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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

「薬で相手の意思を操作するだなんて、間違ってるだろ。てことで、押収なり破棄なりしねーとな」
「薬で他人をどうこうしようなどと、おこがましいにも程が有ります。誰かが馬鹿なことをする前に廃棄してしまいましょう」
「……もう手遅れな気がしないでもないけどな」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)雨宮 七日(あめみや・なのか)は、イルミンスールの寮の中を歩いていた。場所がよく分からないので、とりあえず順番に見てまわっているわけだが――
 薬の毒牙にかかった生徒達がそこら中であんなことやこんなことやどんなことをしていて、七日に変な影響が出ないかとか、飲むなら場所を整えてから飲めとか、野暮だと思ってツッコまなかったがやっぱりツッコミたかったりとか、変態だ……! とか、しばらく疎遠だった変態ワールドの気に中てられて、皐月は少しばかりげっそりしていた。
 やがて開けっ放しになっている扉を見つけ、2人は部屋に足を踏み入れた。
 その途端。
「あ、すみません」
 律儀に扉を閉め――――直ぐに開ける。
「……じゃなくて、何やってるんだーーーーーー!?」
 皐月は思いっきりツッコミを入れていた。赤い髪をおだんごにした女性と、何かもう下半身はアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)超えたんじゃないですか(GJ)的な衣装の女性――シャミアとクェンティナが褐色の肌の女性、リザイアに密着していた。リザイアは、明らかに迷惑そうな表情をしている。
 彼女のスカートの中に手を入れながら、シャミアが言った。
「いいじゃない。みんな好きなところでやってるんだしー。今更よぉ〜」
「た、確かにそうだけどな……いやいや、此処はホレグスリの拠点だろっ! 一番、人が集まってくる所でそーゆーことをするってのは……!」
「えっ! これ、ホレグスリなんですか!?」
 リザイアが驚いたように声を上げた。
「他に何があるんだ……」
「い、いえ、少しテンションが上がるだけの薬かと……そ、そう、スッポンエキスみたいな……」
「普段からセクハラしてるのかっ!?」
「いつもより楽しいのはそのせいなのね〜。この薬最高ね……フヒヒ!」
 トレジャーセンスでむきプリ君の部屋に辿り着いたシャミアとクェンティナは、薬の正体など気にしないで『きっと面白い魔法の薬かも!?』と思って一気に薬を飲んだのだ。リザイアが止める暇など、一ミクロンもありはしなかった。
「で、でも、ホレグスリの症状ならエリザベートさんに事情を説明すれば何とかしてくれるかもしれませんわ! さあ、行きますよ!」
「えー、じゃあもう1本……」
「ダメですわ、クェンティナさん! きゃっ!」
「脱ぎ脱ぎ〜全部脱げ脱げ〜ウヒヒ」
 服を脱がそうとするシャミアを引き摺りながら、リザイアは部屋の出口に向かう。
「す、すごいな……」
「皐月……」
 七日は拳に殺気を込め、彼女達を見送る皐月を殴った。『めこしゃ』とか何とか人体が受けたら不吉極まりない擬音が耳の奥から聞こえる。
「ぬおおおおおおおお……」
「久々にツッコミに専念出来た事に関してはおめでとうと言っておきましょう。しかしなんですか。いつまで彼女達を見送ってるんですか。後姿がそんなに良いですか? ツッコんでいる時も頭の先から足の先まで見てましたね。特にあの、クェンティナとかいう人を」
「いやだって、どこかしら見ねーとツッコめねーし……ちょ、ちょ待っ……! ん? 七日、お前、何を持ってるんだ?」
 再び攻撃態勢に入った七日の手の中の物に気付いて言う。七日は、ホレグスリの瓶をしっかりと握り締めていた。道理でさっき、硬い鈍器で殴られたような気がした訳だ。
「え? あ、い、いえ! これは違いますよ! 処分しようと思ったのがですね、たまたま……ひゃうっ!?」
 一瞬でも、この薬で皐月と……、とか思った事を知られてはならない。反射的に蹴飛ばそうと足を繰り出し――滑った。
 床に仰向けに倒れ、持っていた瓶が宙を舞う。
 ……ぱしゃっ!
「「…………」」
 ホレグスリを被った七日は、皐月と顔を合わせて暫し沈黙した。白くきめ細やかなその頬が、みるみるうちに紅潮していく。
「おい、七日……」
「ふひぃぁっ!?」
 手を出しかけた所で、皐月は即座に殴られた。
「ちちちちち近付かないで下さい! 殴りますよ!」
「んなこと言われても……近付かないと連れてけねーじゃんか」
「つつつ、連れてくって何処へ……!」
 真っ赤になった七日の隙をついて利き腕を掴む。直後に空いた腕で殴られてまた何処かで変な音がしたが、背中から包むようにして抱いて、何とか連れ出す。
(……こんな無防備な姿、そうそう誰かに見せられるかよ)
 自分以外の誰かに惚れることは、無いと思うけれど――
「△×※☆○×〜〜……!!!?」
 もう、七日はパニックのあまり声も出ない。
 廊下に出たところで、白い髪の少女と行き会った。清楚な雰囲気の――ぐしゃっ!
「どうして他の女に目移りするんですかっ!」
 声が出た。あと、ぐしゃっていった。
「……はぁぅっ!? ああああのいえこれはそういう意味じゃなくてっ!」
「ぐおおおおおおお……」
 薬の効果が切れるまで、七日を護らなくてはならない。
 ――それまでオレが生きていれば良いけどな……

