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ニセモノの福

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ニセモノの福

リアクション

 
 
 歪んだ願いをまっすぐに
 
 
 蒼空学園付近に散らばってしまった偽物のお守り。
 捕らえた販売人たちに誰に売ったのかと聞いてみたが、大体この辺りで売っていた、というぐらいの朧気な記憶しか無かった。
 いかに被害者を捜し出し、偽物を回収するか。生徒たちは頭を絞って方法を考えるのだった。
 
 
 大岡 永谷(おおおか・とと)は押し売りが行われた付近でビラを配ったり、ネットで宣伝をしたりして、被害者とコンタクトを取ろうと考えた。自分が被害にあったことに気づけば、被害者から接触してきてくれるだろう。
 多少の金なら永谷が自腹を切ろうと考えていたのだけれど、年配の人は若年層よりもずっと高く売りつけられていたりしており、さすがにこれらを全部買い取るのは厳しそうだ。
「出来れば、被害にあった人の損害も何とかしたいと思ったんだが……」
 本物と交換しても、取られてしまった代金は戻らない。恐らくこういう類の押し売りは他にもあるのだろうけれど、知っている場所の名前が使われただけに気になってしまう。
「それなんだけど、被害者の会を作ったらどうかと思うの。全額は無理かも知れないけど、少しでも失ったものが戻ってきたらいいな〜、って」
 だから、被害にあった人の情報があったら教えて欲しい、と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は頼んだ。
 悪徳販売人は皆の力で次々に捕まっている。だが、販売人自体も誰かに騙されたらしく、集めた金は取られてしまったらしい。今の時点では被害者に代金を返す力も無いが、これから双方が話し合って、少しでも被害を埋められるような形になっていって欲しい。
「それなら、ビラやネットにもそのことを書いておこう。こちらに接触があった被害者には被害者の会のことも伝えておく」
「ありがとう。よろしくね〜」
 永谷にぴょこんと頭を下げると、歩はまた回収を行っている他の誰かの協力を取りつけようと、走っていった。
 
 
 『縫い物します 布類なんでもどうぞ』
 そんなのぼりを立てた前に露店を出し、壮太はちくちくと縫い物をしていた。その横でミミ・マリー(みみ・まりー)は手持ち無沙汰に体育座りして、壮太の手元を眺めていた。
「これでほんとにお守りが来るのかなあ……」
 ここに露店を出してから数時間。
繕い物を頼みに来る人はいたけれど、ボタンが取れたからつけて欲しい、あるいはどこかに引っかけて破ってしまった箇所を繕って欲しい、という衣類の急な補修ばかりだった。
 初夏の陽気の心地よさに、ミミがぼおっとしてきた頃。
「ねえ、繕い物お願いできる?」
「あ、いらっしゃいませ。何を繕えばいいですか?」
 あわてて気持ちを引き締めてミミが尋ねると、20代半ばの女性は、これ、とミニフレアーのスカートの裾をつまんだ。
「裾がほつれちゃって困ってたの」
 また衣類かとミミはちょっと落胆したけれど、それは見せずに
「はい、どうぞー」
 と客を招き入れた。
 壮太はスカートの裾を裏返すようにして確かめた。全周の4分の1ほどが完全に解けてしまっている。
「結構ひどくほつれてるな」
「そうなの。出てる糸を切ろうとして引っ張ったら、するするするーっと。約束の時間まで余裕ないから、大急ぎでよろしくねっ」
 スカートは短く、その下からすんなり伸びた脚はきれいで。これは役得なのか目の毒なのか。
 時折視線を泳がせつつも繕い終えると、女性は出来上がりを確かめて笑顔になった。
「本当に助かったわ」
 お礼を、とバッグを探る女性を壮太はいいからと止めたが、ミミが小さくあっと声を挙げる。
「そのお守り……」
「ああ、これ? 道端で買わされちゃったのよ」
 女性が取り出してみせたお守り袋は、まさしく偽守り。壮太はそれを受け取ると、ミミに見せた。
「んー? こりゃちゃんとしたお守りじゃねえよ。なあミミ」
「うん。すごく嫌な感じがするよ。最近悪いひとが偽物を押し売りするって噂を聞いたことがあるけど、もしかしたらそれかも。持っていたら、何か悪いことがあるかもしれないよ」
「えーやだ。冗談じゃないわ」
 女性は気味悪そうに顔をしかめた。
「これ、焚きあげる為に神社に持っていっていいかな? 取り上げられた金は、被害者の会が出来てるらしいから、そっち経由で取り戻せるかも知れない。確か向こうでビラ配ってたっけな」
「お金は、きちんと断れなかった自分への縛めとして諦めるわ。でもそれ、気持ち悪いからそっちで捨てておいてくれる?」
「ああ分かった。責任を持って焚きあげとくぜ」
「じゃあよろしく。やだ、遅れちゃうわ」
 直したばかりのスカートを翻すと、女性は小走りに去っていった。
 
