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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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第二章 妹島の攻防

「切り込み隊の様子はどうか?」
作戦司令部の置かれている東郷のブリッジに、宅美の落ち着いた声が響く。
「ジャングルに突入したところで、進撃が止まりました」
「現地からの報告によりますと、敵の罠で足止めを喰い、現在交戦中との事。苦戦しています」
矢継ぎ早に、オペレーターが報告する。
「死傷者は?」
「負傷者はおりますが、死者は出ておりません。負傷者も、既に収容に成功した模様です」
「そうか。何か変化があったら、報告を頼む」
「了解しました」
それだけ言うと、宅美は目の前に広げられた二子島の地図に目を落とした。
「やはり、突破は無理でありんしたか」
ハイナが、やや残念そうに呟く。
「いや、彼らは良くやっています。なにせ、たったあれだけの数で敵陣に飛び込んで、未だ戦いを続けているのですから。しかも、死者も出ていない。実に、とは恐ろしいモノです。『契約者』とは」
感心したように、宅美は言った。彼もシャンバラにきて随分経つが、未だパートナーはいない。やはり、高齢が災いしているようだ。
「“次の手”は、まだでありんすか?」
「いえ、ちょうどその指示を出そうと思っていたところです。なんとしても、切り込み隊のところまで主力を進出させねば。できれば、1人の死者も出したくない」
「お優しいのでありんすね?」
ちょっと意外そうに、ハイナが言った。
「優しい?まさかとんでもない。自軍の損害が少しでも少なくなるよう最善を尽くすのは、司令官の義務であり、友軍のために死力を尽くすのが、軍人の義務です。自分は、ただその義務に忠実であろうとしているに過ぎません」
宅美は淡々と、しかし何処か誇らしげにそういうと、大きく右手を振り上げ指示を出した。
「全艦に通達!大型飛空艇は島端より爆撃を開始!同時に、先鋒隊発進!各空賊船は工作部隊発進後、敵第一線に向けて艦砲射撃!」
「了解。工作部隊は発進を開始して下さい」
「各砲座、測量を開始しろ!無駄弾を撃つなよ!」
たちまちブリッジが喧騒に包まれた。



二子島へ向け、小型飛空艇を駆る天城 一輝(あまぎ・いっき)は、自分の少し先を飛ぶ大型飛空艇団を、頼もしげに見つめていた。
天城は、初めて大型飛空艇を見た時の事を、よく覚えている。 “大型”と聞いて、始めは自分達のモノのように水上バイク型の飛空艇を、そのまま大きくしたモノを想像していたのだが、実物は全然違っていた。
それは、まるでシューティングゲームの機体がそのままゲームから抜け出てきたような、非常に奇抜な形をしていたのだ。
天城が初めて見たその機体も、今回の作戦に参加している。この一群を構成する大型飛空艇は全部で4機。全て、蒼空学園の校長御神楽環菜(みかぐら・かんな)が所有するものだ。
シャンバラに数えるほどしか存在しない飛空艇を、惜しげもなく投入して来る辺り、この作戦に賭ける環菜の意気込みが伺える。

大型飛空艇には、通常の爆弾と別に、強酸性の液体が詰め込まれた爆弾が満載されていた。サンゴの主成分である石灰質は、酸に極端に弱い。進軍の妨げになるサンゴ地帯を、一気に溶かしてしまおうという作戦である。
飛空艇は敵の攻撃が届かない高空から、妹島の東岸に侵入。そこを爆撃した後、二手に別れ、北と南の岸を爆撃する事になっていた。
そして今、正面のサンゴ地帯の爆撃を終えた一群は、ゆっくりと左右に散開して行った。
「飛空01より本部。飛空01より本部。飛空艇団は予定通り東岸の爆撃に成功。先鋒隊の投入を要請します」
「本部了解。引き続き誘導任務に移れ」
「了解」
「お客さんが来る前に、掃除は念入りにやっておかないとな。ローザ、コレット!データを送るぞ!」
後部座席のユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)がおくっているのは、今撮影したばかりの東岸の画像を元に作成した、先鋒隊の予定進路だ。
これを元に、二子島に先行しているローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)が、溶け残ったサンゴやガレキの除去を行うのである。
「お任せ下さい。掃除は女の嗜みですわ」
どこか楽しげにそう答えるローザの仕事は、高周波ブレードでサンゴや岩を元から断ち切る事だ。
「餅は餅屋!掃除はメイドに任せておいてよ!」
得意気にデッキブラシとスプレーを振り上げるコレット。コレットはブラシでガレキを撤去し、スプレーで先鋒隊のための目印をつけるのが仕事だ。
「2人とも張り切ってるな。でも、敵の攻撃には気をつけろよ」
「分かりましたわ。お気遣い、感謝致します」
「ダイジョーブだよ、一輝!でも心配してくれてアリガトね!」
「我れも常にディフェンスシフトは敷いておく」
「頼むよ」
そう言って天城は、無線のチャンネルを変えた。
「飛空01より先鋒隊へ。サンゴの除去は想定以上に上手く行っていますが、障害が完全に取り除かれた訳ではありません。進撃し易い地形を選び、目印を付けておきましたので、そこを進軍して下さい。」
「こちら先鋒隊。了解だ。至れり尽くせりだな」
無線の向こうから、笑い声が聞こえてくる。
「まだありますよ。煙幕弾による支援も出来ますので、必要があれば要請して下さい」
「重ね重ね感謝する。各員、聞いての通りだ!しっかりエス事してもらえ!よし、突入!GO!GO!GO!」
隊長の気合の入った指令が、イヤホン越しに耳に飛び込んで来る。
「いよいよだな」
「うむ」
天城とユリウスは、黒々と横たわる二子島の密林を見据えていった。
あそこにいるであろう敵と、いかなる戦いが繰り広げられるのか。それは、神のみぞ知る事だった。



