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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

リアクション



SCENE 14

 再び洞窟内、ローザマリアたちに視点を移す。
「やめなさい、ユマ! もう私たちが戦う理由はないはずよ、せめてクシーだけに集中して!」
「……本機にそのような設定はありません」
「どちらにしろアタシは殲滅するダケ♪ 覚悟はできタ? R U Alright?」
 ローザとユプシロンが問答するその間をクランジΞ(クシー)が舞う。舌を出しヘラヘラと笑いながら、グロリアーナの切っ先を紙一重でかわし、その勢いのままエシクの脚を払って転倒させる。いうなれば、猫が瀕死の鼠を玩ぶときの姿に似ていた。自分から攻撃はほとんど仕掛けず、必死になる彼らを嘲笑っているのだ。
 クシーの武器は、義手を外した下から出現した長刀である。腕と一体になっており、掠めただけで樹を両断するほどの切れ味を誇る。最初に一撃を受けた典韋は動けず、止血もままならぬまま横たわっていた。
 現在彼らは、三つ巴の混戦を演じていた。
 処刑人Ξ(クシー)は、Υ(ユプシロン)、ローザマリア隊、いずれも無差別に攻撃対象とする。
 ローザマリア隊……深手を負い行動不能の典韋を除く……は、絶望的な力量差を感じながらもそのクシーに抵抗を続けていた。
 一方で手負いのユプシロンは半壊の状況にもかかわず、クシーのみならずローザマリア隊にも攻撃を仕掛けてくるのである。
「ユマ、其方は自身に課せられた枷から逃れられないでいるだけだ! 我らと共闘せよ!」
 グロリアーナが叫ぶも、泥まみれのユプシロンは首を縦に振らなかった。返答がわりに鉄串を飛ばし、グロリアーナの二の腕に突き立てている。
「このままでは全滅だ。ローザ、典韋を背負って後退するのだ」
 エシクは冷静に判断を下した。
「ここは私が殿(しんがり)する。最低でも、グロリアーナは逃がす」
 自分が犠牲になる、と言外に述べるのだが、ローザマリアは首肯しなかった。
「私にも意地があってね……初志は貫徹する」
「初志……?」
 ローザはすぐに返答せず、ライフルを斜め前方に向け発砲した。銃弾は洞窟の外まで翔び、七色の光を放射して破裂した。信号弾だ。
「ここで退いたらユプシロンを見捨てることになる。それだけは、できない」
 信号弾はすぐに効果を発揮した。光を追って、一人の男が現れたのである。
「塵殺寺院が関わっていると聞き、もしやと思って作戦に参加したが結果は吉と出たようだな。運命の導きか……」
「何者!?」
 ユプシロンは左腕をその男に向けた。発射された鉄串は相手を貫通するも、それが貫いたのはただ、黒く躍る法衣にすぎない。
「探したぞ、ユプシロン!」
 法衣を翼のごとくはためかせているのはジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)だ。ただの一跳びで一気に距離を詰め、颯爽と着地する。ユプシロンの眼前に!
「逢いたかった」
 言うなり彼は、ユプシロンを抱いてその唇を奪ったのである。
 効果音はズキュウウウンだろうか、そこにシビれる! あこがれるぅ!! だろうか!? とにかくジークフリートは、誰にもできない事を平然とやってのけた!! さすがという他はない。
「っ!」
 ユプシロンはジークフリートを突き飛ばした。明らかに動揺しているようだ。頬を赤らめている。
「理解、理解不能……」
 この攻撃(?)が奏功したか、ユプシロンは首を振って座り込んだ。
「あ……R U Crazy?」
 クシーすらこの状況には即応できず、後転し天井に刀を突き刺してぶら下がると、ただ呆然としている。
「言葉だけで救うのは無理だと思ってな……行動で目を覚ましてもらったまでだ」
 そんな中一番落ち着いているのが、唇盗人のジークフリートなのだ。彼は言う。
「聞け、ユプシロン! 完璧な戦士……俺の一つの理想ではある。だが、それが理由で破壊されかかっていることがなぜ判らん。見たところ塵殺寺院に追われ、半壊にされ、無に帰す一歩手前……俺はそんなお前を惜しむ。夏祭りの夜の誘い、まだ回答は得てはいないぞ」
 俺はあきらめが悪いのでな、と薄笑みを浮かべてジークフリートは問うたのだった。
「もう一度訊く。ユプシロンよ、魔王軍へ来る気はないか?」
「わた……しは……」
 喪った右足に体重をかけようとして、ユプシロンはバランスを崩した。しかしもう倒れることはない。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がその背を支えていたから。
「途中から来たもんでな、俺は事情を知らない。君が敵か味方か、そういうことにも興味はない。ただ、俺は」
 彼はユプシロンの目を見ながら語った。
「死にかけている機晶姫を放ってはおけないだけだ。あちこち負傷しているようだな……応急処置しても構わないか?」
 かすかに首を縦に振ったのを見るや、真司はユプシロンの手当を開始した。機晶技術と先端テクノロジーの知識がある上、機械修理は大の得意な真司だ。巧みな手腕によってユプシロンを介抱している。
 ジークフリートも真司もユプシロンだけを見ていた。もはやクシーの存在など最初からなかったかのように、背を向けてすらいるのである。
「アンタら、『ど』が付くほどのお人好シ? それトモ回路が狂っているのカ……?」
 クシーにはそれがまるで納得できない。戦うことを忘れて目を丸くするばかりだった。さもあろう、いたぶり、命乞いさせ、それをさんざ嘲った上で殺す予定だった鼠たちが、猫を一斉に無視したのだから。
「旗色が変わってきた。……すべてローザが変えたのか」
 グロリアーナは典韋を抱きかかえ、包帯を巻いている。グロリアーナは驚きを隠せない。ローザマリアの放った一発の弾丸が、たちどころに事態を転回したのだ。
「何言ってんだ、グロリアーナ……」
 典韋は苦痛を堪えながら、それでも歯を見せて笑う余裕を見せた。
「……ローザの老獪ぶりを忘れたか? あいつのことだ、どうせ最初からこうなることを見越していたんだろうぜ。チッ、なんて17歳だ……」
 ローザマリアは涼しい顔をして彼女らの会話を聞き流している。ライフルの狙いはクシーに向けたままだが、引き金は引かない。撃ってもまだ、この時点では避けられてしまうだろう。そればかりか戦闘再開の合図になるだけだ。仕掛けるにしても『機』を待たねばならぬ。
 彼の登場は、その『機』となるであろうか。
「ま、遅参者だがよろしく頼むぜ。昔から言うだろ、『真打ちは遅れて現れる』って」
 祝日午後の散歩のように、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は悠然と姿を見せた。覆面で顔を隠しているが、殺気のようなものはまるでない。無論、トライブはこの場所が、薄氷を踏むような一触即発の空気にあるのは知っている。しかもクランジという、危険きわまりない存在がその中心であることも。だからこそ度胸が据わる。そもそも度胸などという仰々しい言葉はトライブは好まないかもしれない。彼の原動力は、純然たる『好奇心』だ。
「あんた、例のクランジだろ? 塵殺寺院製の特別な機晶姫……興味があるぜ」
 こともあろうに彼は太刀すら抜かず、クシーに近づくと片手を上げた。
「アタシはΞ(クシー)、アンタこそ、何ダ?」
「俺か? あんたに会いに来た物好きさ。……それにしても」
「ソレにしてモ、何ダ?」
 クシーは着地した。右腕のソードをトライブの喉に突きつける。だがそれにまるで怖じず、トライブはごく平然と述べた。
「美人だな」
「び……」
「美人は好きなんだよ、俺は」
 クシーのソードが一閃した。トライブの首を刎ね飛ばそうとしたのだが、易々と避けられている。次の瞬間、
「やる気なら……遊んでやるぜ?」
 トライブの抜いた雅刀が、子どもをあしらうようにクシーの剣を弾き、押し返していた。
「どうした? 美人と言われて照れたか? 派手な格好の割には初心(うぶ)だな」
 本来ならばトライブは、とうにクシーに討たれていてもおかしくはなかった。だがクシーは連続する出来事による困惑で、実力を発揮できないでいる。これは彼女のみならず、塵殺寺院のクランジ……ファイ、ユプシロンにも共通する弱点であろう。非敵対で予期できぬ行動を取る相手に、彼女達は対応しきれないのである。
「多対一ってのは好きじゃない。手を出さないでもらおうか」
 トライブはさりげなくローザマリアたちを制し、あくまで一騎打ちを求める。むしろそのことが、圧倒的な実力差を埋め互角の勝負に持ち込む要因になっていた。
 クシーの困惑はここで頂点に達することになる。
「あなた、が、C・U・R・N・G・E……塵殺寺院の、殺人人形ですか」
 その声は静かだったが、冷たい刃物のようにクシーの頬を打った。
「僕と、同じだ」
 バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)が姿を見せたためだ。
「……何だ?」
 トライブは両耳を押さえて顔をしかめた。トライブだけではない。ジークフリートも、ローザも、この場にいる誰もが感じた。耳を聾する凄まじい高音が、クシーの口から漏れている。聞いているだけで頭が割れそうだ!
 真司はすぐに悟る。
(「高周波……! 人間にとってはただの騒音だが……」)
 ユプシロンが身を起こし、この『騒音』をじっと聴いているのを真司は見ていた。
(「……『彼女たち』にとっては、秘密の『会話』の回線を開いたに等しい」)
 耐え難い高音ではあるが、同時に強い興味を覚える真司である。このようなことになると知っていれば録音し、天御柱学院に帰ってから解読したものを。
 この高周波を聞いて平気な者は三名、クシー自身とユプシロン、そして、バロウズである。
 バロウズも同じ音域で呼びかける。