 壮太たちの回収したお守りを預かると、東條かがみは自分もお守りをつけている人を捜し回った。その袖を、ヨーゼフ・八七(よーぜふ・やしち)がつんと引く。
「……」
「何? ああ、あの子ね」
 ヨーゼフに教えられた女性にかがみは近づくと、こう切り出した。
「ごめんなさい。お売りした福神社のお守り、布紅さんがうっかりお清めを忘れていたそうなの。こっちの、お清めもきちんと済んだものと交換しますね」
 こう言えば大抵の人は信じるだろう、との読みでかがみが取り出したのは、自分で作ったお守りだった。中には適当に書いたお札を丸めたものが入っている。これも偽物といえば偽物だけれど、暴利を貪る為に作られた偽物よりはマシだろう。
(鰯の頭も信心から。これも案外ご利益あるかも知れないものね)
 そんなことを思いつつお守りを差し出すと、その女性はお守りとかがみを見比べた。
「ふくさん?」
「福の神の名前よ」
 かがみが答えると、女性は無言で自分がつけていた偽守りを取り外し、かがみに渡した。かがみが代わりのお守りを渡そうとすると、女性は受け取らずに手を引っ込めた。
「私……こういうの、どうかと思います」
「こういうの?」
「神社の運営も大変なのかも知れませんけど、ああいう人を使ってお守りを売りつけるだなんて」
「あれは……」
「そうふくさんにお伝えください……。それはもういりません」
 そしてヨーゼフを見て慌てて付け加える。
「も、もちろん代金も返していただかなくていいですから……これで失礼します」
 追われるのを恐れるように、女性は駆け去っていった。ヨーゼフは大人しいのだけれど強面で無口という、誤解されやすい風貌をしている。きっと怖かったのだろう。
「……」
 怖がられる方だって、傷ついたりもする。逃げてゆく女性を見送っているヨーゼフを、かがみは気にしないでと別方向へと促した。
 
 
「いっそ危険なものでしたら、見つけようもあるのですが……」
 お守り自体が危険な念を発しているわけではない為、魔法で感知する、というわけにいかないのがもどかしい。御凪真人は見えない気配での捜索を断念すると、道行く人々の持ち物に目を凝らした。
「隠れているのはさすがに分からないけど、見える位置にあるものなら任せて。雑な作りのお守りを見逃すほど、手芸くらぶ部長の目は曇ってないわよ」
 筑摩 彩(ちくま・いろどり)は普段から人のつけている手芸品には敏感だ。通行人の持ち物に注意を払い続けるという単調な作業も、苦にもならない。……けれど。
「あっ!」
「ありましたか?」
 真人が素早く振り返る。
「ごめんごめん、そうじゃないの。今の子、すっごく可愛いマスコットつけてたな、って」
 いつもだったら詳しく聞けるのに、と彩は残念がった。
「あの……」
「あ、分かってる。ちゃんとお守りも探してるから」
「そうではなくて。あの人がつけているの、お守りではありませんか?」
 真人が示した人を彩は素早くチェック。
「あの人? あ、あの口の部分のいい加減な作り、それらしいね。行ってみよっ」
 2人は手提げにお守りをつるした主婦らしき人に声をかけることにした。
「すみません。それ、福神社のだって買わされたお守りじゃありませんか?」
 彩が確認すると、その女性はええと答えてお守りに目をやった。
「それは実は、福神社の名を騙った悪徳販売なんですよ。この辺りでも何件か、被害が発生しているんです」
 真人が事情を正直に話すと、女性はショックを受けたようだった。
「でもこれ、とてもご利益があるって……悩み事もすぐ解決するって言ってたのに」
 彼女は脅されて買わされたのではなく、言葉巧みに騙された口らしい。
「そうやって人を騙したり脅したりして、高いお守りを売りつけていたらしいんです。でもそれは、福神社の布紅さまがやらせたことじゃなくて、悪い人が勝手に名前を利用してやったことなんですよ」
 彩は布紅のことを説明した。一度は貧乏神になったけれど、今は福の神に戻っていて、みんなからも慕われている神様なのだと。こんな形で出会うなんて悲しいことだけれど、そこで一気に布紅のことまで嫌いになって欲しくない。いい神様だと分かってもらいたい。
「良かったらそのお守り、預からせてもらえませんか? ちゃんとしたお守りになるように、あたしと布紅さまで直しますから。それからこれ、被害者の会の連絡先です。同じように被害にあった方が集まって、相談するんだそうです」
「ええ。ご苦労様。神社の方も大変ね。でもそう……偽物だったのね、これ……」
 肩を落とす女性に、真人は言う。
「お守りや神様の力は精々きっかけ程度。結局はがんばりと気の持ちようだと思いますよ。それに『笑う門には福来たる』って言いますからね。笑顔でがんばっていればきっと福は来ると思います」
 お守りは持っているだけで効果の出るマジックアイテムではない。けれど、踏み出すきっかけや安心感を与えてくれるよりどころにはなる。
「そうね……。ありがとう。お守りが直ってくれるのを待ってるわね」
 女性はやっと少し笑った。
 
