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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その1

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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その1

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 客寄せパンダのいない島 
 
 
 客寄せパンダの熾烈な奪い合いが続いていた頃。
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は像がなくなった後の祠の扉を開けた。
 埃にまみれた祠内。
 奪い合いが行われた証拠のように、そこかしこに手の跡や何かにこすられた跡が残っている。
 祠の中央、円く埃が積もっていない箇所を、終夏はなぞってみた。恐らくこれはパンダ像のティーカップの跡。
 像が随分長くここに置かれていたのを示すように、分厚い埃の積もる中、そこだけが綺麗だ。
 祠が何で出来ているのかと、終夏は顔を近づける。
「竹、かな?」
「そのようです。でも随分ぼろぼろになってますね……」
 竹らしきもので編まれた祠の壁を、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)はそっと手で触れてみた。まだ祠の形は保っているけれど、力を入れたら簡単に折れてしまうだろう。実際、一部は折れてしまい、風が吹くだけでカタカタと煽られている。
「客寄せパンダにしろ、この祠にしろ、製作者はどんな気持ちで作ったんだろうね……」
 長い年月に屈してもろくなってしまっているけれど、祠の網目は非常に整っている。その整いぶりに強い意思を感じて、終夏はひとりごちた。
 誰かがパンダ像を作り、誰かが作った祠に収めた。
 誰かがこの街に集い、そして誰もいなくなった。
 ここで何があったのかを知っているはずの祠は、ぽっかりと像がなくなった空間を抱えている。
 像のあった空間が寂しく見えて、終夏は付近で木を拾ってきた。それを削って、パンダっぽい形にする。
 ねじを回したオルゴールと一緒に作ったばかりのパンダ像を祠に置いて、終夏は手をあわせた。
「パンダ、お借りします」
 借りる、といってもこの場所に返せるかどうかは分からないし、ここにあるのが正解かどうかも分からない。けれど、留守番役のパンダがいたほうが、この島にいる……いた人の寂しさも少しは紛れるだろう。
 オルゴールの音がやむまでずっと、終夏は手をあわせ続けた。
「結局、客寄せパンダは何を上げていたのだろう?」
 藍澤黎はまだ気になる様子で呟いた。
 パンダ像は調査組が調査する暇もなく奪い合いになってしまった。その為、客寄せパンダ自体は調査することが出来ていない。今後調査できるか否かは、最終保持者となった者の胸三寸だ。
 パンダの安置されていた様子も、今となっては確認するすべもない。この辺りにあった、等のおおまかなことは聞けるだろうが、詳しい状況を記憶している者はいないだろう。
 パンダ像が調べられないかわりに、黎は祠を眺めてみる。客寄せパンダは個人が所有していたのではないかと思ったのだが、この祠の立地を見る限り、街をあげて祀られていたもののようだ。
 では。
「パンダは何に利益をもたらすのだ……?」
 持ち主個人でないならば、都市に? 都市にだとすれば、何に作用して客を寄せる?
 そもそも、『客』だと言うならば……。
「寄せるのは、誰の客なんだ?」
 祀られていた像のなくなった祠に残るのは、1体の留守番と多くの謎ばかり。
 
「特に御札も魔法陣も見当たりませんが……何か感じますか?」
 祠のあちこちを探していたコトノハは、服をぎゅっと握って寄り添っている蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)に尋ねてみた。影龍として封印されていた夜魅ならば、何かを感じるのではないかと思ったのだ。
 ここに来るまでは、パンダを見たことのない夜魅は興味津々ではしゃいでいた。パンダって何、可愛いの、とコトノハに質問を重ねていたのだけれど、今は顔をこわばらせている。
「ママ……何か嫌な感じがする……」
「封印の気配です?」
「なんか危ないのが近づいてくる……」
 夜魅が言った途端、コトノハにも危険が迫っているのが肌で感じられた。互いにかけてあった禁猟区が危険を察知しているのだ。
「ママ! あっち……」
 夜魅がこちらに向かってくるアンデッドを指差した。
「いけない。アンデッドは私に任せて、皆さんは逃げてください!」
 コトノハは携帯用のスピーカーを繋げた音楽プレイヤーの電源を入れた。アンデッドといえば、地球でキングと呼ばれたあの人の歌、と流した音楽にのり、コトノハはダンスを始めた。
 ムーンウォークをしながら祠から出てゆくコトノハに、アンデッドはのまれたように立ち止まった。
「さあ、一緒に踊りましょう!」
 コトノハはアンデッドを誘惑した……けれど。
 パンダ像が無くなったことに怒り驚いているアンデッドは、楽しくダンスする気分にはなれなかったらしい。
「あ、あら……みなさん、ノリがよろしくないようで……」
「ママ!」
 失敗だったかしらと踊りながら考えるコトノハを守ろうと、夜魅のバニッシュが弾けた。
 
