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第5章 シャンバラ教導団の攻撃(5)


『曖浜 瑠樹選手、シャンバラ教導団所属が現在トップです。大岡 永谷選手、シャンバラ教導団所属の登攀速度が少し遅れてきている様子。やはりただ上ろうとするだけではこの砂山攻略は難しいのか? 今にも力尽きそうです!
 そして何か奇策がありそうな動きを見せているGA【A298】と師王 アスカ選手!
 いよいよ教導団の攻撃、クライマックスです! はたして勝利の女神はどのチームにほほ笑むのかっ? 皆さん、決して目をそらさず見とどけてください!』


(ふふっ。いよいよこの時がきましたか)
 蒼空学園連合隊の閲覧席で、1人ほくそ笑む者がいた。
(砂山内に超大音量アンプを設置させていただきました。アンプが作動すれば術は詠唱できず、氷術の道は割れ、さらに振動で砂の動きがより複雑になるので、登っていた人は皆流されて脱落するはずです)
 完璧だ。完璧な罠だ。
 思いついて以来、この罠が作動するときを、ずっと待っていたのだ。
 本当は振動センサー付きだったのだが、流れる砂とその循環装置の振動を考慮してセンサーの感度を最低にしたせいか、うまく作動してくれなかったようだった。
 だがこんなこともあろうかと、リモコンもちゃんと用意済みだ。
 掌に隠し持ったリモコンの感触だけで、笑みがこぼれてしまう。
「さあみんな、流されてしまいなさい」
 小さく呟き、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が手の中のスイッチを押したとき。
 しかし反応したのは、貴賓席に腰かけた金の手元の黒いボックスだった。
 携帯にしか見えない、その黒いボックスは緑のランプが点灯し、金に電波が発せられたことを知らせている。
(おかしい。たしかに作動しているはずなのに)
 何の変化も見せない砂山や登攀者たちの姿に狼狽が隠せないでいる閲覧席の鼎を、鋭く金の眼光が捉える。
 合図とともに動いたのは李 梅琳(り・めいりん)だった。
 数名の部下を連れ、鼎をそれとなく囲む。
「六鶯 鼎さんですね。あなたが砂山内に設置した装置は、事前確認を行ったハンス・ティーレマン団員により発見、撤去させていただきました。
 なぜあのような危険物を設置して我が団員の命を危険にさらし、競技の妨害を図ったか、ぜひお話を伺わせていただきたいと思います。
 なお、あなたの競技参加権は剥奪させていただきます。よろしいですね?」
 梅琳の笑顔は、有無を言わせない迫力だった。
 鼎は拘束され、教導団の取調べを受けることになった。



 【A298】で、まず砂山に貼りついたのは、ゴットリープだった。
「……くうう……ぼ、僕だって……僕だって、皆のために役に立って見せるよッ!!」
 流れ落ちる砂の圧力と吸引力に、今にも飲み込まれそうになる。
「おい急げ! すぐ飲み込まれるぞ!」
「わ、分かったわい」
 幻舟がゴットリープを踏み台にし、ジャンプしてその上の斜面にへばりつく。
(ふう、背中の翼が魔法翼で助かったわい。本物の羽根じゃったら、後で砂を落とすのがひと苦労だったところじゃ)
「いやよ。私は踏まれるのも砂まみれになるのもまっぴら」 
 ハインリヒの視線に、レナはプンとそっぽを向く。
「自分が行こう」
 マーゼンが走り、フリンガーと幻舟を踏み台にしてジャンプする。
(フッ、我ながら、何ともブザマな格好だな。だが、チームの勝利のためならば、この程度の屈辱など、如何ほどの事も無い)
 斜面にベッタリへばりつきながらもどこか自己陶酔しているマーゼンの頭を、何者かが踏みつけて行った。
「へぶっ」
「あっ、ごめーん」
 全然悪びれた様子もなく、マーゼンの頭を足がかりに、飛鳥が高くジャンプする。
(このあたしに、砂に貼りつけだなんて…。
 もうっ! 下着の中まで砂まみれになっちゃうじゃない! クロッシュナーのバカ!
 あーもう、さっさと終わんないかしら、こんな競技。早く帰ってシャワー浴びたいよ〜!!)
 普通であれば、こうして人間の体による浮石を作っている間に、砂に飲み込まれているはずだった。
 特に、幻舟や飛鳥と違って普通の人間であるゴットリープとマーゼンは、斜面にへばりついた数秒後には完全に沈んでいておかしくない。
 それをどうにかして食い止めているのが美悠のサイコキネシスだった。
「ああ、もうっ! 重いわねッ!! アンタたち、もっと体重搾りなさいよッ!!」
 美悠は玉の汗を吹き出しながら、いらいらと不満げに叫んだ。


