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今日は、雨日和。

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今日は、雨日和。
今日は、雨日和。 今日は、雨日和。

リアクション

 
 
 福神社に雨が降る 
 
 
 欲しかった文庫本数冊を購入すると、御凪 真人(みなぎ・まこと)は濡れないようにビニールを二重にかけた上でしっかりバッグにしまい込んだ。いつもなら目的の本を手に入れた後はセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)のショッピングに付き合ったりもするのだけれど、今日は雨。あまり荷物は増やせない。
「私はどこかの誰かと違って、雨の日に無理矢理買いたいものはないわよ」
 セルファもそう言うので、今日はショッピングは取りやめ。代わりにミスドのドーナツを買うと、雨宿りの小休止も兼ねて福神社に遊びに行くことにした。
「こんにちは」
 訪れた福神社には、既に先客の姿があった。
「こんにちは。今日はすっかり雨の1日になりそうですねぇ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がおっとりと微笑む。雨の神社に1人では無聊を持て余すだろうからと、布紅を訪ねてきていたのだ。
 殺風景な社の彩りにと、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は持参してきた紫陽花の切り花を、花生けに飾っている。淡いピンク、紫、鮮やかなブルー。
「紫陽花の花言葉は『移り気』なのだそうですわね。花の色が変わるさまからそのような意味を持たされたのでしょうか」
 その花言葉から、恋の花として相応しくないとも言われるけれど、とフィリッパは紫陽花を眺める。
「『移り気』であるが故に、そのときでしか楽しめない花の色もあるでしょうが、それもまた一興、ですわね」
 日々暮らしていく間に変わる色合いを楽しむのも良いこと。変わりゆく色を移り気と責めるのではなく、ただありのままの花の色を、その時々に応じて楽しめば良い。
 フィリッパが紫陽花をこんもりと生けられた花生けがあるだけで、福神社の中は華やいだ。
「僕はゼリーを持ってきたんだ。冷たくておいしいうちにどうぞっ」
 この時季に似合いのお菓子はと考えて、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が選んだのは枇杷。そのままで食べるのも美味しいけれど、汁気の多い枇杷は手を汚してしまうし、服に垂れると染みになってしまう。
 だからセシリアは枇杷の皮を剥いて種も取り、ゼリーにして持ってきた。枇杷をまるごと包み込んだゼリーは見た目も涼しそうだ。
「たくさん作ってきたから、みんなで食べようねっ」
 セシリアが皆に枇杷ゼリーを配っている処に、
「こんにちはー」
 今度は竜ヶ崎 みかど(りゅうがさき・みかど)が社を訪れた。
「もしかして、ボクいいところに来たのかなー」
 そう言っている間に、今度は雨に降り込められた琳 鳳明(りん・ほうめい)がこんにちはと顔を出す。
「お遣いで近くまで来たら、雨に降られちゃって。しばらく布紅さんの処で雨宿りさせてもらってもいいかな」
「はい、どうぞ入ってください〜」
 布紅に招き入れられて入ってきた2人の前にも、セシリアは枇杷ゼリーを置いた。
「たくさん作ってきたから食べてねっ」
 せっかくのゼリーだから、温くなってしまう前に美味しく食べてもらいたい。食べてくれる人が増えるのは大歓迎だ。
 空京神社の方には冷蔵庫もあるけれど、福神社には無い。常駐しているのが布紅だけで、冷蔵庫を使うことがないからだ。
「ボクも差し入れ持ってきたんだよー。はい、これ。『青ちまき赤ちまき黄ちまき』」
 それぞれ色ごとに、ナスの漬け物、紅ショウガ、たくあんの刻んだもの、を混ぜたちまきだ。
「青ちまき赤ちまき黄ちまち?」
 ちまきを受け取りながら布紅が首を傾げる。
「ん〜、惜しいー」
「青ちまき赤ちまち黄ちまみ?」
「うーん、まだ違うなー」
「えーっと……ちゃんと言えないですけれど、ありがとうございます。みんなで食べましょう。私、お茶をいれてきますね」
