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リアクション
第6章 全ての道はツァンダに続く
三幹部との戦いに勝利したルミナスヴァルキリー、だが、その快進撃は長くは続かなかった。
いつの間にか船を取り囲む敵艦の密度が濃さを増しており、定時連絡を取り合っていた友軍からの連絡が途絶えている。ルミナスヴァルキリーが三幹部と戦っている間に、クィーンヴァンガードや都市警備隊の武装船団は全滅してしまっていた。残った戦力はルミナスヴァルキリーと掌握したチーホウ船『ドラゴンライド』だけである。
戦慄するルミナスヴァルキリーの艦橋のモニターに、不意にザクロの顔が映し出された。
「よく頑張ったねぇ、よくここまで持ったもんだよ」
ぱちぱちと手を叩き、真っ赤な唇に薄く笑いを浮かべていた。
「あなたが乙女座の十二星華……、なのですね」
艦橋にいたミルザムは険しい顔で、ザクロをじっと見つめる。
「おや、初めまして、ミルザム・ツァンダ。そんなに恐い顔をして……、なにか嫌な事でもあったのかい?」
「ふざけないでください! あなたは……、あなたは今まで何をしてきたと思っているのですか! 罪のない人々をイタズラに殺すなんて……、それが女王を目指す者のする事ですか! 私はあなたを許す事は出来ません!」
「五月蝿い小娘だねぇ、女王の事であんたにはとやかく言われたくないよ」
「ど、どういう意味ですか……?」
ミルザムの表情が強張る。
「……ふふふ。まあ、いいさ。それじゃ、あんた達、あの世でも仲良くするんだよ」
扇で口元を隠し、ザクロは小馬鹿にするように笑った。
その時だ、モニターの隅に『スピーカーのアイコン』が前触れもなく表示された。
異変を誰かが指摘するより先に、ドォォォーーンと言う重低音が艦橋を震撼させた。
どうやらこの異変はルミナスヴァルキリーだけに発生しているわけではないようだ。すぐ傍を飛ぶドラゴンライドからも同様の重低音が聞こえてきた。ザクロの困惑した表情を見るに、それはモニターの向こうのザクロの船でも起こっているらしい。いや、ツァンダの空を震撼させるこの重低音は、空域一帯にある全ての船から鳴り響いているのだ。
◇◇◇
「待たせたわね、みんな! 空賊の大号令を得て、フリューネ・ロスヴァイセ、ここに参上よ!」
列をなす無数の機影を引き連れ、金色に輝く空にフリューネの声が響き渡った。
空賊船の先頭を飛ぶのはヴィルベルヴィント・ツヴァイ号。外部に飛び出したパラボラアンテナから、大鐘の音を電波に乗せて空域一帯に飛ばしている。シュバルツ団のハッキングによって、各船にまんべなく電波は送り届けられた。
そして、すぐ後方を象牙色の中型飛空艇が飛んでいる。
風にはためく旗は二つ、交差するはぶらしの上に歯が描かれた空賊旗とイルミンスール魔法戦闘航空団の団旗だ。
船の艦長を務めるのは茅野 菫(ちの・すみれ)。
古代戦艦の艦長にはなれなかった彼女だが、どうしても艦長をやりたかった。もうどうしてもやりたかったので、彼女が取った行動は、蜜楽酒家で空賊から船を借りるという予想の斜め上を行く行動だったのである。
それも一時間500Gで借りれる小型飛空艇ではなく、もっと大きな船を!
