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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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第2章 そろばん教室・午前の部(2)


 午前の部は人気があったために人数調整で2つの教室に分かれている。ここも複数人ずつでグループが組まれており、羽高 魅世瑠(はだか・みせる)フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)とそろばんを学ぶようだ。
「そろばん? 石でけいさんするやつー?」
「そんなもんだな」
 ラズがきょとん、とした顔で尋ねた内容に頷く魅世瑠。実は、地球でそろばん教室に通っていたこともあるらしく腕にはそれなりに自信があるそうだ。
「へへへ、じつはラズ、とくいなんだよー。ヴィシャ族でいちばんだったんだから。えものを分けるときはみんなラズにきいてたんだよー」
「あら、ラズちゃんすごいですわね。わたくし、実物を見たことはなくってよ」
 にへ。と笑顔を見せるラズ。ジャタ族の衣装をもぞもぞさせると、どこに入っていたのかずっしりと重そうな袋を取り出した。アルダトに褒めてもらおうと張り切っているのだろう。
「おどうぐも持ってきたよー。つくえに出すねー」
 勢いよく逆さに袋を振ると、その中からは丸っこい形の石がごろごろと転がってくる。それだけなら良いのだが問題は……その袋にこんなに入るのかと驚くほどの砂だった。ラズのいうそろばんは、そろばんの起源とも言われる砂そろばんのことらしい。
「うわ、ラズ、何やってんだ! あの〜っ、茶殻とか湿した新聞紙とかありやせんか!!」
「……おいおい、ラズ、何おっぴろげてるんだ!」
 魅世瑠とフローレンスが同時に声を上げると、ラズは自分がへまをやらかしてしまったと感じしょんぼりと肩をすくめる。
「すみません、今片付けますので。ほらラズちゃんもお謝りなさい」
「あれ、ちがった? ……ごめんなさーい」
 ちりとりと箒で砂を集めると、元気をなくしたラズに本物のそろばんを教えてやるため魅世瑠のそろばん講座が始まった。講師が着くのが遅れるそうで、魅世瑠が教壇に立って指導するようだ。
「二一天作五、二進の一十、…九八加下八、九進の一十、っと。ま、ざっとこんなもんさね。最近じゃ九九もまともにできねぇ大学生なんてのもいるって言うじゃねぇか。嘆かわしい限りだよなぁ。へへっ」
「わー、これがそろばんなんだ。これならもちはこびにべんりだねー」
 場が和んできたあたりで並木がひょこっと顔を出した。食堂でグループの人が帰ったあとに、先輩たちがいたら挨拶しておこうと思ったらしい。魅世瑠の顔を見ると嬉しそうに近づいてくる。
「先輩たちもいらしてたんですね! フローレンス先輩、どうしたんですか?」
「……魅世瑠はまだしも、アルダトにも、ラズにすら負けてる?」
「タマと棒で計算するなんて……あら、並木さん御機嫌よう」
 どうやらフローレンスは予想よりも計算が不得手だったらしく、そんな自分にショックを受けているようだ。ここで変に慰めるのもおかしいと判断した並木は食堂から差し入れをもらってくるのを思いつく。
「先輩、自分お茶でも……」
「ところでさっきから膝下の感覚がないのですけれど、これはどうしたことなのでしょう?」
「ん!? なんだ? 立てねぇぞ? 足が言うことを聞きやしねぇ!? まさか、これはニンジャの術か!?」
「あれ、たてないよ?あしがへんだよー、たすけてー」
 突然、フローレンスとラズが素っ頓狂な声をあげてアツアツのお好み焼きに振りかけたカツオブシの如く奇妙な動きを見せている。仲間の異変に手を貸そうとした魅世瑠も珍妙な顔をしていた。
「……しまった、足が痺れた。正座が苦手で珠算教室を止めたの忘れてたぜ。おーい、並木。ちょっと手ぇ貸してくれ」
「正座はやらないですもんね。……よいっと」
 バランスを崩した魅世瑠は寄りかかった障子の紙を犠牲にしながらフラフラと立ち上がった。アルダトはそれを見ながら慎重に立ち上がっている。
「この道具、なかなか指の方が追いつきませんわ。電源要らず、光源要らずというところはどちらかといえば夜行性のわたくしにはピッタリですけれど」
「ま、まあ今日はいい勉強になったぜ。並木、ありがとさん」
「あ、はい。皆さんお気をつけて……」
 障子が破れる音が遠ざかっていく。
 見送るべきかもしれなかったが、今日は後輩らしく先輩がうっかりしていた後片付けをしておいた。


