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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~

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魂の器・第1章~蒼と青 敵と仇~
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           10−1

「おい! 待てって!」
 受付前で追いつき、肩を掴む。振り返ったピノは、泣き顔でラスを見上げ、言った。
「……帰ろうよ……。学校に、帰ろうよう……」
「……ピノ、それは……」
「こんなことするために来たんなら、もう、皆で帰ろうよ……」
「違う……俺は……」
 武器を取るつもりなどは無かった。むしろ、自分の行動に自分自身で驚いていた。リネンに積極的に賛同を示したのも、彼女の殺意、怒りを分散出来るのではないかと思ったからだ。たった一人で怒りを燃やすのではなく、同じ考えを持つ者が傍に居ればそれは知らず緩和される。もし手をかけようとしても何とかなるだろう、と。結局は、ミイラとりがミイラになった訳だが。今回のミイラは包帯ぐるぐるではなかったが。
「それは、1発や2発は殴ってやりたかったし、口撃する気はあったけどな……、いや」
 今となっては、全て醜い言い訳だ。エオリアが言う。
「つまり、殴る気はあったんですね……」
「あたし……あたしだって怒ってたけど……もういいよ。チェリーちゃんだって、かわいそうだよう……」
「…………」
 黙って見ていたエースが、ラスに近付いた。
「ピノちゃんの意向を尊重した方がいいと思うよ。何か、ラスさんが彼女といると、どんどんあさっての方向に行っちゃう気がするし」
「……あさってって……」
 それは何となく失礼だ。とはいえ、今は否定も出来ないが。
「殴るとか、暴力事件は起こしちゃだめだよ。それは交渉決裂の末の最後の手段というか……なんというか、だし。第一、相手は怪我人なんだよ?」
「……それが」
「分かるよね、怪我人相手に荒事は『人として』やっちゃダメ」
「…………」
「俺も、ラスさんの望みを無碍にするつもりはないよ。だから、一緒に来たんだし。まだ、話をしたい? ……そもそも話になってなかったけど。元々は、何か話す事があるから彼女を探してたんだよね?」
「ああ……まだ、何もけじめがついてないからな」
「それなら、少し落ち着いてからにすればいいと思うよ。それまで待って、整理がついたら帰ろう。ラスさんが話してる間は、俺がピノちゃんと一緒にいるから。な、エオリア」
「そうですね、すぐに戻っても同じことになるかもしれませんし」
「ラス、だって? ラス・リージュンか?」
 エオリアがエースに応えた時、受付の奥からスーツの男2人が出てきた。1人はおっさんで、1人は青年だ。後ろから看護師も付いてくる。
「……そうだけど、何だよ」
 男2人は、懐から手帳を出して彼等に歩み寄った。
「警察……?」
「デパートのテロ事件を担当している。チェリー、というもう1人の犯人を探してここに辿り着いたが……。お前も参考人として探していた。救急センターに問い合わせを入れているな? 知り合いで、はぐれたと言っていた。どんな関係なのか、いつ、どういう状況ではぐれたのか、それを教えてもらいたい」
「あと、もう1人仲間がいますね? リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、という。病院に片端から掛けるとは方法を誤りましたね。彼女はどこです?」
「……? リーン? 誰だ、それ」

「……ええぇえぇ!? 私?」
 電話帳を片っ端から見てデパート周辺の医療機関に電話し、やっと返事を貰えて診療所にやってきたリーンはびっくりした。刑事らしき2人がラス達と相対している間に隠れ身で潜入したのだが、その会話を聞いて廊下の陰で立ち止まった。その声に反応し、警部は「ん?」と振り返った。
「どうしたんだ? リーン」
 彼女に誘導されて後ろについていた緋山 政敏(ひやま・まさとし)が話しかけてくる。彼には部下の声が聞こえなかったようだ。
「えっ? こっちくる! や、やばいかも……!」
 遅まきながら逃げようとするが、警部が角を曲がる方が早かった。というか、エクスクラメーションマークのついた声は警部に筒抜けだ。
「…………」
「…………」
「……あ、ども」
 無言で向かい合うリーンと警部。それに、状況の把握が出来ていない政敏が普通に挨拶した。
「リーン・リリィーシア、だな?」
「…………はい……」
「解ってるな? 事情を包み隠さず教えてほしい。チェリーとどういう関係なのかな。で、今日は何をしていた?」
「何って……別に……って、ええっ!? これってアリバイ調査ですか!? 最初から容疑者扱いなんて、ひどいです!」
「『友人』だと言っていたな。どんな友人だ? いつからの付き合いだ? そうだな、ここのスタッフに空き部屋を借りて、そこでゆっくり……」
「え、待ってください! 私は……!」
 今こそ、あの演技力をこれでもかと使う時である。しかし、いいネタが思いつかなく、リーンは焦った。

