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第8章 蒼空学園連合隊の攻撃(2)


『いよいよ始まりました、蒼空学園連合隊によるサンドフラッグ攻略、第1ターンです!
 先ほどシャンバラ教導団では次々と罠にかかっていきました! 蒼空学園連合隊の皆さんも心して移動してください! くれぐれもけがには気をつけましょうね!
 さあ、はじめのいーーーっぽ!!』
    
      ピリリリリリリリリーーーーーーーーーーッ!

 プリモは大きく息を吸い込んで、空に向かってホイッスルを吹いた。


 
「さあ行きましょう、未沙さん」
「うん」
 ベアトリーチェのいる美羽のチームと一緒に、未沙は走っていた。
 スタート前であいさつをし、話しているうちに、彼女たちと全く同じルートということが分かったのだ。
「でもあたしは(2,8)から速度変えるけど」
「ではそこまでご一緒しましょう」
 ベアトリーチェからの提案に、未沙は2つ返事で頷き、彼女と一緒に走っていた。
 未沙は、かわいい女の子と一緒に走ることができて、ご満悦だった。ルートと速度を提出していなければ、こうして2人と走って行きたいくらいだった。



 (6,1)前からスタートした柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、走り出した早々つんのめって両手をついた。
 足がついてこなかったのだ。
 理由は明々白々、床一面に敷き詰められた接着剤のせいだった。
「きゃあっっ! 真司!!」
 後ろの応援席から見守っていたヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が椅子から立ち上がり、駆け寄りかける。彼女をはばんだのは、競技会場とを分けるロープだった。
「くっ、さっそくトラップか…」
 そして今、真司はその接着剤の床に、両手、膝までついてしまっている。
 厄介なことに、接着剤は衝撃を受けると固まる性質を持っているらしく、手の周囲の接着剤が白っぽく変化してきていた。
「うかうかしていられないか」
 完全に固まる前に、真司は強引に身を引き剥がすと、罠の外へ転がった。
 砂を払って立ち上がり、ヴェルリアに心配するなと手を振って再び走り出す。
 罠に合わせて設置されていたH本は、目に入ってすらいなかった。



 (5,1)前は、混雑していた。
 なにしろ、真人、セルファの御凪チームにミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)のミルディアチーム、そして高柳 陣(たかやなぎ・じん)ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)ティエン・シア(てぃえん・しあ)の高柳チームが同時に走ってスタートしたのだ。
「やっぱ、同じマス目からか。ライバルだけど、お互いがんばろうぜ」
「よろしくお願いします」
 2番手を行く陣が、同じく隣を走る真人とあいさつをする前で。
「もしかして、この7人で最後まで走って行くんだったりしてっ」
 先頭を走るミルディアが、隣のセルファとユピリアに、あははーっ、と笑ったとき。
 セルファ、ミルディア、ユピリアは、3人揃って仲良く落とし穴に落ちていた。
「わーっ、お姉ちゃんっ」
「ミルディ! 大丈夫っ?」
「セルファ? 無事ですか?」
「……そして罠にかかるのも全部一緒だったりしてね…」
 穴の中で2人を下敷きにしたセルファが、ぽつっと呟いた。



「ああ、ホイッスルだ」
(がんばれ俺)
 自己叱咤しながら(9,6)前から走り出した陽太は、ヒュッと何かが風を切る音を聞いて、足を止めた。
 どこから何が飛び出しても対処できるよう、身構える陽太。彼を襲ったのは、真上から降ってきた巨大な網だった。
「うわっ」
 あまりの重みに、どしゃ! と一瞬で潰される。
「……負けるものか…!」
 ぐぐっとサイコキネシスで前方の網を持ち上げ、隙間をつくり。
 陽太は網から抜け出して、あらためて走り出した。



「さて、行きますか」
 ホイッスルの音に、(3,9)前からスタートした佑一は、直後、なんらかを感じて足を止めた。
 あとになって、それはおそらく安全装置が解除された音だったのだろうと思う。
 佑一の50センチほど前方の地面に弾が撃ち込まれる。あと一歩踏み込んでいたら、足元すれすれになっていただろう。
「佑一さん!」
 外野のミシェルが悲鳴のように彼の名を叫んだ。
 佑一は見渡し、カムフラージュされた機銃が銃口から煙をなびかせているのを見つけた。
 打ち込まれた水色の弾を取り出して、それが芯までゴムであるのを確認するように指ですりつぶす。
「大丈夫ですよ、ミシェル。ただのゴムです」
 後ろのミシェルには笑顔で返して。
「――これが、教導団の考える罠というわけですね」
 佑一は低く呟いた。
 ゴム弾でも、数メートルの距離で受ければその衝撃はすさまじい。当たれば骨など簡単に折ってしまう。当たり所が悪ければ、それ以上…。
 ミシェルを参加させなくて正解だったと思いながら、佑一はゴム弾を弾いて捨てた。



