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リアクション
第10章 紅の帽子の男
ガガ山の山道には、山頂を目指すルートから分岐した、もうひとつのルートがある。
そのルートは、ガガ山の高みから周囲を見下ろすかのようにそびえる、不気味な怪龍岩へと通じていた。
その怪龍岩の側に、紅の帽子をかぶった、一人の男がたたずんでいる。
やせこけた、長身の男だった。
その表情は、紅の帽子の陰に隠れて、うがかい知ることができない。
紅の帽子の男。
地元の人々は、彼をそう呼び、恐れていた。
紅の帽子の男が現れるとき、怪龍岩の下から、500年に1度目を覚ますという深紅の龍が現れる。
そうした伝説が、地元の人々の間で言い伝えられていた。
「何たることか。あれが、この時代の超能力者たちか? あまりにも不安定だ。研究の成果は、後世に受け継がれなかったのか?」
紅の帽子の男は、ガガ山のあちこちで起きている超能力者たちの激闘を眺め、嘆くように呟く。
男は、遠い過去に想いをはせた。
アトラスの傷跡は、古代シャンバラの首都の跡地。
古き都では、超能力の研究も行われていたのだ。
「彼らは、誰かの手によって、闘わざるをえない状況に導かれているように思える。この山を覆う結界は、その者の戯れか? 個々の運命を乗り越えようとする者たちは、さらに巨大な運命の流れの中にいるとは、気づかないものだ」
紅の帽子の男は、じっとたたずむ。
悠久の歳月の中で目にした、多くの出来事を想い返しながら。
一方、バトルロイヤルの参加者たちの中には、深紅の龍の伝説のことを知り、怪龍岩を目指す生徒たちもいた。
もちろん、夢野久たちによって導かれたパラ実生たちも、怪龍岩を目指して険しい山道を登りだしている。
「みえてきたよ。あれが怪龍岩だね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、額の汗を拭い、前方にそびえる巨大な岩を見上げて、いった。
「なるほど。噂にたがわぬ、まがまがしい外観だな」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がいう。
「ここまできたんだ。何が何でも龍を倒してやるぜ」
夏侯淵(かこう・えん)は気合を上げる。
「龍は、本当に目を覚ますのか?」
朝霧垂(あさぎり・しづり)は半信半疑である。
「噂が本当だといいな。龍に会いたいもん!」
ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は期待に胸を膨らませていた。
「あっ、あの人は!?」
ルカルカは、怪龍岩の側にたたずむ、紅の帽子の男を指していった。
「あれが例の不審な男か。よし、闘いの邪魔にならないよう、捕まえておくぜ!」
夏侯は、男に近づいていった。
「大丈夫か? そいつが何者かもわからないんだぞ?」
ダリルが懸念を示す。
「大丈夫。仕掛けてくる気配はない」
ダリルにそう答えて、夏侯は、男に話しかけた。
「おまえは誰だ? 名前は何という?」
「…………」
紅の帽子の男は、何も答えない。
「俺たちは、深紅の龍と闘うためにきたんだ。闘いの邪魔になるから、離れていてくれないか? でなきゃ、束縛させてもらうことになるぜ」
「……変わらぬ」
「はあ?」
男の謎めいた言葉に、夏侯は苛立った。
「どんなに時代が経っても、人は変わらぬ。龍を倒そうとする者たちよ。この山に集う超能力者たちは、あまりにも不安定だ。彼らの不安をいたずらに煽れば、大いなる殺戮の女神が動き出すだろう」
「何をいってるんだ!? もういい。いうことを聞かないなら!」
夏侯は男の身体に縄をかけた。
男は抵抗する様子もみせずに拘束される。
「さあ。ついてくるんだ」
夏侯は縄を引いて男を促す。
「大いなる殺戮の女神? 女神、女神か……」
ダリルは、男の言葉について考え込んだ。
女神かどうかはわからないが、バトルロイヤルに強制参加となった女性の強化人間がいることが、ひどく気になった。
ルカルカたちが怪龍岩にたどり着いた、ちょうどそのとき。
ガガ山の山頂で、争いが起きようとしていた。
まだ、多くの参加者たちが山頂にたどり着こうと、激戦を展開しながら山道を登っている間のことである。
「着きましたよ」
志方綾乃(しかた・あやの)が、光る箒から飛び降りて呟く。
結界のせいで、高空移動はできなかったものの、梢のちょっと先を行く低空移動でも、十分なスピードで進むことができた。
