている。その姿はナナリーを幼くしたような容姿で、しかも常に光が体の表面を覆っており。傍から見ればドッペルゲンガーとか幽霊に見紛うかもしれないが。
実のところ彼女は単に、ナナリーが胸元に持つ雪の結晶型光条石を媒介にしている魔道書なのだ。今はオーディエンスのつもりなのか、人型をとって静かに耳を傾けている。
だがそれも瑣末な問題に思えるくらいに、心に響くフルートだった。
「みっけたぞ!」「にがすな!」「いいかげんカンネンしろぉ!」「そうだぜ!」「んだ!」
「くっ……しつこい人達ですね」
「絶対おかしいよ! こんなにカンタンに見つけられるなんて!」
「しょうがおまへんなぁ、ここはウチがどうにか足止めしましょか」
と、そこへ水をさすように喧騒が下から聞こえてきた。
ナナリーが演奏を中断して視線を向けると、ヴィオレットもつられて下を覗く。
すると見覚えのある人影と、それを追う黒ずくめの男が五人ほど確認できた。
(……何、あれ……寺院? 何処の少年探偵アニメの敵よ)
「あ、れ……アルデバランの姫とおおいぬ座の……?」
しばらく目で追っていると、やがてこの下を通りそうだとわかる。
逃げていた三人のうちのひとりが、やがて男たちをひきつけようと、立ちはだかるが。
その相手に対し二人は戦いを始めるが、あとの三人は構わず残りふたりを追っていく。
そこそこに、連中も連携をとってきているようだ。少し危ないかもしれない。
しかしナナリーたちにとって、これは見た通りフェンスの外で起こっている事件。だから別に傍観していても誰にも文句は言われないし、助ける義務もない。が、
「どうする気?」
ヴィオレットは質問していた。
対するナナリーはスケッチブックを手に取る。失声症である彼女は、いつもこうして相手に言葉を伝えているのだ。
[ 行くわよ、私(ヴィオレット) ]
手短にそう記して空飛ぶ箒に跨った。
後ろにヴィオレットが乗るのを確認後、ふわりと浮かんでフェンスを跳び越した。直後にはもう急降下していた。
直後ヴィオレットの姿が消える。しかし別に振り落とされたのではない。
ナナリーの光条石に戻り、彼女と融合したのだ。
ナナリーの方は胸にチクリと自分が侵食されるような痛みを感じながら、
同時にヴィオレットが、禁じられた言葉、博識、エンデュアのスキルを行使して自分を強化してくれたのを感じる。
だがそうしたことについて特に表情を変えることもなく、ナナリーは寺院連中の真上から一発氷術の飛礫と、おまけに雷術をお見舞いしていた。
いきなりの晴れから一転して雹と雷に襲われた寺院の追っ手は、陣形を崩して視線を上へと向けた。
けれど肝心のナナリーはとっくにシリウスとホイップの傍に着地しており、ところどころ逃げる際に擦り剥いたホイップへとヒールを掛けてあげていた。
シリウスの方は伊達に軽やかな動きが得意な踊り子をやってないだけあって、大した怪我はないようだ、というのを確認後、
[ お逃げなさい、早く ]
スケッチブックに記した言葉を突き出す。
ふたりは若干戸惑う姿勢も見せたが、ナナリーがなんの動揺もなく優雅な微笑みを浮かべているのを察し、逃走を再開させていった。
(何処の、王宮から逃げ出した王女姉妹かしらね)
なんてことを考えるナナリーに、
『何故助ける?』
無機質な口調になったヴィオレットの声が脳裏に響いてきた。
融合状態の時は、テレパシーに近いことができるのだ。
(どうするか聞いてきたのはそっちでしょ)
実際ナナリーとしては、女王器の一件でティセラの下についていたこともあり、この気にシリウスがやられてしまった方が都合がいい気もしていた。けれど、
(元々プレアデス家の人間である以上は、アルデバランは救うべきだと思って。そう思ったらもう身体が動いてたのよ。なら後は自分に従うだけだわ)
関係ないホイップまで巻き込まれるのは、不本意であるようだった。
『家の掟も含めた自分の掟に従順、何とプレイオネに似た娘か』
ヴィオレットの言葉は聞き流し、ナナリーは、ようやく我に返り戦闘態勢に入った寺院連中と向き直った。
[ さあ、わたくしの戦い、じっくりお見せいたしますわ。途中退席はご遠慮くださいね ]
という言葉を記したスケッチブックを掲げ。
そこからナナリーはフルートで驚きの歌を奏でる、かと思いきや光術を放っての目くらましを行い、敵の注意を自分へと惹き付けて行く。
苛立った男達が迫ってくるや、おもむろにメイド服をちょっと寛げて胸についた光条石を見せびらかし気味に晒す。
唐突なことに連中が驚いたり恥ずかしがったりした隙に、いつの間にか手にとっていた智杖を使っての雷術を浴びせていた。
三人もの男が、そのまま戦闘不能になるまでずっと彼女に手玉にとられ続けていた。