時は昨晩、蜜楽酒家に大鐘の音が響き渡った頃、フリューネの特等席である展望席で、彼女は空賊と交渉をしていた。
「……と言うわけで、船を貸して欲しいんだけど」
「歯痛ぇ」
菫は20分ぐらい話していたのだが、この空賊はどこか上の空だった。
どうでもいいが、彼の名を一応言っておくと、【歯肉炎のデンタル】である。今日も今日とて歯が痛み、何もする気も起きない。でも、何もしてないと痛みで発狂しそうなので、もうどうしようもなかった。
「で、貸して貰えるの?」
「歯痛ぇ……、貸すからさぁ、おじさんの事は放っておいてくんない?」
そうして、このデンタル空賊団一番艦『マエヴァー号』を借り受けたのだった。
「あの、おじさん……、もう一隻船持ってるって言ってたけど、この戦場に来てるのかしら?」
周囲の船を見回す菫だったが、残念ながら二番艦は盗難に遭い、デンタルは蜜楽酒家で唸っている。
「艦長、大空賊団の動きに異変が生じてます!」
パートナーの閻魔王の 閻魔帳(えんまおうの・えんまちょう)が、アサルトライフルを構えて報告にやって来た。
「この大鐘の音……、空賊の大号令を受けて、敵の大型飛空艇が離反を始めてるようです!」
「変な女に騙された空賊の目も覚ますなんて……、やるじゃない、空賊の大号令」
「この分なら、戦力は五分にまで持ち込めそうですね」
そう言うと、彼女は手帳を開いてなにやら書き込み始めた。
「離反した人達はプラス一点、と……。ああ、船が動き出してわかんなくなっちゃいました。悪人がこんなにたくさんいるんじゃ、うう……、閻魔様に報告するメモが間に合いませんよぉ……」
泣きながら必死で書き込む彼女に、菫ははあとため息をして一喝した。
「……って言うか、働いて!」
◇◇◇
マエヴァー号の甲板には、フリューネとレン・オズワルド(れん・おずわるど)が並んで立っている。
レンは戦場を見渡し、戦況の分析を行う。大空賊団から離反者が出始めてはいるが、依然として大空賊団に組する空賊達も多かった。おそらく離反者を含めると、わずかにこちら側が優勢となるぐらいだろうか。
「もっともザクロの戦力を考えると、それでも優勢とは言えないかもしれないが……」
風になびく銀髪をかきあげ、ルミナスヴァルキリーに視線を移す。
「敵艦に囲まれているな……、さて、古代戦艦の救出に向かうか、このまま敵旗艦を目指すか……」
「ちょっと待って、敵旗艦を目指すって、ルミナスヴァルキリーを見捨てるって事!?」
フリューネは驚いた様子で言うと、レンは静かに首を振った。
「違う、互いを信じて命を掛けるんだ。古代戦艦には強固な装甲を活かして囮となってもらい、その隙にこの船で敵旗艦に特攻をかける。この戦争、俺たちは誰一人欠けることなく生き残る。そのためには覚悟が必要だ」
「……覚悟、か。確かに全員で生きる事を考えたら、多少の無茶は必要みたいね」
「それに敵旗艦を叩けば、古代戦艦を襲ってる飛空艇も後退せざるを得ない」
そして、艦橋に向かって作戦を提案すると、菫はすぐさま針路を決定した。
「針路をこのまま維持、太陽を背に受けて全速前進よ!」
行く手を遮るようにして飛んでくる小型飛空艇の群れに、船首にじっと佇んでいた彼女がついに動き出した。
一見それはただの『鉄の処女』に見えた。まあ、船首に鉄の処女が置いてある時点で普通ではないのだが、鉄の処女は接近する空賊艇の存在を鋭敏に察知し、不意を突くように二つに割れた。
中から出て来たのは、レンの相棒であるメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)だ。
「これより敵空賊艇の排除を行います」
鉄の処女の裏側に搭載された六連ミサイルポッドが唸りを上げる。流石に熟達した空賊達と言えども、不意打ちで飛んでくるミサイルをかわせるほどの腕はない。爆炎を上げて空賊艇はどんどん撃墜されていった。
「……小型飛空艇の次は中型飛空艇ですか」
20〜30人乗りの飛空艇が接近してくる。
メティスはすぐさま機晶姫用レールガンに武装を交換し、中型空賊艇を狙い撃ちにしていく。
威力に申し分はないものの、敵船を爆散させるには至らなかった。だが、中型空賊艇を追い払う事は出来たようだ。
「……さて、空峡での小型飛空艇の撃墜記録、更新させてもらおうか」
マエヴァー号の艦橋の上で、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は呟いた。
メティスが前に出て戦うなら、ザミエルは後方からの援護を担当する。
「しばらくこの空を離れていたが安心しろ、私もレンもメテイスもノアも昔よりもずっと強くなっている」
ミサイルが撃ち漏らした敵機にスナイパーライフルの照準を定め、ヒロイックアサルトの魔弾の射手で狙撃を行う。
一発目、二発目は敵を追いきれず外れた。ザミエルは煙草に火を着けて、再び照準を覗き込む。
