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リアクション
「ねえ、遠慮しないで? 私……もう、このままじゃイヤなの」
九頭切丸が邪魔者を排除したことなど無かったかのように、睡蓮は玖朔を求めていた。チャイナドレスのボタンを外し、谷間を見せて押し付ける。
「付き合い始めて、もうすぐ1年になるのよ。なのに……全然前に進めてないし、今のままじゃダメ。いずれ何処かで……って思ってたけど、きっとそれが今日なのよ。私、もっと霧島さんのいろんなところに触れたい。そして触れて欲しい」
玖朔を抱き締め、身体をなぞってその体温を感じ、湧き上がってくる思いを伝える。
「握るのは手だけ? 撫でるのは頭だけ? 嗅ぐのは髪の匂いだけ? そんなんじゃダメ、もっと私の中に触ってほしいの」
自分の髪を、残ったホレグスリごと加えて気分を高揚させる。その濡れた唇で首筋に口付けをすると、睡蓮は言った。
「大丈夫、私だったら平気だから……少しぐらい痛くても我慢する。ううん、痛くてもそれがいいの」
玖朔はそこで、さりげなく誘惑の特技を使って睡蓮に反撃を開始した。身体のラインに沿って力強く手を這わせ、突き出ている所を柔らかく揉む。頬を舐めてやると、彼女はそれだけで声を上げた。
「俺とデートしている時もこんなイヤラシイ事を考えてたのか?」
「えっ、そんな……いつも、じゃないわ。でも、私……」
もじもじとする睡蓮。それがまた可愛くて、チャイナドレスのスリットをたくし上げて下着の中に手を入れようとする。睡蓮は少し身をよじったが、それ以上は抵抗せずに彼の手を受け入れた。
「ここまで俺を本気にさせちまったお前が悪いんだからな……」
睡蓮も手を下ろして彼の身体に触れる。新しい感覚を求めながら、彼女は言った。
「今日は……エスコートしてくれてありがとう」
様々な商業施設が入っているテナントビル。1階には珈琲専門店があり、軽く味見が出来るようになっていた。その屋上にある高架水槽に、望はどぽどぽとホレグスリを入れていた。全部入れても濃度は低いかもしれないが、それなりの効果はあるだろう。
「どうなるのか楽しみだわ。ホレグスリは知らずに飲むから良いのですもの」
どぽどぽどぽ。
どぽとぽとぽ。
ど……
「そこ! 一体、何を入れてるんだ! すぐに止めなさい!」
屋上の扉から、警備員が5人、駆けつけてきた。監視カメラの死角にいたつもりだったが、見つかってしまったらしい。
囲まれて、望はよよよ、とへたりこんだ。無論、演技である。
「いえ、実は筋肉の方に無理やり……」
むきプリ君の部屋からどさくさに紛れてホレグスリと解毒剤を持ち帰った虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、蒼空学園に戻る途中でそれぞれの小瓶を眺めて呟いた。
「しかし、このホレグスリ……。本当に効果あるのか?」
こうして手元にあるわけだし、やはり試してみたいものだ。期待と不安が入り混じった気持ちで少しだけ飲む。
「…………」
さて、どんな効果が――
「…………?」
何か、変化した気が全然しないのだが。
「もう少し飲んでみるか……」
飲みながら、周囲の景色をぐるりと見渡す。蒼空学園にほど近いここは広い公園になっていて、真面目に勉学に励む生徒達の癒しの場となっている。なっていると言ったらなっている。決して、ただの学園への近道などではない。今は講義の時間なのか、他の依頼に出向く生徒が多いのか、公園には人の姿が見受けられなかった。
結局、3分の2ほど飲んだところで浮き足立つ気分になってきたので、飲むのをやめる。
理性が飛ぶようなことは無さそうだが――
「よし。行くか」
