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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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【金鷲党事件 一】 ~『絆』を結ぶ晩餐会~ (第2回/全2回)

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第四章 罠

ローザマリアと紫音達が要塞内部への侵入路を確保したその頃、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)棗 絃弥(なつめ・げんや)もまた、要塞内部への潜入に成功していた。
2人は、メイベル達が上陸したのと同じ西岸から上陸したものの、奇跡的にセンサー網を突破し、いち早くここまでやって来たのだった。
「おい、翼。この先で、間違いないな?」
「はい、さっき尋問した侍の言う通りなら、この先の部屋にあの“気流”を作り出す装置があるハズです……って、何ですか、その『ツバサ』って?」
「つばさだよ、『翼』。お前のアダ名。ウィングだから、つばさ!」
「何の断りも無く、いきなりアダ名付けないで下さいよ」
「なんでよ、カッコイイじゃん、翼。サッカー上手そうで」
「そうですか?なんか女の子っぽくってイヤなんですけどね」
「ん?女の子?」
「しっ!誰か来ました!」
慌てて物陰に隠れる2人。
廊下の向こうからバタバタと複数の人間が走ってくる。
「クソッ!北壁に取り付いただと!」
「見張りは何をやっていた!」
男達は口々にそんな事を言いながら、2人にはまるで気付かずに走り去って行った。
「どうやら、他の連中も上手くやってるみたいだな」
「我々も急ぎましょう。あの風を何とかしないことには、増援の送り様がありません」
ウィングは、周囲に監視カメラの類が無いを確認すると、足音を忍ばせつつ通路を進んだ。
突き当たりの扉の前まで行くと、扉に耳を付けた。特に、気になる音はしない。
手招きで棗を呼ぶと、すぐさま鍵を開けにかかる。ものの数秒で、錠の外れる音がした。
そっと扉を押し開け、中を伺う。
中は、薄暗い部屋だった。一つきりの窓から、月明かりが入り込んでいる。
室内に、人気がないのを確認して、2人は部屋に滑り込んだ。
そこは、ガランとした部屋だった。突き当たりの壁に祭壇のような物がある他は、眼につくようなものは何も無い。
2人は、その祭壇に歩み寄った。
神社の拝殿に良くありそうな、こざっぱりとした祭壇だ。祭壇の大きさに比べて一際大きい鏡が置かれている。
「おい、これ……」
「えぇ、資料で見た、鏡に似てますね」
ウィングはハンドヘルド・コンピューターを取り出すと、ブリーフィングで受け取った資料のデータを呼び出し、確認する。
確かに、御上真之介(みかみしんのすけ)が五十鈴宮円華から受け取ったという鏡に、酷似していた。
ブリーフィングで2人は、“金冠岳を取り巻く特殊な気流は魔術によって引き起こされているもので、その力の源としてこの鏡と同じ物が使われている可能性が高い”と聞かされていた。
「間違いないですね」
ウィングは、HCの画像を棗に示した。
「よし、爆破するぞ」
「はい」
下手に祭壇や鏡に触ると警報装置が作動するかもしれない。それに、鏡が破壊されたことに気付いた敵がすぐやってくるかもしれないことを考えれば、自分達がこの部屋を脱出してから爆破するのが、一番安全だ。
2人は手際良く時限爆弾をセットすると、窓から要塞の外に脱出した。
出来る限りの速さで、要塞から離れる。
きっかり5分後に、爆弾が爆発した。
窓から、黒い煙が上がっている。
「風は?」
2人が要塞に入る前、うるさい位に鳴り響いていた風鳴りの音が、止んでいる。目の前の雲も、最前とは異なりゆっくりと流れている。
「止んだ……」
「止んでる!風が止んでます、棗さん!」
「ヨッシャー!」
2人は、手をたたき合って喜んだ。



