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第九章 ヒラニプラ温泉<女湯>

「まいったな……脱衣所に入れないじゃないか」
 入り口で休みなく目を光らせている永谷の姿を確認し、葉月 ショウ(はづき・しょう)は小さく舌打ちした。
 現役ののぞき部である彼の取る行動は一つ。そう。のぞきである。正面からの突入はリスクが高い。そう思ったショウは、露天風呂の方から回ることができないか、こっそりと移動を始めた。
「困ったであります……まさか、男湯と女湯の間に混浴ができるとは。しきりの間に隠れて目を光らせようと思っていたのに」
 完成した温泉の構造を知って、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は戸惑った。規律重視の彼の取る行動は一つ。そう、のぞきの確保及び撲滅である。怪しい行動をとる者を捕まえるために、早急にベストスポットを見つけなければならない。そう思った健勝は、露天風呂の方から回って潜む場所がないか、ひっそりと移動を始めた。
 二人が互いに気づいたのは、ほぼ同時。
「「動くな!!」」
 牽制しあいながらにらみ合うことしばらく。二人は、どういうわけだか互いを自分と同じ立場の人間だと誤解した。
「へっ、連れができてうれしいぜ!一緒に敵を打ち倒し、奴らに我々の正義を見せつけてやろう」
「絶対に見逃さないであります!それが、本日の自分の使命でありますので」
 どっちがのぞきでどっちが取り締まりだか。
 こうして、目的の真逆な二人は手と手を取り合って、どういうわけだか共に女湯の方角を目指したのだった。


 一方女湯。
「地酒おいしい〜〜〜!!!ここのは買って正解でした!やっぱ温泉とくれば酒ですよね〜〜〜」
 お猪口を盆に乗せ、湯に浮かべればそこは宴会会場である。美味しそうにお猪口を空にした御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)に、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がお酌する。
「ささ、千代殿。ぐぐといかれよ」
「あらー♪ありがと」
「私にもついでくれるか?」
「よいぞ、フィーもぐぐっとぐぐっと」
 フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)も今日は羽目をはずし、千代と差向いで酌み交している。
「千ぃ姉、あたりめもいい感じだよ。よかったらどうぞ!」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が七輪であぶったあたりめを、千代と、それから近くで同じく酒をたしなんでいる樹にも手渡した。
「よかったら酒の肴にどうぞ」
「ありがとう」
 樹は微笑んで受け取ると、頃合いにあぶられたあたりめを口に含んだ。よい感じにみんなほろ酔い気分だ。
「ささ、あなたも一献」
「あ、あの……私、お酒はまだ……」
 絡み酒に困惑しながらも、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)はみんなとこうしてわいわいできて嬉しくなった。
「あら?にこにこして可愛らしい。いいですわ、教えてあげる。胸はね、こうして揉むと大きくなるのですわよ」
「ひゃ、ま、ま、やめてくださ……」
 ノリノリのアクア・アクア(あくあ・あくあ)に困らされたりもしたが。
 熱気にのぼせてきた咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、風に当たるつもりで露天風呂への扉を開いた。肌寒い風にぶるっと身を震わせ、うっすらと目をひらく。由宇は気分が悪くなりかけていたことも忘れ、歓声をあげた。
「ふわぁ〜!見てくださいですぅ!すっごいお星さま!」
「ほんと?」
 パートナーの咲夜 瑠璃(さくや・るり)が立ち上がると、面白いことでもやるのかと何人もがその後に続く。
「なになに?なんかあるの?」
「あ、私も行く〜〜」
 一同は白い息を吐きながら、空を見上げた。
 降ってきそうなほどの星空が、一瞬言葉を奪う。辺りに何も明りのない山の中。晴天に恵まれたその日、地上を照らす星あかりをさえぎるものは何一つなかった。
「きれ〜〜〜〜」
「星空の下で晩酌っていうのもアリだわよね」
「みんなもこっち来ればー!星がきれいだよ」
 心が洗われるような光景に、多くの女性が大浴場から移動してきた。
「こっちだと空気が冷たい分、長い間お風呂が楽しめるわね」
「改めて、星空と温泉に乾杯♪」
 フィーグムンドと千代の酒盛りに、樹とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)も加わって乾杯する。外気は冷たく、屋根で籠らない分湯気も少ない。
 星空見たさに外に出てきた佐野 葵(さの・あおい)だったが、アダルトな雰囲気に恐縮し、またそんなにスタイルも自信がなかったのでこっそりと風呂場の隅っこに浸かることにした。
「ちょっと葵!女の子しかいないのにどうしてタオルで隠しているのよ」
「ふぇ?だ、だって……女の子同士だって恥ずかしいよ?ルナみたいに全開な方がおかしいよ〜」
 恥ずかしげの欠片もなく素肌をさらしているルナ・レイトン(るな・れいとん)を見て、葵はいっそう肩身狭そうに縮こまる。様子を悟ったのかオルベールとアクアも傍に寄ってきた。
「そんなの気にしない気にしない!あなたたちも一緒に飲みましょうよ」
「それにね、一つ忠告ですわ……」
 おびえる葵を前に、オルベールとアクアは目をかわし妖艶に微笑んだ。そして、素早く葵を立ち上がらせると二人でタオルを掴み、
「お風呂にタオルはマナー違反♪」
「にぎゃぁぁああああ!!!」
 ひん剥かれて悲鳴をあげる葵の前で、二人はルナにむかって笑顔で親指を立てて見せた。
「ぐっじょぶ!!」
「グッジョブじゃないわよ〜!もう、もう〜〜〜ばかぁ〜〜〜!」
 親指を立て返すルナをポカポカと叩いていると、ルナは心外そうに口を尖らせた。
「馬鹿じゃないわよ!葵は十分可愛いんだから自信持ちなさい!
 ……スタイルに自信がないっていうんなら……こうだっ!」
 がばっと背後から抱き着くと、ルナは葵の胸を優しく手のひらで包んで揉み始める。ぞわぞわっと背筋から這い上がる感覚に、葵は身をよじらせた。
「ちょっ……ルナ、っひゃぁ……やだぁ」
「こうすると大きくなるんだってー」
「あっ、ちょっと待っ……こんなとこで……あぁっ」
 目で助けを求めるにも、その場にいたのはほぼ酔っぱらいの集団だった。
「おっ、百合かー!いいぞ!もっとやれー」
「……いや、助けてあげたほうがいいんじゃないかなぁ」
 オルベールにも責任があるんだし、と師王 アスカ(しおう・あすか)は困ったように彼女に訴えてみたが、酒も入ってオルベールは普段より三割増しのテンションで絡んできた。
「きたわね妹〜〜♪ささ、この姉にお酌をしてちょうだい」
「あ、う、うん」
 葵の嬌声に後ろ髪をひかれながら、アスカは言われるがままお猪口へとお酒を注いだ。
 そういえばなぜオルベールは自分のことを「妹」というのか、と不思議に思った。この機会に聞いてみるというのもいいかもしれない。
「あの、ベル。聞きたいことがあるんだけど……」
「ん?……わかってるわ〜」
 にっこりとほほ笑んで頭を撫でてくるオルベールにどきりとしながら、アスカは自分の言いたいことがわかるなんてすごいなぁと感心した。
 が、
「胸の大きくなるマッサージのことねぇ〜?確かにアスカはちょっと小ぶりかもしれないけど、そんなの気にしなくていいのに」
「(わかってなかった!)」
 対するオルベールは上気した顔を緩ませ、妖艶に唇を動かすとばっちり片目をつむってみせた。
「でも、アスカがそう言うんだったら、教えてあ・げ・る」
「ひゃああ!!」
 こうして、公開マッサージの被害者が一人増えた。
「べ、べる〜……うっ、や〜め〜て〜……ふぇ」
「「百ーー合!百ーー合!」」
 巻き起こる百合コールの中、アスカと葵は意識と一緒に何か大切なものが消えていくような気がした。