遠くに見えていた島影が間近に迫ってきたかと思うと、今度は急に辺り一面真っ白になった。
それが、爆撃で舞い上がった粉塵の中に飛び込んだためだと理解した戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、急速に高度を下げる。すると、妹島の大地が目に飛び込んできた。そこら中、爆撃でボコボコになっている。
地表スレスレのところでスロットルを絞りつつ機首を起こし、地表と水平に飛行を続けると、今度は“ヒューン”という音と共に赤い点が幾つも迫ってきた。
『攻撃だ!』と思うまもなく、次々と敵弾が飛来する。
初めのうちこそ何とか避けていたが、すぐに“ガクン!”と衝撃が機体に走り、急激にスピードが落ち始める。どうやら、一発もらったらしい。振り返ってみると、機体の後部から煙を吹いている。
慌てて減速しつつ、頃合いを見て機体から飛び降りる。誘爆に巻き込まれるのを避けるための処置だったが、果たして、飛空艇は戦部が飛び降りてから30秒もしない内に火だるまとなった。
戦部は、飛び降りた勢いを軽身功で殺すと、爆撃で空いた穴の一つに飛び込んだ。優に10人は入れる位の大穴だ。負傷を確認するが、パワードスーツのおかげでカスリ傷で済んだようだ。

周りの様子を伺いながら、位置を確認する。今いるのは、ちょうどサンゴ地帯の中間地点。周囲には爆撃による穴が無数にあり、隠れる場所には事欠かないが、友軍らしき姿はほとんど無い。
戦部は、懐から信号銃を取り出すと、信号弾を打ち上げた。後続の味方に集結地点を知らせるためだ。信号弾のせいで敵の攻撃が集中するかもしれないが、それも計算の内。自分が多くの敵を引きつければ、その分味方の進撃は楽になるはずだ。
早速、周りに着弾の砂煙が上がり始める。
戦部は敵の火線を慎重に見極めると、その出所目指して移動を開始した。今回戦部は、ショットガン以外の銃器を持って来ていない。敵を倒すには、近づくしかなかった。
気の遠くなるような話だが、戦部にとっては慣れたモノだ。それに、追っ付け友軍もやってくるだろう。
戦部は、一歩一歩確実に、敵との距離を詰めていった。



イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、アシッドミストを矢継ぎ早に唱えながら、前進を続けていた。爆撃で取りこぼしたサンゴを溶かし、主力部隊の前進をスムーズにするためである。
隣では、パートナーのフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)もアシッドミストを連発している。
2人の目の前で、サンゴは見る見るうちに溶け崩れていく。
「しかし、こうも簡単に溶けていくと、なんだか楽しくなってくるな。知識としては知っていても、実際に実験をやる事などなかったからな」
魔道書が“知識”というのもちょっと面白いが、珍しくフィーネもはしゃいでいるようだ。

サンゴが減るのは利点がある一方で、不利な点もある。それは、遮蔽物が減る事だ。
それでなくても、呪文を連発する2人の姿はよく目立つ。
実のところさっきから、2人の護衛を務めるアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)は、敵への応戦にてんてこ舞いの状況だった。
「イオ、フィーネ!少しは身を隠して!ていうか、笑ってる余裕があるなら、少しは手伝って!!」
普段は温厚なアルゲオも、いかにも楽しげな2人の様子に、疎外感を感じざるを得ない。
「どうしたのだアルゲオ。君も、仲間に入りたいのかね?」
「違います!!」
「冗談だ。そう怒るな」
そう言って、フィーネは右手を一閃した。たちまち、敵の立て篭もるジャングルが炎に包まれる。
だが、それにもかかわらず3人に向かってくる火線は一向に減る気配がない。今しがた火のついた茂みの中からも、盛んに銃弾が飛んでくる。
「あそこの敵は、トーチカにでも篭ってるようだな。少し火で炙った位じゃ効果がないようだ」
サンゴがすっかり溶け、むき出しになった地表の陰に隠れながら、敵を伺うイーオン。
「ならば、敵が蒸し焼きになるまで炙るまで」
フィーネは、もう一度ファイアストームを唱えた。物陰から適当に狙いを付けても、確実に敵を範囲内に収める事のできる点、呪文は有利だ。
「俺も手伝うぞ。アル、お前は敵が耐え切れ無くなって敵が飛び出して来るところを狙え」
イーオンが加勢した事で、炎はまさに地獄の釜のような勢いで燃え盛っている。
「こうしているとな、イーオン。お前のパートナーになって、良かったと思うぞ。遠慮無く攻撃呪文が唱えられるおかげで、ストレスがたまらんからな」
冗談めかしていうフィーネ。紅蓮の炎に照らされたその横顔は、どこか場違いなほどに美しかった。



