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湯治場を造ろう!

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湯治場を造ろう!

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第三章 建築現場

「それじゃ、各自作業にかかってくれ」
 会議の結果、今回の行程では温泉に必要な基礎部分と臨時の休憩所を造ることになった。すなわち、男湯・混浴・女湯と各脱衣所、それを造っていくなかで休むための食堂兼休憩所と、湯治場に至るための道の舗装。レジャーランド規模の建設のため、残りの補助的な保養施設は今日の作業を基盤に業者や専門家の手に預け、後日着工していくことになる。

「ふむ。こんなものだろう」
 道から外れたところに引火しないよう、氷術で辺りを凍らせてルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)は加減しつつ火術を放った。凍っていないむき出しの草木がチラチラと燃えていく。
 うん、大成功。
 と、その時見張り台からの通信を受けて早見 涼子(はやみ・りょうこ)が駆けつけてきた。
「――っあの!こちらから火の手があがっていると伺ったのですが……」
 固まった周囲の木々と地面に草の燃えかす。きょとんとしているルーツと師王 アスカ(しおう・あすか)を代わる代わる伺いつつ、涼子は一瞬戸惑って立ち止まった。様子を悟ってオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ごめんなさいねぇ〜。舗装のために草を刈っていたところなの。誤解させてしまったかしら?」
 クスクスと体を震わせ笑っている様子は、少し面白がっているようにも見える。
「あ……そうか〜。ごめんねぇ、この方が効率がいいと思って火を使ったんだよ〜」
 アスカも気が付いたのか、独特ののんびりとした口調で謝った。火で余分な草を燃やすことを、先に教導団に報告しておけばよかったかもしれない。ルーツも申し訳なさそうに頭を下げる。アスカの斜め後ろで埋め込み型のコンクリートブロックで土台を作っていた蒼灯 鴉(そうひ・からす)は、我関せずという様子でそっぽを向いて作業を続けていたが。
 涼子はさっと額の汗を拭うと、気にしない風でにっこりとほほ笑んだ。もしかしたら、他の場所でもこういったことはよくあるのかもしれない。
「いえ、これも任務のうちですもの。何事もないのならよかったですわ」
 携帯で状況の報告を入れる彼女の様子は手馴れていた。
「引き続き作業をお願いいたしますわね」
「うん。お仕事ご苦労様〜。涼ちゃんも頑張ってねぇ」
 次の現場へと再び足を急がせる涼子の背に手を振って、アスカは常備しているスケッチブックを開いた。脱衣所の基盤ができたら、1センチ角の陶器製カラータイルを使ってデザインを任されていた。
「男の子は黒を基調にシンプルにして……。女の子は可愛くしたいなぁ」
「あらぁん!素敵じゃない♪ さすがはこのオルベールの妹だわ」
 背後からスケッチブックを覗き込むようにして、オルベールがアスカをぎゅっと抱きしめる。
「ぷわっ?!ちょ、ベルっ……苦しい!胸で息が」
「アスカに何やってんだこの女悪魔!ふざけてねぇで仕事しやがれ!!」
 鴉が慌てて駆け寄ると、オルベールからアスカを引き離し自分の腕の中へ庇うように抱きしめた。睨んでくる鴉を負けじと睨みつけながら、今度はオルベールが声をいらだたせる。
「返しなさいよこのドスケベ鴉!!アスカはベルの妹なんだから!」
 言いながら奪い返すようにオルベールが再びアスカを抱きしめる。
「誰の妹だ。アスカが甘いからっていい加減にしろよ!」
 さらに鴉が奪い返す。そんなやり取りは数回にわたった。何度も勢いよく二人の間を行き来したおかげで、アスカの目も回ってくる。それでも口調はのんびりだ。
「ちょっと〜二人とも、や〜め〜てぇ〜〜」
「やめないか!アスカがフラフラになっているだろう」
 ルーツが間に入り、ようやく事態は収拾した。各々我に返ってアスカへ申し訳ない気持ちはあるものの、互いへの常日頃から募る犬猿さはそのままに、鴉はふいと吐き捨てるようにオルベールから視線をそらし、オルベールは小ばかにしたように鴉を笑った――アスカのこととなるとすぐにムキになる鴉をからかっている節もあるようだ。
「アスカ、ごめんなさいね〜。大丈夫?」
「ふぇ〜、平気だよ」
 すぐにアスカにすり寄ろうとするオルベールに鴉が食って掛かる前に、ルーツが慌てて再び間に入った。
「鴉、草を取り除くことにも成功したわけだし、すまないが氷術で固まってしまったままの氷を鬼神力で破壊してはもらえないだろうか? 後で下地の準備を手伝うから」
「人の力をなんだと思ってるんだ……」
 舌打ちをしながらも素直に腰を上げる鴉にホッとしつつ、先が思いやられてルーツはこっそり肩を落とした。

