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リアクション
SCENE 18
長々と森を彷徨ったカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)だが、いち早く祠を調査し、地下への入口を発見している。
「結局ここに戻ってきてるじゃない! 何であの大ババ様はいつも肝心な事を覚えてないの!」
緑の心臓は地下、たったこれだけをアーデルハイトが覚えていれば、これほどの遠回りはせずに済んだのだ。
「ああほら! この柱ったら……邪魔!」
やや苛ついているようだがそれも、間近に迫った冒険に向け血がたぎっているからである。
「待てカレン、そう雑に扱うでない。瓦礫が増えるばかりであろうが。ちゃんと取り除かなくば再び埋もれてしまうぞ」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、祠周辺の柱を取り去り後続が続きやすいようにしていた。無理に進入できないこともないが、このまま放置しておくのは良くない。
「どいておれ。我のレールガンで吹き飛ばす」
ジュレールはカレンを下がらせると、自らの身長より長大な得物を構え引き金を引いた。
ゴッ、と轟音が一度。
そして土埃が晴れると、障害物は綺麗さっぱり粉砕されている。
「行くとしよう」
長い階段を降り、二人は地下にたどり着く。温度は低い。そして、驚くほど広大だった。
「いかにも何かありそうな雰囲気ね、古代のものと、最近設置された機械補修が共存してる」
カレンは胸の高鳴りを感じつつ、
「そうそう、本拠地ってことだから巨大食虫植物なんかが襲ってくるかもしれないし」
となにやら取りだして見せた。
「カレン、本当にそれを装着しろと言うのか……」
ジュレールはあからさまに嫌な顔こそしないものの、いくらか困惑気味に言葉尻を濁らせている。
「もちろん!」
イタズラっぽい笑みとともカレンが示したのは、どこかで入手した怪植物のツタだったのである。
「これを巻き付けてレッツカムフラージュ! 植物の仲間と思われて、襲われないハズだよ〜!」
「その理屈がわからんのだ。青臭いだけのような気がするが……」
「まあまあ、ものは試し、巻いた巻いた!」
カレンは、怪植物が人間の呼気に含まれる二酸化炭素を感知して襲ってくることを知らなかった。
つまりツタを巻いたところで……。
同様にして地下に降りた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、構造を見ながら罠を調べる。
「空を翔け地をゆき、今度はついに地下ですか……ふふ、今日の行動範囲は多岐に渡りましたわね」
気配を極力消しながら、優梨子は単身進んでいた。カレンたちが古代遺跡の部分を進んだのと違って、彼女はプレート張りの部分を進路に選んでいる。
「おや……」
一室に忍びこんで、そこに研究員と思われる無数の死体が転がっていることに彼女は眼を細めた。
彼女にとって死体は忌避の対象ではない。むしろ言いしれぬ興味と、倒錯気味の愛情すら感じる。それが惨殺死体ならなおさらだ。
「これは電磁鞭ですか……締められたり焼かれたり……鮮やかな手口で『処理』されていますね。ご一緒出来なかったのが残念……」
優梨子は、くすくすと微笑すら浮かべていた。
いずれの死体も、少なくとも死後数週間は経過している。地下にはみ出してきている植物の餌になったのか、大半が白骨化していた。
実験室だろうか。室内には様々な機材が転がっている。ビーカーや試験管の類もあるが、ことごとく破壊されていた。
「見てはいけない」
レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は手を伸ばし、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)に目隠しした。
彼らも、優梨子とは別のドアから同じ部屋に入ったのだ。白骨が大半ゆえ、死臭があまりしないのは不幸中の幸いだろう。しかし、視界を覆ったくらいでごまかせるものではない。
「レオン、私なら大丈夫です」
「だけど衿栖……これ、あまりにも……」
茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)も青ざめている。吸血鬼の朱里にとっても、気持ちの良い光景ではないのだ。百数十年前、もっと人類が野蛮だった時代の惨禍を思わせる。
(「やっぱり占いは当たってた……」)
朱里は回想する。
今回、衿栖は、朱里が同行することに賛成しなかった。「衿栖が止めても無駄だよ、だってもう決めたんだから」と、反対を押し切って朱里は共に来たものの、出立直前に引いたタロットは『運命の輪(Wheel of Fortune)』の逆位置、『アクシデントの来訪』を示す卦であり、悪い予感はしていた。
「出ようか」
扉に手をかけた朱里だったが、衿栖に止められていた。
「二人とも、聞いてください。嫌な予感なら私もしていました……レオンや朱里が、気遣ってくれることにも感謝しています……だからといって、目を逸らせたいとは思いません」
「わかった」
レオンはそっと、衿栖の目から手をどけた。
「この人達は……塵殺寺院の研究員でしょうね」
最初に衿栖が述べたのはその言葉だった。
「せめて弔ってあげたいところですが、今は任務を優先しましょう」
気丈にも彼女は、残された研究施設の調査を始めたのである。
「植物が暴走したのだろうか。いや、焼かれている死体があるのだからそうではなかろう。最後は植物に食わせたのかもしれんが、人為的なものを感じる」
「だったら、塵殺寺院の仲間割れ?」
と問う朱里にレオンは応えた。
「可能性はある。あるいは、何らかの事情で口を封じたのか……奴らならやりそうなことだ」
「いずれにせよ」
振り返った衿栖は、レオンや朱里が知る普段の彼女より、いくばくか大人びて見えた。
「見逃すことはできませんね。私たちの使命は」
真相を解き明かすことです、と、彼女は言った。
軽くカールした黄金の髪、人形のように整った顔、好奇心に光る青い目……ランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)はお嬢様の物見遊山のようにしきりと周囲を見回し、ときにカメラで撮影しながら、緑の心臓を進んでいる。
ただし誤解無きよう――物見遊山じみて見えるのは、単にランツェレットが実力者だからに過ぎない。現にここまで幾度も襲ってきた植物群を、軽く優雅に容赦なく、彼女は雷光で消し去ってきているのだ。
「なんの神殿なんでしょうね、これは」
ランツェレットのボディーガード、シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)が何気なく問うた。
「そうですねぇ、『緑の心臓』の名前から察するに、心臓が意図するものは中心だとかコアだとか生命だとか、緑は成長や植物、転じて森林や自然を暗示と考えられますね。地中にあるのもそれが理由かもしれません。大地はすべての生命の母ですから……。
かつては参詣された神殿です。崇拝されていた対象は『植物の生命や成長』といった『現象』だったという想像もできます」
「ふーん。なるほどね」
同じく同行のティーレ・セイラギエン(てぃーれ・せいらぎえん)は、ジャタの森出身にもかかわらず、気のない受け答えをするだけだった。
「……ティーレ姉さん、興味ないんですか?」
シャロットが問うも、
「さあ? 今までそんなこと考えたことがなかっただけ。私が生まれた頃にはもう、ずっとジャタは森林だったし」
それこそが、これら建築物が『遺跡』になった理由かもしれません、とランツェレットは言った。
「察するに森林に埋めつくされた今となっては、もう生命や成長をありがたがることはなくなり、神殿は役目を終えて遺跡となったのかも……でも実際のところ確認してみないとね」
「それならわかる気がするわ。はじめて食べたときは美味しさに我を忘れそうになったファーストフードも、毎日食べられるようになったら別に嬉しくなくなって、むしろ安っぽい食事としか思えなくなった、というような感じ? そうよね、シャロット?」
「……」
当たっているような見当違いのようなティーレの喩えに、シャロットは困ったような顔をして述べる。
「つまり、この件の打ち上げを近所のハンバーガーショップでやったりするのは認めない、ということでしょうか」
「全然ちがうけど、確かに認めないわ。いい店を見つけておくように」
「任せましたよ」
「……」
いつの間にか二人に、用事を申しつけられているシャロットであった。