 
 
 客寄せパンダの入手ではなくその謎の解明を目する人々は、何か糸口となるものはないかと探していた。
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は遺跡だけでなく、浮島全体を空からざっと見回ってみる。それほど広くない浮島の中で、人が生活していた痕跡があるのはこの遺跡だけのようだ。
「ぬ? 今そこで何か光らなかったか?」
「どのへん? あ、何かあるみたいだね」
 ジュレールが指差した場所に、光を反射するものがあるのを見つけ、カレンは降下した。
「飛空艇だね。誰かが乗ってきた……にしては、なんか古めかしいっていうか……ボロいね〜」
「もうこれは動きそうもないな。いつからここに放置されているのやら」
「それってもしかして…………不法投棄っ?」
「いや、こんなところまで不法投棄しにくるくらいなら、普通に処分した方が楽だろう」
「それもそっか。でもこの乗り手の人、どこに行っちゃったんだろう?」
「さてな」
 付近を探してみたが乗り手のその後が分かるものはなく、カレンたちは再び上空に戻った。
 その後発見した飛空艇は十艇を超えた。
 中には新しいものもあったがどれもが打ち捨てられている様子だ。念のため、飛空艇が発見された付近を調べてみたが、人の姿、そこで長く暮らしていた痕跡は見つけられなかった。
 島をひと巡りし終えて中央に戻り、カレンは眼下の遺跡を見下ろした。ごみごみと小さな建物が密集している。
「島の人はみんな、ここに集まって暮らしてたみたいだね」
「それにしても、周りにはこんなに空間があるのに、どうしてこんなにごっちゃり集まって家を造ったのかな? これじゃあ生活しにくいだろうにね」
 カレンは首を傾げた。
 家の件数に比して、街の範囲は狭い。きちんと道を造って計画的に街を広げていった様子もなく、そこらに家を建てたらこうなりました、という雰囲気に見える。
「亡者が家を建てるとも思えぬから、街には人がいたはず……となるとやはり、住んでいた者が亡者となったのであろうか?」
「住んでいた人が亡者になったのか、それとも、亡者がやってきた所為で住人がいなくなったか、どっちかだよね。でもそうなるまでには、街ができるくらいには時間に余裕があった……ってことでもあるかな」
 だとすれば、パンダ像が超弩級の呪いアイテムだということは無さそうだと、カレンはある程度までの発展を果たしてから滅びたらしき遺跡を見下ろすのだった。
 