「どぉしたぁ、もう終わりかぁ?」
肉の焦げる嫌な匂いの立ち込める中、樹月 刀真は幽鬼のように立ち尽くしていた。
周りには、数え切れない死体が転がり、刀真の全身は返り血で真っ赤に染まっている。まさに地獄絵図だ。
刀真の鬼気迫る勢いに、数で優っているはずの侍達が後ずさる。
彼の後ろには、玉藻がいた。罠にかかった時の傷は塞がっているものの、その身体は驚く程白く、体毛もすっかり艶やかさを失ってしまっている。
魔力の殆どを使い果たし、あと1回呪文を唱えるのがせいぜいだ。
「こないんなら、こっちから行くぜぇ……?」
刀真はそう言って一歩踏み出した。なんとしても、この包囲を突破しなくてはならない。
自分が敵の注意を引き付けられる間に、玉藻の呪文で突破口を開き、そこから脱出する。それが、刀真の立てた策の全てだった。
到底策とは呼べないシロモノだが、2人に残された力で取り得る方法は、他にない。
刀真は、残された力を振り絞って光条兵器を構え直すと、前に踏み出しながら剣を大きく横に薙いだ。
侍達は、剣を避けるために後ろに飛び退る。
それこそが、刀真の狙いだった。
「我が一尾より煉獄が出づ!」
敵の動きを読んでいた玉藻が、侍達の退った地点に炎の嵐を創り出したのだ。
生きたまま燃える松明と化す侍。
そして次の瞬間。
玉藻は刀真を抱き抱えると、その炎の中に飛び込んだ。
ファイアーストームの中を、突破しようというのである。
たちまち、耐え難い程の熱気が襲いかかり、2人の身体を焼き焦がしていく。全身を襲う激しい痛みに、目の前が真っ暗になる。
それでも、2人はこの試練に耐えた。炎を突っ切る事に成功したのだ。
全速力で飛んで逃げようとする玉藻。
完全に虚を突かれた形の侍達は、追う事が出来ない。
“上手く行ったか!?”
だが、この玉藻の希望は、一瞬にして絶望に変わった。
玉藻の視線の先、数百メートルの所に、敵の篭る塹壕があったのである。
同士討ちを避けるために攻撃を控えていた事が幸いして、彼らの存在は玉藻達に気づかれる事がなかったのである。
塹壕から身を乗り出し、銃を構える兵士。
玉藻は、死を覚悟した。
「パァン!」
乾いた銃声が鳴り響く。
だが、いつまで待っても死は訪れなかった。
代わり、目の前の兵士がゆっくりと崩れ落ちていく。
その向こう側にいたのは、スナイパーライフルを構えた男だった。その銃口から、一筋の煙が立ち上っている。

男は、続けざまに引き金を引く。
放たれた弾丸は、あっけにとられる玉藻を掠め飛び、侍達を撃ち倒していく。
「よし、ゾリア。殲滅完了だ」
ロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)は、そう言って双眼鏡から目を離す。
「Good night」
銃を下ろしながら、ゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)は、一言、そう呟いた。
「刀真!玉藻!大丈夫!!」
月夜が駆け寄って来る。助けを呼びに行った月夜が、ゾリア達を引き連れて帰ってきたのだ。
「遅ぇよ」
笑いながら、悪態をつく刀真。
「御免なさい、遅くなって。……酷い傷!すぐに手当しないと!」
2人の傷の深さに顔を青ざめながら、応急処置の準備を始める月夜。
「初めまして。ゾリア・グリンウォーターです。ところで貴女には、こっちの方がいいんじゃないですか?」
そう言いながら、玉藻に手を差し出すゾリア。その上にはSPタブレットが置かれている。
「玉藻の前じゃ。気の利く男は、キライではないぞ」
ダンスの申し込みを受けるように、ゾリアの手を取る玉藻。
「しかし、無茶するな。“死中に活を求める”とはよく言うが、自分で喚んだ炎の中に飛び込むヤツは、初めて見たぜ」
「アンタは?」
「これは失礼。ロビン・グッドフェローだ」
「樹月 刀真だ。礼を言う」
「何、礼には及ばないさ。借りは、これからたっぷり返してもらう」
そう言って笑うロビン。
「いいぜ、3倍にして返してやる」
2人は、拳と拳と合わせあった。



牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)たちは、仲間のナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)の空飛ぶ魔法の力で、地上数十センチというスレスレのところを、滑るように進んでいた。
ジャングルからは、先程から無数の弾丸が飛来するが、そのいずれもが見当違いのところに飛んで行く。
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が、メモリープロジェクターで偽の映像を投影する事によって、全員の位置を欺瞞しているからだ。
たまにメンバーの方に飛んでくる流れ弾は、アルコリアがその超人的な剣技でもって、片っ端から弾き返し、切り捨てて行く。
一団の進撃は、恐ろしい程にスムーズだった。
「見えたぞ。あそこじゃ」
傍らを行くランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)の指し示す方から、幾筋もの煙が立ち上っている。あそこで、友軍が死闘を繰り広げているのだ。
「よし!間に合ったみたいですわね!参りますわよ!悦びの交差するあの場所へ!」
「イエス、マイロード・アルコリア」
「了解だ」
「任せておけい」
全員の復唱を受け、アルコリアは口を開く。
「我ら百合園乙女!」
『戦場に咲く戦華とならん!!!』
3つの声が重なり、1つになった。