「ピノ、お願いだから泣き止んでくれよ……」
「ひっく……あたしだって、好きで泣いてるんじゃないよお……」
 警部がリーンに気を取られている間、ラスは困惑した様子でピノをあやしていた。しかし、全く効果が無い。
「……ちょっと……ひっく……1人になってくる……」
「あ……ぴ、ピノ!?」
「少し、1人にした方がいいかもしれないですよ〜? 誰かがいると、泣き止めるものも泣き止めなくなっちゃう時もありますから〜」
 明日香がそう言って、ラスを引き止める。そして、「ちょっと、いいですか〜」と、 おもむろにお財布を取り出して現金の束を出した。20万くらいはあるだろうか。それをラスの手に握らせる。ケイラが驚く。
「か、神代さん!?」
「……何だ? これ……」
 顔をしかめて札束を見詰める彼に、明日香はしらじらしく言う。
「さっき、キバタン探しの間におろしてきました〜。穴を開けたパーカー代です〜」
「パーカー代って……あんなもん1万もしない安物だぞ? こんな金、受け取れねー……」
 そこで、彼は言葉を切った。明日香が、いつもと違い真面目な目をしていたからだ。弁償云々というのが何かの口実であることは、確かだろう。
 彼女は、取り込み中の警部の方をちらりと見てから、言った。
「テロを手伝う人の動機の1つに、何があると思いますか〜? デパートで、もう1人捕まったと聞きましたけど〜」
 確かに、ファーシーがそう言っていた。
「ああ、それはチェリー達に依頼されて……って、そうか……」
 気付いて警部達と青年を見る。彼等は恐らく、あのリーンという少女と自分を寺院関係者として取り調べるつもりだ。それに抗弁する為に使え、という事だろうか。勿論、警察への賄賂とかではなく――
「といっても、私もノルンちゃんに言われて気付いたんですけど〜」
「その電子マネー、クレジットカードのような後払い式ですよね? もしかして……あのオイレを買ったことで所持金額がマイナスになったんじゃないですか? でも、後からお金が入れば……」
 そういう算段で飛空艇を新調したと思われても仕方がない。部下の目があるから全ては言えないが、しかし、彼ならこれで理解出来る筈だ。高価な物や金銭目当てに悪事に走る者は多い。警察機構も仕事。少しの可能性でもあれば食いついてくるだろう。
「そこは、つぶしておいた方がいいと思います」
「……いや、俺は……」
 渡された現金を見詰め、逡巡するような表情で彼は言った。確かに、今拘束を受けるわけにはいかない。ピノも、ただでさえ不安定になっているというのに――
「……分かった。近いうちに返すな」
「ノルンちゃんが私くらいまで大きくなるまでに返してくれればいいです」
「お前くらいって、ノルニルって魔道書だったよな……。結構いい年なんじゃねーか? で、この姿っつーことは……いや、そんなに待たせないから」
「今、何年を想像したんですか! じゅ、15歳程度になるなんて直ぐですよ!」
 何かむきになってノルニルは力説し始める。ラスは思わず苦笑した。
「あー、はいはい」
「し、信じてませんね!?」
 5000歳で外見5歳。
 まあ、単純計算では外見15歳になるのは15000歳だろうか。と、いうことは1000年後……?