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七不思議 恐怖、撲殺する森

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七不思議 恐怖、撲殺する森

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    ★    ★    ★
 
「アイスくださーいですぅ」
 宿り木に果実で、神代 明日香(かみしろ・あすか)はありったけのお小遣いをカウンターに叩きつけて言った。
「えっ、は、はい……」
 多少面食らいながらも、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)は、シャンバラ山羊のミルクでできた絶品アイスクリーム業務用4リットルを、ドンと神代明日香のテーブルにおいた。さすがに溶けないようにドライアイスをたっぷりとサービスする。
 普段ならこんなことをすればアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の逆鱗に触れるところだが、今はアイス禁止の刑の真っ最中であるからこそできる大盤振る舞いであった。
「生きているうちに、せめてアイスだけでも食べたいよね、小ババ様」
 テーブルの上においた手製の小ババ様人形に語りかけながら、神代明日香はカレースプーンでがつがつとアイスクリームを食べていった。
 世の中にはお約束というものが存在する。今現在流行っている通り魔撲殺事件がついにイルミンスール魔法学校に達するとすれば、当然狙われるのは薄幸の美少女である自分だ。神代明日香は、勝手にそう信じ込んでいた。特に、美少女という部分を。
「すみませーん、アイスクリームくださーい」
「ごめんなさい。売り切れてしまいましたあ」
「なんですってえ!!」
 ちょうどアイスクリームを買いに来た日堂 真宵(にちどう・まよい)は、ミリア・フォレストの言葉に愕然とした。
「ああ、真宵、あそこにアイスがありマース」
 一心不乱にアイスクリームを食べ続ける神代明日香を見つけて、アーサー・レイス(あーさー・れいす)が指をさした。
「カレースプーンでアイスクリームを食べるとは、通デース、猛者デース。感服いたしましたデース」
「えっ、そ、そうなの?」
 アーサー・レイスに言われて、神代明日香はキーンとする頭で、ぼんやりと答えた。
「ねえ、そのアイス少し分けてくれないかなあ。たっゆん撲滅のために必要なのよ」
 日堂真宵が、神代明日香に頼み込んだ。
「たっゆん撲滅のため……万難を排して協力するですぅ」
 がっしりと日堂真宵の手を握りしめると、神代明日香はそう答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「……というわけで、内外の生徒が、今この話題で持ちきりであるのですよ。このまま放置しておくのも、イルミンスール魔法学校の教師としてはいかがなものかと思いまして。それに、七不思議といえば、以前のスライム事件の件もありますから、過小評価するべきではないと考えますので」
 校長室にやってきたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、アーデルハイト・ワルプルギスを前にして力説していた。
「そこで、アーデルハイト様。先日の名誉挽回もかねまして、敵の正体を見極めるための囮をお願いいたしたく参りました次第なのです。アーデルハイト様が森へ行き、襲われた所で後ろから隠れてつけていた私が光術で敵に目潰しをする。そして、敵が怯んだところを、他の生徒たちと共に袋叩きにして捕まえるという作戦です。なあに、命は奪われた者はいないようですし、万が一のことがあっても、アーデルハイト様なら復活できるでしょう。いかがでしょうか?」
「嫌じゃ!」
 即答であった。
「だいたい、私がなんでそんなことをしなければならんのじゃ。すべてはたっゆんが悪いのじゃ。私は全然悪くないのじゃ!!」
「ですが、今のままではアイスクリームを食べることができないのでは?」
「ううっ」
 さすがに、アーデルハイト・ワルプルギスが言葉を詰まらせた。
「そこで、一ついいことをお教えしたいのですが……。よろしければ、御参考までに。アイスクリーム禁止の刑……。これはあくまでもアイスクリームが禁止であるということ。そのことをどうかアーデルハイト様も思い出していただきたい。つまり、シャーベットやカキ氷のような氷菓ならいつ食べても大丈夫だったということです」
 これで一つ貸しだという顔で、自信たっぷりにアルツール・ライヘンベルガーが言った。
「ほほう、おぬしは何も分かっておらぬのだな」
 アーデルハイト・ワルプルギスが、ちょっと眉の端を吊り上げて言った。
「はっ?」
 一瞬意味が分からなくて、アルツール・ライヘンベルガーが聞き返す。
「謝れ。今すぐ乳脂肪分様に謝るのじゃ。私が、なんのためにシャンバラ山羊のミルクにこだわっていると思う。あのこってりとしたミルクの濃厚さ、これなくして、凡庸のアイスクリームなど水も同じなのじゃ!」
「その通りでございます!」
 突然、そんな声がして、日堂真宵が校長室に入ってきた。
「こら、今は、生徒は勝手に入ってきてはいかん」
「ぺったんこ騎士団日堂真宵、御前に。ささ、騎士団長には、これを……」
 アルツール・ライヘンベルガーの制止を無視して、日堂真宵はシャンバラ山羊のミルクアイスをアーデルハイト・ワルプルギスに差し出した。ちゃんと銀製のアイスクリーム皿に載せて、ウエハースも添えてある。
「おお、それは! 大義であった」
 喜んだアーデルハイト・ワルプルギスが、アイスクリーム禁止令を無視してアイスクリームに飛びつこうとした。
「いけません。アーデルハイト様、ルールはお守りください。ゆけ、小ババ様!」
「こばっ!?」
 そう叫ぶなり、アルツール・ライヘンベルガーは机の上にいた小ババ様をむんずとつかんで、アイスクリームめがけて投げつけた。
「こばー♪」
 飛んでいった小ババ様が大口を開けて、体当たりするようにパクリとアイスクリームを一呑みにした。
「うあああぁぁぁぁ!!」
 アーデルハイト・ワルプルギスと日堂真宵が同時に悲鳴をあげる。だが、すでにアイスクリームは小ババ様のお腹の中だ。
「校長の決めたことには従っていただきます」
 さも当然そうに、アルツール・ライヘンベルガーが言った。
「もしアイスクリームを口にしたいのでしたら、一連のたっゆん騒ぎから頻発している殴打事件を解決してください!」
「ううっ」
 はらわたが煮えたぎっているアーデルハイト・ワルプルギスであったが、ここでまたエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)ともめて、アイスクリーム禁止期間を延長されてはたまったものではない。
「そうです。大ババ様、これはすべてたっゆんの仕掛けてきた、大ババ様にアイスクリームを食べさせないための陰謀、いえ、これはすでに戦争なのです。一連の殴打事件も、間違いなくたっゆんたちの乳ビンタの仕業。ここはぜひ、わたくしめにたっゆん殲滅の御下知を……」
 片膝ついた日堂真宵が、アーデルハイト・ワルプルギスに言った。
「いいじゃろう、たっゆんを殲滅するのじゃ」
 のりのりのアーデルハイト・ワルプルギスが日堂真宵に命令する。
「あっ、こら」
 アルツール・ライヘンベルガーはあわてて日堂真宵を止めようとしたが、すでに彼女は校長室を嬉々として飛び出してしまった後であった。
「いいのですか? 今必要なのは、七不思議と噂される殴打事件の犯人を捕まえて事態を収拾することであって、無実のたっゆんを……」
「無実? たっゆんは、それ自体罪なのじゃ!」
 アルツール・ライヘンベルガーの言葉を途中でさえぎって、アーデルハイト・ワルプルギスは叫んだ。
「ああ、もう知りませんからね」
 あきらめ顔で、アルツール・ライヘンベルガーはそう言った。