葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【初心者向け】遙か大空の彼方・前編

リアクション公開中!

【初心者向け】遙か大空の彼方・前編

リアクション

 
 
Part.5 空の海へ

「けっ、やっとで出航かよ」
 飛空艇を入手し、トオル達が出航することとなって、アフィーナ・ケルブ(あふぃーな・けるぶ)は吐き捨てるように独りごちた。
 何度か続く地震には、もううんざりしていたのだ。
 天空竜だか何だか知らないが、これでトオル達が原因をつきとめ、地震が起きなくなるのなら、あとはどうでもいい。

「飛空艇に乗って行く、ってことで、動きやすい格好してかなきゃな!」
 七那 禰子(ななな・ねね)は、よく分からない主張と共に、はりきってパートナーの七那 夏菜(ななな・なな)を着替えさせた。
「……あの、ねーちゃん……
 これ、確かに動きやすいけど……でも、脚がすごくすーすーする」
 ブラウスにミニスカートのいでたちに、夏菜はもじもじと太モモを気にする。
 スカート自体は、百合園に通っているのだから、勿論慣れてはいるのだが。
 大丈夫! と禰子は請け負った。
「いや! うん、かわいい。これなら相手が誰でも、話も聞いて貰いやすいんじゃねぇかな?」
「……あの、誰、って……?」
 相手って、ドラゴンだよね? と、確認したくなった夏菜だった。


「飛空艇の操縦、わたくしにやらせていただけません?」
 天御柱学院で、イコンのエースパイロットを目指して日々訓練を重ねるオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)が申し出た。
「学院のパイロット科で毎日訓練を積んでおりますし、全くの初心者というわけではありません。
 この大空に翼を広げ、飛んで行きたいのですわ」
「そうだな……マニュアルさえあれば、何とかなるか?」
 樹月刀真も賛成する。
 パートナーの漆髪月夜がユビキタスを用いて学校のパソコンで探した際には見つからなかったが、流石に飛空艇乗り本人なら、それを持っているだろう。
 いいんじゃねぇかと光臣翔一朗も言ったが、肝心の飛空艇操縦士、ヨハンセンは腕を組んでうーんと唸った。
「基本的に、可愛い娘っ子の頼みは聞くべし、ってえのが空の男の掟なんだが……。
 こればっかりはなあ」
 万が一のことが死に繋がることを知っているヨハンセンは、その提案に安易には頷けなかった。
「例えば、俺ぁ飛空艇操縦熟練度マックスのベテランだが、マニュアルがあれば、あの人型機械を操縦できるって、おまえさん思うかい?」
「…………」
 オリガは考えて、仕方なく首を横に振った。
「無理だと思いますわ」
「どっちが簡単とか難しいって話じゃねえ。全くの別物だと思った方がいい。
 ここは、俺に任せてくれるか? 任されたからには、責任を持って全員の命を預かるからよ」
 オリガは、ふっと息を吐く。
「……仕方ありませんわね」
「代わりと言っちゃ何だが、助手をやってくれるとありがたい。
 俺の助手は今ちょっと、調子を悪くしてるもんでね」
「誰のせいっスか!」
 抗議の声も弱々しく、彼の助手、アウインが突っ込んだ。


 地震についての調査を、自分のものを含めた全員の結果を聞いて神裂刹那がまとめ、報告を受けたヨハンセンは、ある程度にまで方角を定めることができた。
 それなりの大きさの飛空艇を得られたので、定員には余裕がある。
 トオル達を始め、噂を聞き付けていた希望者の全員を乗せて、早速飛空艇は空へと出発した。
 クイーン・ヴァンガードが来て面倒なことになる前に、とにかく出発してしまえという半ば問答無用である。
 捕らえた空賊達は、全員縛り上げて飛空艇の外に転がしてきた。
 後はクイーン・ヴァンガードが回収してくれるだろう。
 帰ったら一悶着ありそうだと樹月刀真や赤嶺霜月は思ったが、それを今考えるのは野暮だと思うことにした。
「ま、面倒は帰ってからですね」
 誰にも気付かれず、ひっそりと彼等に貢献していた霜月達も、何食わぬ顔をしてそのまま飛空艇に乗り込んでいる。
「そうね」
「この後は、どう転ぶか……本当にウラノスドラゴンが見れたらいいですね」
 霜月の言葉に相槌を打ちながら、クコは、いつか、霜月と2人きりで空の旅ができればいいな、と、心の中で考えていた。


