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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 09

 暑い。
 密集する植物が温室効果を生み出したのか、葉より蒸散する水分が湿度を高めているのか、いずれにせよ、絡みついてくるような蒸し暑さである。異常植物地帯はどの場所も暑いが、草木の密集地点はとりわけ酷い。彼らは緑が濃いところばかり選んで歩んでいるため、緑色の蒸籠に放り込まれたような心地がした。
 気が狂うほどの暑さにもかかわらず、九条 風天(くじょう・ふうてん)は涼やかな表情であった。無論、汗はかいている。暑さを感じない体質というわけでもない。しかれど風天は士(さむらい)である。心頭滅却を知り、そして実戦できる人物である。『義剣連盟』として参加した四人の先頭に立ち、凛として道を切り拓いていた。
「疲れていればこの辺りで、小休止を取りますが……?」
 風天は、ふと気づいたように振り返って告げた。
 一行は異常な植物の密度が高くなる方角ばかり選んで歩みを進めていた。ただし戦闘は極力避け、攻撃を受けても回避してなお進むという強行軍である。肉体的な疲労はもとより、精神面でも厳しい行軍といえよう。
「さっき休んだばかりじゃ。俺は要らんよ」
 ぐいと腕まくりして光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は、ツンツン頭を撫でつけた。翔一朗自慢の反重力ヘアも、酷い湿気で濡れそぼっており、ときおりこうして直さないとしおれてしまうのだ。「さっき」と言うがもう二時間も前のことである。実のところ疲労が厳しく喉も渇いている翔一朗なのだが、ここでへばることは、彼の矜持が許さない。
「そうですか……今宵は?」
 風天が視線を流したとき、とうに坂崎 今宵(さかざき・こよい)は片膝を付き、主に対する礼を示していた。
「殿、私への配慮は無用にございます! 殿が疲れていない以上、私もまた、決して疲れません!」
 とは言っているものの、今宵の装束は汗で肌に張りつき、肩は荒々しく呼吸している。
(「しまった……ボクの失言でした」)
 風天は胸の内でうなだれる。確かに、長期行軍にも難所歩きにも慣れた自分はまだ平気だが、ここで「疲れていれば」などと前置きしてしまっては、やせ我慢を是とする翔一朗も、忠義者の今宵も、休むとは言い出せないではないか。配慮が足りなかった。
「ふむ」
 年の功……などと書いては怒られるかもしれないが、白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)はさすがに風天の三十倍ほど生きているだけあって、人の心を読むのが巧い。長い付き合いの風天はもとより、翔一朗、今宵、それぞれの事情と現状、落としどころも瞬時にして見極めていた。
「いいや、風天、私は疲れたぞ。とても歩き疲れた!」
 どん、とわざと音を立てて手近な岩に腰を下ろす。
「休め休め、三人とも。私がいいと言うまでその辺で茶でも飲んでおれ」
 砕けた口調で雰囲気を軽くし、セレナは美しい脚を投げ出して声を上げた。
「ほれ風天、そんなところでボサっとしておらんと、私の脚でも揉め」
「姉さま、そんなことは私が……」
 と反射的に飛び出そうとする今宵を止めて、
「私は風天がいい。ここまでずいぶん歩いて脚が張ったからな、風天くらい握力がないとほぐれんのだ……ほれほれ、早くせんか。言っておくが、私くらいになると『頼むから脚を揉ませてくれ』という男が、世には星の数ほどおるのだぞ」
「従いましょう、白姉」
 と丁寧に脚を揉みさする風天を見て、セレナはぽつりと一言洩らした。
「まだまだ甘いな」
「恐縮です」
 それは、揉み方が甘い、と言っているのか、統率者として甘い、と言っているのか、風天には判断がつきかねた。
 いずれにせよ風天は、まだまだセレナには頭が上がらないと感じるのである。
 それから十五分ほどしたところだろうか、
「あれは……遺跡じゃけえ!」
 翔一朗が立ち上がって、行く手に小さく見えるものを指した。明らかに人工と思われる白い石材がちらりと見えている。疲れているのも忘れ駆け寄ると、それは確かに遺跡だった。
 ほどなくして、その入口と思われるものにたどり着く。
「ふむ、光術を使って周りを照らすとしよう」
 セレナが光源を作ると、四人は慎重に遺跡に入っていった。