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リアクション
第5章 空賊達の挽歌・青龍刀のチーホウ
ミッシェル、ププペの敗退の知らせは、瞬く間にザクロ大空賊団を駆け抜けた。
無能なる同士に痺れを切らし、【青龍刀のチーホウ】が行動を開始する。
彼の飛空艇は龍をかたどったもので、船首には雄々しい龍の顔が睨みを利かしていた。外装を彩る装飾も豪奢なもので統一され、中国の宮廷のような雰囲気を醸し出している。たなびく空賊旗は、二本の青龍刀が交差する上に座するドクロ。
純白の漢服と長い黒髪を翻し、チーホウは甲板に立つ。
「随分とこけにしてくれるじゃないですか、フリューネサン。やはりあの時殺しておくべきでしたね」
細い目をより細め、前方に位置するルミナスヴァルキリーを睨みつける。
「各員に通達……、このまま針路を保持、至近距離で艦砲射撃。敵艦に侵入後は皆殺しにしなさい。女子供がいたとしても手を抜くんじゃありませんよ。ワタシのところに持ってきた首の数で報酬を差し上げましょう」
自分の部下ですら威圧するように、チーホウは言葉を重ねた。
その彼の真下、飛空艇の船底を伝うようにしてレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)と虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は小型飛空艇を進めていた。周囲を慎重に窺い、空賊艇の不在を確認すると上昇してチーホウ船に乗り込んだ。
そして、側面通路に警戒中の空賊を二人見つけた。チーホウ同様に漢服を着た弁髪の空賊たちだ。
「よし……、まずは俺が行く」
頷く涼に援護を任せ、レイディスは光学迷彩をまとって忍び寄る。
背中を見せた弁髪の一人の口を塞ぎ、すぐ傍にあった部屋に引きづり込んだ。見えざる襲撃に戸惑うもう一人の弁髪に、涼が音もなく接近する。素早い動きで腕を捻り上げ、同様に部屋へと押し込む。
「な……、なにすんだてめぇら!」
「慌てるな……と言っても無理か。俺はチーホウを倒しに来た者だ。あんたら部下に少々協力して欲しくてな」
涼が言い聞かせるように語るが、弁髪は恐怖と怒りで興奮している。
「な、何言ってやがる! 俺たちがなんでそんな事を!」
「静かに。俺たちは『あんたら』の味方だ。チーホウってヤツは、お前達船員を道具みたいに扱うんだろ?」
レイディスの言葉に、弁髪たちは声を詰まらせた。
「今から俺たちは、腕の立つ仲間と共にチーホウを討つ。協力してくれないか?」
「お……、おまえ達、知らないんだろ? チーホウ団長がどれほど恐ろしいかを……?」
「そ、そうだ! だから、そんな馬鹿な事が言えるんだ!」
涼と顔を見合わせると、レイディスは熱の入った調子で話を続ける。
「確かに空峡の事情通ってわけじゃないから、残忍な奴だとしか聞いていねぇ。でも、そんな事は関係ねーだろ。相手がどんな強敵でも逃げるわけにはいかねぇんだ。お前達はどうなんだ、いつまでチーホウの野郎にビビって逃げてんだよ。反旗を翻すなら今しかねぇぞ。それとも、このままあいつの下働きで終わるつもりか?」
「お、俺たちだって良いわけねぇって思ってるけどよぉ……」
「なぁ……、本当にチーホウ団長……、いや、チーホウの野郎を倒せるのか……?」
弁髪たちは思った通りチーホウに不満があるらしく、彼への文句を次々に口に並べていった。
「……おまえ達みたいに不満を持ってる奴はたくさんいるのか?」
腕組みしながら黙って聞いていたが、涼はふと呟く。
「そりゃいるに決まってんだろ! つか、あいつに不満がねえ奴なんてこの船にいねぇよ!」
「そうそう! みんな恐くて従ってるだけなんだからよぉ!」
◇◇◇
「素敵な背徳者だが……、縁が無かったのが残念だな」
シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)は船室の屋根に立ち、眼下のチーホウ空賊団に傀儡をけしかけた。
襲いかかる命無き襲撃者を、弁髪の空賊団員が迎えうつ。空賊達の行動はそれなりに迅速だったと言えよう、しかし、チーホウの目にはそうは映らなかったらしく、さらに船の中に侵入を許した事に屈辱を感じていた。
「いつまでそんなゴミの相手をしているのです! あの女をさっさと殺せば済む事でしょう!」
苛立つチーホウの命令で、空賊達はシャノンに向かってきた。