 
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も通りかかる人に視線を送っていたが、ほんの少し見えている紺色の布に気づき、気弱そうな男子生徒に走り寄った。
「すみませーん、それってもしかして、福神社のお守りかな?」
「そうだけど?」
「この辺りで、福神社のお守りの偽物を売りつけてる悪い販売人がいたらしいんだよ。もしかして、道で声かけられて買ったりしなかった?」
「げ……」
 男子が引っ張り出したのは、やはり偽守りだった。
「それ、偽物なんだよ。本物はこっちなんだけど、交換してもらえないかな?」
 レキは皆で作った紅いお守り袋を見せてそう頼んだ……けれど。
「それって普通に神社に売ってるやつ?」
「うん。これからは空京神社にも置かせて貰うことになったんだよっ」
「僕が買ったの、すごく高かったんだよね。普通のお守りなんて安いもんでしょ。差額はどうなるのかな」
「被害者の会が出来てるんだよ。だからそこでみんなで協力すれば、返済してもらえるかも」
 連絡先のメモを渡そうとしたけれど、男子はふいと目を逸らした。
「じゃあいい。被害者の会とか、面倒だし。差額をくれないんだったら、別にこっちでいいよ」
「そんなこと言わずに、本物と交換してほしいんだよ」
 困り切っているレキを見て、ミア・マハ(みあ・まは)はやはりな、と呟いた。本物との交換は妥当な措置だとは思うが、それで全ての者を納得はさせられないだろうと、ミアは予測していた。困った様子で懸命に説得しようとしているレキを制して、ちょっと、と男子を手招きする。
「廉価に売られておるお守りと交換では納得できぬ、という気持ちは分かる。しかし、わらわたちにもその差額を負担するのはできぬ話でのう。そこでじゃ」
 そして、レキには分からないように懐から携帯を取り出して見せた。
「この隠し撮り写真のデータと交換でどうじゃ?」
 ちら、と見せた画面に表示されているのは、タオルで汗をおさえながら、喉を逸らしてペットボトルの飲み物を飲んでいる、運動後のレキの画像だ。
「こんなのもあるぞ」
 今度の画像もレキ。テレビでホラー特集を見て、クッションを抱きしめて怯えている処だ。
 秘蔵の画像を餌に交渉することしばし。ミアは晴れ晴れとした顔でレキを振り向いた。
「お守りを交換してくれるそうじゃよ」
「ほんと? ありがとうなんだよ」
「いやこちらこそ……じゃあこれ」
 渡してくれた偽守りと、本物のお守りを交換する。
「協力ありがとうなんだよ。あなたに福がありますように」
 レキはとびきりの笑顔でそう言って、男子を見送った。お守りを交換する時に気分よくして貰った方が布紅の治りも早いのではないかと思ったのだ。
「布紅様、早く元気になるといいね。ボクには福は呼べないけど、こうして神様のお手伝いをすることで幸せになる人が増えると嬉しいな」
 神様だけでも人だけでも何ともならないことも、両方の力があわされば良い方向に回り出す。
 布紅と共にがんばる人はきっと皆、福を届ける使者になる。
 