 同時刻、男湯。
「あンの……くされビッチ!!」
 蒼灯 鴉(そうひ・からす)は湯から立ち上がると、ルーツの静止もむなしく猛然と歩きはじめた。
 女湯露天風呂の嬌態は、実は男湯の露天風呂まで筒抜けだった。
「ぶっ殺す!!」
「僕も行こう」
 共に立ち上がったのは、緒方 章(おがた・あきら)。悩ましげに頭を振る彼の声色は、真剣そのものだった。
「もう我慢できないんだ!(樹ちゃんへの衝動的な意味で)
 大事な人のために、行こう!」
 つられて立ち上がった男たちは群れをなすと、まっすぐに走っていた。……女湯へ!
「お前らタイミングがよかったな……女湯に入るならオレに任せろ!!」
 高らかに宣言したのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)だった。言ってることはただの変質者だが、その場の勢いにのまれている彼らにはこれ以上頼れる男はいなかった。
「な、なんだおまえたちは!!止まれ!」
 永谷の奮闘も、殺気だった集団に対しては分が悪すぎた。すまきにされ、床に転がった永谷が最後の静止をかける。
「待て!混浴だってあるのに、なぜ女湯へ向かわなきゃならんのだ!」
「女湯がある。それだけで理由としては十分だ!」
 ここにまた一つ、迷言が生まれた。ある種の浪漫が存在していることだけは永谷にも伝わった。


「痛くはないですかー?」
「っ、ああ。すげー気持ちいい。……はー、うまいな、君は」
 エミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)のマッサージを受けて、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は今日のバグベアの一件も含め、蓄積した疲れが癒されていくのを感じた。
「こんなに癒されるならマッサージルームはぜひ設けるべきだな……」
「そういってもらえるのは嬉しいですね」
「ちょっとトマスー!!俺にも代わってくれよ。こちとら怪我人だぜ」
 既に治療を終わらせ、すっかりピンピンしているテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が文句を言う。トマスは呆れて言い返した。
「テノーリオはさっきもそう言って僕より先にマッサージしてもらっただろ」
「病み上がりなんだぞ!」
「ほざきやがれ!」
 笑いあいながら、テノーリオが無事でよかったなとトマスは心から思った。意識がない時は本当にどうしようかと思った。何も言わないけれど、テノーリオもそれをわかってくれているようだった。
 そんなほのぼのとした空間の脇を、殺気立った集団が風のごとく駆け抜けて行った。
「死ね!女悪魔!!」
「樹ちゃーーーん!」
「うおおおおおお!」
 血走った眼は正気じゃなかった。
 嵐が通り過ぎた後のように、ぽかんとしてテノーリオが呟く。
「……なんだ、あれ」
「これはまた、マッサージを受ける患者が増えそうだ」
 トマスの苦笑に、エミンはにっこりと微笑み返した。
「腕の見せ所ですね」