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リアクション
「あれは確か、大学に入ったばっかの頃だったなぁ」
と、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は言った。
「陸上ばっかで勉強からっきしでも大学に入れた、ってことで、少しでも役に立てるようにって、陸上大会と箱根駅伝に向けて練習してたんだよねー」
目賀家の懇親会と聞いて、ミルディアは父に社交界の勉強ということで参加を勧められて来ていた。
「ママが先立ったから、パパに変に心配かけないように、って、高校から特待生で学費免除で行けるように頑張ってたんだ」
と、誇らしげにミルディアは言う。
「そしたら、『お前、百合園に行かないか? 俺が入学案内貰ってきたんだが』って、パパが……」
百合園といえばお嬢様学校の中でも特に名門とされる女子高である。良家の子女なら、誰だって通いたがる。
「パパの言うことに反対なんて出来るわけないでしょ。で、百合園に来て真奈と会ったんだけど、外見は全然違うのにママにそっくり! って思っちゃったの」
貧乏から富豪へと成りあがった目賀家の生まれであるトレルは、残念なことに私立へ通ったのは短期大学だけだった。それも日本の、実家のすぐ近くにある普通の学校である。
五年ほど早く成りあがっていれば、もしかするとトレルも百合園へ通わされていたかも分からない。
「全然契約なんてしてないけど契約したってことになってたし、やっぱ、心の問題なんじゃないかな?」
「心の問題、ねぇ」
「契約と言われましても、私たちの様に互いに心を通わせ合う事で、自然に契約となる方もいらっしゃいますし、正式な儀式を以て契約される方もいらっしゃいますから」
と、和泉真奈(いずみ・まな)。
「運命とか偶然って言葉が嫌いだから、あたしは、求めたから与えられたって思ってるよ」
そう言ってミルディアはにっこり笑う。
「やはり、契約で大切なことは『お互いに心を通わせ合うこと』じゃないでしょうか? 心の通わない方と長期間一緒にいるのは難しいですし、ね?」
「……そうだね、ありがとう」
と、トレルも笑顔を返す。
「どういたしまして」
すると、何かを見つけた真奈がトレルへ頭を下げた。
「あ、すみません。他にも挨拶が必要な方がいらっしゃいますので、これで……」
トレルは「うん、またねー」と、二人を見送る。
「おい、そこの君。さっきから、何の話を聞いてるんだ?」
トレルへ声をかけたのは月夜見望(つきよみ・のぞむ)だった。女の子のような外見をしている少年だ。
「ん、ああ、パートナー契約について」
と、トレルは振り返る。
すると、望のパートナー天原神無(あまはら・かんな)が聞いてもいないのに口を開いた。
「え? どうして望くんと契約したかって? そりゃ、アレですよ! 運命の出会いってやつですよ!! なんたって望くん、クラスで陰湿ないじめを受けてたあたしを庇ってくれた唯一の人ですし!」
騒々しい人だ。
「でも、そうだなぁ……あの時、私が人助けのために無実の罪を着せられた時、望くんだけが信じてくれた。初めてあたしを信じてくれた。あれが契約の決め手だったかな」
と、笑う。聞けば長い話になりそうだが、それ相応の出来事があったのは確かなようだ。
「その後は、もう強化人間になるために頑張りましたよ、ええ」
「……強化人間?」
「あ、そうだ。トレルさんも強化人間になればいいじゃない?」
「嫌だよ」
トレルは即答した。望が少し笑って、また口を開く。
「契約ってもんは、気が付いたらなってるもんだ。何をどうすれば出来るってもんじゃねぇしな」
「なるほどねぇ」
トレルはそろそろ本気で何か食べたいと思い、そちらをじっと見ていた。
「もし本当に誰かと契約したいなら……君自身、動かなきゃいけないんじゃないか?」
「うん」
「これは、俺が尊敬してた従姉の言葉なんだけどよ……誰かと幸せになりたいんだったら、失敗してもいいから、とにかく一緒に何かやる! だってよ。ちなみに俺はその後、ヒーローごっこさせられたぜ」
と、望は苦く笑う。
「まあ、多少強引でも自分から動かなきゃいけねぇってことだ」
確かにその通りだと思う。ただ、動くにしても知識や準備が整わなければ、父や園井が心配するのだ。