適当にぶらついていれば誰かに会うだろう。理性を大事に! だけはモットーに、具体的な効果を楽しんでみるのも悪くない。
「疲れたー喉渇いたー」
やっとのことで蒼空学園が見えてきたところで、氷雨は公園のベンチに座って一休みした。
ふと、先ほどノヴァが落とした小瓶のことを思い出す。改めて取り出してまじまじと見て、首を傾げた。
「コレ、飲み物だよね?」
蓋を開けて匂いを嗅いでみる。超感覚を使うといい香りがするけど、うさ耳を引っ込めるとほとんど感じられない。香水とかアロマオイルとかではなさそうだ。
「持ち主も居ないし、もったいないよね。飲んでみようー」
ゴクゴクと、一息に中身を飲み干す。
「ふぅ、美味しかったー」
感想としては、甘味料(ステビア)や高果糖液糖が入っていないスポーツドリンクというところだろうか。まあつまり……ほぼ無味無臭なわけだが、ほんのりと鼻に通るこの感じは、喉が渇いているときには最適かもしれない。
前を通り過ぎる涼の姿を見つけ、何となく目で追ってみる。あちらも誰かを探していたようで、2人はばっちりと目を合わせた。
「ふぇ? なんか変な感じするー」
「かわいい……じゃないか。む、これがホレグスリの効果か……!?」
自然と氷雨の方に足が向く。何だろう、これはあれだ。レポートの締め切り前とかに超寝不足な時、終わってないのにふらふらとベッドに近付いてしまうあの心理に似ているだろうか。抗うことなど出来なく、本能は抗うことを求めていない。
(理性理性理性理性……)
変に緊張して、動きが堅くなっているような……
「こんにちはー。あの……えっと……ボク!」
氷雨はベンチから立ち上がり、涼に駆け寄っていった。事情を知らない人からは、遠距離恋愛中の恋人達が久々の邂逅を果たしたように見えるだろう。
抱きつかれる直前、涼は自分の理性が非常に危険なラインまで来ていることを自覚して焦り、ひたすらにだだっ広い公園の周囲に目を走らせる。そして、人目につかない所など蒼空学園しか無いと気付き、そちらに向かって――急いだ(逃げた)。
(これは、やり過ごさないとまずいぞ……!)
「ま、待って待ってー!」
しかし、氷雨は超感覚を発動して追いかけてきた。そんなに走らないうちに追いつかれ、2人は校舎同士の隙間の路地に入った。
「もー、どうして逃げるんだよー!」
息を弾ませて見詰め合う。氷雨は涼の胸にくっつくと、目を細めた。
「ふわぁ、しあわせー。気持ちーなー……」
「い、いいのか……?」
「うん、いいよー」
小瓶一気飲みは、氷雨からこっちからあっちの境界線を消失させていた。涼としても、もうこれ以上を理性を保つのは無理なように思える。
そうして2人は唇を寄せ、氷雨の着物を乱すように手を中に――
「……!」
そこで、涼は違和感を感じて手を止めた。この触り心地は――
「……お、男なのか?」
「え? うんそうだよー」
「……!?」
その瞬間、涼の理性と、薬に惑わされた本能と本来の本能が闘い合う。気が付くと、彼は自分を取り戻していた。
(お、俺は一体何を!?)
「どうしたのー? もっといいんだよー?」
「ま、待て……!」
咄嗟に解毒剤を出して、無邪気にセクハラをしてこようとする氷雨の口に突っ込む。
「んっ……! …………。…………あれ……?」
氷雨は我に返ってきょろきょろとした。建物と建物の間。外に見える風景から、ここが蒼空学園であることが分かる。くっついていた涼を見上げ――ややあって、慌てて離れた。
「わっ! ……えっと、よく覚えていないけど……送ってくれたのかな? 迷惑かけてごめんなさいですー」
「いや……」
「ボク、鏡氷雨っていいますー。いつも道に迷っちゃうんだー」
ぺこりと頭を下げ、氷雨は照れくさそうにえへへー、と笑った。
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