「ふ……、手はず通りだな」
シャノンは口元に微笑をたたえ、空賊達をチーホウから引き離すべく誘い込む。
ある程度距離が取れたところで、その身を蝕む妄執を放ち、自身をチーホウの姿に見せる幻をかけた。
「だ、団長! い、いつの間にそこにいたんですか!?」
突然目の前に現れたチーホウの姿に、空賊は困惑の表情を浮かべる。
「自分にこのまま付いて来なさい、従わないなら斬ります」
氷術でそれらしく見せた氷細工の青龍刀を突きつけ、チーホウ……シャノンは命令をする。
随分と理不尽な命令であるし、実はチーホウは『自分』という言い回しはせず『ワタシ』と言うのだが、気付いていながらも空賊達は何も言えなかった。余計なことを質問して怒られるのが、とても怖かったのである。
「あとは任せたぞ、マッシュ……」
ひとり呟く彼女の頭の上を、セイニィを乗せた飛空艇が飛んでいくのに気が付いた。
「……頑張れ、シャムシエルからティセラを取り戻すのだろう?」
誰も見たものはいなかったが、その時に見せたシャノンの表情は、彼女にしては珍しく穏やかなものだった。
そしてその頃、なかなか戻って来ない部下に苛立ちを加速させるチーホウの前に、物陰から生徒たちが姿を現した。
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)、それから九条 風天(くじょう・ふうてん)とそのパートナー達だ。
「おやおや、お友達がいなくなって随分静かになっちゃったねぇ」
マッシュがニヤニヤ笑うと、全てを察したのか、チーホウの顔から表情が消える。
「……なるほど、そう言う事でしたか。ですが、ワタシが最低限部下を残していないとでも?」
指を鳴らすと背後の宮殿のような船室から、空賊達が飛び出してきた。
一同が身構える中、風天の相棒の宮本 武蔵(みやもと・むさし)が一歩前に出る。
「大将にはやる事があるんだろ、この場は俺に任せてもらおうか」
「すいません、センセーにこんな事を任せてしまって……」
「おいおい、こんな時に大人を頼らんでどうする」
軽く風天の胸を叩き、武蔵は空賊達に向かって雄叫びを上げた。
「……て、てめー! いきなりなんて声出しやがる! 脅かすんじゃねぇ!」
「チーホウ空賊団の連中は頭に意見も出来ないビビリだと聞いてたからな。こいつで逃げ出すような小心者なら見逃してやろうかと思ったんだが。ああ、別に今からでも逃げたいなら、追わんから逃げても構わんぞ」
「う……、うるせえ! てめえより団長が怖いんだ!」
「やれやれだな……」
攻撃を紙一重でかわし、拳底を叩き込む。殺しはしない、ただ眠らせればそれでいい。
ただ、敵は数だけは多かった。如何なる達人と言えども、四方から迫る攻撃を全ていなす事は難しいだろう。死角から刀が武蔵に振り下ろされた、だが、耳をつく金属の悲鳴と共に刀はくるくると宙を舞って甲板に突き刺さった。
「一人でなんとかしようなんて、無茶はやめてくださいよ」
リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は、ディフェンスシフトの構えで武蔵と背中を合わせる。
「ははは……、こいつぁ恥ずかしいところを見せちまったな。まあ、二人ならなんとかなりそう……」
「いえ、三人ですよ」
そうリュースが言った瞬間、空賊達が吹き飛ばされた。
上空から戦闘に乱入してきたのはセイニィだった。空賊の顔を凍り付かせる空賊狩りは、黄金の髪をなびかせて空賊を八つ裂きに引き裂いていく。人知を超えた反応速度で次々に空賊を甲板に沈めていった。
「邪魔よ!」と神速のあびせ蹴りで、リュースの前の空賊を吹き飛ばす。
「やあ、この前はどうも」
「ああ……、あんたか」
リュースにとっては、雲隠れの谷で激突して以来のセイニィとの邂逅だった。
「ティセラとの件、聞きましたよ。友達がいつも正しいとは限らないでしょう。彼女の変化に気付いているなら、ただ頷いて手を貸す前に、自分自身その友達の為に出来ることは何か、何故変わったのか、考えた方がいいと思います。道を間違えてると感じたら、蹴飛ばしてでも違う道に行かせるのが友達じゃないですか。オレの親友なら、命懸けでそうします」
「ほんと……、あんた達ってお説教が好きよね」
「そんな事を言ってくれる奴がいるのを、ありがたいって思わなくちゃな」
ポンと武蔵が二人の肩を叩いた。
「友情談義は後でゆっくりしようや。まずはこいつらに俺たちとの付き合い方を教えてやろうぜ」