一行が目指すその先では、3人の男達が、幾人もの侍に囲まれていた。
1人は、地面に突き立てた刀に身を預けたまま、肩で激しく息をしており、もう1人は、すでに立ち上がる気力もないようで、地に膝を突き、既に空になったミサイルポッドにもたれかかっている。
切り込み隊のレイオール・フォン・ゾートと、ヨハン・メンディリバルである。
「こなくそぉぉぉ!!!」
その2人をかばうようにして立つ篠宮 悠は、2メートルを越す業物“フラガッハ”をぶん回して同時に3人の侍を叩ききったものの、身体の勢いを止める事が出来ずに、頭から地面に突っ込んでしまった。
転がって敵の追撃を避けつつ、何とか身体を起こしては見たものの、肝心の手足の感覚がまるでない。出血による体力の消耗が、思いの他激しいようだ。
「これは、さすがにヤバいかな……」
軽口を叩いてみても、状況が好転する訳ではない。
レイオールとヨハンは既に戦闘不能だ。
樹上から支援射撃をしていた真理奈が敵に見つかっていないのが、せめてもの慰めだった。
周りを取り囲んだ侍達は、ジリジリと間合いを詰めて来る。
“こうなったら、1人でも多く道連れにするか……”
篠宮が、悲壮な覚悟を決めた、その時だった。
一陣の風となったアルコリアが、行く手を阻む木々を薙ぎ払いつつ、戦場のただ中に躍り出てきたのだ!
「お待たせして申し訳ありません。先鋒隊、只今到着致しました」
そう言いながら、篠宮と敵の間に割って立つアルコリア。その傍らには、レームの姿がある。
「敵は他にもいます!2時の方角にトーチカ、9時の方角に塹壕です!お願いします!!」
飛び出してきたばかりのアルコリアたちの耳に、無線で指示が飛ぶ。身を隠している真理奈だ。
『了解!!!!』
アルコリアたちは、すぐさま行動を開始した。

「森の木々よ。すまぬが、我らを守っておくれ。あの無道な者たちを、我らから遠ざけておくれ」
レームは、膝まづいて足元の大地に触れると、語りかけるようにそう言った。
次の瞬間、足元の地面に亀裂が走ったかと思うと、驚く一同の前で、見る見るうちに4本の大木がそびえ立つ。
ちょうど、篠宮たちを取り囲むようにそびえ立つその木々は、まるで意思を持つかのように動き始めると、大地より根を引き抜き、あたかも人であるかのように歩き始めた。驚く侍たちを尻目に、木々は、レームと篠宮たちを完全に敵の目から覆い隠してしまった。
「我が名は、牛皮消 アルコリア。名を惜しむ者は掛かって来なさい」
1人敵前に残ったアルコリアは、両手の刀を構え直すと、侍たちに言い放った。
しかし、侍たちにいらえはない。一瞬の間を置いて、次々と斬りかかってきた。
勝負は、あっという間だった。
4人の侍のうち、3人まではアルコリアの七支刀から繰り出される真空波によって、彼女と刃を合わせるまでもなく切り倒され、残った1人もプリンス・オブ・セイヴァーを受けようとした刀ごと、両断された。
「哀れな侍達よ。矜持を抱え、安らかに眠ってください」
アルコリアは、物言わぬ骸に、そう手向けの言葉をかけた。

シーマは、神速を生かして塹壕陣地に迫ると、傍らの樹を軽身功で駆け上がった。
「なっ!!」
必死に迎撃する敵兵。だが、シーマの予想外の動きに、敵はついて行けない。
ほんの2、3挙動で大木を登り切ったシーマは、空中で身を翻すと、塹壕の中に飛び込んだ。
刀を抜く暇もなく、敵兵はシーマの拳の餌食となった。
「ば、馬鹿な…一瞬で…あり得ん…」
驚愕に目を見開いたまま、事切れる侍。
「…有り得ない?有り得ない事など無い、これが事実だ」
そう言い捨てると、シーマは最後の侍の背後から、延髄目掛けて蹴りを叩き込んだ。

敵の銃弾を大木の陰でやり過ごしながら、ナ事は敵の火線の出所を探した。
『あった!』
木々の緑の隙間に、わずかに見える黒い闇。そこにトーチカの銃眼を見つけたナ事は、両手の魔動銃に精神を集中した。
「我が両手の銃よ、王よ、賢よ。禁じられし言の葉により真なる魔力を捧げる…」
ナ事の紡ぐ呪に従い、銃が激しく放電を始める。
「滅ぼして差し上げますわ、一瞬で」
放たれた雷の矢は、吸い込まれるように銃眼の奥に消えて行き、過たず敵兵を貫いた。