「――さて、本番はここからですね。
 無事に目的を達せなければ意味がありません。より警戒を強めないと」
 音井 博季(おとい・ひろき)は、出航する飛空艇の甲板に立ち、改めて気を引き締める。
 ここからは、今迄とは違う危険を孕んでいる。
 いつ、何が起きても迅速に対応できるよう、博季は警戒を怠らなかった。


 朝陽が姿を現し、藍色の空がオレンジに、それから水色に染まる。
 空気をかきわけて、空の中を疾走する。
 風を割り、雲を置き去りに、ひたすらに、高く。
「嬢ちゃん、筋がいいな」
「オリガですわ」
 名前を教えると、ヨハンセンはそうかと言ってからからと笑った。
「褒めても何も出ませんわ」
 謙遜すると、ヨハンセンは更に笑う。
「はっは! 空の男は世辞は言わねえ」
「……これでも、エースパイロットを目指していますもの」
「成程」
と、ヨハンセンは目元を和らげる。
「じゃあ、俺が保証してやる。おまえさん、いいパイロットになるぜ」
「そうですかしら」
「空の男は、嘘は言わねえ」
 ヨハンセンの安請け合いを、完全に信じたわけではなかったが。
 オリガはじっと、前を見つめる。
 イコンの操縦席ではないけれど、これは夢の、第一歩だ。
 この空の先に、わたくしの目標、エースパイロットがあるのですわ。
 と。



「それでは、飛空艇入手成功と、無事に空の旅に出発できたことにかんぱーい!」
 小鳥遊美羽が、ジュースの缶を片手に、音頭を取る。
 かんぱーい! と、缶を持つ手を上げて、他の皆も声を上げた。
 完全に夜が明けて、飛空艇のデッキで、皆でお弁当食べよう! と誘って、コハク・ソーロッドが運び込んだ大量のサンドイッチとジュースを、朝食がてら、皆に配ったのだ。
 行ってきてもいいぜ、と言ったヨハンセンに断って、この場に加わらなかったオリガにも、後で美羽がバスケットにサンドイッチとジュースを入れて、艦橋へと差入れに行っている。
「……これ、コハクが作ったの」
 サンドイッチとはいえ、かなり本格的に、そして大量に作られているそれをじっと見つめ、リネン・エルフトが訊ねた。
 相変わらずの無表情に見えたが、友人であるコハクには、驚いている感情が読み取れて、苦笑しながら頷く。
「この前、家庭科の授業でやったから」
 美羽達が飛空艇奪取の為に空賊と戦っている頃、コハクは皆に任せて残り、出航後の弁当作りに励んでいたのだ。
「おいしい〜! ありがとう、コハク!」
 ドラゴニュートのファル・サラームもご満悦でサンドイッチにかぶりついている。
 もそ、と一口食べて、リネンも
「……おいしい」
と呟いた。よかった、とコハクは笑う。