 そそくさと立ち上がる布紅を、真人が留めた。
「お茶なら俺がいれますよ」
「お客さんにそんなことしてもらっては……」
「それを言うなら、神様にそんなことしてもらうのも、と思いますし。それに、最近ちょっとお茶を淹れるのにこってるんですよ、俺」
 遠慮する布紅を座らせて、真人が立ち上がると、鳳明はお遣いの荷物を慌てて開けた。
「だったらこのお茶っ葉使ってみて。結構美味しいんだよっ」
 お遣いで購入した秘蔵の茶葉とお菓子を、ばさっと皆の前に出す。
「それは楽しみですね。では遠慮無く」
 真人は鳳明提供の茶葉を手にすると、水屋で皆の分のお茶をいれてきた。
「すみません、ありがとうございます」
「神様だって、たまにはのんびりしたいでしょう。こんな1日があっても良いと思いますよ。ああ、このドーナツもよろしければ皆さんでどうぞ」
 お茶を配ると、真人はミスドのドーナツを皆の前へと出した。
「こんなにお菓子があると、目移りしてしまいます」
 どれにしようかと、布紅は差し入れの上で目を泳がせると、まずは冷たいうちにと、セシリアの持ってきた枇杷ゼリーに手を伸ばした。ふるんとした食感のゼリーと、冷たい枇杷のみずみずしさが気分までさっぱりさせてくれる。
「パラミタにも梅雨があるのですねぇ」
 日本と気候が似ているとは思ったけれど、梅雨までも、とメイベルはゼリーを口に運びながら呟いた。日本の時候の挨拶には、6月は『入梅の候』『長雨の候』と書かれるように、この時季は梅雨に入る。
「ですが、雨が続く日もいつかは終わりを告げます。こんな時季は暑い日を迎えるための準備期間だと思って、のんびりとするのが良いですねぇ」
 本格的な夏が来る前に、ひと休憩。そんな気分で過ごすなら梅雨も楽しい。
「俺は雨の日って良いと思いますよ。この時季の雨はどこか優しい感じがします。それに、雨が喧噪を消してくれますから、不思議と静かな感じがしますし」
 そう言う真人の横から、また1つドーナツに手を伸ばしつつ、セルファが言う。
「私は雨の日は嫌いってわけじゃないけど、好きでもないかな。真人みたいに風流とか言われてもわかんないし。やっぱり晴れてる方が良いわね。――真人、お茶〜」
 社の中でただ喋っているだけでは何か物足りない、とセルファはさっきから、ついつい差し入れを口にしてしまっていた。真人はそんなセルファに注意する。
「セルファ。雨で運動量が減るのですから、食べ過ぎると後が大変ですよ」
「ちょっと真人。普通そういうこと言うかなー」
「親切な忠告だと思いますが」
 真人は本気でそう思っているらしき様子だったが、それでもお茶のおかわりを準備する為に席を立った。
「あまり運動にはならないかも知れないけど、ボクね、日本の室内遊び用のアイテムを持ってきたんだよ。みんなでこれで遊んでみない?」
 みかどがそう言って広げたのは、おはじき、お手玉、折り紙……日本の古き良き室内遊びの為の物品だった。
 梅雨、秋の長雨等々、外に出られない時季が毎年繰り返される日本だからこそ、発達した室内遊び。
 皆でおはじきをはじいて、お手玉を投げ上げて。
「難しいものなのですね〜」
 投げ損ねたお手玉を頭で受けて、布紅はふにゃっと情けない顔になる。
「あははは、こういうのも慣れだよ、きっと」
「そうでしょうか〜」
 みかどに言われ、布紅はまたお手玉を構えたが、びしっとおはじきに手を打たれ、驚いてお手玉を取り落とす。
「あ、ごめーん。ちょっと力入り過ぎちゃった」
 えへ、と笑うセルファに、同じくおはじきをしていた鳳明が笑って言う。
「凄い勢いだったよっ。こんな感じ……あれ、飛ばないな」
 指先でさっきのセルファの動きを再現してみるけれど、おはじきは小さく飛んだだけ。
「こうじゃなかったっけ? うーん違うな」
 おはじき飛ばしに熱中し始めた2人を眺めている布紅に、メイベルは転がっていたお手玉を拾って渡した。
「雨の社に1人では寂しいこともあるでしょうけれど〜、皆で集まれば時間が経つのも忘れてしまいますよねぇ」
「ええ。何だかとっても楽しいです」
 布紅は嬉しそうに笑うと、高くお手玉を投げ上げた。
 
 雨の日はつい家にこもりがちになるけれど。
 たまには、ぽつんと雨を眺めている神様の社で、集い遊んでみるのも悪くない。
 雨音に負けないくらいに賑やかに――。
 
 
 