 
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)のアルバトロスに乗せてもらって島にやってきたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、まずは街全体の様子を見て回った。
「人を集める力がある像だなんて凄いですね。パンダだったらきっと見た目も可愛いんでしょうね〜」
 ソアは加わるつもりはないけれど、客寄せパンダを手に入れようとする人たちの争奪戦はさぞ激しいことだろう。
「ふん。この超プリチーな白熊ゆる族である俺様を差し置いて、人を惹き付けるパンダとは生意気だな!」
 ベアは、ソアまでパンダに興味があるらしいのが面白くない。白も黒もなんて中途半端な熊よりも、雪のように白い熊の方が可愛いに決まってる。それがそこまで人気があるとなれば、きっと裏があるに違いない。それを暴いてやろうと息巻いて、島にやってきたのだ。
「どうして街は滅びてしまったのでしょうね……」
 何か日記のようなものはないか、とソアとベアは街の家に入っては探してみる。
「しけた家だな。家具もまともにありゃしない」
「生活するのにとりあえず必要なものだけしかないような雰囲気ですね……」
 大きな街にある家となれば、飾り物の1つもあって良いようなものなのに、とソアは不思議に思う。
 なんだか違和感のある街。
 ここが滅びたことにはたぶんパンダ像が関わっているのだろうとソアは推測していた。
「像の魔力が人の心を狂わせたとか……像自体に人の生気を吸収する性質があるとか……」
 思いつく滅びの理由をあげては、ソアは街の様子と対照してみる。
「もしそんな像なんだったら、本当に危険なんじゃないか?」
「もともと、大きな力を持つマジックアイテムの中には、持ち主に災いをもたらす物も少なくないですから……パンダ像を持っていった人、誰だか知りませんけれど心配ですね……」
 強い力を持っていればいるほど、そのアイテムの扱いは難しくなる。
 何かが代償として必要だったり、制御がしにくいものだったり。
 パンダ像、あるいは街に関して何か分かるようなものはないかと家中を探してみても書きつけらしきものはない。
 ただ……。
「ベア、これ何だと思います?」
 ベッドの枕元に置いてあったものをソアは指差した。
「何って、携帯電話だろ。こっちは手鏡とハンカチか」
 携帯を開いてみたけれど電池残量がないのか画面は真っ暗だ。電気もない遺跡で充電が出来るはずないから当然だ。スイーツと小さな犬のストラップがついている。手鏡とハンカチは地球で人気のキャラクター柄だった。
「こんな昔の遺跡に携帯電話……?」
「調査した誰かの忘れ物じゃないか? だったらそのうち取りにくるだろう」
「そうですね……」
 なんだか気になりながらもその家の捜索は諦め、次の家に、と入って行こうとしたソアは、ちょうど出てくるところだった矢野 佑一(やの・ゆういち)とぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ。そちらも調査中かな?」
「はい。日記か何か、手がかりになるようなものがないかなと思って」
 そう言うソアに、佑一の後ろから顔を覗かせてミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が告げる。
「この家には日記とか記録とかはなかったよ。というか、そんなものがありそうな家でもなかった、って言うべきかな」
 本棚もなく、机すらなかったと言うミシェルに、ソアはそちらもですかと自分たちが調べた家々をさした。
「こちら側の家もそんな感じでした。あまり物を持たないで暮らす習慣のあった街なのでしょうか」
 互いに情報を交換しあうと、佑一は少し場所をかえようかと街を横切るように歩いていった。どこか、自分たちの求める記録がありそうな場所はないだろうか。
 そうして歩いていると、崩れた家に邪魔されて、何度も方向転換を強いられる。
「なんでこうあちこち崩れてるんだろう。建ててから時間が経ってるのか、それとも材質に問題があるのかな」
 また崩れた家に道を塞がれ、佑一が苦笑しながら引き返そうとすると、ミシェルがちょっと待ってと崩れた箇所を観察する。
「この崩れかた、変だよ。ほら、まるで空から大きなものが降ってきて、つぶされたみたいに見えない?」
「そう言われれば……でもつぶされたって何に?」
「うーん……」
 ミシェルは崩れている付近に頭をつっこんでは、何か目に付くものはないかと探してみた。普段は落ち着いた言動をとることの多いミシェルだけれど、珍しいものがありそうだとなれば話は別だ。
 家の上はただ空間があるばかりで、降ってくるようなものは見当たらないけれど、もし何か上から来たとしたら……。
「あっ。佑一さん、ここ見て。この跡って何だと思う?」
 ミシェルが指したのは、いびつな楕円のくぼみだった。時間が経っているせいで、鮮明ではないけれどそれはまるで。
「何かの足跡?」
「佑一さんにもそう見える? ちょっと向こうも調べてみようよ」
 2人は別の崩れた箇所を調べて回る。痕跡が不明瞭なものも多かったが、良く観察すれば、そのいくつかには同じぐらいの大きさのくぼみがあるのが分かった。
 けれどこれが足跡だとしたら、その本体はおそろしく巨大なものになる。
「これも街が滅びた要因なのかな……」
「空からぐしゃっと? やだなぁ〜、それ」
 今にも何かやってきそうで、ミシェルは空を見上げる。
 けれど今はただ、よく晴れた空があるだけだった。
 