「あの時は援護してくれてありがとう。えっと」
 天司御空が、空賊のボスと戦った時のことで美羽に礼を言った。
「美羽だよ。よろしくね。えーと、御空くん。ソラくん?」
 自己紹介をして、御空やパートナーの奏音と色々と話をした後で、他の人達とも仲良くなりたい、と、初めて会う人達を見渡した美羽は、隅の方でひっそりとジュースを飲んでいる遊佐 一森(ゆさ・かずもり)をめざとく見付ける。
「初めまして! 足りてる? おかわりもあるから、遠慮しないでね!」
「あ、ありがと。大丈夫……」
 無口な一森は、声をかけられて戸惑うが、一見無愛想な物言いにも、美羽は
「そう? よかった」
とにっこり笑う。
「ね、学校どこ? 私は蒼空だよ」
 お互い私服なので、自己紹介も学校からだ。
 ちなみに私服でも、制服の時と同様、美羽は超ミニのスカートで美脚を晒している。
「め、明倫館……」
 口下手ではあるが、一森は、問われたことには懸命に答える。
「やあ」
と、そこへシキが声を掛けて来た。
「あ」
 一森はシキを見て声を漏らす。
「昨日会ったな」
 飛空艇入手前の調査の際に、一森はツァンダを調査する前に、シキを訪ね、彼が言った「地にアトラス、天空にウラノス」という伝承について訊ねていたのだった。
「伝承と言っても、ただそう言われているだけだが」
と、シキは困ったように言う。
 それから、
「そうだな……」
と呟きかけて、何か言おうとしていた言葉を止めた。
 その後、一森は地震の大小や、何故それがツァンダ地方にだけ起きるのか、その統一性について調べたが、それについては特筆すべきことは出てこなかった。
 子供が一人で頑張っている、と、シキは気にしていたのだ。
 無事に飛空艇に乗り込んで、美羽と話しているのを見て、ほっとした様子だった。
「あの」
と、一森はシキに向けて口を開く。

 引っ込み思案なところもある七那夏菜は、大勢の人の中でおろおろしていた。
 コハクにどうぞ、とサンドイッチを渡された時も、
「……あ、ありが……とう」
 礼の言葉が、普段よりもずっと小声になってしまって、それが何だかすごく恥ずかしかった。
「あーもう、何をぐだぐだやってんだ!」
 ついに見かねて、パートナーの禰子が、強行手段に出た。
「心配しなくても、この連中は敵じゃねえし、危険もねえ!
 あたしがそう判断した! どーんと行ってこい、どーんと!」
 どーんと突き飛ばされて、
「ねーちゃ……うわ、わあっ」
と、たたらを踏んだ夏菜は、どしんと誰かにぶつかって、へたりこみそうになる。
「おっと」
 その腕を掴まれて、座り込む前に引っ張りあげられた。
「大丈夫か?」
「……は、はい。……あの、ごめんなさい……」
 恐る恐る顔を上げてみると、シキが気にするなと笑っていた。
「大丈夫?」
 美羽も心配して声をかける。
「……は、はい……」
 恥ずかしそうに俯く夏菜に、シキが3人を順に見て、
「何だか、小さい子が多いなあ」
と心配そうに言うので、美羽は忘れていたことを思い出した。
「あーっ、そうだった。もー、子供だからって馬鹿にしてー!」
「馬鹿にはしてないよ」
 おっと、薮蛇だった、とシキは肩を竦める。
「確かに」
とはたから見て禰子は思った。
 シキが長身なので、尚更周りの3人が小さく見える。
「あっ、そうだ!」
 ぱっと美羽が一森を見て、一森も、横にいた夏菜もその声にびくりとした。
「さっき何か言いかけてたよね。何?」
「あ……」
 おろ、と、一森はシキを見る。
「……地震の原因が、ウラノスドラゴンなら」
 一森は、自分の予想を、彼に伝えようとしていたのだった。
「地震は助けを求めてるとか、危険を知らせてるとか、何かを伝えようとしているのかもしれないよ」
「そうですよね……ドラゴンさん、どうして……何回もぶつかるのでしょう……」
 夏菜も、それを疑問に思っていた。
「おおかた、どっかかゆいところがあるとか、トゲが刺さってるとか、そんなんじゃねーの?」
 禰子が歩み寄って来て、夏菜はほっとしながらもえっと驚く。
「それなら、何とかしてあげないと……」
「そうだなあ。
 ドラゴンに刺さるくらいだから、普通のトゲ抜きじゃ駄目だろうなあ。
 こう、ルミナスシアター2本で挟んでぐいっとやればいいんじゃねえか?」
「……あの、それ、誰がやるの……」
 禰子はにっこりと微笑んだ。
「ドラゴンを大人しくしててくれるように説得してくれたら、あたしがやってやるぜ?」
 ミニスカートはいてることなんだし。
「無理……!」
 そんな会話を、シキは微笑ましく笑いながら聞いていた。