「救出部隊から入電!金冠岳要塞の北壁に、部隊が取り付いたそうです!」
「状況は?」
「はい。要塞内への侵入口を確保したものの、敵の反撃に遭い、苦戦しているとの事。増援を要請しています」
「むぅ……」
“増援”と聞いて、宅美浩靖は渋い顔をした。増援部隊の選抜は終わっているが、それを金冠岳まで送り込む手段がない。姉島の島端から上陸していては、間に合わない可能性がある。
「ちょっと待って下さい!金冠岳の気流の流れが、止まっています!」
「ナニっ!!」
金冠岳を観測していた副官が、驚きの声を上げた。
宅美は副官に駆け寄ると、双眼鏡をひったくって覗き込む。
確かに、止まっているように見える。
「救出部隊から入電!気流の流れを作り出していた装置の破壊に、成功したとの事です!」
「間違いないのか!」
「ハイ!“風が止まっている”と、複数の小隊から連絡が入っております!」
「よし、増援部隊に連絡!直ちに小型飛空艇に搭乗!金冠岳に突入せよ!」
「了解!」
「ちょっと待って下さい!!」
突然、ブリッジに切羽詰った声が響いた。

「僕も、僕も金冠岳に連れて行って下さい!」
ブリッジの扉の前に、御上真之介が立っていた。走ってきたのか、肩で息をしている。
「どうしたのですか!御上先生?」
{SNM9999004#ルミーナ・レバレッジ}が、驚いた顔で尋ねる。
彼女と御神楽環菜は、増援部隊の編成について協議するために、東郷に来ていたのである。
「鏡が……。円華さんの鏡とのリンクが……、切れました」
呆然とした顔で鏡を差し出す御上。
確かに、鏡には何も映っていない。
「もう一度つなぎ直す事は?」
「ダメです。何度も試しましたが、円華さんの『力』がまるで掴めないんです。円華さんの身に、何かあったとしか……」
「あちき達との接触が、バレてしまったのでありんしょうか?」
「だとしたら、マズいわね……」
深刻な顔で見つめ合う、ハイナと環菜。ルミーナも、気遣わしげな顔をしている。
「僕を、僕を金冠岳に行かせて下さい。距離が近くなれば、またその分リンクを繋げるのも容易になりますし、何より、円華さんの居場所をリアルタイムで救出部隊に伝えることが、作戦の成功には不可欠です」
一頻り考えた後、環菜が口を開いた。
「わかったわ、御上先生。許可します」
「御神楽校長!」
嬉しそうに駆け寄る御上。
「お言葉ですが、校長。満足に戦闘訓練を受けていない者を、戦場に送り込むのは同意できかねます」
宅美の反論ももっともだ。
「しかし、今は非常時です。作戦の成功を帰すなら、御上先生を金冠岳に行かせるべきではないでしょうか」
ミルーナが、口添えする。
「……分かりました。なら、彼には護衛を付けましょう。よろしいですか、御上先生。現地では必ず護衛の指示を守り、決して1人では行動してはならない。そして、常に自分の身の安全を第一に行動する。誓って頂けますね?」
御上の眼を、じっと見据える宅美。
「はい!誓って!」
御上は、決意に満ちた声で応えた。

「なら、護衛は私達にやらせて下さい!」
背後からの声に振り返ると、そこには、御上の見知った顔が立っていた。
「あなた達は?」
突然の闖入者に、環菜が厳しい顔で尋ねる。
「はい!葦原明倫館の東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)、」
「それに、イルミンスールのブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)です」
「私達、きっと御上先生が“円華さんの所に行きたい”っていうだろうと思って、ずっと待ってたんです!」
「先生!私達が、円華さんの所まで連れてって上げるよ!」
「ボクは、円華嬢が、御上先生に会いたがってるんじゃないかと思ってましてね。ずっと、先生を張ってたんですよ」
「君達……ありがとう」
思わず涙ぐむ御上。
「随分と、生徒に慕われてありんすねぇ、御上先生。先生冥利に尽きるとは、まさにこの事でありんす」
感動したように、ハイナが言った。
「いいでしょう。では、あなた達に御上先生の護衛を務めてもらう事にします。よろしいですね、宅美司令?」
「勿論です、御神楽校長。では諸君。諸君のその熱意と情熱に、御上先生と円華嬢の運命を託す!2人を、必ず無事連れて帰ってくれたまえ。いいな?」
『ハッ!!!』
3人は一斉に敬礼した。



霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)月美 芽美(つきみ・めいみ)と共に、金鷲党のアジトの1つを襲撃していた。
この襲撃は、攻略目標が二子島である事をカモフラージュする事が目的である。つまり、既に攻略作戦が発動している今、戦闘を続ける必要はない。
にもかかわらず、透乃は戦いを続けていた。

「行くよ、陽子ちゃん!援護ヨロシク!」
「ちょ、ちょっと待って透乃ちゃん!」
透乃は、陽子の返事も待たず、敵陣に突撃していった。
陣地に篭る敵軍が、一斉に機関銃を乱射してくるのもお構いなしである。
透乃の突撃からやや遅れて、呪文を唱える陽子。透乃の目指す陣地が、炎に包まれる。
それにも構わず突進を続ける透乃は、辛うじて炎の洗礼を免れた兵士に襲いかかった。
両の掌に炎の力を込め、敵を乱打する。敵は、火傷と打撲の痛みにヒドイ悲鳴を上げながら、息絶えた。

「透乃ちゃん、大丈夫だった?」
陽子が、駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ、陽子ちゃん!ちょっと避けきれなかったけど、こんなのカスリ傷だし」
陽子は、蒼白になった。
透乃の顔半分が、真っ赤に染まっている。額を銃弾がかすったのだ。
「大変、透乃ちゃん!!」
慌てて透乃を物陰に連れ込む陽子。応急キットを取り出して、止血を試みる。
「ゴメンね、透乃ちゃん、私のせいで……」
「いいよいいよ。気にしないで、陽子ちゃん。今回は、ちょっと陽子ちゃんのタイミングが遅れちゃったから、こうなったけど、いつもの調子でやれば、全然間に合うから」
透乃の言葉に、唇をぐっと噛み締め、俯く陽子。握り締めた手が、震えている。
「……てよ、透乃ちゃん」
「え?」
「もうやめて!もうこんな事やめてよ、陽子ちゃん!!」
叫ぶ陽子。その顔は涙に濡れていた。
「どうして、どうしてこんな事ばかりするの!どうして、こんな危ない事ばっかり!!」
「どうして?」
「そうだよ!どうして透乃ちゃん、そんな風に、わざと敵に向かって突っ込んでくような事ばっかりするの?どうして、ワザと危ない目に遭おうとするの!?」
感極まって、泣き崩れる陽子。
そんな陽子を、何か不思議な物でも見るかのような眼で見つめながら、透乃は口を開いた。
「陽子ちゃんのためだよ」
「……え?」
「陽子ちゃんのために、決まってるじゃない」
「私のため……?」
「そうだよ。そんなの、陽子ちゃんのために決まってるじゃない?」
乾いた笑いを浮かべながら、答える透乃。
「だって陽子ちゃん、ちっとも戦ってくれないんだもの。ホントはとっても強いのに、“自分は弱いんだ”って勘違いして、ちっとも自分から戦ってくれないんだもの。陽子ちゃんが戦ってくれるのは、私や芽美や泰宏が、危ない目にあった時だけ。だから、私は危ない目に遭うの。陽子ちゃんが戦ってくれるように」
「そんな……。私を……?わたしを戦わせるために……?」
「そうだよ?」
透乃を、呆然と見つける陽子。
「ねぇ、陽子ちゃん。自信、取り戻してくれた?自分は強いって、思い出してくれた?」
そう言って、ニッコリ笑う透乃。
「今だって、陽子ちゃんが全力で戦ってくれたら、私ケガなんてしなかったんだよ?だって陽子ちゃん、ホントならアイツらが銃を引き金引く前に、全員丸焦げにしちゃうもん。それに敵だって1人残らず、それこそ陣地丸ごと吹き飛ばしちゃえる位強いんだから」
透乃は眼をキラキラさせながら、まくし立てる。
「ね、陽子ちゃん、思い出してくれた?自分の強さ?思い出してきたでしょ、ね?」
「……分からない」
「うん?」
「分からないよ、透乃ちゃん!透乃ちゃんが何を言っているのか、私全然分かんないよ!!」
陽子は手の平に顔を埋め、頭を振る。
「えー……。まだ分かんないのかー。しょうがないなぁ。それじゃ、もう少し頑張るしかないかー」
膝に手をかけ、よっこらしょ、と立ち上がる透乃。頭に巻かれたほうたいに、血がにじんでいる。
「私も頑張ってカラダ張ってみるからさ、陽子ちゃんも、頑張って人殺ししてよ。全力で。ちょっと自信取り戻してくれれば、陽子ちゃん、すぐ昔に戻れるって」
「……無理だよ、そんなの。そんなの無理だよ!そんな私のために、私が自信をつけるために透乃ちゃんを危ない目に遭わすなんて、そんなのできないよ!!」
陽子の絶叫が、辺りに響く。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
透乃が、地の底から響くような声で言った。
「……透乃ちゃん?」
「じゃあ、アタシどうしたらイイの?どうしたら、透乃ちゃん自分から戦ってくれるの?どうしたら透乃ちゃん、自分に自信持ってくれる?自分は強いって、何十人も何百人も殺せる位強いって、どうしたら思ってくれるの!ねぇ!!教えてよ、陽子ちゃん、ねぇ!!」
狂ったように、透乃が絶叫する。
「分かって欲しいのに!陽子ちゃんは強いんだって、強い陽子ちゃんがいてくれなくちゃ、私はダメなんだって、死んじゃうんだって分かって欲しいから!」
「そんな……。そんなコトのために……?」
「そんなコトって何よ!陽子ちゃんが自信持ってくれなくちゃ、私、ダメなんだから!陽子ちゃんが強くなってくれなくちゃ、私、ダメなんだから!!ねぇ、お願い!昔の陽子ちゃんに戻ってよ!ねぇ!!」
「透乃!陽子!逃げて!ココはもうすぐ爆発するわ!罠よ、私達は、罠に嵌められたのよ!!」
芽美が、叫びながら走ってくる。
その後ろで、真っ赤な玉が膨れ上がり、爆ぜた。