特に、パラ実生の襲撃をスルーできたのは大きい。
志方はバトルロイヤル非参加のため、他の参加者から狙われることもなかった。
「私たちが一番ですね。ルールどおりに指輪を活用すれば、『勝利者』にもなれますが」
光る箒にくくりつけられていた高性能こたつ(こうせいのう・こたつ)が指摘する。
「こたつさん。私たちの目的はわかっていますよね。この指輪を破壊し、バトルロイヤルを不成立にします。勝利者になってコリマ校長の寵愛を受ける特典がなくなったとわかれば、強化人間たちも闘いをやめるでしょう」
志方はいって、金の指輪が収められたクリスタルのケースに歩み寄る。
ケースは、マグマの赤い光がのぞく噴火口の近くにあり、付近の気温はいやがうえにも高まっていた。
「出世のために、安易に殺し合いに手を染めるなんて! 本当に出世したいなら、地道に努力すべきですよね」
志方はケースの開け方を調べ始める。
「出世、ですか」
こたつには、志方の「出世」という言葉がひどく浮いて聞こえたが、バトルロイヤルを不成立にすることに反対ではないため、黙っていることにした。
浮いて聞こえるのも無理はない。
強化人間たちは誰も「出世」という言葉を使っていないのである。
だが、志方には、超能力者たちがわざわざ殺し合いに参加するのは、コリマ校長の寵愛を受けるという「特典」目当てであるとしか思えなかったのだ。
だからこそ、金の指輪を破壊すれば、バトルロイヤルが不成立になると思ったのである。
「あっ、ここを押すみたいですね」
志方がケースを開けようとしたとき。
志方と同様に、山頂への到着を最優先にした生徒たちが、次々に現れてきた。
「ラヴィ、やっと着いたよ」
小型飛空艇から山頂に降りた、御空天泣(みそら・てんきゅう)がいう。
「ありがとう、天ちゃん」
御空に続いて、ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が山頂に降り立つ。
直後、ラヴィーナは不機嫌な口調になる。
「天ちゃん、あれ! 金の指輪を全部奪おうとしているずるい奴がいるよ!」
ラヴィーナは、ケースを開けた志方に憎悪の視線を向けていた。
「あっ、もうやってきた人がいるんですね」
志方はぎくっとして、10個ある金の指輪を全てつかもうとする。
そこに、今度は茅野茉莉(ちの・まつり)が山頂に現れた。
「ふう。やっと着いたわっ。あっ! 参加者でもないのに指輪を奪おうとしている人がいるわ!」
茅野は志方をみて大声をあげる。
「指輪の確保を優先し、戦闘を回避して速攻でここまできたのは正解だったな。あのような輩を放っておくなら、『勝利者』になるのは永遠に不可能だ」
レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が茅野に指摘する。
「じゃ、ここでやっと最初の戦闘だね」
茅野はどこか嬉しそうな笑顔を浮かべて、志方に歩み寄っていく。
御空とラヴィーナも、別方向から志方に近づいてきていた。
「まずいですね。火口にたどり着く前に攻撃を受けそうです」
志方は、火口までの微妙な距離をはかって嘆く。
指輪を握りしめる掌が、じっとりと汗ばんでいた。
コリマによってつくりだされたこの指輪は、火口に投げ込む以外の方法では破壊できないように思えた。
「4対2ですか。やるしかないでしょう。志を貫くなら」
こたつがいった。
「そうですね。志方ないですね」
絶妙なタイミングで、志方の口癖が出た。
「ラヴィ、仕掛けます!」
御空たちは、サイコキネシスで岩を持ち上げて、志方に向けて放り投げる。
「それじゃ、あたしの自慢の魔法を、みせてあげるねっ!」
茅野は巨大な火炎の球をつくりだして、御空たちとは別方向から志方にぶつけようとする。
「うわー!」
志方は複数の攻撃を慌てて避けた。
避けるときに、指輪を地面に落としてしまう。
バラけた指輪を、かき集める余裕はない。
「敢えて魔法を使う人もいるんですか。でも、魔法なら私の方が上かもしれませんよ」
志方はアシッドミストを周囲に放ち、敵がひるんだ隙に、雷術を放つ。
御空や茅野も反撃し、山頂で激戦が始まった。
「ここまできて、負けるわけにはいきません!」
御空は、強く念じた。
サイコキネシスで、無人の小型飛空艇を浮き上がらせる。
そのまま囮として、山頂上空を旋回させた。
「綾乃さん! ミサイルを発射します! 伏せて下さい」
こたつは、6連ミサイルポッドを使用し、小型飛空艇に攻撃を行った。
ががーん!