「次は外さない……!」
発射された弾丸は移動する空賊艇を追って緩やかに曲がり、その動力部を貫いた。
次弾を装填し新たなる獲物を探すザミエルだが、急行下をしてきた空賊艇の攻撃を受け、咄嗟に身を隠した。
「だ……、大丈夫ですか、ザミエルさん」
肩から血を流す彼女を見つけ、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がトタトタ走ってきた。
「なに、かすり傷だ」
「ダメですよ、ちゃんと手当てしないと、バイキンが入ったら大変です」
手慣れた動きで、ノアはザミエルに包帯を巻いていった。
「……ザミエルさん、みんなで戻りましょうね。あの笑顔が溢れる蜜楽酒家へ」
「ああ……」
ザミエルはノアの頭をくしゃりと撫でた。
「フリューネとユーフォリアさんも家がなくなっちゃたし、蜜楽酒家に来ませんかね。一緒に住みたいです」
「……あの狭い屋根裏にか?」
◇◇◇
その頃、フリューネは天かける愛馬エネフに股がって、空賊艇とドックファイトを繰り広げていた。
一機、二機と撃墜していく最中、ふと、彼女の脇を二機の小型飛空艇が駆け抜けていった。前方を飛んでいた空賊をあっという間に撃墜し、旋回してフリューネの傍までやってきた。その乗り手の姿にフリューネは表情をほころばせる。
「ごめんなさい、フリューネ。遅れたけど『シャーウッドの森空賊団』、義によって助太刀に参上よ」
副団長のリネン・エルフト(りねん・えるふと)が言った。
「しばらく姿が見えなかったけど、大丈夫だったの?」
尋ねると、団長のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は胸を張って答えた。
「このヘリワード・ザ・ウェイク、一度や二度との敗北で死ぬほどヤワじゃねぇわよ!」
「なんだ、心配してたけど……、相変わらず元気そうじゃない」
「心配ご無用、シャーウッドの森空賊団は何度でも蘇るのよ! それに……、今はリネンもフリューネもみんなもいる。一人でノルマンと戦った昔に比べりゃ、こんなもんピンチでも何でもないわよ。さぁ……、こっから巻き返すわ!」
そんな三人の前に小型飛空艇部隊が展開、フリューネとヘイリーは顔を見合わせる。
「フリューネとこうして肩を並べたのは、初めて出会った時だったわよね……?」
「ヘイリー、初めて会った時の事を覚えてる?」
「……もちろん、久しぶりにやってみようか、フリューネ!」
呼吸を合わせ、フリューネは前方に飛び出した。その後ろから、ヘイリーは諸葛弩で矢をばらまく、空賊が回避しようと操縦桿を切った瞬間、フリューネによるハルバードのフルスイングが空賊達を吹き飛ばした。その一撃はほとんどかすめたに近いものだったが、飛空艇のバランスが乱れた。その隙を突き、ヘイリーの矢が空賊艇に穴を空けていく。
互いが互いの力を引き出す、義賊の連携だ。
部隊の半数を瞬時に失った空賊たちは散り散りになって逃げ出した。
「よし、このまま敵旗艦まで突っ切るわよ!」
「あ、そうだ、フリューネ」
ふと、ここにくる道中に見たものを、リネンは思いだした。
「援軍に来たのは私たちだけじゃないの。ほら下をよく見て……」
はるか下方に広がる市街には、列をなし歩く数百人の市民の姿が見えた。この土地を守るため立ち上がった人々だ。
「ここは俺たちの土地だー! 空賊がデカイ顔するんじゃない!!」
「私たちは戦います! あなた達がいくら私たちを攻撃しても、その度に何度でも立ち上がって見せます!」
「おーい、テレビの奴! 仲間を連れてやって来たぞ、『汰獅頑空峡連合』ってのはここでいいのかーっ!」
それから、古都ナシャーク、パラミタの原宿ミラルダ、城塞都市ナムリスの地祇達もそこに加わっている。
「カシウナ! こうなりゃ昔の因縁とか言ってる場合じゃないな! このナムリス、一緒に戦ってやるぞ!」
「この地を苦しめる毒蛇の牙を砕きに来たぞ、さあ、かかってくるがいい……!」
「みちがえたぞ、カシウナ。この辺境の剣士、ミラルダ。おまえの力となろう」
援軍はそれだけではない、地上から対空砲火で空賊艇を攻撃する一団があった。クィーンヴァンガード空峡方面特設分隊だ。隊長を務める【鷹塚正史郎】は隊員たちを鼓舞するように声をかけている。
「今こそ我らの真価が試される時! 私に続け! この地に平穏を取り戻すのだ!」
込み上げる想いで熱くなる胸をフリューネは押さえた。
「みんな……、みんな、来てくれた……!」
今、フリューネは何百と言う人々と共に戦っている。一緒に戦う人がいる、それだけで無限に勇気がわいてくる。
必ずこの戦に勝つ……、いや、勝てる。
確信に似た想いで前方の敵旗艦を見たその時、旗艦を囲む護衛艦の一隻が突然大爆発を起こした。
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