「よーし、そこもうちょっと右な」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の指示に合わせ、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がサイコキネシスで持ち上げていた土台を下す。どすん、といい音をたててあらかじめ掘っておいた穴に土台はきっちりと収まった。
「どうですか?」
「ん、いい感じだ」
 ハイタッチをかわす二人の足元ではプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)がシャワーや排水のための配管や配線作業に没頭している。
 朝からの作業で、ようやく温泉の基盤を整え、まわりをしきるための柵や風呂場の壁をぐるりと設置し仮留めするまで到達した。人手をかりだしているだけあって作業の進行は早く、仮留めなのでまだ外敵の侵入を防いだりするには強度がないが、見た目は大分「らしく」なってきている。
 隣にしゃがみこむと、唯斗はプラチナムの顔をのぞきこんだ。
「そっちどうだ?」
「おおまかな配線は確保できると思います。あとは実際に試しつつ調整というところですね」
「そっか。こっちもあとは本留めして整えていけばいいわけだし、いいペースじゃないか? 残りも任せたぜ」
「はい、マスター」
 と、会話を交わしていると、設営班のテントから大きな編み籠を抱えてエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が顔を出した。随分と重そうな様子でよろよろと慎重に歩を進めている。
「おぬしら、そろそろ疲れたであろう!炊き出しの握り飯だ。心して食べるがいい」
 エクスの呼びかけに各地から歓声があがった。
「待ってました!」
「あたしも一つもらっていい?」
 散り散りに作業していた手を一旦止めて、人が集まってくる。待ちに待ったお昼時である。
 せっせと歩いてくるエクスに駆け寄ると、唯斗はひょいっと一つつまんで口にくわえるとあいた両手で籠を持ち上げた。行儀はよくないが実に紳士的である。が、抱えていた籠を取り上げられて、エクスは反射的に文句を言った。
「持ってもらわずともわらわは平気であるからして……!!」
「んーゆーふひは……(こーゆーときは……)」
「何を言っておるのかわからん!」
「ひょっほはへ(ちょっと待て)……ごくん。っはー……。
 ……こーゆー時は素直に感謝すりゃいんだよ」
「もが?!」
 籠から一つ取り出してエクスの口に放り込み、頭をぽんぽんっと撫でて笑いかけると唯斗は集まってきた人たちにおにぎりを配りに行った。残されたエクスは子ども扱いをされてムッとする一方、素直に突っ込まれたおにぎりを咀嚼して飲み下し、つぶやいた。
「唯斗のやつめ……腹が立つほどかっこいいな」
 馬鹿がつくほど仲良しであった。
 手に取ったおにぎりを頬張りながら、工程が中途半端な人は切りのいいところまでと作業を再開し、ひと段落ついた人は思い思いに束の間の休憩をとることになった。
「おいしい!外で食べる食事も格別だよね」
「ほんに。作業に没頭した後となればなおさらじゃのぅ」
 長時間同じ姿勢で強張った体を伸ばす小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、天津 麻羅(あまつ・まら)がにやっと笑ってみせる。美羽もにんまりと笑い返す。設計者の一人としてチェックがてら色んなところを回っていた水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)は、そんな二人のやりとりを不思議に思って首を傾げた。
「何?私がいない間に何かあったの?」
 聞いても二人はにやにやと顔を見合わせあうばかりだ。聞いても無駄らしいと悟って、緋雨は腑に落ちないままおにぎりを口に放り込んだ。
 ……実は、二人は温泉が完成した際の「のぞき」撃退用として設置するトラップを仕込んでいた。試しに、作業の邪魔にならないところで行った実験――ワイヤー付きの地雷トラップの――結果はここ一番の会心の出来だった。
 のぞき犯にネタバレしてなるものかと、二人は肩を寄せ合ってヒソヒソと楽しげに語りあった。
「(おぬしも物騒なものを仕掛けるものよのぅ)」
「(麻羅ちゃんの助言あってこそだよー♪あれを完成した女湯のまわりに張り巡らせば、覗きなんていっぱつだよねー)」
「(……して、昼食と聞いて仮設置したトラップをそのままにしておいたが、大丈夫じゃろうか?)」
「(大丈夫だって!あんなとこ、用もないのにわざわざ通らないもん。
 バグベアさんたちが私たちの作業を妨害にでも来ない限り発動するはずは……)」

 ドゴーン!!

 響き渡る爆発音に、一同は残ったおにぎりを慌てて頬張るとその場に立ち上がった。
「なんだ?!爆撃か?」
「どこの奴だ、全く……」
 何ともぴったりなタイミングに背筋を冷たくしつつ、美羽と麻羅は顔を見合わせて煙の上がった方角に目をこらした。
 今までののどかさが嘘のような緊迫する空気の中、地を揺するように短く音を刻みながら近づいてくる。
「これって……」
 美羽が立ち上がると同時にもう一発、今度は先程よりも近くで地雷トラップが爆発する。そして、複数の足音と気配。
「ちょ、どういうこと?敵?」
 不安げにあたりを警戒する緋雨の隣で、麻羅が笑った。
「ははっ、のぞき用トラップが思わぬところで機能してしまったようじゃのぅ」
 おかげで、作業中の誰もが事態の急変に気がつけた。
 そこに――おそらく地雷が作動するよりも早くその姿を見とめていたのだろう――既に武装した教導団が数名駆けつけてきた。作業現場の総指揮を任されているクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)を先頭に、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)早見 涼子(はやみ・りょうこ)神矢 美悠(かみや・みゆう)、そしてハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)天津 亜衣(あまつ・あい)が続き、未だ混乱の最中にある非武装で作業していた人々の間に立って武器を構えた。
『バグベアの姿を確認!まだ周囲に潜んでいる可能性もあり、非常に危険な状態と推測します。非武装の作業員たちを連れてすみやかに安全地帯まで撤退されたし』
 手にした携帯から見張り台のゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)の報告を受けながら、クロッシュナーは槍をならすように軽く振って答えた。
「了解――。パトロールに出ているファウストと、バグベア討伐に向かった部隊が心配だ。連絡を頼む」
『了解、無事を確認でき次第、私もそちらへ援護に向かいます』
「頼む」
 短く答えると通信を切断する。
 迅速な登場に目を丸くしている一同に向かって、ジーベックが喝を入れるように促した。

「バグベアの襲撃だ!作業を中断し、ヴェーゼルらの誘導に従って避難してくれ」