放たれたミサイルのひとつが、飛空艇に炸裂する。
飛空艇は煙を吹きながら徐々に落下し、山頂から離れていった。
飛空艇が落下する先には、怪龍岩があった。
「うん、あれは!?」
ルカルカは、煙を吹きながら山頂上空から流れてきた小型飛空艇に気づいた。
「ぶつかるぞ」
ダリルが、緊迫した口調となる。
どごーん!
飛空艇が怪龍岩に激突し、大爆発が巻き起こった。
ぱかっ
怪龍岩に大きな裂け目が走り、2つに割れる。
すると。
ごごごごごごごご
大地が鳴動し、地の底から恐るべき獣の吠え声があがる。
「龍だ! 龍が目を覚ましたぞ!」
夏侯が叫ぶ。
「みんな、戦闘態勢に入るんだ! 急げ!」
朝霧が光条兵器を取り出す。
「わーい、龍だ! わーい!」
ライゼは大騒ぎだ。
「おまえはここでじっとしてろ! あれ? いないぞ」
夏侯は、捕縛した紅の帽子の男に声をかけようとして、男を束縛した縄が、結び目はそのままで、地面に落ちているのに気づいた。
だが、そのことを気にしている余裕はない。
「ぐ、ぐわおおおおお!」
伝説の「深紅の龍」がガガ山に現れ、炎を吹いて暴れ始めたのである!
そして、「深紅の龍」が暴れ始めたとき。
「う、うわあ!」
「きゃあ!」
バトルロイヤルに参加した強化人間たちは、みな、精神不安定が深刻化し、悲鳴をあげ始める。
大半は凶暴化傾向が顕著となり、破壊衝動や破滅願望がたかまる、危険な状態となった。
理由は明らかだった。
龍の放つ邪悪な覇気が、強化人間たちの精神に悪影響を与えているのだ。
そして、最悪の状態へと突き進む強化人間が、一人いた。
「きゃ、きゃああああああ!」
「カノン、どうした!?」
御剣紫音(みつるぎ・しおん)は、突如悲鳴をあげてうずくまったカノンに声をかける。
不吉な予感が、御剣の鼓動を早くさせていた。
カノンとその周囲の生徒たちは、カノンを慎重に護衛しながら、ガガ山の山道を登っていたところだった。
「あ、頭が! 割れるように痛い! ダ、ダメ、もう! みえるわ、炎が、破壊の炎が! 世界全体が私の敵だわ!」
カノンの絶叫は、耳を聾せんばかりだった。
「何をいってるんだ。しっかりしろ! 俺たちがついている!」
御剣は叫んで、カノンの肩をつかみ、揺さぶる。
「さ、触らないで! こ、殺しますよ、殺す、殺す! うっ!」
しわがれた声で叫び、カノンは、嘔吐する。
「こ、これは、危険な状態だ! 早く何とかしないと!」
御剣は非常事態の到来を悟った。
御剣が連絡をとった山葉涼司(やまは・りょうじ)は、まだ姿をみせない。
もはや、涼司の到着を待っている余裕はなくなった。
「御剣さん。こうなったら、『潜る』しかないんやと思いますどす」
綾小路風花(あやのこうじ・ふうか)が御剣にいった。
「護衛は、わらわたちに任せい。紫音の邪魔は、誰にもさせんのじゃ」
アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)も、力強い口調でいう。
「みんな、ありがとう! 一か八か、カノンにサイコダイブを行う! 後は任せた!」
御剣は、カノンの手をとると、目を閉じた。
サイコダイブとは、非常に濃い形態の精神感応ともいえる。
相手の精神のかなり深い部分にまで自分の精神を送り込み、無意識の領域から相手を解析し、問題を解決するものである。
普通の精神感応と最も違うのは、感応の間、自分が仮死状態となり、全く動くことができなくなる点であった。
御剣もまた、サイコダイブを実施すると同時に、その身体は仮死状態となり、地面に倒れ込む。
護衛がいなければできない手段であった。
(カノン、カノーン!)
