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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 08

 密林地帯に出現する敵は植物だけではない。明らかに異質、そして危険な存在も徘徊している。
 塵殺寺院のアイアンゴーレムだ。四体、物騒な武器を手に行軍している。
 その最後列の一体が、ふっ、と姿を消した。先を行く三体は気づきもしない。
 最後列のゴーレムは四肢を振って暴れるのだが、頑丈なワイヤーで縛られているため解くことができないようだ。間もなくゴーレムの腕にも足にもワイヤーが絡みつき、抵抗は不可能となった。
 鋼鉄のゴーレムだけあって並大抵の重さではないはずだが、その体はワイヤーに引かれ、ゆっくりと密林の茂みに引き込まれていく。
 そこにいたのは有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)綺雲 菜織(あやくも・なおり)だ。
 美幸が兜の装甲を剥がし、菜織が奥部に剣を差し込む。首を落とすとゴーレムは静かになった。
「アイアンゴーレム釣りか。このような地道な作業も悪くはないが」
 菜織はヒートマチェットを引き抜き、鞘に戻す前に刀身を確かめた。刃こぼれはおろか、傷一つついていない。
「効率が悪いかもしれませんね」
 こうやって一体ずつ、そっと釣って倒しているのだが、二時間ほど粘ってやっと三体目なのである。
「ならば手を変えよう」
「って、菜織様! 何をなさっているのですか!?」
 美幸は目を丸くする。菜織は手際よく霧吹きから、青臭い香の液体を自身に振り掛けていた。
「これか? 最初にベースキャンプに立ち寄って作っておいたものだ。人の匂いを消しておいた方が良かろうかと思ってな。うん」
「でもそれ……なんだかべとべとしているような」
「樹液のミストだ。ほら、美幸も塗っておけ」
「えっ! そんな私は遠慮したく……」
 しかし美幸が切り出すより早く、粘着性のミストは彼女の顔を覆っていた。
「対応します……るーるーるー……」
 半泣きでこれを腕や脚、さらに首筋にも塗りたくる美幸である。もうこうなりゃヤケクソ、胸元を大きく開くと内側にも噴射する。
「行くとするか。ゲリラ戦法、今度はもう少し大胆にゴーレムに近づき、背後から狩る」
「ええ狩ってやりますとも! べとべとゲリラの恐ろしさ、たっぷりと味あわせてやりますとも!」
 二人は茂みに入り、餌食を探して潜行を開始するのだった。

 密林に道はないはずだが、踏みしだかれ、道となっている部分が点在する。
 そういったものの一つ、道脇の茂み――小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は息を殺し、ここでゴーレム集団が近づくのを待っていた。これまで、小規模なゴーレム隊は見逃してきた。数が少ないものは綺雲菜織らに任せておくとの約束である。
(「ロイヤルガードとして、鏖殺寺院を放っておくわけにはいかない……」)
 御神楽環菜は死んだ。しかし彼女の遺志は滅びていない。環菜が生前、発足準備をしていたロイヤルガードの一員として、その名に恥ずかしくない活躍をしたいと美羽は思う。ひいては、鏖殺寺院からシャンバラ王国を守りたいと願う。その行動こそが、環菜への弔いとなるはずだ。
(「来た……」)
 美羽の心臓が、小さくビートを刻み始めた。
 肌に感じるは振動、それはゴーレムの軍団が、地面を踏みしだく音。
「……」
 無言でコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は美羽に頷く。その上で、軍団が通り過ぎるのをじっと待つ。
 草の間より観察して確認した。アイアンゴーレムの数は二十体、機械的に行進を続けているようだ。もうじき標的は、あらかじめ異常植物を掃討して作った空き地にたどり着く。それまで気取られてはならない。付近に潜んでいる仲間達も、同じ緊張感を味わっていることだろう。