「皆さんを危険な目に合わせるわけにはまいりません。私が先頭で行きます」
 アルバティナ・ユリナリア(あるばてぃな・ゆりなりあ)は健気にもそう言って、(8,9)前から踏み出した。
 直後、カムフラージュされた隠しロープにつま先が引っかかり、まるでマンガのようにばったり倒れてしまった。
「姫、大丈夫ですか?」
 びたん! という感じでまっすぐ倒れた彼女の横に、ヨハン・サンアンジュ(よはん・さんあんじゅ)はとりあえず立った。
 これが美女であれば即座に手をとり助け起こし、優しい言葉でヒールのひとつもかけてあげるが、相手は――実年齢はどうあれ――16歳の子ども、完全に守備範囲外だ。
 いつも自分の面倒をあれこれ見てくれる人という認識で、笹咲来 紗昏(さささくら・さくら)だけがしゃがみこんでつんつん頭をつつく。
「あ、ありがとう。大丈夫ですから……お構いなく」
 優しい子ね、と紗昏の頭をなでて立ち上がる。
「あんな古い手にひっかかって転ぶなんて、恥ずかしいですわ。罠があると分かっているんですから、ちゃんと注意していれば転んだりせずにすみましたのに。
 次からはちゃんと気をつけ――――きゃあっ」
 足元の小石にけつまずいて、またもや転びかける。後ろの2人を気にし、愛想笑いをしていて前がおろそかになったせいだ。
(やれやれ。無駄に体力を減らしてどうするんですか)
 ふう、と息をついて、下を見る。
 紗昏が、今度は罠のロープに関心を移して、つんつんつっついていた。
「ほら、いつまでも遊んでないで。行きますよ、サクラ」
 ついてこないならこないで、ここに置いて行くことになっても一向に構わない、そう言いたげに、ヨハンは走り出す。
 紗昏はあわててロープを放り出し、2人のあとを懸命に追いかけた。



 (5,9)に設置されていた罠は、(6,1)に設置されていたのと同じ、接着剤の池だった。ただし、武尊には運があった。風上だったおかげで、いち早くその刺激臭に気づけていたのだ。
 つなぎ服の自分はともかく、素肌の露出が多いルナティエールがこの罠にかかったら大惨事になりかねない。だから。
 ホイッスルが鳴る早々に武尊は、スタートで肩が当たったフリをして、ルナティエールを罠の外へ突き飛ばした。
「きゃっ…」
「姫!」
 身代わりになろうとしていたセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)が、彼女を抱きとめる。
 接着剤罠に落ちたのは、武尊1人だった。


『(5,9)で問題が発生したようです! 同時スタートで選手同士がぶつかって、1チームが罠を回避するという結果になってしまいました! この場合、扱いはどうなるのでしょうか?
 ――ふむふむ。
 ぶつかった国頭 武尊選手、波羅蜜多実業高校所属は罠にはまっていますし、はじき出されたルナティエール・玲姫・セレティ、蒼空学園所属は罠を回避する行動には出ておりませんでした。そして、かかとがちょっぴりですが、罠の中に落ちていることが分かりましたので、罠にかかったと解釈し、このまま続行となります! ただし国頭 武尊選手にはペナルティとして1回休みがプラスされますので、その場で2回休んでください!』


「……ありがとう。ごめんなさいっ」
 接着剤罠で四つん這いになっている武尊に、断腸の思いというフリをして走り出すルナティエール。
(ラッキー♪ ほんとは罠にはセディがかかることになってたんだけど、セディがあんな接着剤まみれにならなくてよかったっ♪)
「ほんと、バカだよねーあいつ」
 ちら、と後ろを振り返り、綾夜が鼻で笑いながら呟いた。


「ちッ、早くも固まりかけてやがる。いつまでもこうしてられないな」
 手の方は革手袋を脱げばすむが、つなぎは脱ぐわけにもいかない。接着面が破れるのは仕方ないだろう。
 そう考え、ふと流した視線の先にあったのは…。
「おおおおお……あれは、発売後即回収され、幻となったH本!」
 「挑発のようにHな本を置いておく。これ取ろうとして引っかかりましたって思える感じで…」というのが罠設置者の意図だったが、H本に必死に手を伸ばす武尊の姿は、感じどころかまさしくその通りの構図になっていた。

第1ターン終了。




『蒼空学園連合隊の第1ターン! やはり読まれていたようで、スタートと同時に罠にはまりまくっております! 仕掛けたシャンバラ教導団、してやったり!
 次の第2ターンではどうでしょうか? 皆さん、頑張ってください!』