御剣は、カノンの精神の内部で呼びかける。
だが、返答はない。
カノンの精神は、錯乱そのものの状態にあった。
(カノン、助けてほしいなら俺たちに頼れ。お前は1人じゃない。周りには気をかけてくれている奴らもいる。もっと周りを頼っていいんだ! だから、1人で苦しむのはやめろ!)
呼びかけながら、御剣はカノンの精神の奥深くへと入り込む。
言葉ではなく、心と心で、直接通じあおうとした。
全身全霊を込めた、御剣の必死の方策である。
だが、それでも、カノンからの反応はない。
代わりに、御剣は、衝撃の事実を悟った。
(こ、これは! 何ということだ!!)
御剣は、サイコダイブによってカノンの無意識の領域を探り、知ってしまったのだ。
カノンの中には、さまざまな記憶の断片が混じりあって、混沌としていた。
何度も記憶の操作を受けた影響か、断片と断片をつなぎあわせる糸はぐちゃぐちゃにほつれて、修復は困難な状況にあった。
そして、記憶の断片が無秩序にせめぎあう中で、カノンの中には、いくつもの別の人格が発生していたのだ。
バラバラの状態にある、ひとつひとつの記憶を、どう解釈し、どうつなぎあわせるか。
その解釈の違いで、別の人格が発生していくのである。
カノンは、ただ精神が不安定なのではない。
いくつもの別の人格を抱え、常にめまぐるしく移り変わる存在なのである。
その、いくつもの人格の中の1つが、いま、カノンの全体を支配しようとしていることに、御剣は気づいた。
非常に邪悪な人格だった。
カノンが自分の「負」の部分を何とか封印しようとして、一カ所にまとめた結果できあがった人格ともいえる。
(いま、カノンは、俺たちが知る普段のカノンとは全く別の「カノン」に支配されようとしているんだ! これでは、いくら呼びかけても無駄だ!)
全く別人格の「カノン」は、いっさいの説得を受けつけない、破壊の意志そのものといえる存在だった。
(これが、強化人間研究のもたらす悲劇か! 学院上層部の連中は、カノンのこの状態のことを知っていたのか? 風花もいつか、こうなってしまうのか?)
御剣の中に、カノンをこのような存在にした機関への怒りが燃えあがる。
このとき、御剣は、カノンの秘密を知った自分を、学院上層部がどう扱い始めるかを考える余裕はなかった。
カノンの中の邪悪な「カノン」は、御剣の呼びかけを完全に拒否し、御剣の精神をシャットアウトしようと圧力をかけ始めた。
「うっ! やめろ!」
叫んで、御剣は飛び起きた。
全身が、汗でぐっしょり濡れていた。
カノンは、自分の側にうずくまったままだ。
「御剣さん、どないしたんです?」
心配そうに尋ねる綾小路を、御剣は思わず抱きしめていた。
「や、いきなり、恥ずかしいどすえ」
綾小路は顔を真っ赤にしていう。
「風花! カノンもお前も、俺は絶対に守ってやるからな!」
御剣は感極まって叫んでいた。
「どうしたんじゃ。話してみよ」
アルスに尋ねられ、御剣は自分のみたものを説明した。
「むう。予想を越える事態じゃな」
さしものアルスも、顔をしかめた。
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