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リアクション
Part.6 バカンス
「さてっと! 朝ご飯も食べたことだし、いよいよメインイベントだねっ!」
期待に胸を弾ませるファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)に、
「お前にとってのな」
と、パートナーの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は溜め息と共に突っ込みを入れた。
空海で釣りをする、と聞いたヨハンセンは、
「あまり大物は釣るなよ」
と釘を刺した。
「何故です?」
火村 加夜(ひむら・かや)が訊ねる。
「あまりでかい奴に船の上でびちびち跳ねられると、操縦に支障をきたすからな」
「すぐにとどめを刺してしまえば問題ないわけですか?」
と訊ねたのは、同じく釣りをする気満々のリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だ。
「タシガン空峡の釣り場に近寄る魚は、群れから外れたのが多いがな。
知ってるかもしれんが、雲海魚類なんかは総じて普通の魚よりでかめだ。
しかも、遠海にいるクモサンマはでかい上に群れてやがるから厄介だ。
確認したら逃げるからな」
「厄介?」
ぴんと来ないのか、リースのパートナー、ミリル・シルフェリア(みりる・しるふぇりあ)がことんと首を傾げる。
「あれの進行方向にハマっちまったらおしまいだ。
地球には小型ミサイルってのがあるだろ。
爆発は勿論しないが、あのサイズをマシンガンで食らうと考えれば解るか」
クモサンマは、平均して10メートルほどある魚だ。
1匹や2匹ならともかく、そして地上や島から釣るならともかく、それを飛空艇上で釣るのは、技術が要る。
「……まあ、色々と注意事項はあるようだけど」
黒崎 天音(くろさき・あまね)が、口を開く。
「別に、釣りをするな、という話ではないんだよね?」
ヨハンセンは苦笑いだ。
「好きにしな」
「と、いうわけで」
ヨハンセンは群れの魚を確認したら逃げると言ったが、群れていない魚はいないとは言わなかったし、釣るなとも言わなかった。
要は、上手く釣れ、ということだ。
登山用ザイルをパイプ材の先に結び付け、適当な長さに切ったロープの先を、いっそ清々しい笑みと共に、天音はパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)に向けた。
そういえば僕、クモサンマとかクモイワシとか、見たことないんだよね。
彼がそう言った時から、激しく嫌な予感はしていた。
予感というより、確信だった。
タシガン空峡の釣り場には行ったことはなかったが、普段タシガンにいるのだから話は多少聞いている。
「……そうだな。
雲海魚類は、地球人やパラミタ人を餌にするのだったな」
棒読みに近いセリフは、半ば逃避、半ば諦めの証でもある。
天音は黙って笑みを深くし、眉間に深い深いしわを寄せたブルーズは、長い溜め息を吐いた。
せめて気分を出そう、と、地獄の天使を用いて影の翼を作りだし、竜の翼を演出しつつ、餌として”垂らされた”ブルーズは、自分と同じドラゴニュートの子供が、自分と同じ状況になっているのを目にして目を見張った。
ファルだ。
「あっ、ブルーズさーん」
ふよふよと風に揺られながら、ファルも気付いて手を振ってくる。
「……意外だな」
早川は、パートナーにこういうことを強いる人物ではないと思っていたのだが。
そう口にするより先に、ファルが興奮した様子でブルーズに語り始めた。
「ねえねえ、空を飛ぶって、こんな感じなのかなあ!?
ウラノスドラゴンもこんな風に飛んでるのかな〜。
ボクもいつか成体になったら、ロープ無しでこんな風に飛べるよね!」
……成程、早川に言われたのではなく、自ら希望したらしい、と、ブルーズは悟った。
「あとねあのね、ドラゴンに会う前に腹ごしらえだよ!