 雨漏り社 
 
 
 ぴちょん……ぴっちょん……。
 福神社の片隅に置かれたどんぶりの中では、相変わらず雨漏りが跳ねていた。
 皆と遊ぶ間も、鳳明はそれが気になって仕方ない。
「ん〜むむっ」
 雨が降っている中では修理は大変……と分かっていても落ち着かない。
 とうとう我慢できなくなって鳳明は立ち上がると、
「ちょっと修理してくるねっ」
 バイクのサイドカーにしまってあった工具箱を引っ張り出してきた。
 さて、どこから屋根に上ろうかと見上げると……何だか屋根の上が騒がしい。
「お、重い……」
 社の屋根に飛んだシェリル・メラク(しぇりる・めらく)が、抱えていた葛葉 明(くずのは・めい)を下ろして呟いたひと言。それに明が、
「あたしは重くない! 普通よ!」
 人を抱えて重いだなんて失礼しちゃうと、反論しているのだ。
「明ちゃんが大きな声を出すから、見つかってしまったようですわ」
 見上げている鳳明に気づいたシェリルに言われ、明はそっと口唇の前に指を立てて見せた。
「布紅ちゃんには内緒にしといてね」
 修理したらこっそり帰るつもりだからと言う明に、鳳明は肯き、小声で尋ねる。
「それで、原因は見つかりそうなのかな?」
「大丈夫。あたし結構博識だから!」
 屋根を歩いていれば何か見つかるだろう、と言う明に、シェリルはこっそり溜息をついた。
(駄目だこいつ……)
 けれど、シェリルの不安をよそに明は自信満々で屋根を歩き回る。
「変な歩き心地ね。これ、木の皮かしら。あ!」
「何か見つかりましたの?」
 かがみ込んだ明にシェリルが期待をこめて尋ねたが、明はすぐに首を振る。
「焦げてるからここかと思ったけど、これは関係ないみたい」
 手直しされている痕跡もあるから、ここは平気だろうと明はまた身を起こし、屋根の異常を探し始めた。
 
「布紅ちゃん、こんにちはーっ」
「ルカルカさん、その恰好は……?」
 埃防止のマスクと遮光器に作業着、という姿のルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)を、皆と遊んでいた布紅は何事かと驚いた顔で迎えた。
「雨漏りの修理に来たの。真一郎さんも手伝ってくれるって」
 ルカルカとルカはマグライトと光精の指輪で光源を確保すると、てきぱきと梯子をかけて天井裏へ移動した。漏る箇所を板うちするばかりでなく、天井裏に溜まった水と埃もきれいに拭き取ってゆく。
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)も梯子を使って屋根に上る。
 見当をつけておいた辺りへ行くと、そこでは明と鳳明が檜皮をめくって下を確かめていた。
「何か分かりましたか?」
「あ、こんにちは。原因は多分これじゃないのかな」
 鳳明がさしたのは、檜皮の間からにょっきりと伸びている草だった。屋根の間で芽吹き、成長するうちに檜皮をずらしてしまったようだ。
「抜いちゃえばいいのよ、こんなの」
 明は力をこめて草を引いた。抜けた……はずみで屋根から転がり落ちそうになる明を、シェリルが慌てて留める。
「明ちゃん、注意していないと危ないですわ」
「この草、案外しぶとかったからつい力が入っちゃっただけ。ここを塞いでおけば雨漏りは直るのかしら?」
「ちょっと見せてもらえますか」
 ずれた檜皮の間にボンドを流し込もうとする明を止めると、真一郎は檜皮のずれた部分を確認してみた。間に入っている銅板は、幸いひどく腐食はしていない。こんこんと確かめるように叩くと、こんこんと下からノックが返ってくる。どうやら屋根を挟んだ下でルカルカたちが作業をしているようだ。
 できるだけ雨を拭うと、真一郎は檜皮をきちんと敷き直した。止める為の竹釘が失われてしまっているが、普通の釘では屋根を腐食させてしまう。
「やっぱりこれの出番かしら。応急処置だけしておけば、あとは雨が上がった後に空京神社の人がきちんとしてくれる……よね」
 とりあえず、雨の侵入を防ぐことができれば、この梅雨の時季は乗り切れるだろう、と明はボンドの蓋を外した。
 