 
「この家なんかいいんじゃない?」
 あまり気が払われていなかったのか、島の家はどれもこじんまりとしている。
 その中で比較的大きな1軒を選ぶと、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は先に立って入っていった。
「どうしてこの家なんだ?」
 その後について入りながら大岡 永谷(おおおか・とと)が尋ねると、福はふふんと胸を反らす。
「立派な家に住んでるような人に、字が使える人が多そうだもん」
 永谷たちが島で探そうとしているのは、街がたどった経過、滅びた原因が書かれた文献だ。それらしきものが収められていそうな場所を覗いては、書きつけを探す。
「この街の簡単な歴史でも分かれば推測の助けとなったであろうに」
 永谷を手伝いながら、滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)が残念そうに呟く。葦原の文献で調べたいからと、ハイナに島のことを尋ねてみたのだが、名前も位置も教えてはもらえなかったのだ。協力を申し出たとはいえ、他校の者に情報を与えてティファニーよりも先行されては困る、との意図もあってのことだろう。
 代わりにハイナから、調査した限り文献の中にこの島の歴史が記載されているものはなかった、という返答を得ている。
「質素な暮らしぶりだな。自分たちが生活することにあまり興味を持っていなかったのかな……」
 永谷は殺風景な家の中を探しながら呟く。
 これだけの街ならば、もう少し調度品なり書物なりが充実していても良さそうなものなのだが……。その永谷の疑念を打ち切るように、福の声があがる。
「あった!」
 ほら、と福が振るのは日記ではなくメモ帳だ。それも厚紙の表紙がついたルーズリーフの。
「それか? 何だか時代がずいぶん違うような気がするけど」
「ふむ……あきらかにこの家には似つかわしくないのう」
 永谷と世要動静経に言われ、福はむっとする。
「あたいがパンダの勘で見つけた証拠品だよ。ちゃんとパンダのことも書いてあるんだからね」
「どこだ?」
「ここ。『愛しき妻よ』、とこから」
 それは、この手帳の持ち主が妻にあてたメッセージだった。届くことを期待してではなく、その思いを書き記しておこうというものらしい。
 
『 愛しき妻よ。

 ああ、君がこの島に来てくれたなら、最高の毎日になるだろうに。
 叶うならば、君と共にこの島で、あの素晴らしきパンダ像と共に暮らしたい。
 どうして君とともにこの地に来なかったのか、それだけがとても残念だ。

 だが俺は、この島で暮らすことに決めた。
 異国の地に骨をうずめる俺の覚悟を許してくれ。
 
 俺はここで幸せに生きる。
 だからどうか君も幸せになってくれ。 』

 
「これだけか?」
「うん、これだけ。パンダはやっぱり、人を幸せにするんだね」
「何か違うような気もするんだが……まあ、これは足代替わりにティファニーに報告することにしよう」
 永谷は福の見つけたメモ帳をしまいこむと、何か他に手がかりはないかと捜索に戻った。
 