「あなたたち、何をしているんですか!」
 駆けつけたユーリが、彼らのあまりに無謀な作戦を見て叫んだ。
 普段は冷静沈着な彼だが、人の命の危機に際しては冷静さなど吹き飛んでしまっているようだ。
「この砂山に、一体どれくらいの圧力があると思っているんです? すぐ助け出さないと、彼らはつぶされるか窒息死してしまいます!」
「大丈夫。そうならないように美悠がああしてサイコキネシスで支えている」
 救護班の腕章を付けた彼を見て、冷静にクレーメックが答える。
「サイコキネシスには砂に落ち込んでいく人間を支え続けるほどの力はありません! あれは、ただ沈む速度をほんの少し遅らせているにすぎない!」
 実際、そう言う間にも彼らの体はずぶずぶ沈んでいて、もう出ている部位より沈んでいる部位の方が多い。
 だがその場にいるだれも、聞く耳を持っていなかった。
「ほんの少しで十分だ。それだけあればケーニッヒが駆け上がり、勝利の旗を掴める」
 淡々と答える。
 彼らは、仲間の勝利のために捨石になるのも厭わない覚悟の持ち主だったのだ。
 力づくでもやめさせたかったが、救護班である彼がこれ以上でしゃばると、競技妨害と言われかねない。
(――なんて愚かな…!)
 心酔しきって作戦を続ける彼らから離れて、ユーリは無線で全員を呼んだ。
 砂の流れはスイッチを切るように簡単にオン・オフができるものではない。砂山が崩れてしまうからだ。次に蒼空学園の競技が控えている以上、シャントに止めてもらうのは不可能だろう。
 砂に飲まれる彼らの救出――特に上の飛鳥やマーゼン――には、困難を極めそうだった。



 そしてここにもう1人、救護班の心配を一切斟酌しない、無謀な作戦を実行する者がいた。
「さあ、やっちゃってくださいな〜」
 鬼神力で鬼神化した鴉は、身長が4メートル近く、巨人化している。
 その腕にちょこんと乗って、アスカは笑っていた。
「……ぁっ!!」
 鴉はググッと身を縮め、爆発的に高まった力でアスカを砂山に向かって投擲する。
 アスカは放物線を描いて飛び、そして落下のショックをやわらげようとするようにクルクルと回転して、砂山に両足から減り込んだ。
「わーっ、アスカ、上手上手〜。おねえちゃんも鼻が高いわぁ」
「――次はてめえだ。さっさと旗取ってきやがれ!」
 パチパチ手を叩いているオルベールの首根っこを掴んだ鴉は、これまたポーンとアスカ目がけて投げつける。
 こっちはかなり乱暴というか、適当だ。
「やーね、バカラスったら、人のことをゴミみたいに扱ってっ」
 ぷんぷん。
 放物線を描いて落下を始めたオルベール。すぐ下に、砂から上半身を出してアスカが待ち受けている。
「いくら2人みたいに力がないからって、最愛の妹・アスカを踏み台にするなんて…。
 でも、これもすべてアスカのためですもの。見ててね、アスカ。おねえちゃんがアスカを勝たせてあげるからね」
 身軽なオルベールはアスカにホイップされ、さらに高く、高く、飛び上がる。
 勝利の赤旗はすぐそこに見えていた。



「行け! ケーニッヒ!」
「おう!」
 スキル・軽身功で、浮石化した仲間を足場に砂山を上っていくケーニッヒ。
 しかし浮石4つでは15メートルにも届かない。
「うおおおおおおおおおおーっ!!!」
 最後の跳躍で斜面に着地したケーニッヒは、彼を飲み込もうとする砂を蹴り散らして残りの距離を疾走した。
 その姿が、宙のオルベールの目にとまる。だが自分の方が早いと目算して、口元に笑みが浮かんだ。
「駄目よ、あなた。旗はアスカのものなの」
 オルベールの手が旗に伸びた。
「邪魔をするな、この女悪魔め! 勝利は教導団のものだ!」
 ケーニッヒは鳳凰の拳を放つ。
 攻撃を避けるため、オルベールは伸ばした手をいったん噴出口につき、くるりと回転して反対側に着地する。
 赤旗を境に向かい合う2人。
 その隙をぬって、2人の間を風が駆け抜けた。

「勝利の旗は、ルカ組がいただきました!」

 宙を舞う、彼女の手には、しっかりと赤旗が握られていた。



『旗を掴んでいるのは、なんとルカルカです! ルカルカ・ルー、シャンバラ教導団所属が、ケーニッヒ・ファウスト、シャンバラ教導団所属とオルベール・ルシフェリア、イルミンスール魔法学校所属の緊迫した戦いの隙をつくようにして、旗をかっさらって行きましたーーーっ!!』

 彼女は、砂の流れのすさまじさに圧倒され、ほぼ一番下近くまで流されたものの、ロープを握っていたおかげでからくも巻き込まれから脱出することができていたのだ。
 そして諦めることなく、再び上を目指して上っていった結果が今回の勝利だった。

 わっと声が上がる中。
 ルカルカはくるくる回転しながら落下し、下で待ち受けるダリルの腕の中に飛び込んだ。
 しかし25メートルの高さから落ちてきたルカルカ爆弾は、並の威力ではなく。ダリルは受け止めきれずに後ろに転がってしまう。
「ルカ?」
「ふふっ、ふふふふふっ! やった! やったわ、ダリル!!」
 ダリルにがっちりしがみつき、くつくつ笑っているルカルカ。
 笑いはいつまでもおさまりそうになかった。

第11ターン終了。