「笹塚さんじゃないか」
 並木が自分の名前を呼ばれたような気がして振り向くと、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)を膝の上に乗せながら手招きしている。
「こんにちは、エヴァルトさん。可愛い妹さんですね」
 どうせなら、2人で1つのそろばんを使いたい。そんな可愛いミュリエルのリクエストを断れなかったらしく、一緒にお勉強しているところだった。
「九九にそろばんか、懐かしいな」
「『懐かしい』、ですか」
「こう見えて生まれも育ちも日本だったりするんだな、これが」
「私だって、実体化してなかったですが、10年くらいお兄ちゃんと一緒だったんですから、九九くらいはできます♪」
 そういって、ミュリエルはエヴァルトの二の腕をぎゅーっと抱き締めた。今日は一緒にお出かけできて、本当にうれしかったらしい。人の目を気にしているが、その兄も頭をなでることで気持ちを表現しているようだ。
「ワタシもいいかしら? アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)です、よろしく」
 同じグループのアルメリアが、口に段ボールテープを貼ったにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)を腕に抱いてにっこりと挨拶している。モフモフ好きな彼女が仲良くなろうと話しかけたところ、何か大層失礼なことを言って罰ゲーム中らしいのだが……。
「むぐー、むぐー!!」
「にゃんくまー!! がんばれー!!」
「お兄ちゃん、あの人……格好いい!」
「しっ、見ちゃいけない」
 反射的にミュリエルに目隠しをしたエヴァルトだが、手のひらでメガホンを作って応援している変熊 仮面(へんくま・かめん)は本日めずらしく薔薇の学舎の制服を着ていた。え、人類は服を着るのが普通だって? そんなことどうでもいいじゃない、変熊をごらんよ。素顔のままで髪をかき上げるその美しさは、心なしか背後に薔薇の花が見えてるよ。連載漫画のモデルって噂もいやなにすんだやめ……。
「ふふ、和室ってだけでもなんだか新鮮だわ。なんだか珠がたくさんついてるわね、どう使うのかしら?」
 アルメリアの興味がそろばんにうつった隙を狙って口もとのテープをバリンとはがすにゃんくま。ひげが何本か抜けてしまったようだが、強い子のにゃんくまはぐっと我慢するのであった。ぐっ。
「ふんだっ」
「……エヴァルトさん、日本人っぽくアレやりましょうよ」
「ああ、いいな。俺もやったことはないが。……願いましては〜」
 ちゃっちゃっと珠を動かす並木とアルメリア。
 ペチンッ。
「あ」
 わざと、わざーと並木の隣に座ってしっぽを振り回すにゃんくま。座布団に座って背中を向けている。この日の対決に向けて二重積分ドリルをマスターしてきたのに、肝心の授業がそろばんだったんでご機嫌斜めなのだ。
「どう見ても武器にはなりそうにないけれど、チラシには武器として使用しますって書いてあったわよね」
「あ、あわわわ。アルメリアさん、大丈夫ですから。ねっ。ねっ!?」
 にゃんくまを見ながら素振りを始めたアルメリアにストップをかける並木。それを見て不満がありそうではあるが、アルメリアが怖いのでちんまりと正座をし直すにゃんくま。
「では……願いましては〜」
「……6! 6!」
 ……。
 変熊が電卓を手にしてこっそりにゃんくまに答えを教えている。それに気づいたエヴァルトが無言で彼をつまみだしてしまった。唇を尖らせて、『てへっ、やっちゃった☆』という顔をしているがもう遅い。
「あっ、アシャンテちゃ〜ん!」
「……」
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は変熊がその場に存在しないものとして通り過ぎようとした。足早にその場を去ろうとするのに、変熊はむせかえるような薔薇の匂いを漂わせながらバスケットボールのディフェンスの如く執拗なマークを続けている。
「真の肉体美とはこういうものだっ!」
「……後ろ」
「へ?」
 服を脱いでいつもどおりの格好になった変熊。アシャンテの動かした指の先を見ると、毒蛇、狼、パラミタ虎がよだれをたらしてこちらを見ている。あっ、ティーカップパンダもいた。かわいいなあ☆


「俺様は注目されたいの。とにかく俺様をかまえにゃ〜!」
「猫さん、可愛いです。ね、アルメリアお姉ちゃん!」
「モフモフ♪ はぁ、エヴァルトさんが羨ましい……」
 アシャンテが教室に入るとミュリエルとアルメリアの猫じゃらしで遊んでいるにゃんくまの姿があった。
「すまない、遅れた……」
 近くの座布団を引き寄せて座ると、障子に妙な影が映っていることに気づく。不思議に思った並木が外に出てみると、そこにはそろばんの上に正座させられている変熊がおり悲しそうな目でこちらを見ていた。
「あの、これ……」
「……気にするな、ただのそろばんの有効活用だ」
 無表情で緑茶をすするアシャンテに対し、エヴァルトは目をくわっと見開いた……な、なにか閃いたのだろうかっ!?
「玉の部分であれば、相手に当たる面積が小さく、意外と痛いはずだ。使いようによっては、ある意味マッサージ器具にも…いや、それはさすがに……」
「お兄ちゃん、それは流石に違うんじゃないでしょうか……」
「ふふ、東洋の神秘だわ〜」
 並木は細かいことがどうでもよくなって、仏像のような笑顔を浮かべた。アシャンテは変熊を毒蛇に見張らせながら、そろばんをパチパチと弾いている……。
「……殺気!」
 アシャンテが機転を利かせて畳返しをする!
 すると、風を切り裂く音とともにクナイに刺さった手紙が飛んできた。
「あれっ。これ、自分宛ですね。何々……」


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初めまして、姉弟子。
自分はゴビニャー師匠に師事している鬼崎 朔(きざき・さく)と言います。
放課後に有志で大会を行いますゆえ、是非ともご出席ください。

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「へえ、凝った演出だなぁ」
 並木はその手紙をたたんでポケットに入れると、クナイが飛んできた方角を見て呟いていた。