 
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)がパンダ像ではなく、島の記録を調べたいと言い出したことを意外に思いながらも、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は手伝いについてきた。
「沙幸さんならばきっと、パンダ像が見たいと言い出すのかと思っていましたわ」
「うん。とっても可愛い像なんだろうな、とは思うんだけど」
 やっぱり気になって、と沙幸は道端に転がっているアンデッドに視線をやった。襲いかかられたので倒したのだけれど、このアンデッドはどこからやってきたのだろう。
 島にいた人たちがアンデッドになったのか、それともアンデッドが後からやってきて住人を滅ぼしてしまったのか。
「まさか客寄せって、招かれざる客のアンデッドを呼び寄せちゃうパンダ像、だったりしないよね?」
 それならば、人の集まるところではなく、人里離れた処にあるのも理解できる、と沙幸が言うと、同様に街の中央近くで資料を探している佐野亮司がそうだなと肯いた。
「人を集めてくれるご利益のあるパンダ像、という話が本当なら、この島のような状態になんかならないだろう。きっとどこかがおかしいんだと思う」
「でも、どの部分がおかしいのでしょうね」
 向山 綾乃(むこうやま・あやの)は葦原で聞いた話をもう一度、思い出してみた。
 この島に客寄せパンダがある、という話は真実だった。実物を綾乃は見られなかったけれど、像を入手しにきた生徒たちが奪い合ったというのは聞いた。
 像が人を集める力がある、というのもありそうだ。それがパンダ像の力なのかどうか、は分からないけれど、確かに、この島には人が集まった形跡がある。
 けれど明らかに違うのは、パンダ像があるところは人が集まって栄える、という話。島は無人でアンデッドが徘徊している。とてもじゃないが、栄えているとは言いがたい。
「力が強力すぎて封印していたか……にしても、街1つが滅びるまでそのままにしておくとも思えん」
 ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)も考えこみながらくちばしを掻いた。
 すっきりおさまらないパズルのピース。組み立てられない空間は、客寄せパンダの形にぽっかりとあいている。
「町長さんの家ってどこなんだろう。役場みたいな場所も見当たらないよね」
 街の家々を覗きながら、沙幸は記録を残してある可能性の高い場所を探して回った。けれど、どの家もみな似たような民家で、有力者の家、あるいは公共の場所らしき建物は見当たらない。
「パンダはご神体として置かれていたんだよな。資料があるならそっちじやないか?」
 亮司の思いつきに沙幸は、あっと声をあげる。
「それ当たりかも。行ってみよう」
 祠のある場所へ行ってみると、ちょうどそこでは御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が調査の真っ最中だった。
「こんにちは。みなさんも調査ですか?」
「ここってヘン過ぎるよね。何か分かったことある?」
 亮司たちに気づくと、真人は顔をあげて挨拶し、それに気づいたセルファはやってきた皆に尋ねた。
「いや、さっぱりだ。だから、祠の近くに何か資料はないかと思って来てみたんだが」
 亮司が答えると、それなら、と真人は祠のすぐ横にある建物を指した。
「恐らくここだと思われます。これから調べてみる処だったのですが、よろしければご一緒しませんか」
 多くの目で調べれば、1人の目では気づかぬことにも気づけるかも知れない。
「鍵がかかってたら開けてやるぜ」
 亮司が申し出たが、真人は首を振る。
「鍵らしきものはないですね」
「そういえば、街の家にも鍵はついてなかったな。アンデッドが徘徊してるってのに無用心なもんだ」
 いちいち開けなくてもいいのは楽だけど、と亮司は扉を開けた。
「……なんかヤな雰囲気……ちょ、ちょっとこれって何か出たりしないよね?」