大地が激しく揺れ動く感覚に、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は意識を取り戻した。
自分の上に大きな影が覆いかぶさっている。
驚いて頭上を見上げると、無数の小型飛空艇が、大空に飛び立っていく所だった。
空賊船が小さくなって見えなくなるまで、ただただ呆然と見つめ続けていたアリアは、痛む身体を庇いながら立ち上がると、改めて辺りを見回した。
周りには、破壊された建物のガレキや、敵味方双方の死体が、ゴロゴロ転がっている。
そんな光景をぼおっと眺めながら、アリアは、ゆっくりと記憶の整理を始めた。
彼女は、仲間達と共に、金鷲党のアジトの1つに攻撃を仕掛けた。二子島攻略作戦の陽動のためである。
そこで、待ち受けていたと覚しき金鷲党と、激しい戦闘になった。
その戦闘の最中、至近弾を受けたアリアは頭を打ち、意識を失ったのだ。
殺されたり捕虜になったりしなかった所を見ると、自分は死んでいると勘違いされたのだろう。
“あの飛空艇達は何処に行くのだろう”と、今一つはっきりしない頭で、アリアは考えた。
今アリアがいるのは、二子島に程近い無人島である。
アリアは、出撃前に見せられた地図を、改めて思い出してみる。
彼らの向かう先にある物、それは、二子島だ。
「早く、早くみんなに知らせないと!」
自分の声に我に返ったアリアは、愕然となった。
自分の装備一式が、まるで見当たらないのだ。
至近弾の爆風で吹き飛ばされたか、金鷲党に鹵獲されてしまったのかもしれない。
あるいは、ガレキの山や死体をひっくり返せば、使える無線機が見つかるかもしれないが、それでは到底間に合わない。
“でも”
と、アリアは立ち上がった。
“それでも、出来る事をしなくては”
そう自分に言い聞かせると、アリアはたった1人、無線機を探し始めた。