「さあホイッスルが鳴った! 次のエリアだよっ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は元気よくそう言って、(1,9)から(2,8)へと向かった。
「あー、いい天気! 風もいい感じで、スポーツするには絶好の日だよね」
 とかそんなことを言って、この競技を心から楽しんでいるふうに見えるが、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)から見れば、浮かべている笑顔すらどこか無理しているように見える。
 他の人から見れば、いつも通りの美羽に見えたかもしれない。だが、環菜暗殺の報を受けた直後の美羽の激しい嘆きや落ち込みを見てきたコハクには、まだ美羽が本当に立ち直っているようには思えなかったのだ。
 でもそれを指摘して訊くことはできない。美羽は懸命に以前の自分に戻ろうとしているし、それに、自分やベアトリーチェには気遣われたくないということなのだろうから。
 美羽が自分たちに気づかれまいとしているのであれば、その気持ちを尊重しなければいけない。
「美羽さん、私が先頭ですよ。お忘れですか?」
「あっ、ごめーん」
 美羽が速度を落とし、ベアトリーチェと未沙に前を譲る。
 そして(2,8)に入った直後、2人は揃って落とし穴に落下した。
「未沙ちゃん! ベア! 大丈夫?」
 落とし穴の底で、ベアトリーチェと未沙は抱き合うようなかたちで倒れていた。
 下になった未沙は壁で頭を打ったのか、気を失っている。
「いたた…。はい、大丈夫です。この液体がクッションになって…」
 そこで、初めて自分の周囲を見るベアトリーチェ。
 30センチの深さでたぷたぷいっていた粘度の高い液体が、落下する者のけがを気遣って入れられた物ではないことに気づいたときにはもう遅かった。
「か、固まっている…?」
 いくら力を入れても手足が全く動かせない。
 液体だったはずの溶剤は下の方からだんだん固形化し、四つんばいになったベアトリーチェの両膝下、肘から下をガッチリ固めてしまった。
「ベア、どうしたの?」
「美羽さん、来ないで! まだ固まりきっていません! 今来たら美羽さんも固まってしまいます!」
 動かないベアトリーチェになんらかを感じて、穴に下りようとしていた美羽の動きがピタッと止まる。
「振動を受けて固まる性質の接着剤か何かのようです」
「そんな…。――ああ、そっか。じゃあ、固まりきってから砕けばいいんだね」
「そうです。ですから、美羽さんたちは先に進んでください」
「何言うの! ベアを置いていけないよ!」
 美羽のパニック気味の声に、ベアトリーチェは笑顔を見せた。
「大丈夫です。ここで座って、固まるのを待っているだけですから。固まったら砕いてもらえばいいだけ。命がどうとかではありません」
 なるだけ心配を与えないように、力強く言う。
「じゃあ、コハクを置いていくから――」
「駄目です! 彼は、先に進む美羽さんをサポートする役割があります。
 競技が終わったら、迎えに来てください。ここで待っていますから」
「……なるだけ早く戻ってくるからね、ベア! 待っててね!」
 くるっと背を向け、走り出す美羽。
「さあコハクも。美羽さんを頼みます。
 あと、できたら未沙さんの妹さんたちにもこの事情をお知らせしてあげてください」
 コハクは、ベアトリーチェを見て、こくんと頷くと、美羽を追って走り出した。



「姉さん、どうしちゃったのぉ〜?」
「お姉ちゃん!」
「未沙! 悪い冗談はやめて、早く出てきなさいっ」
 応援席の声がかすかに聞こえる。
 未沙のパートナーたちが、パニックを起こしかけているようだ。
 だがそれも、話しかける男性が現れて、静まった。
 コハクから救護班のだれかを通じて事情が伝わったのだろう。
「――未沙さん……未沙さん、起きてください、未沙さん」
 ベアトリーチェは自分の下敷きになった未沙の名を呼び、起こそうとした。
 だが、考えてみれば、今彼女を起こしてどうなるというのか?
 穴底で仰向けになった未沙は、接着剤でガッチリ固められている。
 身動きひとつできない状態になっていることを知るくらいなら、気を失っている方がまだマシかもしれない。
 そう思い、ベアトリーチェは唇を噛んだ。



「ふー。とんだ目にあっちまった」
 接着剤罠からようやく抜け出した武尊は、そう呟きながら額の汗をぬぐった。
 革手袋はおしゃかになったし、つなぎも膝のあたりに穴があいてしまった。靴も傷だらけになった上にペナルティで1回休みまでくらってしまって、スタート直後からさんざんな目にあった武尊だったが、まだまだ闘志は失われていない。
 勝負はまだ始まったばかり。これから挽回すればいいだけのことだ。
「おっと、忘れるところだった」
 これ以上傷つかないように、と救出した稀少本をつなぎの内側にしまい込み。
 武尊は次のエリアに向けて走り出した。

第2ターン終了。