「これで、しばらくは大丈夫じゃろう」
篠宮達の手当を終えたレームは、満足気にそううなづいた。
「しかし、良く生きてましたわね」
感心したようにつぶやくナ事。
「……そう簡単に死んでたまるか」
「俺は死ぬ時は、畳の上と決めてるんでね」
「ワタシは、ベッドの上がいいです」
頻りに強がってみせる3人。しかし、疲労困憊なのは誰が見ても明らかだ。
「とにかく、少し休んだほうがよいじゃろう。お前さんたちは、充分に任務を果たした」
言い聞かせるように、レームが言う。
「えぇ。貴方たちのおかげで、私たちはここまで楽が出来ました。礼を言います」
「アルの言う通りだ。助かったぜ」
口々に礼をいうアルコリアとシーマ。
ナ事も無言で頷いている。
「礼なんかいらねぇよ!俺はまだ戦えるぜ!」
そう言って立ち上がろうとする篠宮。敵にいいように翻弄された挙句、危うく命まで失い掛けたという現実に、悔しさを隠せないようだ。
「折角だから、お言葉に甘えましょう、悠。後続も続いているようだし。それに、私の銃は少しメンテが必要なんです」
真理奈が、そう提案する。篠宮の心中を慮っての事だ。
「……分かったよ。なら、早く済ませてくれ」
篠宮は、どっかと腰を下ろした。
「では、ワシらは先に行く。樹木人はここに残しておくので、安心して休んでくれ。動けるようになったら、また来るが良い」
「お待ちしていますわ」
アルコリアが、そう言って手を差し伸べる。
「あぁ、借りは必ず返すぜ」
篠宮は、その手を力強く握り返した。



墜落した飛空艇から仲間達を救出した後、サンゴ地帯の窪地に身を伏せながら、必死に抗戦を続けていた椎堂 紗月は、突然、目の前のジャングルからの攻撃が弱まった事に気がついた。
慎重に首だけ出して、状況を確認する。
どうやら、敵の右翼に回りこんだ友軍が、側面から攻撃を加えているらしい。
「よっしゃ!援軍だ!く〜っ、じっとガマンしてた甲斐があったぜ!」
「本当ですの?」
「あぁ、どうやら間違いないようだ。11時の方向に交戦を確認した」
星華の問いに、双眼鏡を覗き込みながらアヤメが答える。
「よしっ、オレらも行くぞ!反撃だ!!」
そういうや否や、紗月は窪地を飛び出して敵に吶喊して行く。
「ま、待て紗月!1人は危険だ!!」
ラスティの静止も、紗月の耳には届かない。
「止めてもムダだ!俺達も行くぞ!!」
「ホンっとに世話の焼ける人ですわね!」
アヤメ達は、慎重に敵の攻撃の合間を縫いつつ、紗月の後を追った。

桐生 円(きりゅう・まどか)は、左手のマシンピストルを乱射して、塹壕から攻撃を仕掛けてくる敵兵を牽制した。
「今だよ、オリビィア!」
「任せてよー」
間延びした返事を返しつつ、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は星鎌を構えて宙を飛んだ。黒檀の砂時計を使っているオリヴィアは、背中の影の翼の羽ばたき1つで、彼我の距離をゼロにする事が出来る。
銃撃の止んだところに反撃を加えようと、顔を出した敵兵は、鎌の一薙ぎでその頭部を失った。
たたらを踏んで倒れる首なし死体をふわりと飛び越え、音もなく塹壕内に着陸するオリヴィア。その身体が、急速に黒く染め上げられていく。あっさりと敵に侵入を許し、狼狽した敵兵は、叫び声を上げながらライフルをめくら滅法に乱射するが、絶対闇黒領域を使い、闇そのものと化したオリヴィアの急所を捉える事はできない。
一振りごとに闇を放出するオリヴィアの鎌の前に、敵は次々と真っ赤な命の花を散らしていった。

「あー、オリヴィアばっかりズルイよー!ミネルバもあそぶー!!」
「ちょ、待ちなさいミネルバ!」
円の止めるのも聞かず、もう1つの塹壕目掛けて突っ込んでいくミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)

「もう、支援する身にもなってよ!」
円は不平を漏らしながらマシンピストルを捨て、量産型パワーランチャーを両手で構える。敵の塹壕は、マシンピストルの有効射程外だからだ。
正確な狙いをつけている暇はない。狙撃というには程遠い撃ち方だが、ミネルバが塹壕に辿り着くまで敵を牽制できればそれでいい。
「あははは!いっしょにあそぼーよー!」
円の気苦労も知らず、場違いなセリフを吐きながら物凄い勢いで敵に突っ込んでいくミネルバ。敵の弾丸が身体のそこここを掠めるが、まるで意に介する様子はない。
塹壕まで後一跳びというところで、ミネルバは大きくしゃがみ込むと、敵兵の1人に向かってジャンプした。
「いっくよー!ひっさーつ、ミネルバちゃんあたーっく!」
滞空したまま、身体に回転を加え、ドリルのように敵兵に突っ込んでいく。完全に物理法則を無視した動きだ。
慌てて塹壕に身を伏せた敵兵を、その塹壕ごと刺し貫くミネルバ。
あまりに非現実的な光景に度肝を抜かれ、ポカンとしている敵兵。
「あ、あれ、か、身体がヌケない……」
気がつけば、ミネルバの身体は完全に土に埋まり、身動きがとれなくなっていた。
「銃じゃムリだ、手榴弾を!」
我に返った敵兵が、手榴弾のピンを抜き、ミネルバのハマっている穴に放り込もうとしたその時。