小型飛空艇で艦隊の周囲を警戒していた志方 綾乃(しかた・あやの)は、雲間の向こうに、一瞬何がキラリを光ったような気がして、飛空艇を反転させた。
光を見た辺りの空にじっと目を凝らす。
一面真っ青な空に、わずかに動くごく小さな白い点がある。
綾乃は機体の速度を上げると、慎重にその点に近づいて行く。
距離が縮まるに連れて、徐々に白い点で形を取り始めた。
空賊船だ。それも1隻ではない。
3隻の空賊船が、艦隊を組んで飛んでいるのだ。
しかも、我が軍の艦隊へ直進するコースを取っている。
状況を考えると敵である可能性が高いが、ともかく確認してみる必要がある。
そう考えた綾乃が、空賊船に近づこうとした、その時だった。
“ガガガッ”という音がして、機体に激しい衝撃が走った。振り落とされまいと操縦桿を強く握り締める綾乃の身体が、機体ごとガタガタと揺さぶられる。
振り向くと、機体の後方から煙が上がっていた。
再び聞こえた“ガガガッ”という音に、半ば無意識に回避行動を取ると、さっきまで機体のあった所に、斜め上から銃弾が降り注いだ。
“敵襲!”
上空を振り仰ぐと、1機の飛空艇が機銃を打ちながら接近してくるのが見えた。
空賊船に気を取られ過ぎて、周囲の確認を怠ったのが失敗だった。
「本部、本部!こちら飛空08、現在、敵と交戦中……」
司令部と連絡を取ろうと無線を立ち上げた彼女の耳に、激しいノイズの音が聞こえた。
どうやら、さっきの被弾で無線が故障してしまったらしい。
こうなったら、艦隊まで戻って直接伝えるしか無いが、果たして、敵を振り切れるだろうか。
必死に敵の攻撃を回避しながら、綾乃は艦隊へ向けて速度を上げた。



「堂円様」
「どうした?」
「敵が動き出しました。新手の小型飛空艇数十機が、こちらに向かっています」
金冠岳要塞の最奥部、祭壇の間。小男が、御簾の向こうの人影に語りかける。
「備えはどうなっている?」
「全て、御指図通りに整えて御座います」
「そうか」
「堂円様。どうか、我らが悲願達成のため、今一度、お力をお貸し下さい」
「言われるまでもない。任せておけ」
「ははっ、有難う御座います」
小男は、額を地に擦り付けるように頭を下げると、決して御簾に背を向けぬようにして、祭壇の間から出て行った。



払暁を突いて艦隊を発進した増援部隊は、一挙に、金冠岳へと到達した。
遮る物一つない空を、あっという間に金冠岳上空へと到着した増援部隊は、救出部隊が確保した侵入口目指して、降下を開始した。
上陸作戦用に改造され、搭載量を倍増した双胴型飛空艇。その中央の降下ハッチから垂れたロープを、兵士達が次々と降下していく。
最初の兵士が、今まさに地上に到達しようとする、まさにその時。
突然、金冠岳中腹の山肌が地響きを立て、崩れ落ちた。
あっけに取られる増援部隊の目の前で、隠されていた鉄のハッチが、激しくきしみながら開いて行く。
その様は、まるで鬼が巨大な口を開いたようでもある。
そして、その鬼の口から、何かが飛び出した。
飛空艇だ。無数の飛空艇が次々と飛び出すと、増援部隊を尻目に、一気に艦隊目掛けて突き進んで行く。
完全に虚を突かれた増援部隊は、まるで対応できない。自分達のすぐ脇を、侍を乗せた飛空艇が通りすぎて行くのを、ただ見守る事しか出来無かった。