 いくらか離れた樹上でも、ひとつの動きがあった。
「敵アイアンゴーレム確認、予想進路確認しました。先行し、降下します」
 ハーフムーンロッドを握り締め、乃木坂 みと(のぎさか・みと)は小声で告げた。
「ここまでのところは上手く行っているな。敵は重装甲型のアイアンゴーレムらしいが問題はない。火力ならこちらも十分だ」
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)は軍人らしく鋭い眼光を見せた。まずは潜伏しよう。切り札は、ここぞというところで使ってこそだ。
 やがてゴーレムの軍団は予定地点に到達した。
(「塵殺寺院ね……彼等には空京の寝所の戦いでの借りが……」)
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はふと思うも、今は戯れている場合ではない、と考えを改めた。
 特別の合図は決めていない。強いて言うなれば、小夜子の攻撃開始が合図だ。
「参ります!」
 木陰より軽身功、音もなく飛び出すと、小動物のように俊敏に先頭のゴーレムの側面を取る。
「何体巻き込めるか試させていただきましょう!」
 飛来した小夜子はまるで戦の女神、白金の髪なびかせて、長い脚をコンパスのように舞わした。たまらずゴーレムは横様に倒れた。しかし小夜子の攻撃はここからが本番、その胴を踏んでさらに飛び、群がる敵の只中に飛び込むや、時間の流れを超越したような迅さで次々、蹴り飛ばして動揺を誘う。
「さあ皆様!」
 小夜子が声を上げたときには既に、四方から仲間達が飛び出している。
 よろめいたゴーレムの一体が、ズン! と音を立てて仰向けに倒れた。雷光に包まれたのである。まだくすぶっているが腕も脚も吹き飛び、もう動くことはない。
「塵殺寺院の木偶人形ども! コソコソ森を探り回って何の悪だくみだ!」
 雷を呼んだこの好漢は、名をジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)という。筋骨隆々、ただでさえ見上げるほどの大男だというのに、現在は鬼神力を発動して怪物じみた体格となっていた。
「おうやっと暴れられる! 身体がうずうずして仕方がなかったわい!」
 ジェイコブに負けぬ巨体、魔神のような男が、空気がビリビリ痺れるほどの豪放な笑い声を上げた。笑いながらグレートソードを、立ちはだかるゴーレムに振り上げている。ゴーレムは咄嗟に鉄の盾を突きだしたが哀れ、その盾ごとぐしゃりと鉄屑にされていた。彼は金剛寺 重蔵(こんごうじ・じゅうぞう)、髪も髭も雪のように白く、目尻には年輪もうかがえるものの、諸肌脱ぎの上背は筋肉がぎっちりと締まって寸毫の弛みもない。並の若者よりもずっと若い益荒男(ますらお)だ。
「解放されたばかりで身体もなまっているでしょうから、あまり無理はせんで下さい」
 しかしそんなジェイコブの気遣いを、「無用、無用」と重蔵は笑い飛ばした。
「この程度、運動前の準備体操に過ぎぬわ! ほれ、両側から敵を圧するぞ! はっはっはっは!」
 ジェイコブと重蔵、鍛え上げられた巨躯二人が並ぶと、金剛力士像のような問答無用の迫力があった。
「僕はコハク・ソーロッド、この槍、受けてみよ!」
 コハクは名乗りを上げ飛び出した。超高速のダッシュにて敵の間を駆け抜ける。ただの疾駆ではない、槍術シーリングランスをふるっての吶喊だ。鉄の装甲が砕け跳ね上げられ宙に舞った。
(「この一撃、あなたに捧げます……」)
 コハクは天の一角を見上げ、今は亡き御神楽環菜を想う。
 数で勝るゴーレムが、まるでサンドバッグのように叩きのめされている。用意周到な伏兵が、単なる人数比をひっくり返したのだ。
「このマシンガンは弾数制じゃなくて時間制だもん!」
 美羽は撃つ。ブライトマシンガンを撃ちまくる。トリガーは引きっぱなし、指が白くなるくらい力込めて退きっぱなし! 撃って撃って撃ちまくり、弾丸の雨を散らせアイアンゴーレムの装甲を凹ませ、吹き飛ばし、火花を散らす。
 洋はしっかりと両脚を踏ん張った。切り札を使う刻(とき)が来た!