 
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)もパートナーの2人を連れ、蒼空学園近くの道を通りかかる人への聞き込みを行っていた。
「布紅さんがあれほど影響を受けるとは思いませんでした」
 大丈夫だろうかと心配する翡翠に、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)はやれやれ、と肩をすくめる。
「福の神だってのに相も変わらず不幸だな。今は多少気分良さそうだったが、お守りに願う力が布紅に集中してくるとなると、急がないとやばそうだ」
「そうですね……。あ、すみません。少しお聞きしたいのですが、福神社のお守りをお持ちじゃないでしょうか?」
 通りかかる人通りかかる人に、次々と翡翠は質問し、偽物を持っている人を捜す。目に見える処につけていないと、外から見ただけではお守りを持っているかどうかは解らない。地道に聞き込んで、被害者を捜そうというのだ。
「どう? 見つかった?」
 回収をしている人の間を回っていたミルディアが、翡翠たちを見つけてやってきた。ミルディアが走るのに合わせて、長い髪が初夏の風になびく。
「今の処はまだ1つよ。偽物を持っている人がないのは幸いなのだろうけれど、捜す方にとっては大変ね」
 フォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)は回収できたお守りを指先に挟んでミルディアに見せた。
「大変だけど、いけないもんが流れてるなら回収するっきゃないよね。声をかけた人が持っていなくても、こうやって呼びかけることで、ニセモノが出回ってる、とか、ニセモノを回収してる、って噂は広まると思うんだー」
 噂が広まれば、持っている人が自主的に出て来てくれるかも知れない。そうすれば、回収もずっと楽になるはずだ、とミルディアは翡翠たちを励ますと、また他の皆の様子を見に去っていった。
「ほら、また誰かやってきたぜ」
 レイスに言われ、翡翠はまた通行人に声をかける。病気なのか、と思われるくらい顔色の悪い男性は、
「お守りですか……? はぁ……持っていますけれど」
 とポケットに入れていたお守りを取り出して見せた。
「それ、偽物らしいのよ。譲ってもらえるかしら? ちなみに本物はこれね」
 フォルトゥーナが新しく作られた福神社のお守りを見せた。けれど、そちらが本物とも決めかねて、男性は迷っている。
「でも、これを買ってから身体の調子も良いような気がしますし……彼女も優しくしてくれるような気もしますし……だからこの間、株も買ってみたんですが……」
「そんな雑な作りの物に効果あるわけねえだろ。騙されたな。ご愁傷様」
 良い経験になっただろうとレイスに言われ、男性はがっくりと項垂れた。
「やはり僕の気のせいでしたか……」
「誰でも、すがりたい時もあるものよね」
 フォルトゥーナが宥めるように言った。占いをしているフォルトゥーナは、そうして何かにすがらなければやっていられない人を何人も見てきている。
「こんな偽物を売りつけた人には、相応の天罰が下っているでしょう。彼らももうやらないと思いますので……」
 回収させて欲しい、と重ねて頼んだ翡翠の手の上に、男性はぽとりとお守り袋を落とすと、無言で頭を下げて去っていった。
「疲れるな。困った時の神頼みはほどほどにしてもらいたいぜ」
 レイスの呟きを耳に挟み、フォルトゥーナは微笑んだ。
「世の中、痛い目見ないと気づかないものよ。騙されたとかは、ね」
 
 
「流石にこの恰好は目立ちますよね……」
「刀真、すごく似合ってる」
「いや……しかしこれは予定と大幅に違うのですが
 樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、神社の関係者に見えるよう、神主と巫女の衣装を琴子に借りて、街を歩くつもりだった……のだが。
 それだったらと琴子が渡してくれたのはどちらも巫女装束だった。
「布紅にご利益のある恰好だから仕方ない」
「本当にそうなんでしょうか。何かの余波を喰らった感じがひしひしとします……」
 かなり腑に落ちないけれど、巫女姿の2人が連れ立っていれば神社関係者には見てもらえる。取りあえず、衣装を借りる目的は果たせている……はずだ。
 2人は押し売りが活動していた場所を歩いては、道行く人に偽物のお守り袋のことを呼びかけた。
「すいません、実は偽物の福神社のお守りを法外な値段で売っている悪徳業者がありまして、今その業者が売っていたお守りを回収しているんです。何かご存知ではありませんか?」
「私は持ってないけど……神社の人?」
「ええそうです」
「友達がそんなようなこと言ってたと思うけど、呼んでみようか」
 そう言って呼んでくれたその子の友達は、確かに偽守りを持っていた。
「これ? もー別にいいよ。お守りはお守りじゃん」
 それより遊びに行かない、と友達に話しかけて行ってしまいそうになる少女を、月夜が慌てて追いかけた。
「信じて貰えないかもしれないけどそのお守りに願掛けをされると福神社の神様が困るんです……お願いします」
「どうしよっかなー。あ、そうだ。私、巫女さんと喋ったのはじめてなんだよね。いっしょに記念撮影してくれるんなら、あげてもいいよ」
「それは……」
「うんよろしく」
 返事に詰まった刀真には構わず、月夜はさっと少女の隣に立った。
「刀真は向こう側。これも布紅の為だから」
「……解りましたよ」
 並んで写真を撮ると、少女は満足してお守りを渡してくれた。
「後で新しいお守りをお渡ししますんで連絡先を教えて頂けますか?」
「巫女さんにならいいよー。メアド交換しよっ」
 あっさりと教えてくれると、少女は待ちきれないように友達と遊びに出かけてしまった。
 巫女の恰好をしていれば巫女、そう決めてかかってアドレスも簡単に教えてしまう。裕福そうな子だったから、多少の詐欺にあっても何ということもないのだろうけれど、見るからに危なっかしい。悪徳販売人にとっても良いカモだったことだろう。
「信じやすいというか……あれでは騙されるのも無理ないですね」
「それはそれだけ刀真が巫女さんらしく見えるから……あう」
 ごつん、とやられて月夜は頭を押さえた。
 