「さ・せ・る・かー!!!」
大きく振りかぶった敵兵の側頭部を、横合いから高速で走り込んで来た椎堂 紗月の飛び蹴りが捉えた!
あまりの勢いに宙を舞い、塹壕を飛び出して行く敵兵。次の瞬間、彼の身体は手榴弾と共にはじけ飛んだ。
華麗に着地を決めた紗月は、続く一挙動で、やはり手榴弾を構えていた敵兵の懐へと飛び込んだ。相手の鳩尾に、必殺の突きを入れる。敵は、声もなく崩れ落ちた。
残った最後の1人には、アヤメが飛び掛り、峰打ちを喰らわして気絶させた。
「どうやら、片付いたようだな」
2人が敵を武装解除している内に、追い付いて来たラスティと星華が辺りを確認していった。
「助けてくれて、ありがとう。キミ達、確か切り込み隊の人だよね?」
敵の全滅を確認しに来た円が、声を掛ける。
「あ、あぁ、そうだ。こっちこそ、アンタ達のおかげで助かったぜ」
そう言って手を差し出す紗月。
「椎堂 紗月だ。ヨロシクな」
「桐生 円だよ。コチラこそ、よろしくね」
笑いながら、固く掌を握り合う2人。
戦場のそこここで、戦友『絆』が生まれつつあった。

「……ねー、ダレかー、はやく出してってばー」



エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はどうにかジャングルまで辿り着いたものの、頑強な敵のトーチカに、それ以上の進軍を阻まれていた。
エヴァルトは、一切の武器を持たない。肉薄して戦おうにも、敵が出てこなければ戦いようがない。
「苦労してるみたいですね、手伝いましょうか?」
無線から聞こえて来た声に辺りを見渡すと、パワードスーツに身を包んだ男が、右手の茂みの中から手を振っている。“男”とはいっても、声で判断しただけなのだが。
「というか、手伝ってくれませんか。ショットガン以外、マトモな火器が無いんです」
「それは困ったな。俺も実は丸腰なんだ」
「うーん、似たようなパワードスーツ着てるから、もしやとは思ったんですが……」
「まさか、俺みたいのがもう1人いるとはな」
「同感です」
2人は、思わず笑いあった。
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)です」
「エヴァルト・マルリッツだ」
「こうしてても仕様がない。いっそ一思いに突っ込むか?ショットガンとはいえ、銃眼からぶち込めば効くだろう」
「それはそうですが……防具に期待するしかないですかね」
「よろしければ、ご一緒させて頂けませんか?」
突然会話に割り込んできた女性の声に驚く2人。
「後ろです、後ろ!」
エヴァルトが振り向くと、少し後ろの茂みの中に、それぞれ刀や剣で武装した女性が2人と男が1人、身を伏せている。
「わたくしはユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)、それにシンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)と、山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)です」
リーダーらしき女性が、軽く頭を下げている。
「私達も、刀以外の武器がなくて。斬り込むんなら、ご一緒させて下さい」
「はぁ……なんでこう殴り屋ばっかり……」
「他に、友軍の姿は見えませんか?」
戦部が、ユーナに尋ねる。
「いえ、私達の後ろには誰も」
「そうですか……」
ため息をつく戦部。
「まぁ、いいか。人数が多い方が、成功する確率も上がるしな」
何かを振り切ったように、エヴァルトが言う。
「よし、作戦はこうだ。オレと戦部が囮になる。その間に、お嬢さん達はトーチカの後ろに回りこんで侵入口を探せ」
「いえ、囮なら私達が……」
「いや、私達は装備が重いので小回りが効きません。ですが、その分防御力は高いので、少々のダメージには耐えられます。ここは、エヴァルトさんの作戦が最善でしょう」
「そういう事だ」
「……分かりました」
少しの間を置いて、ユーナ達が移動を開始する。
こちらに動きに反応して、トーチカから銃弾が浴びせられる。
「正面からは、オレが行く。そっちは、トーチカの側面に出られるように動いてくれ。」
「トーチカの死角から、ショットガンで攻撃、ですね。分かりました」
戦部が頷く。
ユーナ達が敵の左翼に向かうのを横目にみながら、2人も移動を開始した。
トーチカに近づくにつれ、敵の攻撃が激しくなって来る。
地表のわずかな窪地を利用して身を伏せ、敵の銃撃のわずかな隙間を縫うようにして進む。
出来る限り慎重に進んでいるエヴァルトだが、既に全身至る所に被弾している。
スーツとインナーのおかげで軽症で済んでいるようだが、正直いつまで持つか分からない。
戦部の方も、スーツの上に、幾つも赤い火花が散っている。弾が命中した証拠だ。
「マズイです、エヴァルト殿!2時の方角に、新手が移動してきました!」
「何っ!」
言われて、その方向を確認使用したときだった。
「ドゴッ!」
一際強い衝撃を受けて、エヴァルトは地面に叩きつけられた。右肩に激痛が走る。
右肩を見ると、肩のアーマーが吹き飛び、インナーが血に染まっている。
徹甲弾を喰らったらしい。
歯を食いしばって痛みに耐えながら、ゆっくりと右腕を動かす。
どうやら、骨が折れてはいないようだ。
エヴァルトは、ソロソロと這いつくばったまま前進すると、転げ落ちるように窪地に身を隠した。
鎮静剤のアンプルを取り出し、スーツの肩口にある挿入口に押入れる。
全身の痛みと緊張が、急速に引いていった。
頭を振り、薬の副作用でぼおっとする意識をはっきりさせる。とにかく、止血をせねばならない。
右手の方から、激しい銃撃の音がする。戦部が、敵の新手と接触したのかもしれなかった。
加勢に行けないは口惜しいが、今はやるべき事を淡々とこなすより他ない。
「エヴァルト殿、大丈夫ですか!エヴァルト殿!?」
少しして、傷の処置を粗方終えたエヴァルトの耳に、緊迫した戦部の声が響いた。
「あ、あぁ……。大丈夫だ。肩に一発もらったが、動かせない程の傷じゃない。止血ももう終わった。そっちこそ大丈夫か?」
「大丈夫です。敵の新手はもう始末しました。2人しかいなかったので、助かりました。それと、朗報です。敵のアンチマテリアルライフルを鹵獲しました。使えそうです」
「そうか!そいつは効くぜ。なにせ喰らったオレがいうんだから、間違いない」
エヴァルトはおどけて言った。
「戦部さん、エヴァルトさん、お任せしました。今、トーチカの裏に出ました。今のところ、気づかれた様子はありません。1分もあれば突入できますが、どうしますか?」
低く抑えた声で、ユーナが報告してきた。
「了解だ!ユーナ、よくやった!」
どうやら、やっと運が向いてきたようだ。
「それでは、今から私と戦部さんが陽動をかけますから、敵の攻撃が激しくなったのを確認したら、突入して下さい」
「分かりました。無理しないで下さいね、エヴァルトさん」
気遣わし気なユーナの声が聞こえる。
「了解。俺もこれ以上タマを喰らうのはゴメンだ」
そう言いつつも、エヴァルトは手を抜く気などまるでなかった。
「よし、それじゃ戦部。オレがとびだすからな。お前ライフルで支援しろ。いち、にのさんで飛び出すぞ。それ、1、2、3!」
掛け声と共に、エヴァルトは窪地を飛び出した。戦部も、支援攻撃を開始する。まさに、正念場だった。