「相変わらず、ホレグスリの効果はばっちりのようですわね」
 白い髪の少女――冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は2人を振り返って1人微笑んだ。バレンタインに遊園地で手に入れたホレグスリは、正に効果覿面だった。あの時は本当に……
(……深く思い出すのは止めましょう。心の平穏の為にはそれが一番ですわ)
 ともあれ、自分の身体で試して薬の効果は実証済みだ。ホレグスリを百合園に持ち帰れば、色々と使い道があるだろう。
「むきプリ君に会って薬を……って、あら? いませんわね」
 部屋は無人だった。薄暗い中で、壁に並んだ冷蔵庫がぶー……ん……と音を立てている。床に散乱しているのは、ピンク色の小瓶と少しばかりの水色の小瓶。そしてプロテイン。
「プロテインに用はありませんが……ホレグスリと解毒剤は貰っていきましょう……」
 持てるだけ持って、寮を後にする。日差しの下に出ると、前から知った顔が歩いてきていた。お互いに存在に気付き、すれ違う前に挨拶する。
「小夜子、久しぶりね。イルミンスールで会うとは思わなかったわ」
 教導団の制服を着た宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、小夜子ににこやかに笑いかけた。
「祥子さんも。今日は任務ですか?」
「うーん、違うんだけど、制服の方が説得力があるような気がするのよね。ちょっと、エリザベート校長にお話したいことがあって……むきプリの部屋に居るって聞いたんだけど」
 どうやら、祥子もホレグスリ関係でイルミンスールに来たようだ。
「あら、それなら情報が古いですわよ。エリザベート校長は居ませんでしたわ。今は校長室ではありませんか?」
「え? むきプリの部屋に行ったの?」
 驚いて言う祥子に、小夜子はちらりとホレグスリの瓶を見せた。
「少々拝借を」
「まあ、小夜子ったら……よっぽど、あの日が楽しかったのね」
 祥子は目を細めて接近してくると――ウインクした。恋人のいる彼女は、素面でいちゃつく気はないらしい。
「また遊びましょ。じゃあね」
 そうして、祥子は校長室のある幹の方へと歩いていく。自然と、小夜子の脳裏にあの日の記憶が蘇った。
(祥子さん…………だから、深く思い出すのは〜〜……ああっ!)

 セクハラに屈服する前に校長室に到着したリザイアは、エリザベートに助けを求めた。
「すみません、このお薬を何とか出来ませんでしょうか……」
「解毒剤があるのは知ってますぅ〜。でも作ったことありませんし、めんどくさいですぅ〜」
「そ、そんな……というか、解毒剤が在るのですか!?」
「この色黒娘ちゃん可愛いわね、フヒヒ……」
 希望を胸に灯した彼女に、そしてクェンティナに胸を揉まれる彼女に、8歳の校長はある意味無慈悲な言葉を発した。
「さっき、むきプリの部屋で見たですぅ〜……って、何でもないですぅ〜!!」
 エリザベートは慌てて、隣のアーデルハイトの顔を伺った。PTAと寒極院 ハツネ(かんごくいん・はつね)の手前に張り出したイルミンスール青少年健全育成委員会の布告。正直なところ、この内容を纏めた時はホレグスリの事などすっかり忘れていて、思い出したのはキマクのマジックマーケットが終わった後、つまりは今朝だったりする。ハツネに薬の存在がバレると厄介だし、仕方なくむきプリ君に製造中止を申し渡しに行ったのだが、彼は既に逃げた後で――
 その顛末を生徒から聞き、冷蔵庫に残るホレグスリ群を見てエリザベートは思った。
(これを放っておけば、面白いことになるかもしれないですぅ〜)
 元々、ホレグスリを作ったのはエリザベートだ。クリスマスは、色々と負けが込んだものの何だかんだで楽しかったし、遊園地でも、ホレグスリを口実に楽しく夜遊びが出来た。腹立たしかったのは勝手に名前を出されて不名誉を押し付けられようとしたことで、薬自体には全く恨みは無い。それどころか親心すらある。
 アーデルハイトは、良い印象を持っていないようだが。
「えっ、あそこに在ったのですか!? そんな……やっとの思いでここまで来たのに……きゃっ!?」
 シャミアがシャツの下から手を入れてきて、つい声を上げてしまう。
「フヒヒ、このお薬最高ですよ……フヒヒ!」
「そうですよねぇ〜……あっ、じゃなくて、こうじょりょうぞくですぅ〜」
(うぅ〜、大ババ様邪魔ですぅ〜)
「いい加減にするのじゃ!!!!!!!」
 そこで、アーデルハイトの雷が落ちた。
「全く、どいつもこいつもホレグスリホレグスリと……あんなものは百害あって一理無しじゃ!」
 そして子守歌でシャミア達を眠らせると、至れり尽くせりでシーツを出して包んでいく。
「こんな事もあろうかと、シーツを用意しておったのじゃ」
「どんなシチュエーションを想像してたですかぁ〜」
 エリザベートが呆れていると、校長室の扉がノックされた。入室してきたのは祥子だ。
「エリザベート校長! お話があります!」
 遊園地の時に余ったホレグスリを突きつけると、祥子は青少年健全育成委員会が健全でも何でもないことについて語り始めた。


注!
(5ページ目はハイパーどシリアスタイムになります。コメディをお求めの方は6ページよりお読みください)