「ギリギリまで伏せるつもりでしたが……瞬時に僕の正体を見抜きましたね」
「戯れ言ハ、ヨセ」
「戯れ言……? 聞いて下さい。『父さん』は、『人の心を持ち始めたクランジは興味深い。破壊……いや、殺害されるのは忍びないが、私達では保護をしても面倒なことになってしまうだけだ。彼女と絆を持つ者に預けよう』、等と言っていました。……『ろまんちすと』、という奴でしょうか?」
「アハハハ!」

 一段と音域を上げクシーは笑った。聞き取れない者にとっては、耐え難い騒音となって耳をつんざくように聞こえた。

「R U Alright? アンタがスッとぼけているのカ、ソレとも本当に知らナイのかわからないケド」

 クシーは義手を拾い、刃の腕にはめこんだ。

「無関係な顔をスルなんてツれないネ、データ上だけの存在と思ってタヨ、ブラザー
「なぜ僕を、兄弟(ブラザー)、と呼ぶのです」
Ω(オメガ)……永久欠番機。『The CRUNGE』シリーズ幻ノ一体が、マサカ実在していたなんテ♪」

「嬉しいヨ」
 最後は可聴領域の音声で告げると、クシーは後ろも見ずに逃げ出したのである。
「待って、下さい」
 バロウズは追わんとするも果たせず、他のメンバーにとってはさらに遠い。
「待って……」
 バロウズは立ち尽くす。
 洞窟の外は、雨が降り始めていた。