源 鉄心(みなもと・てっしん)は、白姫岳西麓の密林を西へ西へと進んでいた。目指すは、妹島と姉島をつなぐ地峡部。鉄心はこれから、その地峡部の地下を通り、白姫岳と金冠岳をつなぐ秘密の抜け道を、爆破しようというのだ。
この通路の存在を源に教えたのは、先に島に入り込んでいた潜入部隊である。
南部方面隊に配属された鉄心は、その最左翼への配属を志願した。“迂回機動によって敵の側面後輩に回り込み、破壊工作を行う”という鉄心の思惑だったのだが、これが思わぬ偶然を呼んだ。
たまたま、秘密通路破壊の命を帯びてジャングルを移動中だった潜入部隊と、ばったり出くわしたのである。
また今回の作戦に参加するにあたり、鉄心が教導団から、大量の爆薬を借り受けていた事も、幸運だった。
鉄心が大量の爆薬を保有している事を知った潜入部隊が、鉄心に作戦への協力を要請して来たのである。鉄心に断る理由はなかった。
潜入部隊は既に、島の地形や敵の配置のかなりの部分を把握しているらしているらしく、鉄心は途中全く交戦する事無く、ここまでやって来たのだった。
「見て下さい、あれが地峡部です」
指差しているのは、この潜入部隊のリーダー、神狩討魔(かがりとうま)だ。
神狩家は、先祖代々五十鈴宮家の護衛を務めてきた家柄で、今行動を共にしている忍者達の差配もするという。
討魔はその跡取りで、まだ若干18歳の若者だが、既にかなり場数を踏んでいるらしい事が、鉄心には見て取れた。
鉄心は、木々の間から討魔の指差す方向を見た。
地峡の幅は、一番狭い所だとせいぜい1キロもないという事だが、鉄心には、それ以上に狭く感じられる。
ここからではよく分からないが、金鷲党が堅固な陣地を築いているらしい。
「抜け道の入り口はこの先です。今、なずなとあなたのパートナー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)さんでしたか?彼女が様子を見に行っています」
なずなというのは、神狩配下の『くノ一』の事である。
なずなは、先の晩餐会ではハイナ・ウィルソンの影武者を務めたばかりか、暗殺者を返り討ちにして、護衛役の学生の窮地を救う活躍を見せている。
「ティーが?」
「そうです。 “偵察は私の仕事です”と言い張りまして。かなり生真面目な人のようですね?」
「あぁ。正直、生真面目すぎて困ってくるくらいでね」
肩を竦める鉄心。
「いやいや、羨ましい話です。なずなも腕は確かなんですが、いかんせん、万事緊張感に欠けるキライがあって」
「まぁ、お互い無い物ねだりというコトかな」
「でしょうね」
顔を見合わせて笑う2人。
「すみません、生真面目すぎて……」
「スミマセン、緊張感なさ過ぎで……」
『うわぁ!!』
いつの間に偵察から戻ったのか、なずなとティーが、鉄心と討魔の背後に幽霊のように立っていた。顔に縦線でも入りそうな勢いだ。
「も、戻ってたのか……」
「こ、断りなく背後に立つな!お前は!!」
「ヒドイわ、若ったら!人が仕事して戻ってきてみれば、陰口なんか叩いて!鉄心さんも鉄心さんです!本人が気にしてるコトを、そんなズバズバ言うなんて!!」
なずなは、討魔の事を『若』と呼んでいる。本人曰く、“響きがカッコイイ”との事だった。
「い、いえ、私そんなに気にしては……」
「あ、アレ?気にしてなかった?」
「その話題はもういい!報告は!」
『そんなんだから、お前は“緊張感がない”と言われるんだ』
と言わんばかりの眼でなずなを睨む討魔。
「え、あ?あぁ、問題ありませんでしたよ?」
「はい。入り口の周囲に人影はありません。中も確認して来ましたが、近くに人のいる気配はありませんでした。ただ……」
「ただ?」
聞き咎めて、鉄心が口を挟む。
「白姫岳の方から、かなりの数の物音がしてたんですよー。ちょっとそれが気になって」白姫岳と金冠岳をつなぐ抜け道は、そのまま白姫岳と金冠岳の内部に網の目のように張り巡らさせた通路とつながっている。
「兵力の移動が行われてるのかもしれませんね」
「あるいはその準備をしているか、だな」
「とにかく、急いだ方がよさそうですね」
「そうだな。白姫岳の兵力が金冠岳に移動するのだけは、何としても阻止せねば」
敵が白姫岳要塞を早々に放棄し、金冠岳に兵力を集中するような事があれば、救出部隊の成功は覚束なくなる。それは、司令部が一番恐れているシナリオだった。
「よし、急ぐぞ!ただし!周囲の警戒を怠るな!」
「はっ!!」
号令一下、一団は再び行軍を開始した。