しばらく物陰に隠れて遠目に様子を眺めていたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、手助けは必要なさそうだと判断し。
安心して自分の計画のため呂布 奉先(りょふ・ほうせん)へと、ある話を始めていた。
「私は思うんです。人は誰だって休日を求めているって」
奉先は黙って聞いている。
「だから奉先。女王候補のミルザム・ツァンダとしてでも、踊り子のシリウスとしてでもなく、敢えて1人の普通の女の子として彼女と接してあげて欲しいんです」
その旨を聞き終えるや、奉先は「そうか。わかった」とだけ淡白に告げ、クイーン・ヴァンガードの装備を外して一般人になりきり。隠れていたところから早々に飛び出して。
シリウスと思いっ切り衝突した。
彼女らは事前に逃走経路を予測し、待ち構えていたのである。
「っ、ご、ごめんなさい! 私としたことが、また……」
しかしそんなことを知る由もないシリウスは、ただぶつかったことを謝罪していた。
「ああ、気にしないで。俺も悪かったし」
(というか俺が一方的に悪いんだけどな)
などということは勿論言わない奉先。
「シリウスさん! はやく逃げないと」
「あ、そうですね」
ホイップに急かされつつシリウスは軽く会釈をして、立ち去ろうとしたが。
「ん、わけありみたいだな。なんなら俺もついていこうか?」
「え? そんな。私たちと関わると危険ですから」
「そうと知ったら余計に放っておけないな。こうして会ったのもなにかの縁だし、付き合うって」
奉先は半ば強引にふたりの後に付いて、路地へと入っていった。
計画通り、ふたりの逃走に合流できたのを確認したシャーロットは満足げに頷いた。
「どうやらうまくいったみたいね」
ふいに、シャーロットのポケットの中から声がした。発したのはシャーロットのもうひとりのパートナーである、ミニマムサイズの機晶姫、霧雪 六花(きりゆき・りっか)。
「じゃあ、早くワタシ達も追いかけようよ」
「そうですね」
「おい、そこの女!」
と、突然どう考えても友好的でない野蛮な声がかけられた。
六花はムッとその声の主、あからさまに見た目も野蛮そうな顔の男を睨みつけたが。
シャーロットはポーカーフェイスを保ってそいつと向き直った。
「なにかご用ですか?」
「このあたりで踊り子の女と、緑髪の女を見かけなかったか。知っていたら教えろ」
(教えろ、と来ましたか。しかも何とも適当な情報で捜索をしているんですね……寺院の人達が全員このくらい偏差値の低い人なら助かるのですが)
「おい、さっさと答えろ!」
「それらしい方でしたら、あそこの建物に入っていくのを見ましたよ」
全然逆方向にある適当な廃ビルを指差すシャーロット。
「なに!? そうか、へへっ」
野蛮男は嫌らしく口元をゆがめつつ、疑いもせぬまま走り去っていった。
「さ、行きましょうか」
ふたりはその後、あきらかな脇役でしかないその男を、二度と思い出す事はなかった。
空京には有名なドーナツ屋がある。
そこはミス・スウェンソンのドーナツ屋、通称『ミスド』である。
「悪いけど、実は今日店長が非番でねぇ。許可無くそういうことはできないんだよ」
「そうですか……どうもありがとうございました、それじゃ」
とある少女は若めの男性店員と何やら話をし、やがて店を後にした。
その少女と入れ代わりに入ってきたのは霧島 玖朔(きりしま・くざく)。
「いらっしゃいませ〜」
「ああ、俺は客じゃないんだ。ちょっと聞きたいんだが、ここに踊り子は来ていないか? 赤毛で褐色の肌をしていて二十歳くらいの女性の」
「もしかしてシリウスさんのことですか? 今日はいらしてませんよ」
にこやかな営業スマイルで答える店員。
嘘を言っている様子もないし、ぱっと奥を見渡してもそれらしい人はいないようだった。
「悪い、邪魔したな」
玖朔は後にした。
外にはエンジンをふかしっぱなしの彼の軍用バイクが停めてあり、サイドカーには水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)が乗っている。
隣にあるもう一台別のバイクには睡蓮のパートナー鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)がいた。
「ここにはいなかった。他をあたろう」
「そう……ミルザム様、本当にどこ行っちゃったのかな」
「………………」
言葉少なに三人はミスドを後にし、公道をひた走っていく。
「それで、ほかに踊り子が入れる場所ってのは近くにあるのか?」