 セルファが気持ち悪そうに首をすくめる。
「何か出ても不思議はないと思いますが……怖いんですか?」
「ま、まさか。グロいのとか来ても、私はへ、平気だからねっ」
 まだお日様も高いんだからと自分に言い聞かせながら、セルファは真人の前を歩いていった。
 そんなセルファの心も知らず、真人は客寄せパンダへの考察を皆と話しあっていたりする。
「やはり、『招かれざる客』の線は考えましたか」
「うん。もしかしたらアンデッドがそうなんじゃないか、って思ったんだけど」
「まあ確かに、この街にいるアンデッドの多さは尋常じゃありませんからね」
 後ろから聞こえてくる真人と沙幸の会話に、セルファの腰は引けてゆく。骸骨等なら良いのだけれど、見た目がえぐいのが来たらどうしよう……。
「祠の様子から、客寄せパンダは大切に祀られていたようですが、祀られているからご利益がある、とも言い切れませんしね。日本では荒ぶるものを『鎮める』ために祀ることも多々あります。それならば、人の来ない場所にこのような場所にあるのも不自然ではない気がします」
「鎮める……か。だとすると……?」
 亮司も真人の理論を街の状態に当てはめて考えてみる。
「鎮める、のだとすれば、何をなのでしょう……。客を寄せることを? それとも別のことを? そして、どうしてそれを鎮めねばならないのか。それが鍵になるんじゃないかと思うんです」
「その為にも情報が必要なのよね」
 気味悪いのを我慢して、セルファが奥の部屋に通じる扉を開けた……途端。
「っ、キャーぁぁぁ!」
 出来損ねて半分腐ってしまったようなミイラと出くわし、セルファはパニックに陥った。
「やだやだやだやだ、こっち来ないでー!」
 剣をむやみに振り回して大立ち回り……はいいのだけれど、その攻撃の大半はミイラでなく周囲のものに当たっている。
「セルファ、大切な資料を傷つけないで下さい!」
 スパーンとセルファの剣が、立てかけられていた竹を切断する。色あせてちぎれかけた布を結んだそれは、派手に倒れて周囲のものを打ち据える。
 真人は慌てて資料になりそうなものを守りに走った。
「ヒャー! キャアキャアキャアー!」
 ひとしきり暴れてミイラを倒すと、セルファはやっと止まった。ぜいぜいと肩で息をしながら、
「私1人に戦わせるってどういうこと?」
 手伝ってくれてもいいのにとふてくされた目で真人を見る。
「あの状態で近づけませんよ。それに大切な資料を守らねばなりませんでしたし」
 部屋の中には細々としたものが残されている。守りきれなかった一部はざっくりと剣の跡がついていたりもするが、まあ……不幸な事故だったということにしておこう。
「この衣装……同じですね」
 棚から見つけた衣装のうちの一揃いを綾乃がそっと広げてみせる。白と黒の布でできたその衣装は、ミイラが着ているものと同じだった。
「このミイラ、もしかして巫女か何かのなれの果てか?」
 ジュバルは切り刻まれて余計にスプラッター度を増したミイラを見やった。
「この辺りのものは儀式にでも使ったのでしょうか」
 はりぼてのティーカップ、スプーンを模した杖。用途が分からないものがそこここに置いてある。
 籠をのせたみこしのような道具は、像を入れて練り歩きでもしたものだろうか。
 そして棚の隅には資料が置かれていた。
「ぼろぼろになってる……」
 砕けてしまいそうな資料を、沙幸はそっとめくってみた。
 美海が横から覗きこむ。
「わた……ここ……ダ様……見い出……。――かすれていて読みにくいですわね」
「新た……人を迎……も益々……れも……おかげ……。――かな?」
 亮司も目をすがめ、文字を読み取ろうと苦労する。
 読めるところはわずかだったが、その後に供え物の記録らしき箇所が続いている。それを過ぎると、読み取れる文字の中に、『争』、『嘆』『飢』等、あまり芳しくないものが増えてゆく。
 そして、『恐』『死』等が乱れた文字で記され。
 資料の最後は、こう締めくくられていた。
「……により……印す。我等とこし……守……巫……なり」
 