結果的に、この破壊活動の成功が、妹島の攻防の明暗を分ける事になった。
抜け道の爆破により、妹島守備隊は動揺。一部部隊は指揮系統に支障をきたす事態となった。この機を見逃さず、宅美司令官は直ちに主力部隊の上陸を指示。場所は妹島の南西、地峡部に一番近い地点である。
地峡部を押さえられ、姉島への撤退が不可能になることを恐れた妹島司令部は、白姫岳の北部と南部の守備隊から兵力を抽出し、地峡部へと送り込もうとするが、これが完全に裏目に出た。
上陸した主力部隊は地峡部に向かわず、兵力が半減した南部守備隊に襲いかかったのである。主力部隊と先鋒隊の挟み撃ちにあった南部守備隊は、たちまち壊滅。南部守備隊を圧殺した主力部隊と先鋒隊は、雪崩を打って地峡部へと攻め込んだ。
移動してきたばかりで十分な準備の出来ていない抽出兵力に、勢いに乗る敵を抑える力は無い。
上陸部隊は、地雷原によって姉島への侵入こそ阻止されたものの、地峡部を完全に掌握することに成功した。
姉島への移動経路を絶たれ、北と東でも先鋒隊に散々に打ち破れられた妹島守備隊に出来る事といえば、白姫岳要塞に立て篭もる事だけだった。
宅美司令官の、用兵勝ちである。



ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、敵の放棄した陣地の中を、生存者を求めて歩いていた。
ヴァーナーは、晩餐会で言葉を交わした円華を助けたいという思いを強く持っていたが、彼女は、暴力や人殺しが何より嫌いだった。
ならば、せめて傷を直す事で、円華を助ける役に立てたらと、救護担当として参加したのである。

今ヴァーナーがいるのは、妹島の南西、地峡部に続く岸線である。主力部隊と守備隊の間で、激戦が繰り広げられた所だ。辺りには、敵味方の死体がそこら中に転がっている。
「ダレか、だれかいきてる人はいませんかー!」
そう呼びかけながら、ヴァーナーは、一つ一つの死体の生死を確認して歩いた。
始めの内こそ、死体のあまりの惨状にショックを受けたが、それもすぐに慣れた。“慣れた”というよりは、麻痺したといったほうが良い。
「だれか、ぶじな方はいませんかー!いたら、手をあげてくださーい!」
そもそも手を上げる力があるなら、とうに救出されているだろうが、ヴァーナーは、無駄と分かっていながらも呼びかけをやめることが出来ない。
ヴァーナーの視界の端で、何かが動いたような気がした。
その方向にある死体に走りより、片っ端から見て回る。
『まだ息がある!』
それは、守備隊と覚しき侍だった。
いや、“侍だった”といったほうがいいだろうか。
かなりの高熱にさらされたのだろう。全身の至る所に重度の火傷を追っている。まだ息があるのが不思議な位だ。
すぐにヴァーナーは、治癒の呪文を唱え始めた。持って来た回復アイテムは、既に全部使い切っている。呪文で直すしかない。
1度、2度と呪文を唱え続けるが、一向に男の意識が戻る気配はない。
『傷が治っているから、大丈夫』
ヴァーナーはそう自分に言い聞かせて、何度も何度も呪文を唱えた。結局、魔力が尽きるまでに傷を治し切る事は出来なかったが、今度は、しっかりと男を抱きしめ続けた。
『温もりを伝えれば、この人はきっと眼を覚ましてくれる』
不思議と、ヴァーナーはそう確信していた。

一体どの位そうしていただろうか。
「ん……、うぅ……」
うめき声がして、男が眼を開けた。
「大丈夫ですか?どこか、いたいトコはないですか?」
大きな瞳いっぱいに、男の顔を覗き込む。
ヴァーナーが敵だと分かったのだろう。男はヴァーナーの手から逃れようと、弱々しく押し返して来た。
「大丈夫です。もう大丈夫なんですよ」
そう優しく語りかけながら、ぎゅっと男を抱きしめるヴァーナー。
男の身体から、ゆっくりと力が抜けていく。
「ケガ人に、てきもみかたもないんですよ。おとなしく、なおされちゃってくださいです」
ヴァーナーは、満面の笑みで男に笑いかけた。