セイニィの登場に空賊達は困惑している。空賊狩りの名は戦意を削るのに充分過ぎる効果を発揮したようだ。
「どいつもこいつも無能ばかりですね……」
チーホウは舌打ちをして無言で空に合図を送る。
チーホウ船上空を飛び回る空賊艇が集まってきたのだが、突然稲妻が天を走り、空賊艇は一瞬にして撃沈された。
「な……、何事ですか!」
「常に敵の予想の先を行く……、戦場では当然の事であろう?」
風天の師である白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が駆る小型飛空艇がチーホウの真上を通過していった。
チーホウに味方しようとする空賊艇をサンダーブラストで薙ぎ払う。
「そこには誰一人として近づけさせん。さっさとその男と決着を着けろ!」
追い討ちをかけるように、その場へレイディスと涼が煽動した反乱空賊がなだれ込んできた。その手にヌンチャクやらトンファーやらアツアツあんかけの入った中華鍋を持った空賊達が、チーホウとその部下を取り囲む。
「……どういうつもりですか、アナタ達?」
憤怒に満ちた視線を向けるチーホウに威圧されながらも、空賊達は自分達の想いを迷う事なく口にした。
「うるせえ! もうお前のいいなりになんてならねぇぞ!」
「そうだ、そうだ! お前の下で働くなんざもうごめんだ! 俺たちゃ楽しく空賊やりたいだけなんだ!」
◇◇◇
「結局……、最後に頼れるのは己の肉体のみと言う事ですね……」
チーホウは上着を脱ぎ捨てる、するとそこには鋼鉄のような鍛え上げられた肉体があった。
知将と評される彼であるが、大規模な空賊団を組織する前は、己の身一つで空峡を渡ってきたのである。彼の異名である『青龍刀』は、当時の悪鬼を思わせる強さを誇った彼にちなんで付けられたものなのだ。
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜ッ!!」
奇声を上げて、チーホウは飛びかかった。
全体重を乗せて振り下ろされた青龍刀は、攻撃を受ける長身のリュースすらも弾き飛ばした。
「この太刀筋……、重いっ!?」
攻撃と同時に俊速離脱、全身の筋肉をバネのように扱う超人的な身体能力だった。
重量のある青龍刀の遠心力と類い稀な体さばきを活かし、その攻撃力を何倍にも増幅させている。これぞ4000年の歴史を誇る刀剣術『名瀬火上海』、一撃必殺を信条とする絶大な威力はあらゆる防御を吹き飛ばす。
「アナタ達がいけないんですよ……、このワタシをここまで怒らせてしまったんですからね」
「青龍刀のチーホウの名は伊達ではないという事ですか……!」
風天は野分を握りしめ、暴風のようなチーホウの攻撃をかわす事に専念する。
「この威力……、まともに受ければ武器を破壊されかねませんね」
二度三度と攻撃をかわす内にわずかな隙をそこに見いだした。チーホウの攻撃は一撃一撃が全力の攻撃だ、そう立て続けに同じ調子で出せるものではない。風天は手の中の刃を返し、下から上に斬り上げる。
だが、チーホウは素早く身を引き、青龍刀で太刀を受けた。
「くっくっく……、そう容易く取られるほどワタシは衰えてはおりませんよ」
そう言って、風天の顔面を殴り飛ばし、再び青龍刀を構えた。
「さあ、ワタシに逆らった事を後悔しなさい!」
「させねぇよ!」
レイディスの叫びと共に轟雷閃がチーホウの背を直撃した。
苦痛に歪むチーホウにわずかな隙が生まれた。レイディスと連携を取って行動している涼は、バーストダッシュで瞬間的に間合いを詰める。先の先を読んだ立ち回りで、アーミーショットガンで散弾を至近距離でぶちまける。
「こ……、このワタシに傷を……!」
「黙れ、チーホウ! 人間が道具だと……、ふざけるなよ!」
「ふん、アナタのくだらない物差しでワタシを測らないでもらいたいですね!」
回し蹴りでショットガンの銃口をそらし、チーホウは涼の肩を青龍刀で斬り裂いた。
「ヒャーハハハハッ! なんです、口ほどにもないじゃないですかッ!」
「おまえと口喧嘩しにきたわけじゃない。男は言葉ではなく、行動で示すものだ……」
鮮血乱れ飛ぶその刹那の邂逅の最中、涼はショットガンの柄でチーホウの左目を叩き潰す。
「ぎゃああああ!!」
今までに受けた事もない激痛に、チーホウは慌てて後ろへ後ずさった。
その瞬間、タイミングを待ち構えていたリュースが、疾風を思わせる速度のバーストダッシュで背後に回り込んだ。
