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第2章


 8月某日。
 10時。
 タノベホテル空京がプレオープンした。
 一番最初のお客様がホテルの入り口をくぐっていく。
「最初のお客様、いらっしゃいませ〜」
 ガラスの扉をゆっくりと開けたのは黒メイド服に猫耳、猫尻尾を付けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
「わぁ! 凄い!」
 中に入ってそう呟いたのは最初のお客双葉 京子(ふたば・きょうこ)
 その後ろを京子の荷物と自分の荷物を持って入ってきたのは椎名 真(しいな・まこと)だ。
 京子の目の前には広々とした玄関ホール、天井は高くなっていてキラキラと輝くシャンデリアが見える。
「お荷物お持ちしますよ」
 そう声を掛けたのはホイップだった。
 声を掛けられた京子と真、それからドアガールをやっているルカルカまで驚いていた。
 ホイップがいることではなく、その着ている物だ。
 なんと髪をまとめて、帽子の中に隠し、ボーイの格好をしているのだ。
「ほ、ホイップ……てっきり同じ制服かと思っていたのに……」
「あ、えっと……うん、そうなんだけど……アルツールさんがね、人が集まってきたら仕事にならないだろうから、私だって分からないようにしたらどうかって言われたんだけど……そこまでしなくても大丈夫だとは思うんだけど、心配して言ってくれたから」
 えへへとホイップは笑顔を見せる。
 どうやらアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の助言を素直に聞いた結果らしい。
 そして、真が持っていた荷物を受け取ろうとするが、真にやんわりと断られてしまった。
「いや、あの……ホイップ……むしろ、それ人が来ると思うよ?」
「変……だった?」
「ううん。変じゃない! でも、珍しいからかえって目立つと思うの」
「そっか……うん、あとで着替えるね」
「それが良いと思うよ」
 ルカルカはそう言うと、自分の持ち場に戻ろうとしたが、すぐにくるりとホイップの方へと戻ってきた。
「勤務が終わったら更衣室で会おうね」
 そう耳元で呟くとルカルカは本当に仕事へと戻って行った。
 ホイップは2人に受付の方へと案内をする。


「いらっしゃいませぽん。お客様のお名前をお伺いさせていただきますぽん」
 フロントに丁寧ではきはきと業務をこなしている四条 輪廻(しじょう・りんね)の姿があった。
 いつもの眼鏡とは違い、モノクルが顔で光っている。
「…………」
 輪廻が名前を聞こうとするが、真と京子は固まってしまっていた。
「え、あぁ、耳と尻尾ですかぽん? これはリクエストにお応えした形となっておりますぽん」
 自分の姿を思い出し、輪廻がそう答える。
「えーと……一体誰のリクエスト?」
「申し訳ございませんが極秘事項となりますぽん」
 真が意を決して質問したが、回答は得られなかった。
「お客様、ご予約のお名前をお願いしますぼん」
「あ、ああ、椎名 真で」
 輪廻が端末を調べるとすぐに予約客として表示された。
「確かに、ではアリスさん。お客様をお部屋までご案内してくださいぽん。それと、お客様、各施設の説明や場所はこちらのパンフレットをご参照くださいぽん」
 輪廻はカウンターに置いてあった細長いパンフレットを手渡した。
 その中にはホテルの地図とサービス一覧が描かれていた。
 呼ばれると、真と京子の横でにこにこ笑顔でいたアリス・ミゼル(ありす・みぜる)が口を開いた。
 やはりこちらも狸耳に狸尻尾(偽物)が付いていた。
「はい、かしこまりました。それではお部屋はこちらになりますので、後についてお歩きくださいぽん」
 アリスが歩きだそうとすると、京子が呼びとめた。
「あの! 何か貸出とかしてる洋服ってないかな? その……真くんに……」
 京子の視線の先は真の執事服で止まった。
 こんな日でも執事服を着ているとはあっぱれ。
「ございますぽん」
 にっこりとアリスが答える。
 輪廻が電話でどこかに話しを付けると七枷 陣(ななかせ・じん)が現れた。
「こちらです、お客様」
 どこか黒い笑顔の接客にちょっとだけ恐怖を感じながら、真は陣の後ろをついて行った。
「ところで、その言葉と格好は……」
「この格好と語尾はただの嫌がらせですぽん。誰に? それは極秘事項ですぽん」
 京子の質問に笑顔で答えるとアリスは眼だけ笑わずに輪廻へと同意を求めた。
 輪廻は視線をちょっとだけそらして、同意を示した。
 謎は深まるばかりだ。
 しばらくすると、陣と真がやってきた。
 さきほどの執事服とは違って真は爽やかなカジュアル服へと着替えていた。
「真くん、しっかりな」
 京子の元へと向かおうとした真の耳だけに届くように陣は呟いた。
 真は耳だけ真っ赤になっていたが、なんとか京子の前では平常を保とうとしていた。
 こうして、アリスに案内されて真と京子は部屋へと向かっていった。


「真くん達、来てるんだね! あとでルームサービスやろうかな?」
 受付から少し離れた土産物売り場では、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がそんな事を呟いていた。
 この土産物売り場……何故か狸の耳と尻尾が売られている。
「お2人の進展は気になりますが……あまり構ってはダメですよ」
 リーズの言葉を受けて小尾田 真奈(おびた・まな)が言う。
「あの2人って良い感じなんだ?」
 2人の事をあまり知らないホイップがリーズと真奈に聞いた。
 もう服を着替えており、普通の従業員と同じく裾の長いメイド服となっている。
「うん! とってもお似合いだよね!」
 リーズの言葉に真奈が頷く。
「へぇっ!」
 ホイップは目を輝かせた。
「あ! 挨拶がまだだったよね? はじめまして! 陣くんのパートナーのリーズだよ!」
「はじめまして! ホイップです」
 リーズが元気よく挨拶をすると、ホイップも元気よく返した。
「私とはお久しぶりでございます、ホイップ様。本日は宜しくお願いします」
「今日もよろしく!」
 真奈の丁寧な挨拶にホイップは笑顔で言ったのだった。
 3人は挨拶を済ませると仕事に戻っていった。
 これから、長い1日が始まる。