堂円は、改めて祭壇に向き直ると、結跏趺坐の姿勢を取った。左右それぞれの手で印を組み、目を半眼にする。
ゆっくりと呼吸を調え、身体の感覚を外に向ける。身体が、空間と一体化したような感覚。そして、祭壇に置かれた巨大な『鏡』へと、徐々に意識を解き放っていく。
意識が、鏡を通して、鏡の外へ、外の世界と繋がって行く。
“自分”が限り無く広がって、あらゆる物に手を伸ばし、触れ、動かす事が出来るようになる。
そして。
堂円は、『風』を捉えた。自分を取り巻く、風。その風を両の手で掴み、延ばし、かき回し、振り回す。ちょうど、子供がバケツの水をかき回す様に。

次の瞬間。
いきなり、風が巻いた。
さっきまで、そよとも吹いていなかった風が、突風となり、物凄い勢いで荒れ狂った!
部隊降下中の飛空艇は、船で言えばアンカーを降ろした状態になり、まったく身動きがとれない。そこに、突然秒速数十メートルの風が襲いかかったのである。
飛空艇は、あたかも水面に揺れる木の葉のように翻弄された。突風に耐え切れなかった兵士達が、悲鳴の尾を引きながら、次々と虚空に投げ出されていく。
飛空艇が、一箇所に密集していたのも災いした。
コントロールを失った飛空艇は、互いに衝突し、あるいは山肌にぶつかって、次々と墜落して行く。
風が収まった時には、浮いている飛空艇は、ただの一つも存在してはいなかった。



「敵です!突如現れた飛空艇の集団が、真っ直ぐこちらに向かってきます!!」
「何だと!!」
副官が絶叫した。
思わず立ち上がった宅美の目に、朝日を浴びてキラキラと輝く無数の点が飛び込んで来た。
「数は!」
「およそ50!」
「警戒隊より連絡!6時の方角より所属不明の空賊船3隻が、本艦へ向けて接近中!」
「空賊船だと!一体どこから!」
「嵌められたのよ。まんまと、してやられたわ」
ブリッジに、環菜の冷徹な声が響いた。
「増援部隊を呼び戻せ!」
「無理です!部隊の降下は、もう始まってるんですよ!!」
「大変です!金冠岳に突風が!」
観測員が、金冠岳を指差す。
皆が見つめる中で、金冠岳に幾つも赤い爆発の花が咲き、散った。
「う、ウソだ……」
全身から力の抜けた副官が、ぺたん、とその場にへたり込んだ。
「ぐぬぅぅ」
物凄い形相で、金冠岳を睨みつける宅美。
「総員、白兵戦用意!」
宅美は、腹の底から響くような声で怒鳴った。
「戦える者は、コックに至るまで銃を取れ!敵はすぐに来る!!」
「残った飛空艇は、全て敵の迎撃に当たらせろ!大型飛空艇は、空賊船の接近を全力で阻止せよ!体当たりしても構わん!!敵の狙いは本艦だ!なんとしても、総奉行を守れ!!」
その言葉は、全員の闘志を奮い起こすのに充分な力を持っていた。



金鷲党の侍達に狙撃を続けながら、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、背筋に薄ら寒いモノを感じていた。
東郷の周りに、蟻の様に群がる飛空艇。
その飛空艇から現れた侍達は、皆、白一色の装束に身を包んでいた。
その白づくめの侍達は、あるモノは甲板にロープを垂らし、またあるモノはアンカーで張ったロープを伝い、次々と東郷へと乗り移ろうとする。
クレアは、その侍達を飛空艇から狙撃していた。
傍らには、彼女の進言で予備兵力として残された友軍機も、敵に攻撃を加えている。
だが、金鷲党の侍達は、幾ら味方が叩き落とされても、一向にひるむ様子がない。
彼らは、まるで何事もなかったかのように、ひたすら前に進み続けるのだ。
医師の卵であるクレアにとって、『命』とは、何にも代え難いものである。そんな彼女が一番理解出来ない行動の一つが、『自殺』だった。
目の前の侍達は、別に死にたがっている訳ではない。ただ一つの目的を達成するため、自分の死をも厭わず、行動しているに過ぎない。
だが、少しも人としての意思が感じられない、まるで本物の蟻の様な彼らの戦い振りに、クレアは嫌悪感を覚えずにはいられなかった。