 
 
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の操縦するアルバトロスで島にやってきた黒崎 天音(くろさき・あまね)鳥丘 ヨル(とりおか・よる)の3人は、パンダ像の来歴が書かれたもの……絵図や立て札等がないかと気を払いつつ、遺跡中央に向かって歩いていた。
「可能性が高いのは祠周辺だと思うんだけどね」
 もしや何か感じないかと連れて来たティーカップパンダは、島のアンデッドたちにおびえて縮こまっている。
「客寄せ効果があるのに無人の島、っていうわりに、今はいっぱいいるんだね」
 言葉の意味を捉えかね、ん? と問う視線を向けてきた天音に、ヨルは他にも島を調査している生徒たちを示してみせる。
「パンダ像を取りに来た人とか調べに来た人、それに腐った人とか骨の人も。夏の暑さでくたばってた客寄せ効果、復活してきたのかな」
「では僕たちもこの島の客だと言うことかな」
 アンデッドの歓迎なんて嬉しくはないけれど、と続ける天音に、ブルーズも同意する。
「アンデッドが発生することはあるだろうが、アンデッドしかいない島など、ぞっとせんな……」
「住人がアンデッドになったのか、アンデッドが引き寄せられたから生きた住人が住めなくなったのか……だとして、パンダ像の力って何なんだろうね。ブルーズ、何か知ってる話はない?」
「客寄せ、などというものは、昔語りにもあまり出てこないな。引き寄せるのは大抵、富か幸福か名声か。商売繁盛のアイテムも客が目当てというよりは、それによって店が儲けるのが目的だろうからな」
 アンデッドを寄せても、島には利がないどころか害悪だ。
「引き寄せられたとしても、この島のどこかからだよねー。それか飛べるとか」
 渡りアンデッド……実に見たくない光景だ。
 噂をすれば影。もちろん飛んではいないが、崩れかけた家の影からアンデッドが出てきた。身構えるブルーズを止めて、ヨルは腐りかけ、頭皮が目まで垂れ落ちてきているアンデッドにそっと話しかけてみる。
「ボクはヨルだよ。キミはなに子さん? 何があってそんな姿になってまで……」
 1歩踏み出そうとしたヨルの前に、ブルーズが身体を割り込ませた。そのブルーズの前に炎の聖霊が現れ、黄色い汁を吐きかけてきたアンデッドを焼く。
 会話したかったのだがアンデッドにその気はなさそうだ。残念に思いながらも、ヨルも天音たちを手伝ってアンデッドを倒した。
 その後島で出くわしたアンデッドともヨルは会話を試みたけれど、アンデッドは皆、こちらに対して敵意を向けてきた。彼らにとっては島を訪れた生徒たちこそが、招かれざる客なのかも知れない。
 祠まで来ると、その付近を詳しく調べてみる。パンダ像の来歴を記したものが祠近くにあっても良さそうなものだと思うのだが、まったく見当たらない。罠のようなものもない。
 代わりに小さな碑が見つかったが、それはパンダ像に関するものではなく街で亡くなった人々を悼むもののようだ。
「何か気になることがあるのかい?」
 客寄せパンダの代わりに留守番パンダの置かれている祠。その祠自体を撫でたり軽く叩いたりしているヨルに天音が尋ねる。
「ちょっとノックしてみてただけ。なんだか変わった材質だよね。竹? 編んであるのは風通しがいいようにとか? こんにちはー、誰かいますかー? お邪魔しますー」
 人の家を訪れるときのように、ノックしてヨルは祠に入っていった。
 ついて行こうとして、天音はふと手元に視線をやった。
「編んだ竹?」
 客寄せパンダを入手しようという者の多くが持っているが、調査するつもりの者にはあまり用が無さそうなもの。
 像が欲しかったわけではないけれど、天音はそれを持ってきていた。
 ――竹のようなもので編まれた魔封じの籠。
 それを祠と並べてみる。
「似てると思わないかい?」
「ふむ……同じ編み方だな」
 祠の壁も屋根も皆同じ。
「ということはこの祠は……」
 言いかけた天音の耳に、祠に入ったヨルの声が聞こえてきた。
「ボクはヨルだよ。キミはなに子さん? 何があってそんな姿になってまで彷徨ってるのかな?」
 もしや中にアンデッドが、と急いで祠に入ってみれば。
 目を凝らしてみなければ分からない淡い影が揺れていた。半透明な白と黒、ひらひらと、ひらひらと……踊っている?
 やがて動きを止めたその影は、留守番にと終夏が置いて行ったパンダの代わりをさした。
 光がそこに文字を刻んでゆく。
 

       心に頼る者は  心により慢心し
       力に頼る者は  力によって滅び
       祈りに頼る者は 祈りによって救われる

 
 文字を刻み終わった途端、影は力尽きたように霧散した――。