「えぇっと……このボウリング場地下のダンスホールは、改装中の筈だから……次に近いのは、空京喫茶・葵ね。そこの角を右に曲がって、突き当りの十字路を左に進んで見えてくる武器屋を右に……」
「ちょ、ちょっと待て。いっぺんに言われても覚えきれない」
睡蓮の説明に戸惑う玖朔に、九頭切丸が無言で前に出てナビゲートしていった。
念のため殺気看破で気を張りつつ走る彼のエスコートの元、そろそろ目的地へ着こうかというところで、
三人はある騒動にでくわすことになる。
空京の通りを、和原 樹(なぎはら・いつき)とフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が歩いていた。
「ホイップさん、いなかったなー。こないだのお礼が言いたかったんだけど……まぁ、また今度でもいいか」
「気を落とすな、そのうちにまた会えるだろう」
「そういや、最近この辺の店に時々綺麗な踊り子さんが来るって噂になってたな。ちょっと寄ってみようか。運がよければ会えるかも」
「:…その踊り子というのはシリウスのことか? 確かに、今も時折は街に出て以前のように踊りを続けているという噂はあるようだな。しかし、女王候補がそう何度も人目を盗んで出かけられるとは思えないが……」
「んー、そうだよなぁ。クィーン・ヴァンガードもいるんだし、一人でなんて……ん?」
「どうした?」
「……今、テティスさんが走っていかなかったか? なんか慌しい感じで、キョロキョロしてたけど……何かあったのかな」
「確かに、さっきから少し気にはなっていたんだ。どうにもキナ臭い雰囲気の連中がウロウロしているようだから……」
このあと、ふたりもある騒動にでくわすことになる。
交差点にさしかかったシリウスとホイップ、そして奉先、
その中央に、再度テティスが立ちはだかっていた。
「ミルザム様、もうこれ以上私達の手を煩わせないでください」
「…………」
シリウスは、答えない。
テティスは、ホイップと奉先に一瞬視線を動かす。
「関係のないホイップさんや、一般人を巻き込んでも、構わないと仰るんですか」
「…………それでも、貫きたいことはあるんです」
シリウスは、それだけを告げる。
「わかりました。仕方ありません、少し手荒な真似をすることをお許しください」
するとテティスは、あろうことか星槍コーラルリーフの切っ先をシリウスに向けた。
さすがにシリウスとしても、この行動は予想外だった。
色々言ってきたとしても、彼女なら必ずわかってくれると思っていたから。
「ちょ、ちょっとテティスさん!?」
「どいていてくださいホイップさん。だいじょうぶ、すぐに終わりますから」
狼狽の色を隠せないホイップに答えるのもそこそこに、テティスは一気に距離を詰めてきた。
(狙うのは足。少しでも怪我をさせられれば……!)
軽い傷を負わせて、踊ることそのものを止めざるをえないようにして、あわよくば彼女を心配する人達をも味方につけようと踏んでの攻撃。
だからこそ。
コーラルリーフは奉先の方天画戟(ハルバードに似た形状の武器)によって、あっさり止められていた。
「……関係のない人は、できれば手を出さないで欲しいわ」
「確かに俺は関係のない一般人だけど……女の子が傷つくのを、黙ってみてられるような一般人でもないんだ」
「そう」
テティスは一度バックステップで距離をとる。
槍という武器の性質上、その行動は自然なものであると言えたが。
刃を交えた奉先としては、自分の行動に迷いがあるゆえの動きではないかと勘繰った。
「なにやってるの!」
そのとき、左側の道から全く別の人物が割り込んできた。
姿をみせたのは二台のバイクから降りて走ってくる、睡蓮と九頭切丸と玖朔だった。
「穏やかじゃないな、テティス。女王候補に刃を向けるなんて」
玖朔はそう言ってわざとテティスの前に立つ。
九頭切丸は何も言わず自身にエンデュア、睡蓮と玖朔にガードラインをかけていた。
「誤解しないで。これは、ミルザム様を連れて帰る為よ」
静かに言葉を放つテティスだったが。
睡蓮たち三人の胸元のヴァンガードエンブレムに気づいたことで、声色が急変した。
「あなた達もクイーン・ヴァンガードなの? だったら早くミルザム様を捕まえて!」
ぶつけてきた叫びは、三人にというよりも自身に言い聞かせているかのようだった。
「クイーン・ヴァンガードはミルザム様を護り、支える者です。捕まえるのがお仕事じゃありませんっ!」
それを裏付けるように、睡蓮の台詞にテティスはぐっと言葉に詰まってしまった。
そのままじっとテティスと真っ向から対峙する睡蓮を見つつ、九頭切丸と玖朔は普段の引っ込み思案な彼女がこんなに興奮して退こうとしないことに、密かに驚いていた。
(こんな方法で収拾をつけてしまって本当にいいの?)