トレルの視線の先を追った望は、思わず首を傾げた。見たことのある顔が幸せそうにメロンパンを頬張っている。
「……朔姉ちゃん?」
「カリカリモフモフ……!」
だらしなく頬を緩ませながら鬼崎朔(きざき・さく)は天使の微笑でメロンパンを食べていた。
「わぁ〜、このメロンパン本当においしいであります! 朔様も笑顔で、スカサハも嬉しいのであります!」
と、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)もメロンパンに食いついている。
その様子に半分呆れながら、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)は呟く。
「……朔ッチもスカサハも喜んでるみたいで、よかった」
これほど幸せそうな笑顔を見たのは久しぶりだ。隣にいた尼崎里也(あまがさき・りや)も同じことを考えていたらしく、カメラのシャッターを切った。
「ははは、思わず撮ってしまったじゃないか」
メロンパンで幸福いっぱいの朔をカメラに収めた里也は、場内を見渡して言う。
「では、可愛いものを撮ってくるか」
趣味にいそしむ里也を見送り、カリンはまた朔とスカサハの方を見る。
すると、朔が一つ目のメロンパンを食べ終えたのと同時に着信が鳴った。携帯電話を取り出して、朔は目を丸くする。
「クロセルさんからだ」
すぐに耳へ当てると、通話を始めた。
「トレルちゃんは、イマイチこのパラミタの面白さや素晴らしさが分かってないようだねぇ」
どこか偉そうにそう言ってきたのはカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)。
「ボクはいつか自分の冒険譚を一冊の本にまとめたくて、パラミタでの出来事を手帳に残してるから、その中の話を聞かせてあげるよ」
と、愛用の赤い手帳を取り出し、トレルの前に誇らしげに掲げた。
「あれは、ザンスカールの森の奥の方を調査しに行った時なんだけど、何日目の事だったかなぁ。テントの外が騒がしくて外へ出てみたら、いたんだよ、森の木々の間を泳ぐ魚が!」
興味のある話だったが、トレルはそれよりも皿の上の料理を食べるのに夢中だった。
「それが『森海魚』って分かった時は、思わず嬉しくて叫びそうになっちゃったよ。滅多に見られない生き物だって聞いてたから」
「うん、知ってる」
「図鑑では見た事あったんだけど、本物見たのは初めてだったんだ!」
と、その時の感動を思い出しているのか、涙ながらに語るカレン。しかし、手帳に描かれているのは太めのサンマみたいなイラストだった。せめて絵心があれば感動も伝わるのだが、残念だ。
「ねぇ、トレルちゃん。今度、一緒に遺跡探索に行こうよ」
カレンの提案に顔を上げるトレル。
「きっと楽しいよ」
「あ、良いね、それ。でもめんどくさそう」
「面倒なんて言ってちゃ、冒険はできないよ!」
と、カレン。トレルはその迫力に負け、小さな声で言う。
「ご、ごめんなさい」
「では我もカレンの手帳と同じく、印象的な出来事はメモリープロジェクターに残してあるから、それを披露しよう」
そう言って映像を映し出すジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)。
しかし映し出されたのはカレンだけでなく、周りの契約者たちも血に塗れ、何者かと戦っている映像だった。
「うわ」
と、声を上げながらも平気な様子で食事を続けるトレル。
カレンを庇うように前へ出たところで映像が途切れた。ダメージを受けたせいらしい。
すると、ジュレールは言った。
「パートナーとはお互いの命を預け合うものだ。自分が死ねば相手も無事では済まない。相手の生命にも責任を持たねばならぬのだ」
「……うん」
「その覚悟が出来ぬのなら、安易に契約など考える物ではない」
と、釘を刺され、トレルは不満げに俯く。
これまで聞いた話からそのことは分かっていたが、改めて言われると複雑である。それどころか、契約者がこれだけいるのに、自分一人だけ仲間はずれにされている気がして、ちょっと嫌になっていた。
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