 修理が終わると、雨漏りは止まった。
「鞄の小人にも手伝ってもらって天井裏も綺麗にしておいたから、カビの心配もないと思うよっ」
 天井裏から下りてきたルカルカに、布紅はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
 これで安心、とばかりにどんぶりの水を捨てる布紅に、ルカが面白そうに言う。
「福の神様が雨漏りとは、油断されました?」
「建ててもらったばかりだったので、まさかもう雨漏りするなんて思わなかったです〜」
 頭の上は結構盲点だと、布紅は雨漏りの止まった頭上を仰ぎ見た。
「日当たりと風通しが良く清潔な方が聖域として吉祥を呼びますし、ルカと時々掃除させて頂いて宜しいですか」
 ルカがそう申し出ると、布紅ははいと素直に肯いた。
「助かります〜」
 なかなか手が回らない処が多くて、と布紅は1人住まいの社を見渡した。
「雨漏り直ったんなら、ちょっと出かけてみないか? 紫陽花の群生地があるんだってよ」
 社の不安材料もなくなり、一般の参拝客の足は途絶えている。今なら出かけられるのではないかとレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は布紅を誘った。けれど布紅は申し訳なさそうに首を振る。
「私はここで神様のお仕事しないといけないですから」
「そうなんだろうけど、ちょっとだけ。な、ちょっとだけ。すぐ戻れば問題ないだろう?」
「でも……」
 群生地まではここから結構距離がある……と悩む布紅に、レイディスはもうひと押ししてみる。
「空京神社の境内ならどうだ? 群生とまではいかないけど、けっこうきれいに紫陽花が咲いてたぜー」
「それでしたら……はい、見に行きたいです」
「よし、じゃあ早速出かけよっか」
 手回し良く布紅の分まで準備してきていた和傘を渡すと、レイディスはそこにいた皆も誘って境内の紫陽花見物に出かけた。
 紫陽花が咲いているところまで来ると、見物気分を盛り上げる為にとレイディスは手作りしてきた大福を皆に配った。スタンダードなこしあんの他に、カスタード、抹茶クリームといった変わり大福もある。
 こしあんの大福を食べつつのんびりと紫陽花を眺めている布紅に、レイディスは声を掛けた。
「元気そうで安心したぜ。あの後、ちゃんと神様出来るようになったんだな」
「ちゃんとかどうか分かりませんけど、皆さんのおかげで神様してます」
 布紅は屈託なく笑った。
 以前、布紅に言葉だけ残して去ってしまったことが、心のどこかに引っかかっていたけれど、この分なら心配なさそうだ、とレイディスはこっそりと胸を撫で下ろした。
 どこか頼りない印象の福の神布紅に目をやった後、真一郎はルカルカに聞いてみた。
「ルカルカはどうして神社の手伝いを続けているんですか?」
「神社が出来て神様も移った……神様が見えちゃうのは不思議だけどねっ。でも移った神様が強い神になるには、年月かけて守護地と縁と絆を結ばないといけないの。それって、パートナーと似てるよね。で、お手伝いしたいなって」
 答えた後、ルカルカは逆に真一郎に尋ねる。
「ルカも質問して良いかなっ? 梅雨が終わったら本格的な夏が来るけど、夏レジャーは何好き? ルカはスキューバー☆」
 無邪気な声に、真一郎は微笑を誘われた。掃除の時の恰好を改め、今はルカルカは巫女装束に着替えている。その和風な出で立ちから、スキューバーという元気な趣味が出てくるのが、どこか楽しい。
「傭兵として転戦していた自分は、夏だからと遊ぶ事もなかったですから……山や海に出るとしても、山篭もりだったり海上訓練だったりで……」
 だから自分は雨が好きなのだ、と真一郎はルカルカと並んで紫陽花を眺めた。
 そんな様子を示しながら、ルカは布紅に問いかける。
「紫陽花……学名の意味は水の容器……。日の本での花言葉は『移り気』、仏蘭西では『忍耐強い愛情』『元気な女性』……2人の天秤はどちらに傾くのかしら?」
「私には未来は見えません。私にできるのは、ただ……その天秤が傾く先に福あれと祈ることだけです」
 布紅は紫陽花に手を伸ばし、宿った露を手に受けた。
 
 雨の日にも、雨のあがったその先の日も。
 皆の上に福がありますように――と。