自分で食べるクモサンマは、自分で釣らないと。
時給自足だよね! それと一石二鳥だよ!」
ああ、深く深く眉間にしわを寄せたのは、早川の方だったに違いない。
と、ブルーズはこのファルの張り切り振りから、パートナーの心情を察した。
「……成体か」
成体のドラゴン。それは同じ竜族の自分にとっても、尊敬の対象だ。
やがて遠い未来に、自分も成体になるのだろう。
しかし、それをファルのように憧れるには、ブルーズの心は複雑だった。
いつか、自分が真のドラゴンへと成長した時。――その姿を見せたい相手は、既にいないのだ。
「なるほど、あんな方法があったんだよ」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、手すりから身を乗り出して、見ようによっては飛んでいるようにも泳いでいるようにも見えるドラゴニュート2人を見下ろした。
ファンタジー世界でなくてはならない”ドラゴン”も、シャンパラで遭遇するのは、闇龍とか、よくない存在が多かった気がする。
「でも、天空竜っていいよね! 何だかすごくカッコいい感じがするんだよ」
そんな噂を聞きつけて、わくわくと飛空艇に乗り込んだのだ。
ドラゴンを見つけ出すまでは釣りを楽しみたいと言うと、シキが釣り竿を貸してくれた。
大物用ではないが
「釣り糸に魔糸を縒り込んでみたから、効果は解らないけど釣れるかもしれないよ」
と言っていたので期待している。
別に釣れなくても、気分を楽しめればそれでいいと思っているけれど。
「空の海でも海は海だし、水着を着たらもっと気分が出たかなあ」
などと言い、雲の海を泳げたらいいのにね、とパートナーのミア・マハ(みあ・まは)に言っていたところだったので、命綱を装着しつつ、雲の海を泳いでいる姿を見て、思わず羨んでしまった。
無論本人達(の片方)は、そんな気分ではないのだが。
「陽射しがきついのう」
ミアは上を見上げて目を細める。
氷術でレキを凍らせてかき氷にして食べるか。
などと密かに考えているミアは、シキが作った釣り竿ではなく、レキの作った、適当な棒に釣り糸を括り付けただけの釣り竿を手すりに結び付けている。
何故かシキは、ミアが持っているレキ手製の竿を見ると微笑んで、
「そっちの方が釣れるよ」
と言って竿を貸してくれなかったのだ。
全くけしからん。ぶつぶつ言いながらアタリを待つ。
やがてうとうとと眠気に捕らわれ始めた頃、
「引いてるんだよ!」
というレキの叫びに飛び起きた。
やる気満タンのファルに、本当にいいんだなと念を押した上で船の外に放り出し、君も雲海魚類狙いかいと天音に声を掛けられつつ、並んで釣り糸を垂れている呼雪らに、
「私にも、何か手伝えることはありますか?」
火村加夜が声を掛けた。
自分も釣りをしてみたかったが、あまり力に自信がなかったので、誰かの手伝いをと思ったのだ。
「そうだね」
天音が微笑んだ。
「アタリが来たら、釣り上げるのを手伝って貰えるとありがたいよ」
天音の言葉に、
「それでしたら」
と加夜は頷く。しかし
「なにしろね」
と天音は肩を竦めた。
「獲物が掛からなくても、餌単体ですら、僕一人で引き上げるのは無理そうで」
「……え?」
呼雪と加夜の視線が、天音に集中する。
天音が餌にしたパートナー、ブルーズの体重は、60キロほどだが。
「……黒崎」
呆れ顔の呼雪に、天音は手すりに縛り付けた竿の向こうを見た。
「”垂らす”時は自分で飛び込んで行ってくれたけど、クモサンマに食らいつかれたら自力で戻って来るの大変そうだし、引き上げるの苦労しそうだよね」
「が、頑張りますっ」
「冗談だよ」
まさか本当にそんな力仕事を女の子にやらせる気はないので、天音はくすくす笑った。
「料理はできるか?」
代わりに呼雪が訊ねる。
「あ、はい」
それは最近得意分野として目覚めてきたことだ。
「さっき、調理道具を持ち込んだ時に厨房を見てきたんだが、結構酷い有様だった。
後で掃除に付き合ってくれたら助かる」
「調理器具を持ち込んだんですか?」
加夜は目を丸くした。
「刃物と調味料くらいだが」
ファルがクモサンマを食べることに情熱を傾けているので、呼雪も、空賊の飛空艇という特殊な場所で、調理場がもし使われていなかったらと案じて用意したのだ。
魚だけではと、野菜類も少し持って来てみた。
案の定、空賊達は、厨房をまともには使っていなかったようで、料理する前に少し掃除しないと、と思っていた。
「用意がいいんですね」
感心した加夜に、呼雪は
「パートナーが大食らいでな」
と肩を竦めた。
「はー、気持ちいい。空の旅最高ね!」
満喫している風のリース・アルフィンの横で、パートナーのミリルが、
「リースちゃん、今日は何するの……?」
と訊ねた。
単に空の旅を楽しむ為だけに、自分を誘ったのだろうか?
そんなことはないと思うのだけど。
それでも嬉しいけれど。
でもやっぱり何かをするつもりだと思うわけで。
びくびく。わくわく。
リースはふふっと笑った。
「美味しいお魚が食べたいと思ったので」
釣りをしたかったものの、釣り竿の扱いに自信が無かったので、リースは考えた。
「サイコキネシスで釣ろうと思うのよね」
「ええっ? それ、難しそう……」
「物を動かす能力ですもの、魚だって動かすことくらいできそうじゃない?」
「そ……そっか……。うん、わかった、頑張ろうねっ」
こくっと頷いたミリルに、
「は? 何言ってるの、釣るのはあなた一人で」
「えっ」
「この船に乗ってる人全員分くらいは釣るのよ」
「ええっ」
「できれば大きいお魚の方が嬉しいわ」
「えええっ」
「じゃ、私少し部屋の方で寝てくるから。
もし釣れなかったら……お仕置きだからね?」
ふふっと笑って、リースはすたすたと去って行く。
呆然と、ぽつねんとミリルは後に残された。
「……放置プレイ……?」
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