「マズイぞ、クリスティー!敵に降りられた!」
「何!?」
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、東郷の甲板に侍達が降り立ったのを見て、舌打ちをした。
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)の見ている前で、東郷の上空に乗り付けた飛空艇から降下してきた侍が、水際で敵を食い止めていた船員を背後から袈裟斬りにする。
そこに乗り付けた飛空艇から、さらに侍が2人3人と、甲板に乗り移る。
「クリスファー、僕達も甲板に降りよう!あそこに向かって突っ込んで!!」
「無茶いうな!」
「無茶でも何でも、これ以上乗り込まれると、総崩れになるよ!!」
「クソッ!なるようになれだ!!」
クリスファーは、半ばヤケクソ気味にそう言うと、一気に機体を急降下させた。
「しっかり掴まってろ!!」
甲板に衝突するギリギリの処で操縦桿を引き、ムリヤリ機体を引き起こす。
金鷲党の侍達を吹き飛ばしながら甲板に着地した飛空艇は、クルクルとコマのように回転しながら甲板を滑って行き、反対側の舷側に衝突して止まった。
衝撃が船が大きく揺れ、舷側に跳び移ろうとしていた侍が、さらに何人か虚空に落下して行った。
「イテテ……、ひでぇ目に遭った」
歪んで開かなくなったキャノピーを蹴り開け、クリストファーは転げる様に飛空艇から外に出た。
クリスティーも後に続く。
甲板では、既に至る所で斬り合いが始まっている。味方の多くが東郷の船員達のようだが、彼らは元々戦闘員ではない。
それに対し相手は戦い慣れした侍である。しかも、皆捨て身の覚悟で斬りかかって来る。
味方の劣勢は明らかだった。
「クリストファー、あそこ!」
クリスティーが指し示す方向を見ると、今まさに金鷲党の侍がブリッジに続く階段を駆け上がる所だった。
「させるかぁ!」
ソードブレイカーを抜きながら、突進するクリスティー。
その行く手に、新手の侍が立ち塞がる。
「おっと、お前の相手は、この俺だ!」
横合いから飛び出してきたクリストファーが、侍に突きを入れる。
それを後ろに下がって避ける侍。
その隙を、見逃すクリスティーではない。
身を沈めて侍の懐をすり抜けると、階段を登る侍の後を追った。
3段抜かしで階段を駆け上がる。
彼女が、侍の背後に迫ったその時、突然振り返った侍が、上段から斬りつけてきた。
その一撃を、ソードブレイカーで受けるクリスティー。相手の刃を峰で捉えると、身体の回転を加えて勢い良くひねる。
刀身の真ん中からバッキリと折れる刀。
なおも斬り込んでくる侍を、後ろから走りこんで来たクリストファーが、すれ違い様に切って捨てた。
「クリストファー!」
クリスティーに、ニッと笑って答えるクリストファー。
「ここから先は、通さないよ!」
「死にたい奴から、掛かって来やがれ」
互いに背中を預けながら、2人は攻め寄せる侍達に剣を向けた。