 
 福神社の偽守りが売られていたらしい。
 生徒たちが捜査や回収をしているうちに、そんな噂が広まっていった。
 その噂を耳に挟み、月崎 羽純(つきざき・はすみ)遠野 歌菜(とおの・かな)が最近肌身離さず持っているお守り袋のことを思い出した。しっかりと見たことはないが、怪しい気がする……。
「何? 羽純くん」
 携帯で呼び出すと歌菜は嬉しそうにやってきた。けれど、羽純がお守り袋を見せろと手を伸ばすと、弾かれたように飛び離れる。
「だ、ダメだよ、これは」
「いいから貸してみろ」
 無理に奪って確かめようとすると、歌菜はお守り袋を握りしめたまま逃げ出した。
「絶対にダメー!」
「おい! 何で逃げる? ……チッ」
 お守り袋ぐらい、素直に確かめさせてくれれば良いものを。羽純は歌菜が逃げるのと同じくらい必死に後を追いかけた。
「あ〜ッ、もう面倒だ! 止まれ、歌菜!」
 一気にスピードを上げ、歌菜の腕を掴む。
 捕まってもまだしっかりとお守り袋を握りしめている歌菜に、羽純の機嫌も急速落下。不機嫌な顔を歌菜に近づける。
「何で逃げる?」
「だって……このお守りは渡せないんだもん」
 奪われたら願いが叶わなくなってしまうかもと、お守りを握り続ける歌菜の手から、羽純は無理矢理お守りを取り上げようとした。
「ダメ! これには羽純くんに福が来るよう、願いを込めてるんだから……ッ!」
「俺に……福?」
 歌菜が何を守ろうとしていたのかを知って、羽純は目を見開いた。その為に必死で逃げていたのか……と、お守りを抱え込んでいる歌菜を眺め、そして。
 はあ、と溜息をついて歌菜の身体を引き寄せた。
「……このバカ……」
 軽く額にキスをすると、歌菜は真っ赤になった。
「え? えぇ〜ッ! は、ははは、羽純くん……い、今何を……!」
 思わぬことをされた歌菜がパニックを起こしているうちに、羽純は緩んだ手からお守りをかすめ取る。ただでさえ雑な作りのお守りは、歌菜に握りしめられて一層よれて見えた。一生懸命に願いをこめてくれていたのだろうと思うと、余計にそのお守りが偽物であることが忌々しい。
「歌菜、このお守りはニセモノだ」
「え? ニセモノ? ……このお守り、ニセモノなのっ? そ、そんなぁ〜」
 信じていたのにと歌菜は脱力した。
「これで羽純くんに福が来ると思ったのになぁ……」
「歌菜」
「ん?」
「歌菜に祈ってもらわなくても……俺は今、きっと幸せだから……安心しろ」
 羽純がそう言うと、歌菜はちょっと目を見開き、その表情が嬉しそうにほころんでゆく。
「そっか……幸せ……かぁ……よかった。うん、よかった……。私もね、きっと幸せ……だよ」
 胸を押さえる歌菜に微笑み返すと、羽純は断固として言った。
「……行くぞ、歌菜。ニセモノを売りつけた奴を張り倒そう」
「だね。ニセモノを売りつけるだなんて許せないんだから!」
 騙したお礼はお守り代金より高くつく。そんな勢いで2人は歌菜にお守りを売りつけた犯人を捜しに走り出した。