一方、頭に迷いが芽生えてしまったテティスはというと。手に持っていたコーラルリーフの先端を、まるでこうべを垂れるように接地させてしまっていた。
「ひとつ、聞きたいんだけど」
しばしの躊躇の後、睡蓮に問いかける。
「あなたはどうしてミルザム様を助けるの?」
「私は、ミルザム様ご自身が笑顔でいてくださればそれでいいんです」
「……そう。ふふっ、なるほどね」
簡潔な返答に、常に気を張っている自分が馬鹿みたいに思えて、テティスはつい笑ってしまった。
「たまにはこういう事もある。目鯨を立てる事も無いさ」
続いた玖朔の言葉を受け、テティスの戦意は少しずつ失われていき。
安心する一同だったが。
「ケッ。女王候補と十二星華とクイーン・ヴァンガード……邪魔なおめぇさんらが、潰しあってくれりゃあ楽だったんに。残念、残念、と」
前方のビルの陰から、十人近い数の鏖殺寺院達が姿を現したことで一気に警戒度が跳ね上がった。
「まあいいっぺよ。やっぱ成果ってやつぁ、自分の手であげてこそだかんなぁ!」
連中はこちらが構える前に、とばかりに間髪入れず一斉に襲い掛かってきた。
確かにシリウスやテティス達は咄嗟のことで反応が遅れた。
代わりに反応したのは、右側の道から飛び出してきた樹とフォルクスだった。
「走って!」
樹はシリウス達に大声を放ち、フォルクスは連中にアシッドミストを放った。
「ぎゃあ!」「な、なんだぎゃ、こりゃあ?」「いたた、いたいわいな!」
連中が怯んだ隙に、シリウス達は来た道を引き返して逃走を図っていく。
玖朔達はバイクを取りに戻ろうとしたが、きちんと近くの駐車スペースに置いてきたのが災いした。
「気を抜くな! あの酸の濃度は素肌に痛みを感じ、まともに吸い込むと喉が焼ける程度だ。すぐに回復してまた追ってくるぞ!」
フォルクスが叫ぶ通り、連中はすぐさま立ち直って向かってきていた。どうやら彼らの中にプリーストが混じっていたらしい。
やむなく玖朔と九頭切丸も走っての逃走に切り替えた。
「私たちも出ますよ」
「了解っ。さ、て。それじゃ……ワタシの力を見せてあげるわ」
尾行していたシャーロットも姿を見せて逃走に加わり、
ポケット内の六花はメモリープロジェクターでシリウスの映像を一帯に投影していく。
「くそ、小癪な真似しくさって!」「慌てんじゃねぇ、落ち着いて対処するんだっぺ!」「早く追いかけるんだわいな!」「よし、他の連中にも応援を頼むだぎゃ……あぎゃ?」
混乱する連中のひとりが、無線機らしきもので連絡をとろうとしたが、そこからは雑音しか届いてこない。
「くそ、どうなってるんだぎゃ!?」
それがなぜかというと、九頭切丸が情報撹乱で通信を遮断したのである。
いつの間にか彼は引き返し、連中の前に立ちはだかっていた。
「チッ! 仲間は呼ばせず、後はおめぇさんが足止めするって寸法かい。上等だっぺ!」
「…………」
九頭切丸は何も語らない。
何も語らず、頑としてその場を動かない姿勢であった。
「けっ、相手はひとりじゃ。さっさとたたんじまうんじゃ!」
「ああ、もちろんひとりで残すような真似はしてないからな」
と、彼の背後から顔を出した玖朔が、強化型光条兵器である黒色のアサルトライフルを構えて向かってきた奴らを容赦なく射撃して昏倒させていった。
「……あ、私もいますから……あしからず……」
更に睡蓮も傍にいて、SPリチャージをかけてあげていた。
ただ、ちょっと興奮が冷めたのか、恥ずかしそうに近くの看板に隠れるようにしてのサポートだったが。
そして。
彼らとの戦いの後、寺院の連中は後を追う体力を完全に奪われることとなった。
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