「お2人とも、ここはもう持ちません!早く、脱出の準備を!」
ブリッジに打ち込んだロープを伝って直接乗り込んでこようとする侍を、熱線銃で狙い撃ちにしながら、影野 陽太(かげの・ようた)は環菜とハイナに呼び掛けた。既に、艦長とオペレーター1人を除いたブリッジの全員が、武器を手に戦っている。
「はぁ?何を言っているの、影野君。一体、何処に脱出しようっていうの?」
「そ、それは……」
言われて、影野は口篭った。既にブリッジは敵兵に取り囲まれている。
例えブリッジの外に出ても、船の周りは敵の飛空艇で一杯である。無事に味方の船まで辿り着ける可能性は限りなく低い。
しかも、現在東郷は接近してきた敵の空賊船と3本のワイヤーで繋がれ、身動きがとれない状態である。
逃げ場など、何処にもなかった。
「そ、そうですよ!せめて、せめてパラシュートで脱出して下さい!」
「高度一千メートルから、陸地一つ無い海原のど真ん中にダイビング?あんまりゾッとしない話だわ」
「ぐっ……」
今度は、影野も完全に言葉に詰まってしまった。
確かに、環菜の言う通りだ。例え無事に降下出来たとしても、味方に回収される前に、敵に捕まらないという保証はない。
「でも、このままじゃ、全滅を待つだけですわ!」
ルミーナが、悲痛な声で叫ぶ。
「……そうでありんすねぇ」
それまで押し黙っていたハイナが、口を開いた。
「確かに、下が地面なら、飛び降りられんすねぇ」
「は?」
ハイナを覗く全員が、“何を言っているのかよくわからない”というふうに顔を見合わせている。
「何を言っているの、ハイナさん?」
環菜が、怪訝そうに尋ねる。
「いえね、今環菜はんは“陸地一つ無い海原のど真ん中に”といいんしたでありんしょう?それなら、陸の上飛び降りればよいのじゃありんせんかと」
「陸って……、何処にそんなものがあるんです?」
「すぐソコにあるじゃありんせんか」
そう言って、ハイナは窓の外を指差した。
『……二子島?』
皆の声が、重なる。
「そうです」
「え……。でも、でもどうやって!!」
“そんなムチャな”という顔で影野が尋ねる。
「……なるほど。イチかバチかと言う訳ね」
顎に手を当てて、環菜が呟いた。
「二子島には、味方もいるわ。あそこまで辿り着ければ、なんとかなるかもしれない」
「でも、もう周りは敵に囲まれていますわ。しかも、敵の空賊船にも捕まっています。あそこまで辿り着けるでしょうか?」
ルミーナが、問題点を指摘する。
「問題は、そこね」
環菜が同意した。
「方法はある」
いつの間に戻ってきていたのか、身体中返り血とススで真っ黒になった宅美司令が、ソコにいた。
「ただし、成功する保証はありません。失敗すれば、それこそ我々は海の藻屑となりますが」
宅美は、そこで言葉を切った。
「皆さん、小官に命を預けて下さいますかな?」
「望む所よ」
環菜が即答する。
「環菜様がそう望まれるのであれば、わたくしに異存は御座いませんわ」
当然、という風にルミーナが答える。
「お、俺も!俺も校長が行く所でしたらドコでも行きます!」
やたらと力を込めて、影野が言う。
「あちきの命は、司令官をお願いした時より宅美はんにお預けしていんすから」
ハイナがにっこり笑って言った。
「なら、決まりですな!」
宅美が、ズカズカと艦長に歩み寄る。
「艦長!本艦の舷側を、あの艦に向けろ!」
宅美が、東郷にアンカーを打ち込んでいる空賊船を指差す。
「取舵一杯!」
艦長が舵輪を回すと、船がギシギシと音を立てながら向きを変える。
「よし、全砲門一斉射撃!目標、敵空賊船!!」
「この距離で!?無茶です!誘爆に巻き込まれでもしたら……」
オペレーターが絶叫した。
「振り切るには、他に方法はない!」
宅美が断言する。
「しかし!」
「構わん、撃てーぃ!!」
「了解!全砲門一斉射撃!目標、敵空賊船!!」
艦長の復唱と共に、東郷の舷側に並んだ大砲が火を吹いた。
ブリッジが白煙に包まれると共に、船にガクンと衝撃が走る。砲撃によって、船と船をつないでいたワイヤーが切れたのだ。
「よし、全速前進!二子島に吶喊せよ!」
「了解!!」
「しっかり、掴まってて下さいよ!!」
どこか嬉しそうに、宅美が声を上げた。
周りの飛空艇をなぎ倒し、引きずりながら動き始める東郷。
艦がスピードを上げるにつれ、ブリッジや甲板にいた船員や侍達が、次々と振り落とされ行く。
二子島目掛けて、落ちるように突き進んで行く東郷。
「総員、衝撃に備えろぉぉぉ!!」
影野達は、既に床に這いつくばっている。
遠くに見えていた二子島がぐんぐんと迫って来たかと思うと、ブリッジ一杯に広がる。
東郷は、船首から二子島に激突した。