「みと! 敵はアイアンゴーレム部隊だ。支援砲撃は雷術、私は奴らの足を撃ち抜く! こっちに近づく奴に電撃を浴びせろ。私を護れ!」
 手にするものこそが彼の切り札、強力無比なるパワードレーザー! かつてこの武器の反動に負け、転倒した苦い記憶があるゆえ、本日はエネルギーを調整しつつ、足場を固めて射出した。やはり強い。光線は眼前のゴーレムを塵と変え、後続にもダメージを与えている。
「陸戦型機動兵器、その中で二足歩行型は悪路走破性に優れるが、足をつぶされれば、ただの砲台。そういう意味では戦車の無限軌道の方が安定しているものさ」
 レーザーの出力は中程度に絞っている。ために一撃破壊したのは間近な相手だけだったがそれも計算のうちだ。それ以上離れた敵も均衡を失して倒れる。洋は敵の足を狙い、機動力を奪い取ったのだ。
 ここで洋のパートナー、みとが喚起を促した。
「右方向から敵戦力さらに接近、迎撃準備に入って下さい」
 チャージに時間がかかるのもこの武器の欠点だ。だが洋はすぐにレーザーの砲塔を回し、みとに告げた。
「みと、チャージが完了するまで敵の目を引きつけろ! 射程内に入り次第、撃つ!」
 囮になれ、と洋は彼女に命じたのである。愛しているからこそ、こんな無茶を言うことができる。
「行きます!」
 信頼されていることを内心誇らしく感じながら、みとは増援目がけ飛び出していった。
 額から汗が垂れ、熱した鉛のような粒となって洋の目の間を流れ落ちた。
「頼むぜ、他の皆。時間は稼ぐからな……」
 あくまで自分たちは時間稼ぎ、洋はそのことを理解していた。作戦の本旨は別にあるのだ。
 パワードレーザーの光が、粒子の粒が見えるくらいはっきりと残像を残して駆け抜けていった。それを追うようにして、グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)レイラ・リンジー(れいら・りんじー)アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)の三人が増援部隊に斬りかかった。。
「突撃です! 正義は我らにあり! 教導団の力、アイアンゴーレムに見せつけてあげなさい!」
 抜刀状態のグロリアは勇ましい。レーザーで足をやられたゴーレムを狙い、反撃姿勢に入る前にさんざんに斬り伏せていくのだった。散る鋼、飛ぶ鋼、グロリアの手によって、鋼の花園が華開いたかのような光景である。
 好事魔多し、このときグロリアの行動部に銃弾が飛んだ。倒壊寸前のアイアンゴーレムが、腕に取り付けたバルカンを発射したのだ。
「……」
 しかし。
 弾丸はすべて、レイラの防護装甲にはじかれていた。レイラは言葉を発しない。発しないままゴーレムに歩み寄り、拳銃『碧血のカーマイン』の引き金を引いた。零距離、さすがの重装甲とてこれはたまったものではない。ゴーレムは天を仰ぐようにしてどうと倒れた。
「ありがとう、レイラ。危ういところでした」
 グロリアが笑顔を見せるもレイラはまるで表情を変えず、幽かに頷くにとどまるのだった。
「増援は全滅させて構わないけど、本体のゴーレムは倒しすぎないようにね。二人とも」
 アンジェリカはメイスを振り上げ、ゴーレムに向かっていく。
 本体のゴーレムが残り一体になったところでジェイコブは目配せした。美羽は頷き、不利を悟ったゴーレムが逃げるに任せる。ゴーレムが援軍を呼ぶ気か報告に行く気かはわからないが、追跡すれば何かつかめることだろう。陰謀の中枢に迫れるかもしれない。これこそがこの作戦の真の目的である。
 しかし美羽は、進みかけて足を止めた。
「また……来る……!」
 最初と同様の地響きが、さらに別方向から迫り来るのがわかった。決して少ない数ではない。むしろ大軍だ。
 肝を冷やしそうな状況ながら、重蔵は敵の来し方を眺め、白い歯を見せてニヤリとした。
「ようやく身体がこなれて、本気が出せそうになってきたところじゃ。むしろ願ってもないことじゃて!」
 コハクも幻槍モノケロスの穂先を拭い、駆け出しながら声を上げる。
「先に行って美羽! ここは僕らが抑えるから!」
 美羽が躊躇した時間はわずか、すぐに彼女は、
「お願いね! みんな!」
 傷ついたゴーレムを求め密林に踏み込むのだった。
「行ってやれ、ジェイコブ。娘っ子を一人で危地に行かせるのはどうじゃろうな」
 重蔵がジェイコブの背を叩いた。
「それでは」
 その言葉を待っていた、とばかりにジェイコブは美羽を追う。