「残念ですが、あなたに差し上げる『慈悲』は品切れです」
高周波ブレードを横一閃、即天去私の斬撃がチーホウの背中に屈辱の証を刻み込む。
「き……、キサマらが……! キサマらごときが! このワタシに……!」
もうその顔に余裕はなかった。荒々しい口調でリュースを睨みつける。背中の傷は間違いなく致命傷だった、まともな人間なら気を失っているところだが、残念な事にチーホウはまともではなかった。
沸き上がる怒りに身を任せ、リュースの高周波ブレードを叩き折る。
「な……っ!? なんという馬鹿力……!!」
「武器がなくなったら交代だよ」
そう言って、マッシュはリュースを突き飛ばし、チーホウの前に躍り出た。
結果的に助けるかたちとなったわけだが、さざれ石の短刀を手の中で弄び舌舐めずりをしてるところを見ると、本人は別に助けたつもりはなさそうだ。大好物を目の前にした子どものように、目をキラキラと輝かせている。
「ヒャハハ、やっと石化できるよ♪ お腹抉るのにも飽きてた頃だったんだよね〜」
「やってみろよぉ、クソカスがぁ!!」
怒濤の勢いで振り下ろされる青龍刀を、マッシュは先制攻撃の技能を応用した高速の動きで回避する。
「アハハ! どうしたんだよぉ、細めのお兄さん。全然当たらないよぉ?」
その身のこなしはチーホウと五分、いや、わずかにマッシュが上回っているかに思えた。
「ガキがぁ! 調子に乗るんじゃねぇ!!」
「よくふざけてるって言われるんだよね。戦いは楽しんでるけど、どんな相手にも油断も慢心もしてないのに」
ふと、マッシュの目に黒い光が宿る。
青龍刀をさけるのと同時にチーホウの首を鷲掴みにし、そこを起点にぐるりと回転、チーホウの背中を取った。
「戦場で長生きする秘訣を忘れるほど馬鹿じゃないからね」
「ま、待て……!」
「殺しは明るく楽しく全力で♪」
楽しそうに微笑むと、さざれ石の短刀をその胸に突き刺した。
飛び散った鮮血は空中で石に変化し床に転がった。刺した生物を石に変える『さざれ石の短刀』、身を蝕む魔力に飲み込まれ、チーホウは恐怖に歪んだ表情を浮かべたまま石像となって動かなくなった。
「うーん、残念。女だったら家にもって帰ろうと思ったんだけど……、男じゃあね」
口の端を歪め、マッシュは石像となったチーホウを蹴り倒す。
床に叩き付けられたチーホウはバラバラに砕け散った。
◇◇◇
チーホウの死は、残った部下達の戦意を完全に削ぎ落とした。
憑き物が落ちたように互いの顔を見合わせる彼らだったが、まだ武器を納めようとはしなかった。チーホウのことは憎んですらいたが、かと言って、チーホウを倒した生徒たちが味方というわけではない。反乱を起こした仲間が何人もいるようだが、果たして大丈夫なのか、目の前の少年たちは自分達の驚異ではないのかと値踏みする。
それに気付いた風天は肩をすくめ、空賊達を一喝した。
「お前達もこうなりたいか?」
その一言に、空賊達は身体を強張らせた。
「悔い改めるつもりがある者はボク達と一緒に戦え、でなければ今すぐ下船するように」
「ま、待て。俺たちの身の安全は保証してくれるのか、いきなりぶったりしないだろうな?」
「そんな事をしてる暇なんてないだろ。そもそもお前達に与えられた選択肢は二つ、ボク達と戦って死ぬか、ボク達と一緒に戦って生きるかだ。お前達に割ける時間はあまりない、一分以内に答えをきこう」
「わ……、わかった! 協力する! この通りだ!」
空賊達は武器を捨てて降伏した。
「良いほうの選択をしましたね、わかってもらえてなによりです」
普段の口調に戻り、風天は微笑を浮かべた。
それから、風天の相棒である坂崎 今宵(さかざき・こよい)が指揮を執り、空賊達を配置に付かせた。
「殿、空賊の方達が全員持ち場につきました。これからいかがいたしましょう」
今宵は家臣のように跪き、風天の指示を仰ぐ。
「そうですね……、主要な空賊団は一掃出来たようですから、ルミナスヴァルキリーの援護に向かいましょう」
「はい、流石の采配でございます、殿。では、そのように指示を」
今宵が艦橋へ向かったその時、甲板にいたセイニィのグレートキャッツが共鳴した。
距離の狭まった敵旗艦を見つめ、そこにいる十二星華に闘争心を燃やす。
「ザクロ……、首を洗って待ってなさい、ティセラの敵はあたしが全部殺す……!」
『青龍刀』のチーホウ、死亡。
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